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穏やかな旅路




〈side:???〉




 そこはレガスにあって、レガスには属さぬ次元。

 虚空にぽつりと、建物の一室が存在している奇妙な空間。

 室内の様相は一言でいえば、けばけばしい。

 床は白と黒の市松模様のタイル張り。壁紙の色も模様も、高級感より派手さが目につく。

 およそレガスの文化にはそぐわない景観にあって、

 嫌でも目を引くのはなにより、居並ぶ装飾品。

 狂気に囚われた画家が死に際に遺した絵画。現世への恨みを刻み込んだような彫刻……

 果ては額縁に収められた神の眷属の生皮や、生きたまま剥製にされた聖獣なども。

 わずかに置かれた品のある調度も、形無しどころか露悪の彩りにすらなっているような、

 そんな一室で、


「そら、これでここの陣地はこちらのものだ」

「……なあ、やっぱ戦力偏ってねぇ? 明らかにこっち不利じゃん」


 二人の男が卓を挟んで言い合っている。

 一方は高価そうなスーツに身を包んだ老人。

 もう一方は派手な着物を着崩した壮年の男。

 卓上にはチェスめいた盤と、数々の駒。


「仕方なかろう。世界の自浄作用には、さしもの我らも干渉できん。どうあがいてもこの世界は、真っ当なモノの味方をするように出来ている」

「わかってるがよォ……がっかりしねぇ? 結局いつも人類側の勝ちって流れには」

「辟易なのは同意だがな。だからこそ毎度攻守を交代しているのではないか」

「それも、わかってっけどな」


 男、とはいうが、実際は両者とも人間ですらない。

 漂泊の神――数多生まれる世界にあって時折発生する、神の成り損ね。

 それらの多くはなにものにもなれないまま消滅するだけだが、

 ごく稀に余所の世界へ混入し“寄生”、場合によっては“乗っ取り”などの悪さを働く。


「あーああー、たまには欲しいよなぁ意外性ってモンが。こう、衝撃の展開! 予想だにしなかった大どんでん返し! てな具合の」

「ふむ、なにか、あるのではないか? そのための仕込みなどが」

「……さぁ? そっちこそどうなんだ、相棒」

「……ふん」

「……」


 互いが笑みを浮かべ、腹の内を探り合う。


 人類側に妙な“駒”が紛れ込んでいることには、両者とも気づいていた。

 そして両者ともに、確信がある。

 これは相手側の奇策であると。

 なぜなら実際、仕込んでいるからだ。

 互いが相手を出し抜き、決まりきった流れに彩りを添える趣向(サプライズ)を。


 無論、両者とも曲がりなりにも神。

 その気になれば手の内を読むなど造作もない。


 だが、そうはしない。

 所詮はただの暇つぶしといえど、そのようなネタバレはあまりにも無粋。


「まあ、楽しもうではないか。事と次第によっては、ここから如何様にでも転ぼう」

「それもそうだ。駄目だとしても、次があるしな」


 互いが思う。相方も、そして地上の塵芥どもも、

 せいぜい己を楽しませてくれ。


 そして考える。相手の奇策がいかなものか。どう切り返してくれようか……


 それそのものが、盛大な読み違えであるとも気づかずに。




   ○




 僕たちの旅は続く。

 世界に散らばる神の封印、そのすべてを解放するまで。


 もっとも、本当にレガス全土を巡らなければならないわけではない。

 この世界での人類の繁栄は、数ある大陸のうちのひとつの、さらに一部に止まっている。そのうえで神へと通じる場所は、かつてあった信仰の跡地。ゆえに人類の勢力圏の外には存在しえないのだ。

 とはいえ、所在のほとんどは人類圏の外縁。果ては今では魔族の領域に呑み込まれてしまった場所もあるため、危険を伴う旅路であることに変わりはない。


 最も危険が予想され単純に距離もある魔族の領域内は、最後に回ることに決めた。

 それ以外の、残り八つ。“神の気配”を近く感じる順に、僕らは巡る。


 思いの外、穏やかな旅路だった。

 魔物との遭遇がほとんどなかったのが、やはり大きい。人類圏に潜む魔物の多くは、魔族に操られ戦力として集められたという。強力な魔物ほど使役の優先度は高いはずで、自然残るのは、あまり強くない魔物ということになる。


