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果たすべきこと


「これは……」

「ミナモト様、いったい……そこはさっき、わたしも調べたのに……」


 開いた壁の向こうには、下り階段が続いていた。

 灯かりなどはなく、数段下ればあとは闇。

 そんな空間を前にして、しばし呆然とする僕とミコ。


「……」

「お、下りるのですか?! 中真っ暗ですけど……っ」


 意を決して踏み出そうとした僕に、ミコがうろたえる。

 唐突に現れ先も見えない場所に、尻込みする気持ちはたしかにわかる。

 だけど――


「たぶん、危険はないよ。そんな気がする」

「そんな、いえっ、ミナモト様の言葉なら、信じたいですけど……」

「恐いなら、無理についてくることはない。けど僕は行く――いや、行かなければ。そう思えてならないんだ」


 この先にいる。

 迷宮都市で目覚める前に感じた、夢とも現ともわからない場所。

 それと同じものが、おそらくこの先にあるから。


「~~っ、わ、わたしもおともします! ここまで来たなら一蓮托生! というかここに一人でいるよりミナモト様のおそばのほうが安心でしょうしっ」

「わかった。じゃあ、ゆっくり行こう」


 僕が引かないと悟ったのか、あるいは一人残されるのが心細いのか。

 なんにせよ、ミコも同行する決心をしたようだ。せめて少しでも恐怖がまぎれるよう軽く微笑みかけてから、僕は灯かりを用意して暗闇へと一歩踏み出す。


 その先の構造は、それほど複雑なものでもなかった。

 十段ほど下りると、小さな踊り場を挟んで階段は右へ九十度折れる。

 それを繰り返すこと、八回。

 おそらく建物にして四階分くらい下りたその先は、ほぼ立方体の小さな部屋になっていて――


 部屋の中央には、石碑。


「……いや、こっちが正面、かな」

「御神体? けどこんな意匠、見たことないです……」


 否、照らしながらまわり込んでみると、人を模ったような石柱なのがわかる。

 例えるならこけしとか、トーテムポールとか。ミコが言うように、なんらかの宗教的な像に思える。


 そしてやはり、感じる。

 入り口にあったなんらかの力。それと同じものを、この像もまた発しているのがわかる。

 気のせいでなければ、先程よりも幾分強く。


 手を伸ばし、触れ、

 【弱体化】を試みれば、


「!」


 意識が投げ出されるように、どこか遠くへ飛び――




「――っ」


 一瞬のち、

 僕が立っていたのは、どことも知れない場所だった。


 見渡す限り、なにもない。

 どこまでも広がっているように見えるのに、ひどく閉塞感を覚える。

 矛盾した感覚。それに困惑していると、


「あなた、」

「!?」


 不意の呼びかけ。

 振り返る。

 そこにいたのは、小さな人影。


「ごめんなさい、驚かせて。……そして、ありがとう。わたしを見つけてくれて」

「君、は……」


 頭を下げ、それから僕を見上げてくる。

 その格好は、憐れみを覚えるほどみすぼらしい。

 襤褸で体を覆っただけの服装。わずかに露出した肌は生気に欠け、病的に白い。

 伸び放題で顔半分を覆うほどの黒髪。その隙間から覗く瞳も、どこか虚ろ。


「わたしは……そう、このレガスにおける、神にあたる存在」

「神、さま?」


 消え入りそうな声での名乗り。それを僕は、無意識に繰り返す。

 弱りきっているかのような、この子が? 僕らをこの世界に、勇者として呼んだ……?


「――いえ、かつて神だったもの、ね、今や。神の座を追われ、力のほとんどを奪われて打ち棄てられた存在。それが、わたしたち」


 続く言葉はおそらく、浮かんだ考えを否定するもので。

 追われ、奪われた。

 ……つまりこの子を追い落とし、神に成り代わったものが、この世界に?


