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あおいそらのもと




〈side:others〉




「おおおおおっ!!」


 槍を構え、天に昇る彗星のごとく竜機に迫る朋矢。


「ぬうううんっ!!」


 真っ向から迎え撃つは、拳。

 巨大な鉄塊のごときガエンの正拳突きが【神槍】の切っ先とかち合い――


 激突。


 空にもうひとつ太陽が生じたような閃光。

 のちに音の速さで伝播する衝撃が大気を揺らし、地上の家屋までもがビリビリと震える。


「ッ?!」

「チィッ!」


 天上では両者とも同程度に弾かれ、後退。

 朋矢は“加護”の力で、竜機は己が機能をもって、中空にて踏み止まる。


「魔族……それも幹部級か」

「いかにも。八将が四位、ガエン。貴様の首を貰い受ける者よ」

「ずいぶんとケッタイな格好だな。頭が二つばかし多くねーか?」

「ふん、多勢に無勢、と捉えてくれても構わんぞ? 負ける言いわけにはあつらえ向きであろう」

「ハッ! 言うねぇ。けど気遣いご無用だッ!」


 向かい合い、口での応酬。

 されど間を置かず朋矢は空を蹴って加速し、

 再び突撃。


「ぬぅっ?!」

「生憎様、こっちだって一人ってワケじゃねーんだ! ――援護よろしく!!」

「オッケー!」

「了解!」

「ま、まかせてっ」


 金剛の拳で迎え撃つガエン。

 その目が朋矢の向こうに、飛翔し馳せ参じる少女たちの姿を捉える。


 【遊星】、椎名(しいな)風子(ふうこ)

 王国魔術師筆頭、イリス・エヴァレッド。

 そして【聖女】、守永(もりなが)優愛(ゆあ)


「わりーが四対三だ。負ける言いわけにゃ十分か?」

「ははっ、言うてくれるわ!!」


 かくして天空にて役者は集い、

 天災のごとき決闘、その火蓋が切って落とされる。




   ○




 街は混乱の最中にある。

 朋矢たちと竜のような魔族、その戦いが上空で展開されたがために。

 双方が攻撃を行うたび、余波は街中へと降りそそぐ。

 火球。閃光。衝撃。

 ひとつひとつが凄まじい威力を秘め、家屋を、石畳を――そして人の波を吹き飛ばしていく。


「なんで、なんで……っ」


 ミコを探し、災禍の中を走りながら、


「――なんで街の上で戦ってんだよ! 朋矢!!」


 切れそうになる息で、それでも叫ばずにはいられなかった。

 睨む視線を上へ。戦いはなおも続き……つまり声が上空へ届いた様子はなく。

 崩れ落ちる建物。人々の悲鳴。方々で上がる火の手。

 この騒乱が僕の声などかき消してしまうのは、わかりきったことではあるけど。


「ッ!!」


 歯を食いしばり、走るペースをさらに上げる。

 同時に視線も巡らす。


 ミコの姿は、いまだ見当たらない。買い忘れた、と言っていたから商店の多い区画をまわっているけど……こんなことになるなら、なにを買うかくらい無理にでも聞き出しておくべきだった。


「くそ……っ」


 迂闊だった。

 危険な状況ではぐれた時、落ち合う場所くらいは決めておくべきだった。戦争をしている世界なんだ。街中だからって安全というわけでもないのに……!

 あのときああしておけば……今考えてもしかたがないにもかかわらず、後悔ばかりが募る。


 混乱は酷くなりこそすれ、収まる気配はない。

 上空の戦闘が激化しているからだ。

 目を向けずともわかる炎や雷や光の奔流は、まるで悪趣味な花火のようでもあり。


 朋矢は、あいつは熱くなり過ぎるとまわりが見えなくなる。

 サッカーの試合でもそうだった。

 スタンドプレーに走って、ますます視野は狭まって……


『わりーわりー! けど点は取れたろ? おまけに反則も取られなかったしっ』


 何度注意しても直らなかった、あいつの悪い癖。

 持ち前の要領のよさでチームに窮地こそもたらさなかったけど、

 毎回、割を食う選手はたしかにいた。僕が執り成せば収まる不平ではあったけれど、それが余計に朋矢に改めさせる機会を逸する要因であったことも否めず――


(ッ! 余計なことを考えるな! 今はミコを探すことだけに集中しろ!)


