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光と影




   ○




 一夜明け、

 替えの剣と、その他どさくさで駄目になってしまっていた道具をいくつか。

 仕入れるために、僕は今一度街へと戻っていた。


 戦闘の巻き添えにより受けた被害にもかかわらず、街の空気は明るいものだった。

 なんだかんだ、魔族自体は退けられたからだろう。元々準備していた祭りの用意を、そのまま今回の勝利を祝すものに転用したらしい。つまり今、街はお祭り状態というわけだ。


 それでも賑わいからすこし目を逸らせば、浮かない顔をしている人たちもまた目につく。

 店や家を失ったり、近しい人を亡くしたのだろう人たち……

 それが目に入らないのか、あるいは見ないふりか、街全体の明るさはさして翳ることもなく。


「……」


 歩いている路地の先に、大通りが見える。

 街のメインストリートであるそこで行なわれている戦勝パレードも、また。

 儀礼用の鎧をまとった兵士たち、楽団と行進は続き、


「勇者! 勇者!」

「聖女さまーーーーー!!」


 一際大きく派手な山車。

 そしてその上に立つ朋矢たちへと、行列は差しかかる。


 白金に輝く全身鎧。装飾も目に眩しい長大な槍。

 【神槍】の装備をまとった朋矢が、通りに集った民衆へと笑顔で手を振る。

 白を基調とした法衣の【聖女】、優愛を傍らに伴いながら。


「【神槍】! 【聖女】! 我らの希望の光!」

「どんな豪傑かと思えば、なんとも気さくそうなお方だ……」

「聖女様も可憐で……お二人が並ぶと、本当に映えますわ!」


 大通りから届く民衆の声。

 二人の間柄を疑う素振りは欠片もなく、むしろ皆こぞって祝福している。

 人類に勝利をもたらす使者に、栄光あれ。

 末頼もしい若者たちの、その前途に幸あれ――


 その光景を見て、

 沸き上がる大衆と、

 声援にまんざらでもない朋矢と優愛を見て、


 すとん、となにかが落ちるような、

 あるいはしん、と熱を失くすかのような、


 そんな感覚が、僕の内側へと去来した。


「……」


 最後に大通りに一瞥だけくれて、路地をあとにする。

 その一瞬、優愛と目が合ったような気がしたけど、

 それをあらためて確かめようとは、もはや思わなかった。




〈side:others〉




(――今の、トールくん?)


 パレードの最中、ふと路地の影に見知った顔が映った気がして、守永(もりなが)優愛(ゆあ)はあらためて視線をそちらへ注ぐ。

 けれども路地はこちらからは暗く、人影を捉えることも叶わない。

 山車もゆっくりとだが進み続けていて、いよいよ路地も通り過ぎてしまう。


「? 優愛、どうかした?」

「……ううん、なんでもない」


 隣から微笑みかける朋矢。そんな彼に、優愛も気にしないでと頭を振る。

 いつのまにか、朋矢は優愛を名前で呼ぶことをためらわなくなった。

 優愛もまた、自然と朋矢をそう呼ぶようになっている。

 それに関して、利への後ろめたさのようなものがないとはいわないけど……


(でも、トールくんもトールくんだよ。あんな子となんか一緒にいて)


 彼が生きていたことは、もちろん喜ばしい。

 けれどもあの、いつぞや自分たちを訪ねてきた少女……ミコとかいったか。

 あれと一緒に行動しているのは、いったいどういう了見だろうか。


 たしかに現状、優愛は朋矢と体の関係まで持ってしまっている。

 だけどそれは、利と会ってきちんと話をするつもりでもあったことだ。こちらの申し開きも聞く前に、他の女と行動を共にする利に、正直なところ優愛は裏切られた気持ちになった。


(だから、いい気味。あのくらいの怪我、私だったら簡単に治せたけど)


 必死の形相で助けを求めていた、利。

 それを優愛は、あえて見て見ぬふりをした。


 魔族との戦いの場から自分だけ離れるわけにもいかなかった。

 それもそのとおり。


 だがそれ以上に、

 自分の与り知らぬところで利と一緒にいた女。

 利も利で、それを受け入れていたということ。

 どちらとも、到底受け入れられない。


 というか、そう。べつにあれも、本当に優愛の助けが必要だったとも限らないだろう。見た目以上に軽い怪我だったかもしれないし、そもそも他の救助が間に合って助かっている可能性だってある。


