ひた走り、落ちる
皮肉なことのようだけれども、
ミコがいなくなり、一人になってから、
僕の旅のペースは如実に上がった。
べつにミコがお荷物だったとか、そう言うつもりはない。
ただ、同行者に配慮する必要がなくなっただけ。
要は多少、いやかなりの無理をしても、誰の迷惑になるわけでもなくなったから。
たとえば藪の多い獣道や、ほとんど崖と見紛うような段差。
あるいは進路上の魔物や野生生物など。
そういった、ミコが同行していれば迂回を選ぶような箇所を、いちいち避けずに突っ切ることが多くなった。近道が使えれば、当然移動にかかる時間も減るわけで。
ただそのせいか、細かな怪我が近頃は増えた。無理をしているのだから当然だ。
動けなくなったら元も子もないから、深刻な怪我にはならないよう一応用心はしている。感染症等を防ぐため最低限の手当ても、もちろん。
けどそれもミコの癒しの力、彼女の親身で細やかな治療とは比べるべくもなく。
『おまかせください! こんなときくらいしか役に立てませんしっ』
一人、怪我の処置をしていると、あの明るい声を思いだす。
いつも彼女は自身の癒しの力を謙遜していたけれど、とんでもない。
あの小さな温かい手が、心遣いが、どれだけ僕の支えになってくれていたか。
「あいよ、お待ちどう」
「どうも」
夜の酒場。すこし遅い夕食。
店主だろう男性に軽く会釈してから、僕は一人、並べられた料理に手をつけ始める。
一緒に提供された木製のジョッキ。その中身を適宜呷りながら。
飲酒をためらわなくなったのも、ミコが亡くなってから。
一応それ以前も水分補給や気つけのための、薄めたワインなんかは携行してたし飲んでもいた。
けど嗜好品としての、ただ酔うための酒を呑んだことはなく。
きっかけは出来心といっていい。同行者が減って浮いた分の食費を、無意味に浪費してみたかったのだと思う。
元の世界の知識や倫理観から、避けていたことではあったけど、
なるほど、王都でクラスのみんなが進んで呑んでいたのも頷ける。
正直味などわからないし、不味いとすら思う。
けど“酔う”というのは悪くない。
忘れたいこと、消してしまいたいことが、すべて曖昧に溶けていくかのようで。
「……~~♪」
酒場の端から、ふと聞こえる音楽。
流しの吟遊詩人のものだ。昨今の情勢を反映してか、歌詞は英雄の偉業を称えるもの。過去の勇者の冒険を語るそれは、酔いも手伝って心地よく聞けた。今の勇者の歌だったら吐いてたかもしれない。
一曲終えて、まばらな拍手。おひねりを投げる音なんかも。
誰かがリクエストでもしたのか、別の曲が始まる。
古い御伽噺の歌らしい。
このレガスのどこかには、死者の魂の還る場所があるとか。
幽世へ還る魂たちの光は、時を忘れるほどに美しいという。
夢幻のようなその情景を、しかし見た者は誰ひとりいない……
変な歌だと思う。
誰も見たことがないなら、なぜそんな話が伝わっているのやら。
「あ、れ……?」
けれども気づけば、涙を流し続けていた。
おかしいな。酔っぱらって曖昧になっているはずなのに、
どうしてまだ、こんなにも悲しいんだ?
「くそ……っ、う、っ」
死者の魂に逢える場所。
そんなものが本当にあるなら、今すぐにでも向かうというのに。
九つめの神の封印を解いた。
残るは最後。人類圏の外、魔族の領域にある場所。
「本当に行く気か? 欲をかいた山師どもが、誰ひとり戻ってこなかったところだぞ?」
最寄りの村、必要な物資を揃えた雑貨屋の店主に、そんな風に引き留められたりもした。
けど頭を振って、それでも行くという旨を伝えれば、それ以上の追及もなく。
危険は承知。
……本当にそうだろうか?