「どうかあなたには、聞いてほしい。わたしたちの過ち……かつて神々(わたしたち)の身に起きたこと。そして、あなたがここにいる理由(わけ)を――」


 レガスに満ちる五つの力。その荒ぶる面と(にぎ)なる面。

 それらを司る十の神。その庇護のもとに、この世界は穏やかな時を刻んでいたという。


 しかしその平穏は、気づけば崩れ始めていた。

 異なる次元より漂流せし、二柱の神の成り損ない。ほんのわずかな綻びからレガスに這入りこんだその異物は、世界の隅に隠れ潜みながら、徐々にレガスを蝕んでいく。


 神の一柱が気づいたのは、不意を打たれて根こそぎ力を奪われた後。

 二柱の異神は狡猾だった。

 奇襲に罠。狂言に騙し討ち……あらゆる搦め手を使い、けして正面から戦わず……


「――最後に残ったのが、わたし。彼我の力の差はすでに埋めようもなく、わたしも皆と同じように力のほとんどを奪われ、こうして封ぜられた」

「じゃあ、勇者召喚、その勇者に“加護”を与えた神っていうのも……」

「ええ、異神のいずれか。やつらはこの世界で、終わらない盤上の遊戯に興じている」


 異神の世界の管理はいうなれば杜撰で、その杜撰さは力の澱みを生じさせた。

 本来滞ることのない、世界を巡る力の流れ。

 澱みは世界を変質させ、“魔物”という異物を生み出した。


 世界の異変を、しかし異神はあろうことか歓迎した。

 神に成り代わり放蕩の限りを尽くした二柱は、それにも飽いて新しい刺激を欲したのだ。


「――それが人と魔の相争う戦場(いくさば)。世界を蝕む澱みは魔物をより力と知能の高い魔族へと昇華させ、その脅威に抗うための“加護”、それに耐えうる魂の器を、異なる世界から呼び込む術が人に与えられ……そうして地上に、戦火が放たれた」

「……」

「異神どもは指し手を気取って対立し、人類と魔族双方に各々の加護を分け与えている。暇に飽いた二柱の異神の物見の種――それが人魔大戦の起こりであり、そしてそれは、今もなお……」


 悲しげに伏せられた目。

 言葉が出ない。

 これまでの話が本当なら、

 今の魔王を倒したところで、レガスに本当の平和は訪れないことになる。

 今この世界を支配している異神こそが、争いを望んでいるのだから。


 であれば、どうしたらいい?

 根本の原因である異神とやらを倒す?

 倒せるのか? 仮にも神と称する存在を。

 いや、それよりもまず――


「報せないと、みんなに。こんな茶番に命を賭けるなんて馬鹿げてる」

「それはだめ。わたしの封が破られたことを、今異神どもに悟られるわけにはいかない。“加護”とは神との繋がりであり、それを持つ勇者に報せたことはそのまま奴ばらに筒抜けになってしまう」

「ッ、それじゃあ――」


 クラスメイトたちに報せ、可能ならば協力も仰ぐ。

 そう思いついたが、止められる。つい反発してしまいそうになるが、

 ややあって、いくつかのことに気づく。

 この子は“今”と言った。つまり動き出す機を窺っている?

 それに“加護”。勇者に知られてまずいなら、僕が知った時点で手遅れのはず……


 こちらの気づきを察したかのように、


「そう。あなたは“勇者”などではない。わたしたちが選んだ、真なる救世の戦士」


 目の前の存在が、そう告げる。

 先程までとは明らかに違う、強い意志の光をその瞳に宿しながら。


 打ち棄てられた神たちは、非運を堪え忍び機を窺った。

 傲慢なる異神たちが慢心を極め、完全に油断しきるその時を。

 そして訪れた、類を見ず強大な魔王の出現。それに呼応する、大勢の勇者の召喚。

 その大勢に、紛れ込ませた。

 一見して弱く、取るに足らない“加護”――

 そう擬装した、自ららに由来する“力”を。


「【弱体化】とは、効果の一端を示しているにすぎない。あらゆる庇護を消し去ることこそが、その力の真髄。それは魔力や闘気はもとより神威にさえ干渉し――神の封印すらも滅する」


 僕に求められる役目。

 神威を封じられ、レガス各地に打ち棄てられた神々。

 それらと(えにし)のある場所を巡り、

 この力をもって、その封印を解くこと。


「封さえなければ、元より地の利はこちらにある。皆の封が解かれたその暁には、異神どもを必ずや撃ち滅ぼす。……でなければ、贖えない。守るべき世界を余所者にみすみす奪われた、わたしたちの罪は」