 だから、そう。あんなのは、ちょっとしたいじわる。

 べつに優愛自身が、あの子に直接危害を加えたわけでもないこと。


「どーもどーも! 魔王は必ずオレが倒すから、なんも心配ないですからねみなさーん!!」


 大衆の声援に、槍を高く掲げて応える朋矢。

 その様に声援もまたいや増す。きさくで強く頼り甲斐もある。夜の誘いがちょっと強引なのが玉に瑕だけれど……

 それでも今、最も自分の側にいてくれる男の子。


「ほら、優愛も手ェ振ってやんなって!」

「う、うんっ」


 様子からして、街に利がいたことには気づいていない。

 けれども、わざわざ話すこともないだろう、と、

 体を寄せて促す朋矢に応え、今はひととき、民草からの称賛を浴びる心地よさに浸った。




   ○




 僕は旅を続ける。

 世界に散らばる神の封印、そのすべてを解放するため。


 足取りも体も、以前より重いけれど、

 それでも歩み自体が止まるようなこともなく。

 実際、何度か挫けたりもした。蹲って何時間か動けなかったこともあったし、焚き火を眺めていたら涙が止まらなくなって、一晩寝過ごしたようなことも。


 けど、僕がここまで来るために、

 支えてくれた人たちのことを思えば、旅を止めようという気になどはなれず。

 ミコはもちろん、ヤスナさん、ウィスプラトーさん、ヴェンディダードさん、ヤシュトさんの四人。王都にいたころ僕をそれとなく気遣ってくれた部隊長さんのような人。あるいは旅の途中にも、親切にしてくれた人はわずかなりとも。


 その人たちのために。

 というのもまあ、幾許かはあるけども。

 旅の原動力――その大部分は実際、惰性によるところが大きい。ここまで来たら、途中で放り出すのもそれはそれで面倒が大きい……そんな打算が立ってしまう自分に、嫌気が差さないでもないけれど。


 あとは、そう、

 早く家に帰りたい、というのもわりと切実に。

 現代日本の生活がどれだけ恵まれたものだったか、嫌というほど実感する日々だ。

 ついでに言えば家庭環境も、僕は人よりだいぶ恵まれているのだろうと思う。不和らしい不和もない家族仲。家計の困窮なども、とくに感じなかった。

 それを維持していた両親も、

 困ったところは多々あれど、なんだかんだ頼れてしまう姉も、

 思えば、いや思っている以上に、すごい人たちなのかもしれない。


「――済まない」


 五つ目の神の封印。

 それを解いて招かれた領域で、そんな風に謝られたことがあった。

 襤褸をまとっただけの、骨と皮まで痩せ細った青年のような、封じられた神。

 なにへの謝罪なのか、そう問うた僕に対し、


「我らの、レガスの事情に関わらせたがために、あんたの人生を酷く歪ませてしまったようだからな……」


 悔恨からか、険しい目つきで返ってきた答え。

 神は己と繋がりのある者の目を通して、下界を知覚できる。

 ゆえに僕に“力”を与えた彼らは、知っている。

 僕がこれまで辿ってきた道――このレガスでの体験の、ほとんどを。


「衰えゆえか、意識を保てぬ(いとま)が我らにはある。だが他の(モノ)らとの連なりもあって、おおよそは把握してる。友の裏切り、想い人の翻意……なにより慕ってくれた者の喪失は、元来あり得なかった事柄だろう?」


 憂えるような言葉だったけれど、

 そんな、気に病むことではないと僕は思ったし、実際そう返しもした。

 僕らがレガスに呼ばれたのは、そもそも異神とやらが原因。

 ヤスナさんたちやミコが死んだのだって、封じられた神たちが直接関わったことでもない。


 悪いというなら、直接殺しにかかってきた奥田君やその仲間。

 あとは間接的に見殺しにした優愛なんかもそうだけど、


 それらの悪意に気づけなかった、

 対処できなかった僕が間抜けだったという話でもある。


 知っていたのだ。本当は。

 奥田君とはほとんど話したことはなかったが、

 こちらで会ってからの言動や態度から、僻みに歪んだ性格の持ち主なのは十分に察せた。


 あるいは、優愛も。

 温和で争いごとを好まない。つきあっていた頃からそんな雰囲気ではあったけど、

 あれでじつは、存外嫉妬深いこと。

 それから、自分の(・・・)悪意に鈍感なところ。


 調子乗りであまり周りを顧みない朋矢のことだって。


 クラスメイトなんだから、とか

 だけどまあ、友達だし、恋人だしと、

 なあなあで、積極的にどうこうしなかった責任は、きっと少なからずある。

 優しさとか、受け入れるのが度量だ、とか、

 ただのお為ごかしだったんじゃないか?

 他者を慮るふりして、結局僕は自分が格好つけたかっただけなんじゃないか。


 後悔は尽きない。

 過ぎてしまったことはもう変えようがなく、

 失われてしまった命は、二度と戻らない。


 だからこのまま、進むしかない。

 その結果がなにをもたらそうとも、僕は。

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