17.「乾杯」
お酒はほどほどに
月の満ち欠けの始まりの頃、俺はリチャードに会いに行く。
リチャードと会う理由は当然、サシ飲みをする約束を守るためだ。
……考えてみたら、誰かとサシ飲みをするのは初めてかもしれないな。
俺が酒好きじゃないということもあるが、前の世界で寺島光当という名で生きていた頃は、一緒に遊ぶような友人はゼロだったし、仕事場の飲み会は誰かと会話を合わせる自信がないためいつも断っていた。消極的だった俺は結局、誰かを誘うこともないまま死んでこの新しき世界に来た。
ジュダスもヴェダも俺と同じように酒を飲まないから、一緒に飲むことなんて考えたこともなかったな。
そして今夜が前の世界も含めて、人生初のサシ飲みということになるのだろう……
正直ちょっとワクワクとドキドキしている。
この気持ちを例えるなら、これは童貞が初体「お~い旦那! 先にヤっているぜ」
馬鹿な考えをしていたら、木材でできた監視塔からリチャードがひょいと顔を出して、俺を呼んだ。
俺は手で返事して、はしごを使って、リチャードがいるところまで登る。
「リチャード! 待たせて悪りぃな」
「いや、おれが先に始めているだけよ」
いつもなら監視塔に見張りを立たせているが、ここで飲むため今は外してもらっている。
リチャードはブランデーらしき酒をグラスにトクントクンと注ぐ。そして「はいよ」とそのグラスを俺に渡しそれを受け取る。
「それじゃ、俺も始めるか」
「「乾杯」」
チン
共にグラスをぶつける。リチャードがグビっと勢いよく飲む。俺も後に続いてグビっと勢いよく飲む。
「……がっは!? ゴホゴホ! ゼーゼー。ヒューヒュー」
あまりの度数の高さでむせたあと、喘息のような呼吸音が出た。
「な、なんじゃコレ! アルコール強くねえか!?」
「ハハハハ。悪りぃ悪りぃ。度数は四十あるンだ。酒が苦手な旦那にはきついよな?」
「よ、四十度も!?」
「ああ。このブランデーの名は、〝クール・ド・リヨン〟。おれの故郷のお酒でね。旦那には一度飲ませたかったンだ」
リチャードがそう言った後、ふと夜空を見上げる。
「よりにもよって月が見えない新月の時期とは……満月だったなら雰囲気にバッチリだったンだが」
「そりゃあ仕方ないさ。時期が悪いんだ。満月の時にまたサシ飲みをすればいいじゃないか?」
「……それもそうだな」
リチャードは一瞬、間があった後に意味ありげな表情で返事する。その声と表情は普段のリチャードでは見られない態度だった。
「どうした!? やっぱり月の星団との戦いが不安か?」
「……当然命のやり取りをするンだから、不安はあるさ。おれか旦那のどちらか。あるいはどちらも死ぬかもしれねぇって……そしたらこれが最初で最後のサシ飲みになるかもしれねぇって考えがどうしてもある」
「リチャード……」
リチャードは浮かない表情だったが、突如「フッ」と笑い、表情を変える。
「だが、一方で別の思いもある――おれは今まで以上に希望も持っている!!」
「おれは自分の魔力が恐ろしいぜ。嬉しい意味でな。皆の魔力を持っているということは、魔術もいきなり増えまくったってことだ……ほんの少しの魔力量でここまで違うとは」
「魔力が回復したら、おれは今までより確実に強くなっている! 魔力の総量が増えただけでなく、おれはインファイターでもあり、オールラウンドでもあり、ヒーラーでもあるなんて!」
「悪りぃな。コネクト以外のスキルタイプの場合は、渡せる魔力量に限度があるらしい。なんだかんだ皆の魔力の大半は俺が持っている状態だ。独り占めしているようで悪りぃ『いいンだ! 旦那』」
リチャードが首を振る。
「全スキルタイプの力を持つだけでも自信は全然違う! 旦那はよくやっているさ!!」
「強いて言えば、俺の戦闘スタイルは変えた方がいいのだろうか? 今まではインファイターとして接近戦で戦ってきたが、選択肢が増えるとなると~」
「いや、戦闘スタイルは無理に変える必要がない」
「オールラウンドやヒーラーの魔力を貰ったとしてもそれらの魔術で消費される魔力のコスパが良くなるだけさ。雷電系魔術や回復系魔術などが使えやすくなった程度に考えてくれればいい」
「貰った魔術も結局は魔術の修行をしなければモノにならないからな。コネクトの場合だと違うが」
「そうか……いや、それでもいい! なんだかんだ馴染んだやり方が一番効果ありそうだしな」
リチャードの表情がいつものように明るくなった。
「そうだな……後は、月の星団側にコネクトがいないことを祈るしかないな。あっちにもコネクトがいたら、こちらの“”全スキルタイプを兼ね備える作戦“”の優位性がなくなるからな」
「ああ……本当にその通りだぜ」
俺とリチャードは暗い話はここら辺で止め、しばらくは笑いを交えてお酒を飲み続けた。
サシ飲みってこんなに楽しかったのか!? いや、きっとリチャードが楽しませてくれるのだろう。
酒は相変わらず苦手だが、リチャードとなら何杯でも付き合ってもいいかもしれない。そう思えるくらい楽しい。
ふとリチャードは「あっ」と何かを思い出したかのような態度を見せる。
「旦那……今日そういえばおれ言ったことがあったよな? 旦那には感謝しているって」
「感謝……感謝……ああ! そういねぇば~そんなことを言っていたなぁ~忘れてた忘れてた」
そういえば、魔力を貰うとき、リチャードが何か話したいことがあるみたいなことを言っていたな。それを聞かなければ。
かなり酔っ払っているが、俺なりに耳を真剣に傾ける。
「これから話すことは、まだ誰にも話したことはない……だが、話すならまず旦那に聞いてほしいンだ」
「……わかった。聞かせてくれ」
「感謝のことを言う前に……これだけは言っておかなければならねぇ」
「実はな……おれがこのタウンに来たのは……偶然じゃねぇンだ」
「えっ?」
「おれはある目的でタウンに来た。絶対に成し遂げなければならねぇ! そんな固い決意を持ってこの地に来た」
「その目的は~」
リチャードの目的とは!?




