閑話其の二
新しき世界に来た男はロクセラーナと絆を深める
「ハァァァァ……フッフッフッフッフー。ハァァァァ……フッフッフッフッフー」
「そうそう! その調子です! いいセンスです!!」
ワタシがこの新しき世界に来てから一ヶ月は経った。
今ワタシはロクセラーナのご指導のもと、呼吸を使った魔術の修得に向けて鍛錬中だ。
傍から見れば、呼吸のトレーニングや宗教的な行為に見えるかもしれない。が、これも立派な魔術である。なんでも今修得しようとしている魔術は肉体強化系魔術に分類されるらしいが。
「今日はここまでにしましょう! いや~凄いです! 五日足らずで〝タナッフス・アミーク〟を修得間際なんて!」
「私なんてこの魔術の開発に五年はかかりましたのに! まさに天才ですよ!!」
「そんなことはない。ゼロから魔術を作ったロクセラーナの方が凄いはずだ」
「それにわかりやすい教えがあってこそ、ここまでできたのだ。だからこれもロクセラーナのおかげだ」
「そ、そんなことないですよ……こ、この魔術を開発したのなんて、私が非力で無駄に魔力を使うからで~~」
ロクセラーナは褒められ慣れてないのか、もじもじと身体を動かしながら、最後の方は聞き取りにくい声でぼそぼそと何かを喋っていた。
ロクセラーナと出会ってから、ワタシとロクセラーナは出会ったこの洞窟で魔術を教わっている。
魔術だけではなく、この新しき世界について様々なことをロクセラーナから教わった。
例えば、ロクセラーナの種族。
見た目は、灰色が混ざったような暗い緑の肌色、豚のような鼻に下のあごに鋭い牙を二本上に伸ばした姿は明らかに人間とは異なった生物に見えた。が、どうやらその通りだったようだ。
ロクセラーナはオークという種族の生物だ。
オーク族とは、ロクセラーナのような見た目に、男女平均身長二メートルの体格を持つ種族で、二足歩行の種族の中ではその力の強さはトップクラス。
この砂漠地方では強力な種族として有名らしい……らしいのだが、ロクセラーナはそのオークの中では、力が弱く、いわゆる落ちこぼれだといつも自分を卑下している。
ロクセラーナがオーク族の中で落ちこぼれである理由は二つある。
一つ目は身長。ロクセラーナは身長188cmあるワタシより3、4cm小さい程度の身長で、人間の女性ならまず高身長のはずだが、オーク族では、この身長でも、低身長になるらしい。
そして二つ目は。
「うっ!」
「!? ロクセラーナ!」
ガシ
ワタシはまた急に倒れそうになったロクセラーナをとっさに抱きかかえる。
「大丈夫か? ロクセラ」
「ええ……い、いつもすみま」
「「…………………………………………………………」」
ロクセラーナは黙ったままその綺麗な蜂蜜色の瞳をまっすぐとワタシに見つめる……私も自然とその瞳に魅入られ……
はっ! 見つめあっている場合じゃない。
「立てそうか……ロクセラーナ?」
「ええ……立てそうです。いつもすみません」
ロクセラーナはワタシを支えにして立とうとする。
これが二つ目だ。
ロクセラーナは生まれつき不治の病にかかっているらしく、身体が弱いのだ。
遺伝的な問題じゃなく、ロクセラーナ以外の家族全員は元気なのにロクセラーナだけが病にかかった。数々のヒーラーに診てもらったがやはり治せないらしく、生まれてから二十年。ロクセラーナは原因不明な病に苦しみ続けた。身体が思うように動かず、こうして、たまに失神しそうになったりするのだ。ワタシと会った時も彼女が弱っていたのはこれが原因だった。
「こんな私に付き合わせていつもすみません……私は身体が弱く、根暗だから……家族の中でも種族の中でも居場所がなくて……」
ワタシに介助された彼女はすっかりと落ち込んでいた。ワタシは彼女を元気づけるために笑って伝える。
「フッ。そんなこと言うな。ワタシは前の世界でも、教えに従って、弱き者をよく助けていたのだ。だからこんなことも慣れっこなのさ」
