旅の途中で
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四つ目の封印を解き、次の場所へ向かう途中。
休息と補給のため、僕らは街へと立ち寄った。
久しぶりに訪れた規模の大きな街。人類圏の外縁に位置し、遠くには魔族の領域も望める。
現在、朋矢たちも滞在しているという。
ひとつ大きな戦いを終え、一時の休息を得るために。
「ミナモト様……」
街の人との世間話で、そのことを知ったあと。
ミコが隣から、気づかわしげな視線で僕を見上げてくる。
「……ごめん、僕は平気」
「ですか?」
「うん。それに、顔を合わせるつもりもないしね。僕の、今の事情もあるけれど……」
幸い、と言っていいのか、彼らは街の中心――貴族の館や高級宿の集まる地域にいるらしく、そちらへ近づかなければ鉢合わせる可能性もないだろう。
僕の行動を異神に察知されないため、会うわけにもいかない。それは確か。
「……いや、なんでもない。それよりとりあえず、宿を取ってしまおうか」
けどやはりまだ、二人と顔を合わせるのが辛い――
その本音は、わざわざ口に出すことでもない。そう思って僕は話を変える。
「です、ね。はいっ」
なにか察したようだけれど、指摘はせずに流してくれるミコ。
気遣いに内心で感謝しつつ、手頃な宿がありそうな一角へと足を向ける。
戦時にも関わらず、街はどこか活気に満ちていた。
戦勝の祭りを明日に控えているらしい。
王都でのことを、すこしだけ思いだす。なんだか楽天的にも思えてくるけども、市民のガス抜きというか、必要なことではあるんだとも思う。勇者が来るまでは侵攻に次ぐ侵攻でかなり追い詰められていたようだから、その反動もあるだろう。それこそ勇者の活躍により、物資に余裕ができ始めたという面も、おそらく。
「お祝いごとは、ないよりあったほうがいいですから! それに戦争中だからって、くよくよしてばかりもいられませんし」
「たくましいね、この世界の人たちは」
「ミナモト様の故郷は、違うのですか?」
「どうだろう……戦争なんて遠い出来事だったし。時間も、場所も」
このあたり、もしかしたら僕は、いまだ実感に乏しいのかもしれない。なんだかんだ戦争の渦中からは外れていたし、今やっていることだって、最前線で戦うべき勇者とは真逆の、しかも言ってしまえば戦争そのものを無効試合にしてしまうような行動だし。
「話に聞くにすごいところですよねー、ミナモト様の故郷。魔術がなくて、カガク? が発展してて……鉄の馬車がすごい速さで走ってるんですよね? ……危なくないんです?」
「まあ、危ない、のはそうだけど、そのための道も法律もあるから……」
なんでもないようなことを話しながら、街並みを歩く。
軒先には飾りつけなど、祭りの準備に勤しむ人たち。道行く人もどこか明るい顔で……
なんだか嘘のような、平穏さ。
たとえ一時のものだったとしても、
そこにはそれが、たしかにあるように、今の僕には思える。
折よく宿にも空き部屋があり、道中で得たものの売却も滞りなく。
昼食も摂り、すこし早いが宿に戻ろうという段になって、
「――あっ!」
不意に隣で、そう声を上げたのはミコ。
「すみませんミナモト様っ、買い忘れたものがあったのを思いだしまして……」
「そう? じゃあ戻るのはそっちに寄ってから、」
「いえいえっ、先にお戻りください! 連日歩きどおしでお疲れでしょうしっ」
「それはミコも同じじゃ……」
「わたしはまだまだ、元気だけが取り柄ですから! それにその、ちょっと個人的な買いものなので、わざわざお手をわずらわせるというのも……」
ついて行ってもよかったが、なにやら口ごもり気味の彼女。
無理に同行するのも、なんだかデリカシーに欠けるような気もする。
小さい子というわけでもないんだし、あんまり心配するのも失礼だろう。
「そっか。うん、行っておいで。けど危ない目に遭いそうになったら、」
「逃げます! 脱兎のごとく! 迷宮都市で買いだししてたときも、何度かそうやって切り抜けましたし!」
「切り抜けたんだ」
そういうわけで、いったん別行動に。
宿までの道を、ひとり歩く。
(……静かだな、なんだか)
街並みの喧噪はそのままのはずなのに、そんな風に感じる。
隣にミコがいるのが、すっかり当たり前になってしまったようだ。なにげない会話を交わしながらの道行きは、思えば僕の心をずいぶんと軽くしてくれていた。
ミコの存在がなければ、
恋人と親友に裏切られたという事実に、いずれは圧し潰されていたかもしれない。
レガスに頼れる人もおらず、一人で、
世界の命運を左右しかねない旅路に耐えられるほど、自分が強いとは到底思えないから。
ミコには本当に感謝しているし、その人柄も好ましく思う。
一方で、気づいてもいる。
時折彼女から向けられる感情。
憧れと恋慕。その間で揺れているかのような、淡い想い。
(けど――)
ミコの想いには応えられそうにない。それがすこし、心苦しい。
彼女への親愛はあくまで仲間に対するそれであり、女の子として見れるかというと……申しわけないけれど、ちょっと話は変わってくる。
(慕われてるのは確かだけど……やっぱりあくまで後輩って感じ。もしくは、親戚の子?)
