底
前話をほんのちょっと修正しました。
展開は変わってません。
ミコの遺体を背負って、野道を歩く。
冷たく、小さいわりにすこし重く感じる体。
女の子には失礼な感想か。失血してるから生前よりも軽いはずだけど。
などと、場違いにも不謹慎なことが、我知らず浮かぶ。
徐々に日が傾いてきたが、関係ない。街の被害を考えれば、取っていた宿にそのまま泊まれるかは怪しいし。日本での旅行と違っていったん宿に荷物を置いて出かける――なんてのは治安のうえで望めないから、旅の荷物は常に身に着けているし。
ミコを探す際に一度はすべて放り出したけど、
幸いか、持ち去られたりはしていなかった。混乱でそれどころじゃなかったからか。
(そう考えると、案外治安も悪くないのかな?)
またどうでもいいことを思い浮かべつつも、
しばし歩いて、そこに辿り着く。
一面の花畑。
『わあっ……すてきです! このお花好きなんです、わたしっ!』
街を目指す途中、通りがかった場所。
花、好きなんだ。と僕が声をかければ、
『きらいな女の子なんていないと思います! っていうのはおおげさですけど、はいっ。結構どこにでも咲いてて、お店に並ぶような子たちじゃないんですけど……でもなんか、こういうのが好きなんですよね、わたし。親近感、かもしれませんっ』
返ってくる明るい声。
かがんで、花弁に触れながらそう語るミコは、
なんだかいつにも増して、可憐で。
「……」
花畑の中ほどで、いったん彼女を背から降ろす。
それから地面に穴を掘る。今咲いている花にはすこし申しわけないけれど、
ミコを埋葬するなら、ここがいいと思ったから。
身寄りがなく、故郷がどこかもわからないという彼女。
であれば、誰に断ることでもないだろう。もしかしたら死体遺棄とか、この世界でも犯罪かもしれないけれど、
知ったことか。
そうしたいと思ったから、
誰にも文句なんて、言わせない。
「…………」
旅のお供。護身用の、数打ちの剣をスコップ代わりに。
無心で作業を続け……
辺りもだいぶ暗くなったころ、
ようやく人ひとり分の、墓穴を掘り終える。
底に彼女を、静かに横たえ、
「……そうだ」
ふと思いついて、掘り返した花のうち、いくつかを見繕う。
手元はもう暗いが、それでも体は覚えているもので。
「よし」
ほどなく出来上がったものに、ひとり頷く。
花冠。小さいころ、近所の公園で遊んだとき、いつも姉にせがまれて作ったもの。
それをミコの頭に。
「――うん、よく似合ってる」
あらためて見ると、驚くほど穏やかな死に顔。
素朴な野花の花冠は、そんな彼女にとてもよく似合っていた。
どうして生きている間に作ってあげなかったのだろう。
「っう、ぐ……ふぅ……っ」
ふと浮かんだ思いに、恐ろしいほどの後悔がこみ上げてくる。
涙が止まらない。
すこし休んでいこうか? 嬉しそうに花畑を眺めるミコに、そう提案もした。
けど、
『――いえいえお気づかいなくっ。まだまだ元気ですよ、わたし! それに街ももうすぐですし、着くなら早いに越したこともありませんっ』
そんな言葉を受けて、先を行くことを優先した。
すこしくらいの遅れなんて、どうということもなかったのに。
「なんでっ……ぼくは、こんな……っ」
自分の不甲斐なさに圧し潰される。
いつだってミコは、僕を気遣ってくれた。
そんな彼女の健気な善意に、僕は甘えてばかりじゃなかったか?
もっと、生きているあいだに、
出来ること、してあげられることなんて、いくらでもあったんじゃないか?
