13.「十一使徒」
集会所から出たアルファイは一人の男性と会う……
「何の用かね? アルファイ。私だって暇じゃないのだが」
ここはタウンの森に囲まれた別荘。信者たちの休憩所でもあるこの一軒家で、元十一使徒のアルファイ・ダーウィンとマテオ・アニュスの男二人が会話していた。
「……」
「黙ったままか……そういえば、グーリュが言いふらしていたが、月の星団という厄介な教団と戦ったそうだな。なんでも私たちがあちらの信者を殺しているとかで」
「そうだ。そしてこのままだとタウンと月の星団は戦争になりそうだ」
「そうか……でっ、君はどうする? このままタウンに残るのか? それともタウンから出るのか?」
「……」
アルファイはまた黙った。アルファイは何か迷っているような雰囲気だった。
「もしタウンから出るなら早めがいいだろう。長がインチキ教祖に代わってから、タウンから自由に出てもいいという方針になった。だが、もしかしたらインチキ教祖も気が変わるかもしれん。そうなる前に~」
「インチキ教祖インチキ教祖とみんなあいつの名ばかり」
マテオはバルコニーの手すりを強く握ったままそう声を漏らした。
「このタウンは誰が作った? 誰のおかげで、ここまで住民は増えた?」
「みんなマスターじゃないか!? 今もタウンがあるのはマスターのおかげじゃないか!! それなのにインチキ教祖ばかり持ち上げやがって」
「アルファイ……」
「おまけに今ではマスターのことを呼び捨てにする者や、悪口を言っている者まで現れている。マスターがいた頃は、みんな彼に媚びへつらっていたくせに」
愚痴をこぼすアルファイにマテオは慰めるように声のトーンを下げる。
「仕方ないさ。大多数はマスターから罰を受けるのが怖くて従っていた。君のように今も心から崇拝しているのは一握りさ」
「アルファイ。マスターは住民に対してかつてこう言っていたことを覚えているか?」
「『信徒とはペットだ』と。あれは言い得て妙かもな。新しい主人が現れたら、ここの奴らはいい暮らしをするために、すぐにしっぽを振った。まさしくペットのようだ」
「ハハ……その通りかもな」
マテオの励ましにアルファイは笑みを浮かべる。
「だが、君も私もこのタウンで生きていくなら今の状況を受け入れていくしかない。まあ最も月の星団が勝てば、このタウンも滅びてしまうかもしれないが」」
「滅びる……このタウンが……そうだよな……」
アルファイはマテオの意見に納得するも、何か思うところがあるような言い方をする。
「あの日。マスターは最後の演説でインチキ教祖に長を譲り、長い旅に出た。もうタウンに戻らないと言っていたが……このタウンが無くなったらどう思うのだろうな」
「最後の演説を聞いたときからモヤモヤしていることがある……なぜマスターは、インチキ教祖なんかに長を譲ったのだ。普通は地位から考えて、我々十一使徒の中から長を譲ろうとするのではないか? それに最後の演説もいつものマスターとは様子が違……って……!?」
「アルファイ!? どうした?」
アルファイは喋っている途中に一つの可能性に気づいた。そうさっき、第三地区の集会所でインチキ教祖たちの会話を聞いていたからこそ、繋がったある可能性を。
「変身系魔術……そうだ。変身系魔術だ。あの日の演説であの女がいなかった。インチキ教祖の正妻のように振舞っているあのエルフ。そうインチキ教祖の愛人ジュダス・トルカ! 金魚のフンのようにつきまとっているあの女があの日に限っていなかった……それはなぜだ?」
「……何が言いたい?」
「変身系魔術だよ! あのエルフがマスターに化けやがったんだ! それで、インチキ教祖に長の座を渡すように芝居を打ったんだ!! あいつらめ! マスターを疑ってはいけないという教えがあることをいいことにそれを利用しやがったんだ!!!」
「……なんだそのことか」
マテオはアルファイの話にあきれたような態度を見せて外の景色に顔を向ける。
マテオが予想とは違う態度を見せたことで、アルファイは戸惑う。
「今さら気づいたのか。そんなこと私は最後の演説の時から薄々気づいていたよ」
「な、なんだと!?」
「あの権力に執着するマスターが長の座を簡単に譲るはずがない。君の言う通り、おそらくジュダスが変身してあの演説を行った。そして肝心のマスター本人はインチキ教祖たちに敗れてとっくにこの世にいないのだろう」
自分たちのマスターが死んだ。それがほぼ確定的だというのに、マテオは今も冷静に淡々と喋る。その姿にアルファイは余計に戸惑った。
「あ、あなたはその事実を知りながらのうのうと暮らしていたのか? マスターが殺されたかもしれないのに、ただ黙って――」
「でっ? 逆に聞くが君はどうするんだ? まさかマスターの仇を打つつもりか? やめとけよ」
