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壊滅からの数日間




〈side:???〉




「――死なせない」


「こんなことで、こんなところで命を潰えさせるわけには……」


「だけど今すぐに、とはいかない……我の全霊をもっても、おそらく数日は……」


「だとしてもあなたのことは、必ず――」




   ○




「――っ!?」


 気がつく。


「ここ、は……」


 あたりは宵闇。

 そして、瓦礫の山。


 僕は、どうなった?

 動き出した、そう思われる迷宮を止めるため、その中核を探し、

 壊そうとしたところで突然、圧倒的な力が、降ってきて。

 そしてそれを振るったのはおそらく、朋矢で……


「! これ……」


 ふらふらと進み、その途中で大きめの瓦礫が目につく。

 見たことのある意匠。ということはやはりこれは倒壊した迷宮で、

 ここは、迷宮都市。面影も残さず崩壊したこの、瓦礫の山が……


 けどなぜ、僕は生きている?

 あの爆発的な破壊の中で、“加護”などの特別な守りもない僕が生き残れるはずがない。

 にもかかわらず、体には怪我ひとつなく。


 いや、でも、

 気がつく直前まで、僕はどこか別の場所にいたような。

 そこには誰かがいて、僕に、僕を……?


「――」


 誰かの声。

 不意にそれが聞こえてきて、思考が中断される。

 そう遠くない場所。やや潜める程度の声量。

 聞き逃してしまっても、おかしくはなかった。

 それでも捉えられたのは、交わされる声がどこか馴染みのあるものだったから。


「……」

「――」


 声のするほうへ近づき、やがて見えた姿は、案の定。

 優愛と、朋矢だ。二人ともこちらに背を向けているが、顔を見なくても僕にはわかる。

 二人のさらに向こうには、一際大きな瓦礫の山。そちらを見ながら、なにかを話している。

 どうして迷宮都市に? とか、二人きりでなにを? とか、思わなくもなかったけど、

 なによりもまず、ほっとした。

 とにかく声をかけようとして、


 けどそれが出来なかったのは、

 突然、朋矢が優愛を抱きしめたから。


「……ぇ」


 掠れた声が漏れる。

 なにが、起きてる?

 朋矢、お前、なにしてる?

 どうして優愛は、されるがままなんだ?


