クラスメイトの評価
すみません、異世界名を変更します。しました。
一応、念のため。
〈side:others〉
王都の歓楽街で最も大きく、評判もいい酒場。
賑わう店内でも一際騒がしいテーブルに、彼らの姿はあった。
「ッカー! 仕事終わりはやっぱコレだよなぁ!」
「ちょっとぉ、それオヤジくさ~」
陽ノ守高校二年C組の生徒、男女八名。十五歳から成人と見なされるここ異世界で、彼ら彼女らは誰に憚ることなく飲酒に及んでいた。
「まー仕事っつって、大した苦労もしてねぇけどな」
「ラクに倒せるモンスばっかだしねー」
「あれに苦戦するこの世界のヒトら、レベル低すぎ?」
「や、ウチらが強すぎるだけっしょ」
「ホント、“加護”様々だよなー!」
得意気に騒ぐ彼らは、それを遠巻きにして顔を顰めている者たちの存在には気づかない。
「……」
「……チッ」
他でもない、王都警護の本来の主役であるこの国の兵士ら。
役目やそれに伴う手柄をなかば奪われ、ときに大衆から無能と謗られさえする彼らの、勇者への心証は推して知るべし。こうして居合わせれば気分を害するのは目に見えているため、最近では酒場通いを控える兵も少なくない。
せめて面と向かって文句でも言えれば気も晴れようが、
それが出来れば苦労はない。勇者は対魔族の切り札であり、同時に公賓だ。後ろ盾が国家である以上、一介の兵が下手なことをすれば首が飛びかねない。それ以前に、規格外の戦力を有する相手の不況を買えば、その場で物理的に首が飛ぶことさえ十分ありえる。
ほどなく食事もそこそこに、兵らは店を出る。河岸を変えるのか、あるいはもう引き上げる算段か。いずれにせよ去っていく彼らの存在に、勇者たちは最後まで気づくことはなく。
「楽勝楽勝ゆーならさ、最前線にでも出てみればー?」
「いやそこはほら、厚美たちに任せときゃ……ねぇ?」
「オレらが出てって、足引っぱったら申しわけねーし、な?」
「うわ、ヘタレ」
「だっさ」
「て、適材適所だろ!」
談笑の最中、一人の女子の指摘に一転、しどろもどろになる男子勢。
一言に勇者といえど、個々が持つ力には当然差がある。
とりわけ強力な“加護”を得た者など、この場の全員と互角以上に渡り合えるほど。
そういったいわば一軍の勇者たちは人類圏の最外縁――
つまり魔族との戦いの最前線に、現在身を置いている。
一方でこの王都は大陸東側のほぼ中央――つまり人類の勢力圏の中心。
必然、魔族の手からも最も遠い。それが示すのは他でもない、今王都に集っている八名が有り体にいえば三軍……勇者のなかでも実力は下のほうということ。
ただ、上には上があるように、下にもやはり下があって……
「オレらはオレらで、きっちり戦力として役目を果たしてるから!」
「そーそー。戦えすらしねーヤツとはちげぇんだよ。いや誰のこととは言わねーけど?」
一人の例外を除き、
“加護”により特殊な武具や能力を発現させられる彼ら勇者は、
同時にそれを十全に扱えるだけの、超人的な身体能力をもその身に宿す。
元の世界のアスリートらをも超越するだろう、常識外の力。
しかしその強化を一切得られず、
元と変わらない、それこそ、この世界の一般兵と同程度の運動能力しか発揮できない、例外。
それが三軍という立ち位置に甘んじながらも、彼らが矜恃を保っていられる一因となっているのは、否めず。
「もー、そんな風に言ったらかわいそーじゃん!」
「皆元君がんばってるよ? 兵士の人らに交じって、汗だくでさぁ」
「あ、あーあー言っちゃったよ……せっかく名前伏せたってのに」
「はっきり名指ししちゃうほうがかわいそーだろ。――まーだったらこの際オレもはっきり言っちゃうけどよ、頑張る意味あるか? オレらに期待されてるのは勇者としての働きだぜ?」
「それな。雑用に必死こいてもな」
「努力も大事だけど、結局世の中結果がすべてだよなぁ、実際のとこ」