 少なくとも、迷宮内よりはずっと安全。しかもあちらは、ヤスナさんたちが同行のうえで。

 比べて、今回仲間はミコだけ。それだけでも安全のほどが窺えよう。


 そのミコだけど……

 当人も申告しているが、どうも戦闘面はやはりとことん苦手なようで。


 膂力は性別、そして年相応であり、前衛はとても任せられない。

 なので戦闘が発生したら、基本的に後衛(うしろ)へと下がってもらうことになる。

 けれど攻撃術、支援術を持たず、遠距離武器の心得もない。

 しいて扱えるとすれば投石紐(スリング)くらいなのだけど……


「えいっ、えい! ……うう、ぜんぜん当たらない」


 ミコという子は、悲しいくらいにノーコンだった。

 前で戦う僕へ誤射することがないのがせめてもの慰めだけど……およそ明後日の方向へ飛んでいく石を見るたび、思わず脱力しそうになることもしきり。


「すみませんミナモト様。またしてもお役に立てず……」

「いや、うん。戦おうって気概は立派だと思うよ……うん」


 しょげかえる彼女になんと声をかけたものか、毎度悩んだりもするけど。

 野営の手際などをみるに、不器用ということもないはず。

 歩きどおしの旅路にもついてこれているし、体力も申し分ない。

 要は戦闘にだけ、とことん向いていない。

 たぶん、能力ではなく心が、だ。


 ミコほど優しい心根の持ち主は、そういない。

 人の痛みを我が事のように思い、誰かの悲しみに寄り添ってあげられる、そんな子だ。


「あっ、またお怪我を――治しますねっ」

「ほんとだ。でもこれくらいなら、」

「いえっ、やらせてください! わたしにできるの、これくらいですから……!」


 こんな風に、小さな怪我にも気づいて癒そうとしてくれるように。


 戦いとはどこまでいっても、他者を害し、傷つけ、排する手段だ。

 彼女のような心根の人には、当然のように到底向かないことだけど、

 それでいい、とも思う。

 その分まで、僕が戦おう。


 願わくは、ミコのような優しい人たちが、

 戦いに手を汚すことのないような世界になればいいと、心からそう思う。




 旅の途中、比較的大きな街を訪れたとき、僕は知った。

 朋矢と優愛。二人が恋仲であることが、もはや世間では公然の事実と扱われているのを。


 元の世界のような規模のネットワークは、このレガスにはない。

 それでも魔術による撮影、通信技術は存在する。これら共々個人で扱える代物ではないが、大規模施設を用いた文書の複写魔術もあるため、新聞のような発行物も市井に出回っている。