感じ取れる気配は、峻厳な山の頂上付近を示している。
これまでより一層険しい道行き。
『グルル……』
『ルルガッ』
場所が場所だけに、魔物との遭遇も多い。本来生息しているべき、野生動物はめっきり見かけなくなったけど、魔物の個体数はそれを補って有り余る。
「――ッ」
けど、躊躇わず進む。
『グッ?!』
『ギャンッ!?』
黒い狼のような魔物。
その牙を躱し、“力”を使いざまに剣を叩きこみ、
『ガァアッ!』
『オ゛オオ……ッ』
『ギチギチギチギチッ!』
ひとつ切り抜けても、またひとつ。
熊のようなモノ、亡霊のようなモノ、巨大な蜈蚣……
実際のところ、
避けようと思えば避けられる戦闘もあった。
遭遇を回避するための回り道、それを省いて道行きをより迅速に――
そういう理由もたしかにある。
けど、
『アギェ……!』
『ギャォウッ?!』
遭遇に次ぐ遭遇。戦闘に次ぐ戦闘。
ひとつ切り伏せ、ふたつ退け、みっつ踏み越え、
そうするごとに攻撃の動作が、防御の技術が、回避の身のこなしが、
洗練されていく。利点は尖り、余計な力みは抜け、無駄は削げ落ち、
より速く、より鋭く、より効率的に――
「……ははっ」
それがなんだか、楽しかったから。
思うがままに暴力を振るい、死という理不尽を一方的に押しつける。
おそらくそれは原始的な快楽で、
そしてここには、それしかない。
好いた惚れた、好かれた嫌われた嫉妬した見下した嗤った騙した裏切った、
そんなものなどどこにもなく、
そんなことなど関係なく、
ただ殺すか、殺されるか。
否、死ぬのは御免だから、殺すしかない。
躱して突いて、防いで斬って飛び越えて突き立てて、
『ギャァア!』
『ギィイィ――ッ』
『グゲゲゲッ!』
『ケキャキャキャキャッ』
斬って斬って突いて斬って刺して殴って叩いて潰して斬って刺して刺して刺して、
殺して殺して殺して殺して斬られて殺して殺して突かれて殺して刺して刺されて殺して、
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
余計に悩む必要などどこにもない。
ひどくシンプルだ。
ああ、そうか。
強い“加護”を得た他の勇者、
朋矢や奥田、王都にいたやつらに他のクラスメイト、そしてたぶん、優愛も、
同じなのか、今の僕と。
力に酔って、力に溺れて……
なるほどな。
たしかにこれは、嵌まってしまうわけだ。
そんな不快な気づきを得たからか、
あるいはあれらと同等に成り下がった罰か。
酒に酔うよりもなお暴力に酔って、疲れも忘れてハイになって、
つい、ふわふわと、足元が疎かになって、
「! ――」
不安定な崖の上、気づけば僕は足を滑らせていて、
そのまま谷底へと真っ逆さまに落ちてしまっていましたとさ。
あーあ。
パチ、パチ……
じわりとした温かさと明るさに、僕の意識は徐々に目覚める。
「……」
まず目についたのは、焚き火。言うまでもなく、感じた熱と光の元。
その周囲はすっかり暗い。足を滑らせたのはまだ午前中だったか、午後だったか……少なくとも日が出ていたのは確かだから、気を失ってからだいぶ経つようだ。
そう、落ちたはずなんだよな、僕。崖から。
なぜ生きているんだろう。
いや、谷底に一瞬川が見えたから、運よく助かった可能性もありえなくはないが……
では目の前の焚き火はいったい誰が起こしたものか。
それに毛布をかぶっているという現状も……
「起きたか」
「!?」
視界の外、森の中からかかった声。
驚き、そちらをふり向いて、
まず目についたのは、いかにも怪しげな仮面。
「だれ、だ……?」
「名乗るほどの者じゃない。通りすがりの、お節介だ」
訝りながらそう問えば、
返ってきたのは、そんなどこかとぼけた答えで。
◆この男の正体は…!?