「それにあなたは根暗ではない。異種族であるこの人間にも優しく接してくれるではないか。この世界で右も左もわからないワタシが生きていられるのは、ロクセラーナの指導あってのおかげだ」
「そ、それは……あ、あなたに声をかけられたのは……」
ロクセラーナは何かを反論しようとしたが、言葉がつかえた。だが、ゴクっと唾を飲み込んだ後、続きを喋る。
「あなたに声をかけられたのは、私と同じで……孤独で寂しそうだったから……もちろんあの時は、自分の命が大変だったこともありますが……」
ロクセラーナはそう言った後、顔を伏せた。
「……」
ワタシはこの世界に初めて来た日を――すなわちロクセラーナと出会った日を振り返っていた。
前の世界では、教団の教えがワタシにとって人生の全てだった。教えを全て守り、そして、教えの通り天国に行けると思っていた……だが、この世界に来たことでそれが打ち砕かれた。
ロクセラーナの言う孤独で寂しいという感情とはちょっと違うと思うが……後から振り返れば、あの時、誰かと話したいという思いはあったかもしれない。だからロクセラーナと出会ってワタシの心は救われたところがあるのは確かだ。
「そうか……どんな思いがあったにせよ、ロクセラーナがいてくれたから、ワタシは立ち直れた……とまではいかないが、気持ち的には楽になった。それにオーク族のみならず、砂漠地方に暮らす種族のほとんどが異種族に排他的なのだろう? あの時ロクセラーナ以外と出会っていたら今の私はどうなっていただろうか……」
「ワタシにとってロクセラーナはこの世界の師でもあり知識人みたいなものだ」
ワタシがそう伝えると、ロクセラーナは一瞬複雑そうな顔をしたと思いきや、「フッ」と笑い。顔が明るくなっていった。
「知識人だなんて、その呼び方、信者だった頃の癖がまた出ていませんか?」
「! ……そうだな」
出会った頃は、ロクセラーナにワタシのことを話そうとは思っていなかった。
だが、色々あって考えを変え、ロクセラーナになら話してもいいと思って結局話した。
ワタシがこの世界とは違う世界から来たこと。そして、前の世界では、信者として教団の教えを信じていたのに、死後の世界では、教えとまったく違う世界だったこと。それら全てを話した。
ロクセラーナの反応はというと、最初は驚いたにせよ、意外と、すぐに信じた。ワタシが言うのもなんだが、普通はこういった、宗教的な話は信じがたい、噓くせーと思われる反応が大半で、実際に前の世界では布教するときはそこが苦労するところだったのに。
ワタシの話をすんなり信じた理由を聞いたら、なんでもこの世界では、異界より人間族が稀に来たるという言い伝えがあるとのこと。
その人間族は、世界に創造をもたらす者かあるいは破壊をもたらす者かどちらかに分かれるというお話らしい。
ロクセラーナにとってもそれはあくまで言い伝えで今まで信じていなかったが、ワタシという変わった服装とまったくこの世界のことを知らない者が現れたことから、言い伝えのことを思い出し、今では本当だったと信じたそうだ。
……もしその言い伝えが本当なら、これまでにも、そしてこれからも、前の世界から人間がこの世界に来るということになる。まあ、あり得ない話ではないが。そうすると、一体何のために我々はこの世界に来ているのだろうか……。
ワタシは洞窟の外から見える砂漠の夜を照らす三日月を見る。
「ワタシがこの洞窟から出ていくのも近いかもしれないな……」
「ええ! どうしてですか?」
ロクセラーナは悲しそうな顔でそう問う。ワタシはその疑問に答えなければならない。
「ロクセラーナ。あなたの言う通り、ワタシは教団の教えが心身ともに深く、根に入り込んでいる。いくら否定しようともそれが事実だ」
「ワタシが教えの通り、神を今も信じるなら……やることは一つ。この世界でも教団の教えを広めないといけないからだ」
「神をもう一度信じる道を行くのか……あるいは別の道を……別の人生を行くのか……選ぶときが来たのかもしれないな」
男の選択は!?