三軍すらも遥かに下回る戦力。
ただ一人の例外――皆元利。
学業の成績は学年でもトップクラス。所属するサッカー部では親友と共にツートップ。
元の世界、学校の教室では到底敵わない存在が、しかし今では勇者とも呼べないただの雑用。
その事実に胸がすく思いの男子は、正直なところ少なくない。
「うわーここぞとマウント……」
「だっさ」
「でも、雑用なんかしなくていいのにってのは私も思う」
「あーね。ウチらと組んでくれればいい。いるだけでいい」
「イケメンはいるだけで正義だよねー。まーでも真面目だから、自分だけなにもしないでいるってのは無理なんだろーなー」
「そういうトコもいいんだけどねー」
一方で女子たちは、軒並み皆元に対して好意的。戦力はなくとも見た目――長身と秀麗な眉目は元の世界から当然変わらず、ゆえにそれへの評価もまた変わらないからだ。
「てかどうせ雑用するならさ、私らの身のまわりのお世話してくれないかな?」
「だよねそれいい! ウチらの……メイド? メイドは変か」
「執事でしょそこは。こービシッとスーツ着て、お勤めから帰ってきた私らに「お疲れさま」って……」
「くあー! いい! めっちゃいい!!」
変わらずモテていることへのやっかみを、男子勢が感じていないといえば嘘になる。
けれども現状では、「御愁傷様」という気持ちのほうがより大きい。三軍に集う女子は、容姿もまた三軍だからだ。加えて皆元へ接する際の彼女らの隠しきれないじっとりとした“欲”。そのせいか皆元当人も彼女らに対してやや引き気味なのがそれとなく見てとれるくらい。
女子勢はそれに気づいているのか、あえて知らぬ振りをしているのか……どちらにせよ、あえて確かめたいことでもなく。
「つか性格抜きにしても、あいつがお前らのお付きなんかやるわけねーだろ」
「彼女いんだぞ。お前らが優愛ちゃんに勝てる要素一個でもあるか?」
「あんだよ夢くらい見てもいーだろ!」
「てか本人いないのいいことにちゃん付けかよキモ」
もうひとつ。
モテようとモテまいと、皆元にはすでに心に決めている相手がいる。
守永優愛。
皆元同様成績優秀。そして容姿可憐。
さらには勇者としても一軍の、恋人。
学校でも美男美女と評判のカップル。絵に描いたような青春を謳歌していた二人へは、大抵の生徒が羨望とそして少なくない嫉妬の感情を向けていただろう。それが同じ教室で過ごしていた者ならば、なおさら。
しかし、だ。
「実際どんな気持ちなんだろーな、恋人同士の片っぽが落ちぶれるってのは」
「しかも離れ離れ。遠距離恋愛ってアレだろ? 大体上手くいかねーんだろ?」
「もーやめなってそんな風に言うのー!」
今の男子勢からはそういった感情がだいぶ薄れていた。
理由は発言したとおりで、これもまた、まさに「御愁傷様」
そして女子も。咎めるような声は上がるが、そこには可笑しみもまたにじみ出ていて。
「でもぉ、なんか話題になってるよねー。守永が厚美と……っての」
「あーそれアタシも見た! この世界の新聞? 的なのに、でかでかって」
「もーすっかりそういう扱いだよね。レガシアスの一般市民、ほとんど勘違いしてるんじゃね?」
「あの記事じゃしかたないよ~。それにずっと一緒にいるのも事実なんだし」
厚美朋矢。皆元の親友であり、部活においても相棒であり、
今は最強の勇者。一軍の中の一軍。
勇者の筆頭同士。そんな男女が常に行動を共にしていれば、そう見なされるのは必定ともいえ。
優愛と朋矢は恋人同士――大衆の野次馬根性も相まって、それがこの世界ではなかば公然の事実となってしまっている。
「実際どうだろね? 優愛ってわりと皆元君にベタ惚れって感じだったけど」
「でも火のないところに煙は立たないって言うし……ひょっとして?」
「したら皆元君、フリー?」
「かわいそー、慰めてあげなきゃ!」
「アハハ、キモいよそれ! 下心見え見え!」