「くそっ! ――う、ぅう゛っ」
もはやなにもしてあげられない、優しい少女の亡骸の傍らで、
うずくまり、項垂れたまま僕は、みっともなく泣き続けた。
焚き火をぼんやりと、見つめる。
墓穴を埋め、花を添えて、
花畑のそばに、僕は野営の準備を整えた。もうほとんど暗くなっていたけれど、テントを立てるわけでもなし、ほとんどルーティンのように滞りなく作業は終わる。
食事の用意はしていない。
食欲などなかったし、お湯を沸かすだけにした。それもほとんど口をつけず、注いだカップを手に持っているだけの状態だが。
「……」
静かだ。
背後の森のざわめき、そして時々焚き火が爆ぜる音だけ。
野営の際、眠りにつく前に挟む食休みのとき。
これまでであれば、ミコとの語らいがあった。その日起こったことや見聞きしたこと、時々僕の故郷のことやミコの身の上なんかも、話したりした。
彼女はいつも朗らかに話し、聞き、
ときに僕の話に大袈裟なくらい驚いたり、感心してみせたりなどしていた。
つられて僕のほうも、自然と笑顔に、和やかな気持ちになれて。
だからこそ今は、余計に寂しく、
焚き火の前だというのに、凍えるほどの思いで……
「――っ」
不意に、
背後の森、その奥にかすかな物音を、捉える。
腰を浮かせ、警戒の姿勢。
本当にわずかだが、なにかを引きずるような、
這いずるような音が、時折こちらに届いている。
「……」
外していた剣を腰に差しなおし、足音を殺して森へ。
枯れ葉の季節でないからか、踏みしめる湿った足元は幸い、ほとんど音を立てることもない。
一方で、近づくにつれ這いずる音はより明瞭になる。
やがて、大きな茂みのひとつ向こう。
「…………ぐ、くっ……」
這いずっていたのは、巨体。
上半身のみ。金属の光沢を有した、人型の異形が。
〈side:others〉
敗北だった。
生涯において初、そして完膚なきまでの。
(抜かった、つもりはないのだがな……)
自らの想定を超えられた。それに奇妙な滑稽ささえ覚え、ガエンは口の端を歪める。
十全すぎるほどの用意はした。己の武のみに頼らず、魔の軍勢が密かに見出した古代兵器“竜機”を持ち出し、かつはぐれ魔族、グニモツカヌの手まで借り、忌まわしき外法をもって兵器との融合まで果たした。
ムジョウの潤沢な魔力容量と、豊富な術習得。
技巧派のテンキョウによる、魔力と闘気の精密な制御。
そして自らの力と技、さらには邪神の“加護”――
そこに“竜機”の圧倒的な耐久力と機動力。
それらが一体となった“騎竜機”――総合的な戦力は八将が一位すら上回るはず。
文字どおり、万全を期した。
されど結果は……
(我が敗走、とは。すまぬテンキョウ、ムジョウ。不甲斐ない将を、どうか冥府で笑うてくれ……)
“竜機”とともに惜しくも喪われた優秀な部下に、ガエンは内心で詫びる。
皮肉にも己のみ永らえてしまったことに、忸怩たる思いを抱えながら。
【神槍】――トモヤ・アツミと名乗ったか。
馬鹿げた力の勇者だった。
技は未熟。動きも単調で読み易く、ゆえにただの腕比べなら万一にも負けはなかったろう。
恐るべきは【神槍】、“加護”そのものの強さ。
膂力、魔力、闘気に機動力。
どれを取っても“騎竜機”を上回る性能。
(だが、それ以上に――)
決戦の場に、ガエンはあえてニンゲンの街、その直上の空を選んだ。
ニンゲンとはとかく、同族同士で身を守り合いたがる生きものだ。たとえさしたる関わりのない者同士でも、危地とあらば互いに支え合い、励まし合う。
弱きものどもの生き永らえる術。それを利用し勇者の動きを制限する腹づもりだったが――
あの【神槍】、街のことなど意にも介していなかった。
勇者の動揺を誘うべく、わざと甘い狙いで街へと流れるように放った数々の攻撃。
だが勇者の意識は一度たりとも逸れなかった。街をかばう素振りすらなく、どころか自身の攻撃が街へと落ちることすら厭わず。
魔族を倒すことこそが、騒乱を収める第一の近道。あるいはそう考えたのやもしれないが……
否、あれからそのような殊勝さは感じられなかった。
己が力を、思うままに振るう。それがなにより楽しいと、あれはそういう態度だった。
(勇者はニンゲンの守護と、そう聞き及んでいたが……)
その認識は、どうやら改めたほうがよさそうだ。少なくともあの【神槍】は、己が気持ちよく戦えさえすればそれでいいという手合い。もはやニンゲンというより魔族寄りの嗜好だが、いずれにせよ対処もそれに合わせるべきだろう。
【聖女】とやらの援護も厄介だ。こちらの虎の子の【貌破天】――“術的補正の一切を無視する”力も、あれによってすぐに仕切り直しにされてしまう。
他の二人のニンゲンはさしたる脅威でもなかったが……
(【神槍】か【聖女】。いずれか一方でも崩さぬ限り、奴ばらを斃すのは容易ではない……!)
