穏やかならざる内心
〈side:others〉
魔族との戦いが、厳しさを増してきている。
勇者たちの絶大な力によって、これまで驚異的な速度で魔の軍勢を退けてきた人類側。
その速度が近頃、鈍りつつある。現在の戦線は魔の領域内にある。敵地に攻め入る段にあれば、今までどおりといかないのは当然ではある。
そうわかっていても、思いの外苦戦を強いられている。
戦いの機微には疎い守永優愛でさえ、そう感じる機会が多い。
例えば、敵の拠点と見込んで攻め入った先が空振りだったり、
かと思えば、予期せぬ場所から仕掛けられた攻勢に難儀したり。
そのうえで個々の魔物もより強力に、狡猾になってきている。
敵の卑劣な罠や幻術により、一般兵の犠牲も無視できないほどに増えつつある。
幸いにして、作戦に参加している勇者――2‐Cの面子に今のところ欠けはない。
けれどもそれも、いつまで続くか。
この戦争が“命懸け”であることを、皆言葉にしないまでもひしひしと実感しつつある……
優愛にはそう見受けられた。
そのせい、もきっとあるのだろう。
「優愛、いいよな……?」
「ちょ、朋矢、く、や……っ」
朋矢から体を求められる頻度が増していた。
利のいない不安から縋りついた、迷宮都市での出来事。
あれからほどなく、二人は肉体の関係を持つに至っていた。やや強引な朋矢の求めを、優愛が拒めなかった結果だった。
その日も勝ちはしたものの、受けた兵への被害の多さに後悔の残る戦いがあった。
無念と苛立ちもあったのだろう。軽く酒も入っていた朋矢は部屋を訪れるなり、ほとんど力にものを言わせて優愛の初めてを奪い去った。
最初もその後数回も、とにかく痛いばかりだった行為。
痛みも鈍ってきた近頃は、強引に何度も登り詰めさせられるのがすこし恐くて。
それでも優愛は、いまだに行為自体を拒むことだけは出来ていない。
もちろん、利に対して申しわけない気持ちだってある。
もし今会えたなら、
とにかく謝って、それから朋矢との関係を認めてもらうつもりだ。
「――はーっ、はー……っ」
自室として宛がわれている最上級の宿。
行為の後、ベッドの上で息も絶え絶えになった優愛。
朋矢は先にシャワーを浴びにいっている。戦士系の、勇者最強の“加護”を持つ彼の体力はすさまじく、回復も早い。優愛も術士系にしては体力があるほうだが、純戦士系の朋矢とは当然比べるべくもなく。
一人ベッドに寝転がり、ぼんやりとしながら、
(もし、初めての相手がトールくんだったら……)
鈍った頭でつい、そんなことを考える。
利とはキスと、あとは軽く、いや結構深めのハグまでだったが、
一度だけ、いわゆる“いい雰囲気”になったことがある。優愛が利を自室に呼んだとき、彼の端正な横顔、そしてこちらに気づいて無防備に投げかけた微笑みに、つい堪らなくなって覆いかぶさるように抱きついてしまったのだ。
ひとりでに潤む目。見つめた彼の顔は真っ赤で、とまどいながらも拒む色はなく――
けれど、優愛を押し止め、やんわりと引き離した。
『こういうのは、さ、きちんと責任を取れるようになってからのほうが、いいんじゃないかな? お互いに……ね?』
そう言って、すこし申しわけなさそうに微笑んだ利。
相手を大切に想っているからこその、地に足のついた考えかた。
当時の優愛はそのように捉え、ますます彼に惚れなおしたものだったが……
今にして思えば、
あれはたんに怖気づいて、尻込みしただけなんじゃないか?
