知りたいこと
また感想をいただきました。
ありがとうございます。
数日が経った。
朋矢たちは、すこし前にこの街を出たという。
それまでに会いにいくこともたしかに出来たけれど、どうしても躊躇われた。
話を聞きにいけば決定的になってしまうから。
知らないままなら、僕らの間柄はまだ以前のとおりだから。
じつに消極的で、なんの解決にも至らない選択。
いや選択ですらない。選ばないというのは行動ではない。
我ながら、なんて女々しい。
心身ともに思った以上に疲弊していた、それも動かなかった理由のひとつではある。
ともかく休息に努めよう……行動しない言い訳めいてもいたけれど、なんにせよ二日ほどじっとしていたので、どうにかましという程度までは復調した。
その間、寝床を貸してくれたミコには感謝しかない。
適当な宿に移ろうとも思ったが、彼女が「是非に」と引き留めたのもあって。
責任を感じているのだ、と思う。奥田君の仲間だったことを、だ。
“黒曜”たちに関しては、正直言えば到底許す気にはなれない。
だからって仕返しをするのは違うだろう。それでどうなるものでもないし、なによりヤスナさんたちも、きっとそんなこと望んでいない。
それにミコによれば、あのパーティのうち女性二人は、魔族にやられてすでに死んだという。
そして奥田君は――なぜか朋矢が連れていってしまった。
今回不可解なことのひとつだ。朋矢は奥田君が僕を襲ったことを知らないのか? 優愛たちはどうなんだ? もし知っていたら彼は皆に庇われていることになるけど、そうする理由は? 特別親しいわけでもなかったはずだけど……
『あの、ミナモト様……あのアツミという勇者は、どういった方なのですか? ……わたしはあの方が、恐いです。あの笑顔の奥に、なにか得体の知れないものが潜んでいるように思えて……』
思い出されるのはミコの台詞。
ともあれ、わからない。
確かなのはいずれにせよ、現状奥田君に手出しする術はないということ。
それよりミコについては、僕は怒りも恨みもしていない。
きっとヤスナさんたちだって同じだ。駆けつけてくれたときの言葉からも、奥田君たちの企みを、そもそも知らされていなかっただろうことはわかる。それにたとえ事前に知ったとしても、彼女の立場では奥田君らに意見することも出来なかっただろう。
あの子に責任はない。
それでも自分を責めずにはいられなかったのだろう。ヤスナさんたちにも懐いていたし、僕だって少なからず慕われていた自覚はある。
僕が厚意に甘んじることで、すこしでもミコの気持ちが軽くなるのなら。
そう思って留まった面があるのは、確か。
心はともかく、体が復調してから二日ほど。
僕は準備に費やした。街を出るためだ。
迷宮がなくなった今、もはやここに留まる理由はない。それもあるけれど、
なぜ僕が迷宮の破壊から生き延びられたのか――それを知りたかった。
あの時以来、僕はこのレガスにあって、なにかを感じ取れるようになった。
微かだけど、確かななにか。
それがこの世界には点在し、その大まかな位置も今の僕にはなぜか、なんとなくわかる。
僕を助けたのだろう、存在。
どのように? なにより、なんのために?
知りたいと思った。
勇者の使命――魔族と戦うことよりも、大事なことの気がしてならなかった。
ただ、まあ、
勇者に関する事柄、ひいては朋矢や優愛から距離をとりたい……
そういう気持ちがないといえば、嘘になるけれど。
ともあれ、準備を整えた。
遠出や探索、必要とあらば戦闘のための装備や物資。街も混乱しているからか、口座に預けていたお金は一割ほどしか引き出せなかったけれど、一応は賄えた。迷宮で得た財貨がそれなりだったうえ、これまでとくに贅沢もしていなかったからだろう。
ヤスナさんたちの遺したものを、いくらか貰い受けられたのもよかった。以前から約束していたので、単身だったウィスプラトーさん以外の家族からもおおむね了承は得られたことだった。
そして、出立。
「行こう」
決意めいて一人呟く、
「はいっ、ミナモト様!」
「……」
……その隣に、同じく遠出の準備万端なミコの姿。
「本当について来る気なの?」
「もちろんです! ミコの決意は固いですよっ」
これまで再三訊ねたことを、思わずあらためて確認。
しかしやはり、彼女は譲らない様子。
同行させるべきではない、それはわかっている。僕がやろうとしているのは勇者云々とはまるで関係のない、言ってしまえば勝手な行動。どんな危険があるかも未知数で、戦いが得手というわけでもない少女を連れていくのは無謀といえる。
「ミナモト様の助けになりたいんです、わたし。もちろん、おじさま方の代わりはとても務まりませんけれど……でも、だからってなにもせずにはいられません!」
それでも強く断れないのは、ミコの決意を翻すほどの言い分が僕になかったから。