低俗に盛り上がる女子勢に、自分たちが振った話題にもかかわらず顔をしかめる男子勢。
しかし止めさせようとはしない。皆元がフられるのは、彼らにとっても願ったりだからだ。
もっとも優愛を狙える可能性はほぼないだろう。そして仮にそうなれば彼女はすでに朋矢に攫われたあとだろうし、それもそれで業腹でもあるのだが……
なに、べつに同郷の女子にわざわざこだわる必要などないのだ。
自分たちには勇者としての明確な力がある――皆元とは違って。
魔族を打倒し英雄となれば、女などこの世界でより取り見取りだろう。現に今でもそういう店ではかなりサービスしてもらっているし、この後も当然そちらへ繰り出す予定だった。もちろん男どもだけで行くつもりだが……じつは女子勢も自分たち向けのそういうところを利用していることを、男子勢は知らない。
さておき、
総じて男子勢からは「いい気味だ」
そして女子勢からは「あわよくば……」
おおむねそんな感情を、皆元利は向けられているのが現状といえた。
○
「…………」
壁を背にしたまま、思わずうつむく。
背後のすぐ脇には、窓。そこから漏れる遠慮のない談笑に、
僕はそちら――酒場の店内へ踏み入ることがどうしてもできなかった。
通りがかり、みんながここにいるのに気づいたが、聞こえた会話につい隠れてしまった。
まだ話が続いているということは、向こうはこちらに気づいていないのだろう。
しばらく、動けずにいたけど、
ここにいても仕方ないと思い、店の入り口のほうへ。たまたま近くを店員さんが通りかかったので、端末を渡すのはその人に任せることにした。今直接彼らに会うのは、やはり躊躇われたから。
端末と、それからチップも念のため渡し、ついでに勇者の私物であることも伝えその場をあとにする。畏まった様子から、粗雑に扱われることは万一にもないだろう。
酒場を離れ、歩き、
次第に、我知らず歩調は速くなり、やがて駆け足に。
「――ッハ、ッハ! ッ……ふぅ」
宿舎に着くころには、すっかり息が上がってしまっていた。
国軍の、やや上等な寮。勇者であれば無償で使える施設。
他の勇者――対魔族で明確な戦果を挙げられる者は、生活費以外に特別給も出る。それでみんな、大体は民間の高級宿を利用しているが、僕はもちろんそういうわけにはいかず。
不満はない。ここだってこの世界では立派な部類で、設備等も必要十分。現代日本と比べるのはたしかに酷だけど……それは贅沢というものだ。
よくしてもらっている。間違いなく。
僕の弱さでは、追い出されないだけましだろうから。
「はぁっ……」
使わせてもらっている部屋へと戻り、ベッドに仰向けに。
すこし遅めの夕食を、先程済ませてきた。ギリギリの時間だから当番の人はやや迷惑そうだったけど、僕の仕事上がりが遅れがちなのはいつものことなので、なにか言われるようなことはなかった。
立場上、勇者なのは確かだから、言えないだけかもしれないけれど。
疲れた体を横たえ、ぼーっと天井を見上げる。
そうしていると、ふと考えてしまう。
酒場でのみんなの会話。
優愛のこと。
(――ッ、なに考えてんだ、僕は! あるはずない、そんなこと……)
優愛と朋矢が、という噂。僕も知らないではなかった話。
そんな勘違いも無理のない話……なのだろう。僕と優愛の交際を、この世界の人たちにわざわざ公言などしていない。その一方で現状、優愛の最も身近にいる異性は朋矢であり、かつ二人は最有力の勇者だから、この世界でもすでに名が知れている。
二人の仲を勘繰られ、あれこれ想像されるのは止めようのないこと。
けれども噂はあくまで噂。
そのはずだ。
「汗、流してくるか……」
やおら起き上がり、支度する。湯船に浸かる文化はここにはないが、シャワー室はある。ピークの時間は過ぎているだろうそこへ向かうため、部屋を出て一人、僕は向かう。