 その発行物で、二人の仲が扱われていた。

 それこそ恋人の距離で寄り添いあう写し絵とともに。


 もちろん、ショックではあった。

 けどそれより、

 ああ、そうか、そうなんだな、という納得のほうが大きかった。


 あの日、抱きあう二人を見たときから、薄々感じていた。

 優愛の心はもう、朋矢のほうにかなり傾いてるのだろう、と。


 それ以前に、

 この世界に来る前から、本当は僕も気づいていた。

 朋矢が僕よりも前に、優愛に惚れていただろうこと。

 僕とつきあってからも、優愛は朋矢に惹かれる素振りを、わずかながらみせていたことを。


「――なんなんですかあのひとたちは! 信じられませんッ!」


 街を出てから数日。最初の野営のとき、

 焚き火を前にして、ミコがそんな風に憤慨する一幕が。


「アツミ様もモリガナ様もっ、ミナモト様をなんだと思っているのでしょう?! いえ、あんな人たちに()なんてもう必要ありませんねッ。呼び捨てで十分です!」

「えと、ミコ? そんなにかき混ぜると鍋が、」

「ひゅ熱ッ!? 顔にはねました!」


 おろおろする彼女の頬を拭ってやって落ち着かせる。

 炊事は手馴れた様子のミコだけどすこし、いやだいぶそそっかしいところがあって、しばしばこういったポカをやらかす。


「ぅ、すみません……っ」

「気にしないで、と言いたいとこだけど、もうすこし慎重にね」

「お、仰るとおりで」


 軽く注意をすれば、照れくさそうにしてからしゅんとするミコ。

 それから今度はゆっくりと鍋をかき混ぜつつ、上目遣いにこちらを窺う。


「ミナモト様は、どうしてそんなに落ち着いていられるのですか? くやしいとか、腹が立ったりとか……」

「そりゃ、ね。どうして? って今でも思う。けどなんていうか……うん、呆然としてるんだろうね、まだ。怒るほどの気力が湧いてこないっていうか」

「あ……」


 訊ねられ答えながら、そうだよな、とあらためて自覚もする。

 怒るっていうのは、存外に体力を使う。これまで本気で怒ったことなんて数えるほどしかないけど、思い返せばそのたびに、嫌な疲労感がどっとのしかかった記憶がある。


 あの日打ちのめされたダメージは、いまだ癒えきっていない。

 やるべきことのために体は動くけど、

 それ以外に気をまわす余裕は、まだないと感じる。


 こうなると、異神への情報漏洩対策で朋矢らに会えないのも好都合かもしれない。

 もちろん、さっさと話をつけなかったからこそこうなった面も、おおいにあるだろうけど……


 あるいはもし、実際にいざ当人たちを目の前にして、

 自分が激情に駆られないと、はたして言い切れるだろうか。

 怒りや悲しみに呑まれ、酷い言葉を投げかけてしまうのではないか。

 果ては、暴力に訴えやしないか。


 もちろん最強の勇者である朋矢に、力ではとても敵うまい。

 僕が危惧するのはむしろその先――

 僕が挑みかかり、朋矢が反撃し、

 そしてもし万が一、うっかり僕を死に至らしめてしまったら。


 そうしたらきっと、優愛が傷つく。

 裏切られ、捨てられた身ではあるけれど、

 それでも恋人と、親友だったんだ。

 いたずらに傷つけたいわけじゃないし、傷ついてほしいとも思わない。


「ごめんなさい、わたし、ミナモト様のお気持ちも考えずに……」

「気にしないでっていうか、君が気に病むことじゃないよ。世界が大変って時にこんな、僕の個人的なことなんかで」

「~~けどっ、やっぱりわたし、到底許せそうもありません! あのひとたち、さも――」

「ミコ?」

「いえ、なんでもないです……」


 またも憤慨しそうになったミコが、不意におとなしくなる。

 それきり黙って炊事に戻る彼女。気にはなったけど、気まずそうにしているのを見て無理に聞き出すこともないだろうと思い、なにも言わずに焚き火へと視線を移した。




〈side:Miko〉




 できあがった鍋料理を黙々と口に運びながらわたし、ミコはというと、

 心の中で猛省していた。さっきはつい余計なことまで口走ってしまいそうに……ほんとにもう、毎度毎度、自分のうかつさには呆れるばかりで。


『あのひとたち、さもミナモト様を心配していますという態度だったのに! 絶対戻ってくるとか信じてるとか、いけしゃあしゃあと言ってたくせに――なんだったのあの言葉はっ!』


 先程うっかり、勢いでまくし立てそうになったこと。

 わたしが会いにいった時点で、アツミとモリガナはすでに浅からぬ関係だったはず。

 ならばミナモト様を心配していたという言葉は、嘘かごまかしでしかなくなる。言いたくないけど、あの二人にとってミナモト様は邪魔者で、戻ってこないほうが都合がいいはずだから。


(ひょっとしたらわたしが会いにいったときは、まだ特別な関係じゃなかったかもしれないけど)


 それにしたって、あれからミナモト様が迷宮跡地に戻ってくるまで、長くとも半日も経ってはいない。そんなに急に心変わりするのもヘンだし、実際したとしても、それはそれで軽々しすぎると感じる。


 いえ、実際のところがどうだったとしても、

 わたしの話を聞いてミナモト様が(・・・・・)、あの二人に嘘の心配をされたと感じたら、

 きっとすごく傷つくだろう。

 そう思ったからこその、猛省。


「……」


 わたしと同じく食事中の彼を、ちらと窺う。

 見れば見るほど神秘的な面持ちで、焚き火の陰影も相まってつい見惚れそうに――って違う違う!