“黒曜”であったことの負い目。僕が気にするなと言ったところで割り切れるような子でないことは、これまでのつき合いからもわかる。ならば思うとおりにさせたほうが、彼女も気が晴れるのではないか。
街に留まったほうが安全、とは言い切れないというのもある。迷宮を失ったことからの、街全体の浮足立った空気。それは日増しに濃くなっていくようで、ならばいっそ街を出たほうが、という気にさせるものがある。身寄りのない少女には酷な環境なのではないか、と。
「それともやはり、駄目でしょうか? わたしのようなみそっかすは、お邪魔ですか?」
黙っていたせいか、不安げに見上げてくるミコ。
迷いは、ある。
かといって迷ったままでは、いつまで経っても動き出せない。
「邪魔なんて、とんでもない。君の意志を尊重するよ、ミコ」
「! ありがとうございますっ」
努めて表情を和らげ、告げる。
そうして嬉しそうな少女の礼を受けながら、僕は街道へ一歩踏み出すのだった。
時折注ぐ木洩れ日が涼やかな森林。
その中を僕とミコは歩いている。
迷宮都市を出てからは五日ほど。いくつかの街や村を経由し、辿り着いたのがこの場所。
道中、魔物との遭遇は数度くらいだった。強力な魔物は勇者たちが軒並み駆除し、ほとんどを魔族の領域へ押し返したというから、そのおかげだろう。
ここが魔族の領域、その境界から離れているせいもあるか。
人魔の抗争からは縁遠い辺境。
この森林の奥から、件のなにかの気配を感じる。
近づいている。それが僕にはわかる。
「わたしにはよくわかりませんけれど……でも、なんとなくこの森は心地いいですね! 空気が澄んでるような気がしますっ」
「うん。たしかに……」
隣で微笑むミコに、僕も同意を返す。
科学が発達していないからか、このレガスは全体的に空気が綺麗な感じはする。
こういった自然の色濃い場所なら、なおさら。これが観光であればそれを堪能する余裕もあったんだけど、あまり気を抜いてもいられない。魔物はもとより野生生物も十分に危険だし、相応の警戒をもって進んでいるところだ。
(山歩きの知識、あってよかったな。父さんに感謝しないと)
数度だが、わりと本格的なキャンプの経験。それを役立てる機会が訪れるとは。
父さん――家族は今頃どうしているだろう?
思えば、こんなに家を離れたのも初めてだ。正直、家族が恋しいとも思う。
「魔物も少ないですし、順調な道行きですねっ、ミナモト様!」
「そう、だね」
笑いかけるミコへの返答に、すこし詰まってしまったのは、
一瞬、隣を歩くのが優愛だったら……と、そんなことをつい考えてしまったから。
ああ、駄目、だな。
今考えるべきでないことくらい、わかっている。迷宮都市にいるうちに会いに行かなかった時点で、これ以上考えても仕方がないということも。
なんて、未練がましくみっともない。目の前のミコにも失礼だろう。
あるいは、優愛も、
こんな僕の心の弱さに、愛想を尽かしたんだろうか。
(……本当に、駄目だな)
今、この場に集中しろ。
僕はこの世界で、決して強いほうではない。
気を抜いたら命が危ない、そう覚悟しなければならないのに。
幸いか、その後もとくに魔物などとの遭遇もなく、
僕らはそこに辿り着く。
「……遺跡、かな」
「ですね。けど、これ……」
目の当たりにしたそれに、しばし言葉をなくし、
かろうじてそれだけ、僕らは呟く。
森の中の崖、その壁面、土と草木にほとんど埋もれた石壁。
建物なのか、それとも壁だけがどうにか残っている状態なのか。
見る限り後者の可能性が高そうだけど……とにかく近づいて調べてみる。
「ひどい荒れようですね……」
「管理とか、されてるはずがないか。村の人も知らなそうだったし」
表面の蔓を二人して除いていく。
あらわになった壁面は、なんとなく神殿とか、そういう雰囲気の装いではある。
けれども祀られている気配はない。それも十年単位の話ではない。百年か、それ以上か、寄りついた者など誰もいなかったのだろう、そんな寂れよう。
忘れ去られた場所。
ここを示す言葉は、まさにそれに尽きる。
「迷宮の入り口、というわけでもなさそうだね」
「本当にここなんですか? ミナモト様。どう見てもここには、なにも……」
途中で口をつぐむミコ。僕が間違えたという可能性を、指摘しにくかったのだろう。
けど、ここだ。
それだけはわかる。いや、確信できる。
僕自身にもその根拠はわからないけれど……
――いや、
今、ほんのかすかに、なにかを感じた。
魔物の気配でも、魔力でもない。
なんだ? これは――
「!」
導かれるように触れた壁の一部。
それでようやく、捉えた。
ここだけほんのわずかに、なにかの力を帯びている。
押したり、凹凸に指をかけて引いたりしても動く気配はない。他と同じ、壁の一部に思える。
(けど――!)
ふと思い浮かんだ可能性。それを試みる。
【弱体化】
はたして壁が帯びていた力、その気配は消え失せ、
ずずず、と、一度奥へ。
それから横へとひとりでに、扉のように開いていく。