「マスターを倒した実力を持つ者に我々が勝てるはずがない。インチキ教祖に逆らわない限り、命はあるのだ。君も事実を知らないフリをして――」
ガッ
「ぐっ!?」
アルファイはマテオの話に我慢できず、胸ぐらを掴んだ。
「キ、キサマーッッ!! それでも、それでもマスターの弟子か!?」
アルファイの怒声にマテオは苦笑を浮かべる。
「ハハ……君がそこまで感情的な人間だとは思わなかった」
「正直に言うと、信者を殺している犯人は君だと私は推理していた。…… 月の星団にインチキ教祖を倒してもらう。そんな計画なら、かなりの策士だと思っていたが、インチキ教祖に騙されていたこともわかっていなかった間抜けならそんなことはできないか」
「ワ、ワタシもお前がそこまでの腰抜けとは思わなかった。普段消極的なお前もワタシと同じようにマスターのことを一番に信じ――」
「この際ハッキリ言おう。私はマスターのことなんか信じたことはない。無論インチキ教祖もだ」
アルファイの言葉を遮るようにマテオはそう宣言した。
「私がマスターを信じているフリをしたのは、マスターに気に入られ、少しでもいい生活をするためだった。つまり他の住民と同様に私もペットだったのだよ」
誇らしげに自分を卑下するような言い方をするマテオ。アルファイのリアクションを無視し、マテオは話を続ける。
「フッ。マスターもインチキ教祖も馬鹿だ。権力を持っても最後は苦労するというのに」
「マスターは権力があるがゆえにやりたい放題した。だが、その結果インチキ教祖の怒りを買い殺された。そしてそのインチキ教祖も月の星団という脅威の前で、長として簡単に逃げることもできない立場だ。その点、私は逃げることも場合によっては、月の星団へと改宗しようとも好きに動ける」
「つ、月の星団へと改宗?」
「そうだ。私のスキルタイプは数少ないヒーラーだ。技量はヴェダや今は亡き十一使徒のヨハネアには劣るとはいえ、私自身優秀な方だ。仮に月の星団に捕らわれても悪いような扱いはされないだろう」
「それに戦争になっても、ヒーラーなので私は前線に出ることもない。極端な話、私はタウンや月の星団どっちが勝っても問題はないのだ」
アルファイはマテオの話を聞くたびにより掴む力を強める。いつパンチが飛んできてもおかしくない状況だが、マテオは恐ろしくなりながらも自分の話を止めない。
「……わかるかね? かしこい人間とは私のように世渡り上手な者を指すのだよ。ありふれたインファイターの凡人の君や欲望のままに権力を欲したがる馬鹿なインチキ教祖とは違う」
アルファイの怒りは頂点に達し、顔が赤くなっていく。マテオは殴られる覚悟で歯を食いしばる。
「キサマなんか殴る価値もない」
ドン
アルファイはそう言って、掴んでいた手を放し、両手で押す。
「ぐお?」
マテオは押され床に倒される。先ほどまで怒りで顔が赤かったアルファイの今の顔は、冷めたような表情へと変わっていた。
「何が世渡り上手だ。キサマは信念や芯がないだけだろう?」
アルファイにそう言われ、マテオは床に倒れたまま、「クク」と笑う。
「フン! 偉そうに。なら、なぜマスターは君よりも先に私を十一使徒に昇進させたんだろうなぁ? あのマスターなら気づいていたはずさ。この私の人間性を」
「それでも利用できると思ったから優秀な私を先に昇進させたのだ。そして私も有利な立場になれるならなんでもする。この身体だっていくらでも捧げてきた」
「それに君だって薄々気づいていたのだろう? マスターは狩人たちと繋がっていたことを?」
「そ、それは!?」
アルファイは露骨に動揺する。
「やっぱりな。私も気づいていたが、あえて深く知ろうとはしなかった。知り過ぎたら、引き返せない道へと進むかもしれないからな」
マテオは立ち上がり、掴まれた服のシワを直す。
「てっきり君も私と同じ考えだと思っていたが……君の場合は理想のマスターが壊れないように目を背けていただけかな?」
アルファイは何も言い返さず、顔をマテオから背ける。その姿にマテオは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「図星か」
マテオはアルファイの肩を触り、励ますような声のトーンで語る。
「まあまあ。マスターが殺された件は、そうやってまた目を背ければいいじゃないか? タウンが勝てば今まで通りの生活はできるし。生き残った同じ元十一使徒同士。これからも仲良くやっていこうじゃないか」
マテオはそう言い、別荘から去っていた。一人きりとなったアルファイはつぶやく。
「今でも思うことがある。ワタシは……なぜ今も生きているのか……」
「ワタシは……あの日、他の十一使徒と同様に一緒に死ねば良かったのだ……マスターと共に殉教できていたらどんなに幸せだっただろうか……」
次回、インチキ教祖VSアルファイ始まる!?




