導入:あれからひと月
○
異世界レガスに召喚されてから、一か月。
「――次、こいつを東門まで運んどいてくれ!」
「わかりました!」
今日も今日とて僕、皆元利は軍の雑務をこなすため、駆けまわっている。
ここは王都の城壁内。
この世界の人類の生存圏――その中で最大の国家の中枢の、守りの要となる場所。
ゆえに周囲を行き交うのも皆、国軍の兵士たち。僕と同様雑務に追われる人の足音、その彼らへと飛び交う指示。時には怒声。
そんな喧騒の合間を縫って、指示された場所まで僕は急ぐ。仕事は多く、人手は十分とはいえない。だから今やっている荷運びを終えても、またすぐに次の仕事が飛んでくるだろう。
(けど、頑張らないと。戦いで役に立てない僕は、みんなが命を賭けてる分も、せめて――)
僕たち、区立陽ノ守高校二年C組の生徒三十名は、
約一か月前に、勇者としてここレガスに召喚された。
請われたのは、魔王の討伐。ただの高校生である僕らに出来ることとは到底思えなかったが……
『恐れることは御座いません! 魔王を打倒しうる力――勇者の“加護”は、すでに皆様の御身に備わっているはずです!』
あの日の、王女様の言葉。
勇者の“加護”。
それは魔術といった超常現象が実在するこの世界にあってもなお、特別かつ強大な力。
極まれば、戦士であれば城砦をも断ち、
また術士であれば軍勢ごと蹴散らし、
あるいは友軍ごと癒し、鼓舞することも可能だという。
その話を裏づけるかのように、クラスメイトはもれなく超人的な力に目覚めた。
身の丈ほどの剣や槍を軽々と振り回す者。
砲火のような魔術を矢継ぎ早に繰り出す者。
あるいは、酷い怪我を立ちどころに治してしまう人も……
けれども、僕は、
僕が得られた“加護”は――
「おいどうした? ボーッとして」
「――!」
かけられた声に、ハッとする。
見れば僕を見下ろすいかつい顔。もう顔なじみと言っていい、東門を預かる部隊の隊長さんだ。
「いえ、すみません。なんでもないです」
「そうか。疲れたなら言えよ? 倒れられたら面倒だからな」
「大丈夫です。これを持っていけばいいんですよね?」
「おう、頼んだぞ」
考えこんでいる暇はない。
まわりに余計な迷惑をかけないためにも、今は目の前の仕事に集中して――
不意に聞こえてくる、くぐもった破壊音。
方向からして発生源は城壁の外。おそらくは王都郊外で戦闘が起きたのだろう。
いや、戦闘と呼べるほど、切迫した状況でもない可能性は高い。
その予想を裏づけるように、散発的な音はほどなく止んでしまう。
「ちょうどいい、ミナモト。それは他のやつに運ばせるから、代わりに彼らに差し入れに行っちゃくれないか」
「え、っと、僕がですか?」
「同郷のよしみだろう? ウチの部下どもは、なんだ、気おくれするようだからな。勇者様がたには」
「……」
「っと、すまん。お前もその勇者様なんだったな。――ともかく頼んだ。糧秣はいつもの場所から持ってってくれればいい」
「……わかりました」
部隊長さんに頼まれ、一旦は抱えた荷物を元に戻してその場を辞する。
向かいながら、思わずこぼれる溜息。
クラスメイトと顔を合わせるのに気が進まない、なんて、
元の世界にいたときには、考えもしないことだったというのに。
水や軽食を用意して城門を出れば、彼らもまたちょうど引き上げてくるところで。
「ん? よー皆元ぉー」
「うん、みんなお疲れ。これ、持ってきたからよかったら、」
「なんだわざわざ持ってきてくれたんか。なんかもーすっかり板についたよなーそういうパシ、いやいや! 後方支援っての?」
「あはは……」
男子と女子が二人ずつ。今日の東門警護を任されているクラスメイトで、
全員が勇者の“加護”により、非凡な戦闘力を備えている。
城壁外に広がる平原を見やれば、遠くの街道沿いに目につく戦闘跡。
大型の獣が数体、倒れている。乗用車ほどの体躯がある狼。この辺りによく出没する魔物。