 己を叱咤し、街道を駆け抜ける。

 このあたりの被害はとくに酷い。火災の煙と熱気で息は詰まるし、道を塞ぐ瓦礫も多い。

 倒れて動かない人の姿も目につく。

 すぐに助けてあげられないのが心苦しい。

 倒れているのがミコでないの認め、安堵する自分がいることも、申しわけなく思う。


 それでも足を止めるわけにはいかない。

 大切な仲間だから。

 今となっては、きっとこの先も、ただ一人の――


「! ミナモト様っ」

「ミコッ!!」


 路地を折れた先、とうとうその姿を見つける。

 小さな子の手を引き、かばうように歩いている。おおかた迷子を保護したのだろう。彼女らしい行動に思わずすこし表情が和らぐのを自覚し、




 ミコの、背後の建物が、

 空からの衝撃で爆発、崩れ落ちて。




「!! ッ――」


 駆けだそうとする寸前、余波は僕の体をも吹き飛ばす。

 飛んだ意識を無理矢理覚醒させる。路地に転がっていた身を起こし、再び駆けだそうと、


 した、ところで、

 崩れた建物に半身を圧し潰され、倒れ伏すミコの姿が、目に、入って……


「――~~~~~~~~ッ!!!」


 わけのわからない叫び声は、自分のものだった。

 気づけばそばまで駆け寄っていて、しゃがんで彼女の状態を確かめて。


 思い知る。

 体に食い込んだ、へし折れた柱。こぼれ落ちた血溜まり。

 どう見ても、助からない。


「……ぇへへ、すみ、ません、ドジッちゃいました……っ」


 うつ伏せの顔を上げ、そう言って笑うミコ。

 いつもどおりの調子を、無理矢理に絞り出すかのように。


「ほん、と、いつもいつも……ミナ、モト様にはご迷惑ばか、り」

「ぁ、ああ、いい、いいから、もう……」


 自分がなにを言っているかもわからぬまま、縋るように彼女の手を取る。

 急速に失われていく体温。

 それをまざまざと感じ、前も見えないほどに涙が溢れ出す。


 子供を呼ぶ声と、呼ばれて駆け出す子供の足音を、ぼんやりと背後に聞く。

 ミコが咄嗟に突き飛ばしたものだ。自分より、誰かの助けに。そんな彼女だから、僕は……


「し、死んじゃだめだ、死なないでくれ――ッ!!」

「ぁ、はは、そうしたいのはやまやまですが……ごめ、なさ、わた、の治癒って、みそっ、かすで……」


 無茶を言う。無茶だとわかっていながら。

 どんな魔術でも死者は蘇りません。

 いつか聞いた言葉。いや、ミコはまだ生きてる。生きてるけど、これを治せるのなんて――


「――!」


 かすかな希望に、見上げる。

 上空には、異形と数人の人影。

 魔族を直接相手取っている朋矢はいざ知らず、後方で支援に徹している優愛であれば、あるいは。


「優愛! 優愛っ!! ゆあーーーーーッ!!!」


 あらん限りの声で、呼ぶ。

 周囲に巻き起こる火災と煙。届く可能性はゼロに近いが、関係ない。

 今ここで僕の喉が潰れようとも、構うものか。


 祈りが届いたのか。

 ふと戦いから逸れた彼女の視線が、そのまま僕とかち合う。


「! 優愛ッ!!」


 歓喜に再度、その名を呼ぶ。


 けれど、

 僕を見とめ、すこし逸れてミコも捉えた様子の、優愛の視線は、


「……」


 そのまま逸らされ、戦いのほうへ戻って。


「な、なん……?」


 なんで? 呟きすらも途切れ。

 手応えから返るミコの力が、くたっと抜けたのを感じ、慌てて視線をそちらへ。


「ミコ! ミコッ!!」

「ありがと、ござ、ます……わたし、ミナ、トさ、の、おやく、に……」


 その目はもう、僕を映していない。

 血溜まりは、僕の足元まで届いている。

 ぬかるむ温さと、小さな手の冷たさを残し、


「……――」


 ミコという少女は、

 その命を儚く終える。


 終える?


 死んだ?


 ミコが?


「……………………」


 火災の熱気。

 燃え落ちる建物の音。

 雑多な、煩わしい感覚。


「……………………」


 見上げれば目に映る、勇者と魔族の戦い。

 派手な光をまき散らす、漫画かCGめいた光景。


 穏やかで、能天気でさえある青空を背景にして。


「……はは」


 それを見ていたら、つい、


「ははははは――あっははあはあははははははははっ」


 なんだか無性に、笑えてきた。

 おかしくはない。

 うれしくもない。

 なんの感情にも由来しない、果てしなく虚しい、笑いが。


「――ははは、あはっはははあははあはは、はは……っ」


 ひとしきり笑っていると、空に変化が。

 煙を上げて落ちていく異形。どうやら朋矢たちが勝ったらしい。


「はははっ……」


 言い知れぬ笑いの衝動が、だんだん治まってくる。

 視線を落とす。

 もはや物言わぬ死体(もの)と化した、ミコを見て。


「帰るか」


 ふとこぼれた言葉に、すこし驚く。

 同時に酷く腑に落ちる。

 そうだな。

 余所事(・・・)はさっさと片づけて、

 とっとと帰ろう。

 こんな世界からは。

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