朋矢のある種衝動的な押しの強さ。それに触れたからこそ、余計にそう感じられる。
じつのところ、激しく求められるのもそれほど嫌ではない。
自分を必要としてくれている――それをこれでもかと実感できるから。
(でも……)
もし、レガスに呼ばれることもなく、
あのまま順調に利と仲を深め、その末に結ばれていたとしたら――
きっと彼は、優愛をとてもやさしく、丁寧に扱ってくれただろう。
とろけるほどに甘いひとときがありありと浮かぶようで……
だからか、優愛もそんな“もし”を考えずにいられないのだった。
「…………」
浴室で、一人汗を流す朋矢。
魔術で起動するシャワーの水温は自在だが、浴びているのは冷水。現在の気候を考えればやや寒いくらいだが、それが気にならないほど、体はいまだ熱を帯びていた。
「クソッ――」
小さく毒づく。
これでもかと発散して猛りのほうは静まっているが、熾火のように燻る苛立ちは消えない。
今日発生した魔物との戦闘。結果だけならばこちらの勝利だったが、
過程が散々だった。思うように戦えず、一般兵にもずいぶん犠牲が出た。
魔の軍勢の戦いかたが巧妙になっている。それも確かだが――
こちらの戦術の綻び。そのきっかけが、朋矢の前のめりな動きにあったこと。
自覚できるからこそ、余計に苛立ちは募る。倒した魔物の多さ、戦功そのものは朋矢が突出しており、ゆえに誰から責められたりもしないのだが……
(そーいう気遣いもイラッと来るんだよな、逆に)
軽く舌打って、冷水を浴び続ける。
冷えを感じないどころか、湯気が立ち上る気さえするほど熱い体。
元々鍛えてはいたが、レガスへ来て“加護”を得て、全身の筋肉はキレを増した。
近頃はますます研ぎ澄まされている。【神槍】を扱うに足る、まさに神の宿る肉体。
そう、もはや利など相手にもなるまい。
力も栄誉も遥かに勝り、なにより恋人すら今や自分の手の内。
にもかかわらず、
今日の戦いの折、朋矢はつい考えてしまった。
――もしこの場に、トールがいたら。
「ッ!」
衝動的に壁を殴りそうになって、なんとか思いとどまる。
今の力でそんなことをすれば壁の破損どころか、その先にいる優愛まで余波を受けるだろう。
(クソ……ッ)
もう何度目かの内心での悪態を、今一度くり返す。
今や自分のほうが利より強い。それは間違いない。
だがそもそも、利の真価は強さ――身体能力の高さにはない。
身のこなし、手先足捌きの器用さ。
なにより物事を俯瞰、先読みできる視野の広さ――
これらこそ、利の強み。あるいは恐ろしさか。
元の世界では遺憾なく発揮されていた強み。
学業の成績は言わずもがな。サッカーにおいても、味方への指示や的確なパス回しなどによって、利はいつもチームの勝利に貢献していた。
朋矢にはない強み。試合の場にて皆を率いて戦う、将の才覚。
本来ならばレガスでも、それは十分に生かされたのだろう。
もし利がまともな“加護”を得ていて、今でも一緒に戦えていたのなら、
今日のようなしょっぱい戦にはならなかったはず。
敵味方双方の動きを捉える観察眼。戦いの機微を読み、好機を逃さぬ勝負強さ――
試合の中で飽きるほど接した利の強み。
それは戦場でも、存分に振るわれていたに違いない。
ここぞという時に利がかけた号令で、満を持して突撃する自分――
そんな姿がありありと浮かぶ。
それこそが余計に、朋矢を苛立たせる。
(なんだ? 結局オレにはアイツが必要だってのか? オレの強みは、アイツがいてこそ生かされて……)
こうと決めれば形振り構わず目的へ邁進できることこそが、朋矢自身の強み。
そのぶん視野が狭まるきらいがあり、利ほど頭も回らない……そういう自覚は、たしかにある。
だから結局、利を頼らなければ自分の真価は発揮されない。
――そんなことはしかし、朋矢には到底認められない。
(やっとだ……レガスへ来てやっと逃れられたんだぞ!? 万年二番手っつークソみてぇな呪縛からッ!!)
学業はともかく、サッカーでも容姿でも、
利がトップで、朋矢は次点。お調子者というキャラ立ても、そうしないと利という圧倒的な光の前に霞んでしまうからだった。そうして道化を演じても、得られる評価は結局“利の親友”
親友? 笑わせる。
アイツはいつだって、オレの目の上のタンコブだったよ。
「ッ、ふー……カッカすんなよ厚美朋矢クン。たいした失敗ってワケでもねーのに」
あえてお道化て、独りごちてみる。
そう、べつにどうってことはない。
なんだかんだ、今まで一度だって負けたわけでなし。
【神槍】の力も、使えば使うほど強くなっている自覚だってある。
魔王がどれだけ強大だろうと、まったく負ける気がしないくらいには。
味方だっている。【聖女】の優愛に、【遊星】の風子。
宮廷魔術師のイリス。そして強力な魔剣士だというエリカも、決戦では隊伍に加わるだろう。
奇しくも美少女、美人揃いの仲間たち。
なにより今をもって、この場にあの利はいない。
(勇者としての功績だって十分だし……ここはもうすこし、自分に素直になってもいいんじゃないか? 朋矢クンよ)
浮かんだ考えも案外行けそうな感じがして、
朋矢の口の端は自然と、つり上がった。
朋矢「奥田……? 素で忘れてた」