並の兵士なら犠牲覚悟で立ち向かうべき相手。まして僕では、到底敵わない。
けれど彼らなら、それを片手間で倒せてしまう。
勇者の“加護”とは、それほどのものなのだ。
「毎度毎度、よくやるよ。まー戦闘で役立たずじゃ、あとはパシ、ん゛んっ! 後方支援くらいしか出来ることねーだろーけど」
異世界へ来てからというもの、ろくな力を得られなかった僕は、とくに男子勢からは軽く見られがちで。
「ちょっとー、パシリとか言うのやめてあげなよ!」
では女子はどうかというと……
「あいつの言うコト気にしなくていいからねっ、皆元君」
「皆元君が頑張ってるの、ちゃんとわかってるから! ……もしあいつらになんかされたら言ってね? 私が守ったげるから」
「あ……ありがとう。でも大丈夫だから、あまり心配しないで」
「ホント?」
「無理しないでねっ」
やや気を遣われすぎているような。教室ではほとんど話す機会のなかった子たちだけに、余計にそう感じる。もちろん気遣いそのものはありがたいけれど……
その気遣いの根底が、僕の弱さへの侮りからくるように思えてしまうのは、
さすがにちょっと、被害妄想的だろうか。
「チッ」
「顔がいいと得だよなぁ、やっぱ」
あと、そんな女子の振る舞いが男子の気に障っているともいえそうだけど、
これも僕には、どうしようもないことで。
夕刻。昼の王都警護が終わる頃合い。
もちろん夜は夜で警護を絶やすわけにもいかないが、とりあえず僕の務めはこの時間までとなる。
「あとそれ持ってったら上がっていーぞー」
「あ、ついでにこれとこれも持ってってくんねー? 頼むわ」
「っと……はい」
ただ、上がりが一番遅くなりがちではある。仕事に慣れていないせいもあるけれど、こうして終わり際に、兵士の人たちに残った仕事を任されてしまうことがたびたびあるから。
「……さすがに押しつけすぎじゃね?」
「ヒヒッ、構うかよ。戦えねー勇者様なんざ」
不注意か故意か、去り際の兵らのやりとりが耳に入る。
クラスメイトだけでなく、この国の兵士たちからも僕は軽んじられているようで。
無理もない話、かもしれない。
絶望的な戦況を覆す存在のはずの勇者。
それが並の兵士と変わらない力しか持たなかったら、失望されて当然だろう。
「……」
思わず、木箱を掴む手に力がこもる。
望んで力を得られなかったわけじゃない。
行き場のないやるせなさは、けれども自分の内に押し込めるより他なく。
「――ああ、まだ残っていたか、ミナモト」
「!」
声をかけられ、我に返る。
そちらを向けば部隊長さんの姿が。
感情の読みにくい仏頂面の彼が、見覚えのあるものを手にしているのにも遅れて気づく。
「ちょうどよかった。これ、勇者の誰かのものだろう? 帰りしなでいいから、届けてやってくれないか」
差し出されたそれは、誰かの端末。電池を維持できる“加護”を持つ人がいるため、持ち歩く人もまたいる。もちろん通話等はできないが、カメラやインストール済みのゲームなら使えるためだ。
「いいですけど、誰のだろ? ちょっとわからないんですけど……」
「直接持ち主に渡す必要もあるまい。彼らは彼ら同士でつるんでいるだろうから、誰かに渡せばそのうち届くだろ。それじゃ、頼んだぞ」
「あ……はい」
懸念を伝えたが、気にせず差し出して足早に去ってしまう部隊長さん。
またひとつ、溜息。
まあ、頼むなら僕しかいないというのはわかる。彼の部下――精密機器の扱いに不慣れなこの世界の人に任せれば、万一のこともあるかもしれない。
兵士たちが勇者を敬遠がちという面も、あるにせよ。
それでもやはり、すこし気は重く。
なぜならこの時間の彼らの居場所は、おそらく――
手っ取り早い“ざまぁ”や“スカッと”とかはないし、
ハッピーエンドとも言いがたい結末を迎える予定でもあります。
それでもよければ、しばしお付き合いください。