三つという歳の差以上に下の子、みたいな印象もある。べつに言うほど子供っぽいわけでもないし、むしろしっかりした子のはずなんだけど……
まあ、それ以上に、
そもそも恋愛自体から距離を置きたいという、僕の個人的事情のほうが大きいのだろうけど。
本当に、
優愛と朋矢のこと、思った以上に深刻に引きずっているらしい。
こんなにも弱かったのか、と、もう何度もくり返した自分への落胆と、呆れ。
(――っと、落ち込んでる場合か。今はそれより、成すべきことを)
今、僕が成すべきこと……
宿へと戻って休息を取ること。自分でも思っている以上に疲れているんだろう、きっと。
ミコの指摘はもっともだった。あるいは彼女、僕よりも僕のことをわかっているのかもしれない。
あれこれ考えるうち、取っていた宿の見えるところまで差しかかり、
不意にそれは、聞こえてきた。
キィン――
という聞き慣れない、
いや、どこかで聞いたことはある気がする音。
なんだろう……すこし考え、気づき、
いや、ありえないとすぐに思う。
だってその音は元の世界、父さんに連れられて見に行った自衛隊の演習で聞いた――
そこまで考えた直後、
飛来する独特の風切り音。そして、
爆炎と、熱風。
「ッ?!」
咄嗟に伏せ、頭をかばう。
背中を煽る熱。石畳か建材か、いくつかの礫が当たるのも感じる。
恐怖。混乱。あたりで上がる声と、その騒音すらかき消すような爆撃が、二、三と続き……
「……どう、なってるんだ? なんで……」
治まった、そう判断して身を起こし、
広がる、惨憺たる光景に、呆然とそれだけが口からこぼれる。
破壊され、あちこちで火の手が上がる街並み。
怪我をして倒れている人も多く、理不尽な恐怖に誰もが嘆き、悲しみの声を上げている。
なんで、なんて、わかりきったことだろうに。
戦争をしているんだ。この世界の人類は。
平穏な日々に突如魔族が攻めてくる。それがありえる場所だろう、ここは――!
「――ミコは?」
やっとそれに気づく。
(なにをやってるんだ、僕はッ!)
すぐさま駆け出す。どこにいるかはわからないけど、まずは彼女とわかれた通りまで――
その上空、
不気味な機影を視界の端に捉えたけれど、今は構っている場合じゃない……!
〈side:others〉
街並みを見下ろす、天上。
たなびく雲よりは低く、鳥の飛ぶよりは高い、
そんな空域に、浮かぶは奇怪な異形。
背には天を掴むように広がる、大小二対の翼。
四肢は体躯に沿うように折りたたまれ、あたかも盾や甲殻の様相。
全身をくまなく覆う、鈍い輝きを宿す鱗。
長大な尾を風にくねらせ、悠然と空にあるその姿は、
さながら伝説に語られる“竜”のごとくあり――
『ふむ、威力はまずまずか』
奇妙なのはその“竜”、
首より先、頭が存在せず、代わりに異形の人形が据えられており。
『ハハッ、こりゃいい。手ずからやる感触がねぇのは残念だが』
『……わかっていようガ、制御を抜かるなヨ? テンキョウ』
『そっちこそ魔力を惜しむなよ? 出力の要はなんだかんだムジョウ、おめえだからな』
『ふン、言われずとモ』
腰より上のみの人形は胸郭、そして背にも。
軽口を叩き合う背と胸郭。そして腕を組み地上を睥睨する頸部のそれらは、
言わずもがな、レガス人類の天敵たる“魔族”に他ならず。
『――さて、万全を期し、叩きに来たぞ。【神槍】の勇者とやら』
光を伴って跳躍、そのまま飛来しつつある勇者を見下ろし、
魔族八将が一体、“貌破天のガエン”が獰猛な笑みを浮かべ、宣う。
『太古の地層より出土せし“竜機”と、がらくた頭の外法術――それらにより成しえたこの三位一体の“騎竜機”の力、その身にとくと味わうがよい……!』