 こちらに背を向けたまま、身動きしない優愛。

 必然、彼女に抱きついている朋矢はこちらを向く形になり、


 僕に気づき、わずかに目を見開いたあと、


 じつに楽しそうに、嗤った。


「っ……」


 急激に狭まる視界。

 目が、暗む。

 気づけば蹲っていた僕は、

 堪らず意識を、手放した。




〈side:others〉




 時間は二日ほど前後する。

 迷宮都市――迷宮を失った今もなお、かつての名を忘れ去られたがゆえそう呼ばれる街。


「酷いものですね……」


 馬車の車窓から見える光景に、そう呟くのは王国第一王女、エリカ。

 かつては迷宮がそびえ、周囲にひしめく露店が賑いをみせていた一角。

 しかし今は、無残な瓦礫の野。

 撤去の作業を行う者の姿もちらほら見受けられるが、その動作は皆どこか緩慢で、覇気を感じられない。


 街全体が、失意に沈んでいる。

 街の経済の根幹をなしていた迷宮、それが失われたのだから当然ではある。住人――人材の流出もすでに始まっており、都市の衰退はもはや避けられない未来だろう。


「けど、この程度で済んだだけでも幸い、なのでしょう」


 先に王都で起こった事態。迷宮を起源とする災害級魔物の出現。

 ここでのそれを未然に防ぐことは、残念ながら叶わなかった。

 しかし発生した魔物。迷宮自体が巨大な魔物と化すなど前代未聞ではあるが――

 ともかくそれは、出現からさほどの時を要さずに倒されることとなった。


 “加護”の力による超高速飛行。

 手にした神器の一撃の、圧倒的破壊力。


 【神槍】の勇者、トモヤ・アツミ。

 彼の存在がなければ、迷宮都市全土が壊滅していただろう。

 どころか魔物はその巨体による移動速度をもって、王都にまで侵攻していた可能性すらある。


 単体の勇者として空前の戦果であり、称えられるべき偉業。

 それをなした当人はというと……


「――ふんっ、ぬぉおおおおっ!」


 瓦礫の野、その中央あたり。

 常人に倍する速度をもって、次々と瓦礫を退け続けていた。




「ミナモト様が、迷宮の中にいたかもしれない、ですか?」


 愕然とした様子のエリカ。

 同時に、あ、この人もトールに惚れかけてたな、ということにも朋矢は気づく。やつに惹かれた女の顔など、もう何度見たか知れない。


 彼女に、というか王都に、この街の通信施設で連絡を入れたのは、朋矢だ。

 中央から現地の視察が来るだろう、そう当たりはつけていた。だが総司令直々に出向いてくるとまでは、思っていなかった。


「いずれにせよ、司令部を前線近くに移す頃合いではあったので。貴方がた勇者の活躍により、内部の不安は一掃されつつありますから」


 訊ねてみればそういうことらしい。勇者が現れるまで、人類圏には魔物や魔族により占拠、支配されていた街や地域がいくつもあった。

 しかし今、それらは続々と解放されている。後顧の憂いはなくなり、これからは人類が魔族の領域に攻め入る局面。

 そこで司令部が王都にあるのでは、遠すぎる。主要な将、そして総司令であるエリカ共々、今後は辺境の都市にて対魔王戦の指揮を執ることになる。場合によっては相応の実力を持つエリカ自身も、戦場に立つ機会が訪れるだろうとのこと。


「それよりミナモト様のことです。あの方はやはり、迷宮の攻略を?」

「続けてたみたい、です。どうも協力者もいたみたいで、結構いいセンいってたらしい、って話で……」


 努めて沈痛な表情を作り、朋矢は伝え聞いたことを話していく。

 無論、すべてを包み隠さず話すつもりはない。伝えるのはあくまで、自らに都合のいい部分だけ。

 否、この場合ほとんどは奥田に都合がいいように、だ。やつが迷宮廃棄を頑なに手伝わなかったこと。どころか協力者を襲って殺し、あまつさえ利そのものをも死に追いやったことなどはそれとなく隠す。


「アイツに止め刺したの、もしかしたらオレかもしれない。あの時は必死だったから、迷宮の中にトールがいるかもなんて考えもしなかった……」

「アツミ様……」

「落ち着いてれば気づけたかもしれないのに……ムキになるとまわりが見えなくなるの、朋矢の悪いクセだって……ハハッ、よく言われてたのにな。他でもない、トールに……っ」


 実際の利は奥田によって殺され、迷宮内に遺棄された。

 しかし、そういうことにしておく。あの日、利はたまたま迷宮を探索中で、魔物化に巻き込まれた。自分が殺したかもしれない、というのはともすれば不興を買いそうな示唆に思えるが――