 ……。

 ミナモト様は、とても誠実なひと。

 縁もゆかりもないはずの、わたしたちの世界のためを思ってくれて、

 たとえ身近なひとに裏切られても、それを憎んで責め立てるようなことをせず、

 旅の道中、どんくさいわたしのことさえ、いつも気にかけてくれる。


 こんなにも真心のあるひとを、わたしは知らない。

 路銀のことにしてもそうだ。立場上彼の身分はいまだ勇者。その土地の偉い人に勇者だと名乗れば、資金の援助はいくらでも受けられるはず。街や国を挙げて勇者を助けることは、レガスの決まりだから。現にオクタは、それをめいっぱい利用して贅沢していた。


『きっとどこも戦争で余裕ないだろうし、そこに負担を強いるのはちょっとね。なにより、僕の行動は“勇者の戦い”とは無関係だから。――大丈夫。迷宮での貯えはまだあるし、道々採取したものも換金できる。……ヴェンディダードさんがさ、詳しかったんだ。そういう知識』


 なのにミナモト様はそう仰った。

 他の勇者に自分の存在を気取られないためもあるにしても、

 レガス(わたしたち)を慮ってくださっていることもまた、確かで。


 彼といると、つい考えてしまう。

 勇者とは、なんなのだろう?


 同郷のひとを殺そうとしてまで、猿山の頭目に執着したオクタ。

 親友を裏切って恋人を奪ったアツミと、

 口では恋人を思いやりながら、間男と密通していたモリガナ。


 このひとたちも、勇者。

 功績はたしかに疑いようもない。

 迷宮の財貨で賄われた戦費は多く、

 支配下にあった地域は破竹の勢いで魔族から解放され、

 傷つき倒れる兵士や民も、各段に少なくなった。


 一方でミナモト様には、勇者として目立った功績はほとんどない。

 最も大きいのは、王都に現れた魔物を倒した一件。

 けれどそれも他の勇者の活躍の影に隠れ、市井にはほとんど知られていない。


 そしてそれは、今も。

 世界を人知れず救おうとしている、今でさえ――


「どうしたの?」

「! は、はいっ?」

「なんだかつらそうな顔をしていたから……具合でも悪い?」

「――いえっ、平気へっちゃらです! お気になさらずっ」

「そ、そう」


 ふと気づけば、またしてもこちらを気遣ってくれる、いつもの穏やかなお顔。

 胸が高鳴りそうなのをごまかすため、ばかみたいに元気に振る舞ってみせる。

 それですこし気圧されたように、けどすぐにまた柔らかな表情に戻る、彼。


 そんなお顔や、

 おじさまたちのことを話すときの、すこし寂しそうな微笑みを見るたびに、

 わたしは思う。

 この方のために、なにができるだろう、と。


 不遇としか言いようのない彼の境遇への憐れみとか、

 我知らず芽生えそうになる、彼への淡い想いとか、

 そういった雑念は、ひとまずうっちゃって、


 わたしは、この方の支えになりたい。

 たとえ世界中のひとが彼を見放そうと、

 相手が神モドキとかいう、わけのわからないものだろうと、

 それでもわたしだけは、この方の味方でいよう。

 ずっと。


 それが余計なことすべて除いたあとに残った、わたしの嘘偽りない気持ち。


 かつて間違ったひとについてしまった、わたしだからこそ、

 今度こそ、お助けすべき方をお助けしたい。

 それこそが、ちっぽけなわたしの、たったひとつの誓いだった。

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