 言葉に詰まる。先程と同じ強い瞳の光に。

 覚悟。それを感じる。

 そして既視感も。

 ああ、これは、ヤスナさんたちが時折見せたのと同じ強さだ。

 だったら――


「……僕にもまだ、出来ることがあるんだね」

「あなただからこそできる。あなたにしか、頼めない」

「なら、請け負うよ。この世界にはお世話になった人、なってる人がいる。それをあるべき姿に戻す、その手伝いができるならって、そう思えるから」

「……ありがとう」


 僕は頷きを返す。

 弱り、疲れ切ったような目の前の存在も、それを受け少しだけ和らいだ表情をみせた。


「そういえば、ミコはどこに……?」

「ここへ来られるのは、その資格があるあなただけ。ここにいる限り下界の時はほとんど流れないから、あの子が不安を感じる暇も生じない」

「そう、なんだ。よかった、のかな?」

「けど、あの子……」

「?」

「いえ、これはわたしが見極めるべきではない、か」


 今更ながら、ミコがこの場にいないことに気づく。

 けど問題はなさそうで、安堵。僕が突然いなくなったら、きっとパニックになるだろうから。

 ……なんだかんだ、ミコがついて来てよかったと思う。

 いろいろあって張りつめがちだけど、あの子がいるおかげであまり力まずにいられる気がする。


「それより、この先も気をつけて。神の封印の多くは僻地にある。魔族は戦にかかりきりだからまず現れないだろうけど、はぐれの魔物はうろついているだろうから」

「……戦えるかな? 僕に」


 忠告を受け、すこし不安が湧き起こる。

 僕には勇者(みんな)のような非現実的な力はない。

 ここまでの道中、幸い戦闘らしい戦闘はほとんどなかったけれど、

 魔物と正面切って戦うには、やはりまだ、正直言って心許ない。


「……気づいていないの?」


 ぽつりと、意外そうな声。

 円くした目で見つめられ、思わず首を傾げる。


「あなたは戦士として、すでに十分に優秀。気をつけてとは言ったけど、翻せばそれは、気をつけさえすれば大抵の相手には後れを取らないということ」

「僕が……?」

「“力”を担う者として、わたしたちはあなたをこそ選んだ。喚ばれた者の中で、あなたが最も優秀だったから。……人の子を押しなべて塵芥と断じる、異神どもは気づかなかったようだけど。奴ばらのぞんざいさには呆れるばかりだが、助けられることも多い」

「……」


 ずいぶんと買ってくれるようだけど、自分ではいまいちピンと来ない。

 この世界へ来てからの僕は、お世辞にも上手くやれているとは言いがたいから。

 だけど続けて、


「それにあなたは、いい師にも巡り会えている。すばらしい教えを遺してくれたあの戦士たちには、わたしたちも感謝が尽きない」

「――っ」


 そう言われて、胸がつまる。

 たしかに、そのとおりだ。皆さんは最高の先生方だった。

 鼻の奥がツンとする。みっともないけど、こぼれる涙は堪えられそうもない。


 上手くいかないばかりでもなかった。

 僕の手に、彼らの遺志と力が息づいている。

 それは、なによりの励みだ。


 おもむろに、目の前の存在が頭を下げる。


「ごめんなさい。わたしたちの都合に巻き込んで、勝手な役目を担わせてしまって。……けどそれでもわたしたちは、もはやあなたに縋るより他ない。与えたその“力”でどうか、残りの九柱の神たちも解放してやってほしい」

「そういえばその、解放して大丈夫なのかな? 異神とかいうのに気づかれたり……」

「すべての封が解かれるまで、わたしたちは身を隠すのに徹する。こちらの地の利と奴ばらの油断を鑑みれば、まず悟られはしないから、心配しないで」


 上げた顔には、気持ち和らいだ表情。

 垣間見える気遣い。それはかつて神だったころの生きとし生けるものへの慈愛を思い起こさせて。


「そうだ。ひとつ大事なことを」

「?」

「わたしたちが神へと返れれば、あなたをあるべき場所、故郷の世界へ還すことも叶う」

「! ――帰れる、のか?」


 それから思いがけずもたらされた、帰還の可能性。

 たしかにそこは気がかりだった。魔王を倒せば帰れると王都では聞いたけど、それが果たされないならどうなるか、と頭によぎってはいたから。


「そもそもあなたたちは、異神(やつばら)の戯れで無理矢理こちらへ連れ去れたようなもの。あるべきものを、あるべき場所へ――それをしない道理は、わたしたちにはない」

「……」


 安堵、する。

 しかし同時に「それでいいのか?」という思いもある。

 とにかく帰りたい――近頃はそう思うこともしきりだったけれど、

 他の、クラスのみんなはどうするんだろう。

 朋矢や、優愛は?


 ……今はあまり、考えたくない。

 すべての神の解放は、長い旅路になるだろう。

 それまでに判断するというのは、やはり問題の先延ばしでしかない、だろうか。


「あらためて、どうかお願い、最高の戦士よ。わたしたちを解放し、レガスをあるべき姿へ――」


 今一度の、かつて神だったものからの懇願。

 ほどなく視界がぼやけはじめ、意識もまた徐々に薄れ、

 浮上するように、すべてが遠ざかり――




「っ!」

「なにも起こりませんね。……ミナモト様、どうかなされました?」


 景色が一変、

 いや、元の場所に戻ったのか。

 首を傾げるミコを見るに、やはりこちらでは一瞬の出来事だったらしい。


「いや、大丈夫。ちゃんと目的は果たせたよ」

「へ? ……いえ、たしかに、さっきまであったなにかの力が消えてますね」

「ミコも気づいてたんだ」

「はい。言いそびれちゃってましたけど……」


 言われて僕も気づく。触れていた像からは、もはやなんの力も感じない。

 【弱体化】――僕に与えられた力が、ここにあった特別な力をすべて消し去った。ここへの目印だったいわゆる“神の気配”も途絶えているのは、言っていたように身を隠した(・・・・・)からだろう。

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