「……あまり御自分を責めませんよう」

「エリカさん……」

「アツミ様は、自らに出来る最善を尽くしました。ミナモト様のことは、ですから、不幸な事故と言うより他ありません……」


 自罰的にしておけば、なんとなく同情を買えそうな気がして、そうした。

 それにしてもこの王女様、結構ちょろいなと朋矢は思う。こちらの腹の内などまったく気づかない様子だが、こんなんで為政者など務まるのかと、いらぬ心配までしてしまう。


「ありがとうございます、気を遣ってくれて。けどやっぱ、やらかした自覚はあるんで、オレ」

「その、先程からなさっているのは……」

「……絶望的なのは、わかってるんすけどね。ひょっとしたら、生き埋めになってるだけかもしれない、なんて……」


 瓦礫の撤去作業を再開すれば、聞きにくそうに訊ねてくるエリカ。

 もちろん、ポーズである。遺体や遺留品が見つかるなどそもそも思っていないし、仮に見つかったところで原形を止めているとも思えない。

 まあ、万一利が生きていたら、それはそれで面白いとは思っているが。

 内心鼻歌まじりの、懸命な捜索のフリを続けようとし、


「――そのことですが、アツミ様」


 不意にかけられた声は、イリスのもの。利と入れ替わる形で隊伍(パーティ)に加わった、当代最高の宮廷魔術師。

 やや足早にこの場を訪れた彼女は、直属の上司ともいえるエリカに一度敬礼。


「あるいはミナモト殿、どこかで生きていらっしゃるかもしれません」

「……は?」


 それから続いた言葉に、

 朋矢は思わず、素で声をあげてしまった。




 一方で、守永(もりなが)優愛(ゆあ)は一人、塞ぎこんでいた。


 強大な魔物の気配を捉えたと言い、一人迷宮都市へと飛び去ってしまった朋矢。

 迷宮都市といえば、恋人の利が現在活動しているはずの場所。胸騒ぎを覚え朋矢を追い、ほぼ一日遅れで優愛たちも都市へと辿り着き、


 そこで、知ることになる。

 皆元(みなもと)(とおる)――彼の生存が絶望視されているという、状況を。


「……っ」


 宛がわれた宿の部屋。

 ベッドの上で俯せに枕を抱き、堪えられない涙を流れるままにする優愛。


 押し寄せるのは悲しみ、そして後悔。

 勇者として強力な“加護”を得られなかった彼。

 魔物が跋扈し、治安も日本とは比べるべくもないこの異世界(レガス)

 危険が及ぶのは火を見るより明らかなはずだった。


(どうしてそばにいられなかったの……? 私がいれば守ってあげられたのに……っ)


 離れるべきではなかった。

 恋人よりも弱いことが居た堪れなかったのか、隊伍(パーティ)から抜けてしまった利だったけど、

 無理にでも引き留めるべきだった。

 自分といれば、危険なことなどなにもなかったはず。

 現に優愛も朋矢も風子も、勇者でないイリスでさえ、

 深刻な怪我を負ったことなど、今まで一度もない。それこそこの世界では脅威とされる魔物と対峙した時も、【聖女】の力は皆を守り、戦いを危なげのないものへと変えていた。


 なのにどうして一人で、などと、

 利に理不尽な怒りさえ覚えてしまうほどに、優愛の心は千々に乱れていた。


「優愛ー……?」


 部屋のドアが遠慮がちに開けられる。

 顔を出したのは親友であり仲間でもある、風子。


「気分はどう? って、聞くまでもなさそーだけど……」

「…………」


 努めて明るく装う親友の問い。

 それに応えることも出来ず、顔を伏せたままの優愛。


「だいじょぶなわけない、よね。気持ちはわかる、なんて、アタシなんかに言えたことじゃないかもしんないけど」

「……」

「せめて、さ? ちょっとでもいいからなんか口に入れとこ? こっちに来てから優愛、なんも食べてないよね……?」


 ベッドに腰かけ、こちらを覗きこむ風子の顔。

 困ったような微笑み。出来る限り優愛を傷つけまいとする、気遣いの見え隠れする表情。

 親友にそんな顔をさせてしまっていることに、すこしだけ胸が痛む。

 同時に思う。

 ここで私が本当に参ってしまったら、隊伍(パーティ)のみんなはどうなる?

 【聖女】の力は守りと癒しの要。それが役目を果たせなければ、次に危険が及ぶのは隊伍(パーティ)の仲間……

 風子か、イリスか、あるいは、朋矢か。


(それだけは、ダメ……っ)


 起き上がり、無理にでも笑顔を作ってみせる。

 そうしてすこし安堵をみせた風子とともに、優愛は部屋を出て、一階のラウンジへと向かう。




 テーブルに着いたものの、正直なところ食欲は湧かない。

 けどここへ来るのにもすこし足元がふらついたし、なにも食べないでいてはそれこそ倒れてしまう。スープくらいなら口にできるだろうと思い、給仕に頼み運ばれてくるのを待つ。こちらの身分を知ってか、宿の従業員の態度は皆一様に恭しい。レガスへ来てからずっと続く賓客の扱いにも、近頃はだいぶ慣れつつあった。


 こちらに気を遣ってか、いつも賑やかな風子も今はおとなしい。

 そんな珍しく静かな時間のなか――


「――すみませんあのっ、聖女様、ですよね……っ?」


 不意にテーブルへ近づく気配。

 どこか思い詰めた声音での問いかけ。

 顔を上げれば、そこにいたのは見知らぬ少女で――

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