魔王。
自らの盟主、その力を疑うつもりはない。
だがあの二人の勇者が揃っている以上、万一がつき纏う。
ガエンの武人としての勘が、それをひしひしと伝えているのだ。
ゆえになにより、報告を持ち帰るが肝要。
おめおめと逃げ延びる屈辱など、魔の軍勢そのものの敗北に比ぶれば、なにするものぞ。
しかし現実問題、帰参もすぐにとはいくまい。
半身を失った身。ムジョウのような転移術もなく、己の存在を報せるために発する力すら、今の身ではおぼつかず。
(どこぞの穴倉にでも身をひそめるか……まずは気力の回復を図り……)
両腕で、蝸牛のごとき歩みで進み、
「――まさかとは思ったけど、」
ふと、
その進路が遮られる。
「止め、確認もしてないのか。詰めの甘さはあいつらしい、か」
陰鬱な、ぼそぼそとした声。
見上げるガエンの目に映るのは、一人のニンゲン。
そう、ただのニンゲンだ。
旅の装い。腰に剣こそ佩いているが、戦士という風体でもない、線の細い、見たところオス。
魔力も、闘気も、ニンゲンの並以下。
平時であれば拳ひとつで挽き肉にできる、そんな塵芥でしかない。
――そのはず、なのに、
その様はあたかも、己の死の影を引き連れているかのよう。
脅威にすらなり得ないという、武人としての感覚。
それが疑わしくすら思えてしまう。
この予感は、なんだ?
すらり、と、
腰の剣を抜き放つニンゲン。
「チィ――!」
それを受け即座に対応に移るガエン。
塵芥にせよ、やる気であればこちらも容赦はせん――!
そう思い、なけなしの力を振り絞り、拳を、
がくん、と、
あらゆるものが、抜け落ちる。
「!?」
気づけば、
屈み、己の首筋に手を添えるニンゲンが、間近に。
こちらの意識の間隙を突いた、見事な不意打ちの所作。
否、それよりも、
ただ触れている、それだけのはず。
だがたったそれだけで、
ガエンの内にあった闘気、体力、すべてが根こそぎ底を尽き、今や指一本ろくに動かない。
「……魔族はどうか知らないけど、」
なんだ?
「人は、そんな風に下半身を失ったら、まず助からないんだよ」
この者は、いったいなんだ?
「死ぬんだ、簡単に。刺されたり、斬られたり、魔術をぶつけられたり、どころか、建物が崩れてきただけだって……死んでしまうんだよ……!」
「ぐ、な……ガッ――!」
重く低い、怨嗟の声を吐きながら、
手にした剣を、ガエンへと突き刺していく。
わざと急所を避けるようにしながら、ゆっくり、ゆっくりと。
「街で聞いたって噂を、ミコが教えてくれた。その特徴、迷宮都市に侵入した魔族だろう? おまえが来なければ……ああいや、ヤスナさんたちのこと、直接は関係ないか。ははっ、僕も結構混乱してるらしい」
「グ、やめ……っ」
「やめろ、か。聞く義理はないな」
無茶な使いかたでもしたのか、刃毀れも著しい鈍。
そんなものが、己の鋼の肉体に突き立つはずがない。
「死んだんだよ。ミコだけじゃない、多くの人が。おまえたちの心底どうでもいい戦いで、ただそこに暮らしていただけの人が、何人も――!」
否、そのような不可解よりも、
斯様にただ殺されかけているという事実が、ガエンには到底受け入れがたく。
武人として、戦いの中で死ぬるなら本望。
(だが、これでは……っ)
追い剥ぎか、通り魔か、
ニンゲン同士が行きずりで殺し殺されるかのような、
そんな死にざま、戦に生きる者にとって、
これ以上の不条理はない。
ごりごり、ごり、と。
己が死をまざまざと実感させるかのように、鈍の刃はじわじわと進み続け、
「ガッ?!」
やがて心の臓――奇しくもニンゲンと同じ急所を、切っ先は捉え。
(ああ、我は武人、だというのに――……)
武に生きるを誇りとした魔族八将が一、“貌破天のガエン”は、
武に死ねぬ失意に塗れたまま、あっけなく死んだ。




