10.「五行緑月」
ハサン、カヒール、サギル、ワストは月の星団の本拠地へと帰還するが!?
砂漠地方リヤブス。ここに月の星団の聖地すなわち本拠地が存在する。
砂漠の中で栄えている、あるタウンにはそのタウンのいや、その宗教のシンボルマークを意味する旗が掲げられていた。
その旗は左側に緑色で塗りつぶされた大きな三日月が配置され、その三日月の間の空間には刃を右側に向けた赤い剣と四つの小さな緑の五芒星が描かれていた。
これが月の星団のシンボルマークである。
そしてとある礼拝堂の中で、〝礼拝〟のハサン、カヒール、サギル、ワストが一人の男性の前で床に座っていた。
「あらぁ。みんな随分と酷い怪我じゃない? 〝礼拝〟の称号を持つあなたまでそんな傷を負うとはね」
男性はハサンたちにそう問う。口調からして、敗北のような形で退却したハサンたちを責めているというよりは、揶揄するような雰囲気だった。この結果もこの男性の中では、想定内なのかどこか余裕を感じさせた。
「耳が痛いですよ。慣用句としても。敵に殴られたことによる意味でも」
「敵はそれなりに強いと見ていいのかしら?」
「ええ。敵の総戦力は不明ですが、それなりの逸材がいることは確かですよ」
ハサンはヴェダとリチャードから受けた傷を回復していないままその男性の質問に答える。特にリチャードから最後に受けた傷が酷く、左腕は骨折したまま、口と耳から既に血が止まっているが、流れた痕が残っている状態で痛々しい姿だった。カヒール、サギル、ワストも同様で、先の戦闘で受けた傷を回復していないまま一人の男性の前に戦いの状況を報告していた。
ハサンたちが目の前で報告している男性こそこの月の星団の指導者。その名はイブリース・タージュ・マリク。
見た目は、一・八メートル後半の身長、服装は青色のトーブとトルコ帽のような円筒形の赤い帽子を被った白髪の男性である。
全体的に服の上からでも鍛え抜かれた体格であることがわかるような雰囲気の男性だった。
実質的には、このイブリースこそが月の星団の教祖的存在である。
「ふむ……そろそろ来る頃のはず。彼らが集まってから詳しい報告を聞きましょう」
イブリースがそう言った直後、柱の影から一人がニュイと現れた。
「酷い怪我だな。ハサン。君がそんな重傷を負うとは」
「サラーフ。ご覧の通りですよ」
柱の影から現れたのは、身長が二メートルはある獣人族(ネコ科)の男戦士だった。
見た目はターキッシュアンゴラのように美しい毛並みとくさび型の頭部の顔をしたまさに猫人間と思わせる姿だった。そして、服装は、鎖帷子な鎧の上に赤いマントと赤いズボンの服装を着用しいつでも戦闘の準備ができているような雰囲気を漂わせていた。
この者の名はサラーフ・ガジ。ハサンと同じく、〝五行緑月〟の一員で〝巡礼〟の称号を持つ。
「来たわね……残るは、喜捨と断食ね」
ガチャ
「あれ? ボクたちが一番遅いみたいだよ。イブン」
「これは申し訳ございません。遅れましたイブリース」
今度は、礼拝堂の扉を開けて、二人が現れた。
一方は若い中性的な顔のオーク族ともう一方は、反対に高齢者に見えるような老けた顔のゴブリン族だった。
オーク族の見た目はイブリースと同程度の身長。茶色の短髪に軽装弓兵のような動きやすそうな軍服を着ていた。
このオーク族の名はアミーラ・ハナズィール・バリ。〝五行緑月〟の一員で〝断食〟の称号を持つ。
そしてゴブリン族の方は、ゴブリン族の平均身長と同程度で一・四メートルの身長。頭にターバンを巻き、医者のような白衣のトーブを着た小男だった。
このゴブリン族の名はイブン・ハッラーク。〝五行緑月〟の一員で〝喜捨〟の称号を持つ。
「これで集まった。〝礼拝〟、〝巡礼〟、〝断食〟、〝喜捨〟、そしてワタクシの〝信仰告白〟。五行緑月ここに、集う!!!」
イブリースはそう宣言する。イブリースはハサンと自分を除いた五行緑月のメンバーを待っていたのだ。
五行緑月。それはこの月の星団の中で、最高幹部にして最強の五名を意味する称号である。
「うわあ。本当に痛そうだね。ハサン、カヒール、サギル、ワスト」
「傷ついた私たちの姿を十分と見せつけたので……そろそろ回復しますよ」
心配するアミーラの声をハサンは無視し、回復系魔術を発動する。ハサンが魔術を発動したのを見て、カヒール、サギル、ワストもそれに続いて同じく回復系魔術を発動する。
ハサン、カヒール、サギル、ワストは治療に専念にするためその場でジッと集中して魔術を発動し続けていた。そして約七~八秒経つと、ハサン、カヒール、サギル、ワストの四人の傷は噓のように消えていった。
「そろそろ本題に入りましょう。本日インチキタウンの信者と交戦しました。が、結果は先ほど見せた通り、深手を負うことになりました。対するインチキタウンの信者たちは怪我もほとんどない状態であり、つまり今回の戦いは敗北となります」
ハサンは恥じらうこともなく、自分たちが負けたことを認めた。
「なぜ負けた? 敵の数が多かったのか? 敵が強かったのか? その敗因をボクは知りたい」
アミーラが興味を持ったように質問する。ハサンはそれに答える。
「敵の数が多かったのもありますが、敗因は、強い敵が一人いたこと。そして油断があった。この二つが大きいです」
「油断? よりにもよって君が油断したというのか? 暗殺専門の君が? 強い敵に苦戦したのならまだわかるが」
サラーフが驚いていた。それもそのはずで、五行緑月の中で暗殺に関しては一番長けているハサンはどんな敵でも油断せず、確実に仕留めるのが、流儀だからだ。だからこそサラーフは、ハサンが強い敵に苦戦したことよりも油断があった事実に驚いていた。
「はい。本日交戦した敵の中にエルフ族のヒーラーがいましてね……いや、そもそも本当にヒーラーなのかが疑わしいです。なにせ、彼女の回復系魔術のクオリティがヒーラーなのに、雷電系と炎火系魔術はオールラウンドのようなクオリティで放ってきたのですから」
「回復系はヒーラー? 雷電系と炎火系はオールラウンド? 一体君は何を言っている?」
「混乱させる言い方で申し訳ないが、見ていた私でさえいまだに信じられていない。ただ、見たところそうとしか言えないような状況だった。カヒール、サギル、ワストはそのエルフから大きなダメージを受けたのだ」
「ヒーラーは魔力量が多いスキルタイプだ。単純に一つの魔術に消費する魔力量を大きくすれば、それなりの威力を出せるのでは?」
「威力だけならそれで説明がつく。が、扱いが難しいはずの上級魔術を簡単に発動できたスピード。そして的確にカヒール、サギル、ワスト、私でさえも撃ち当てたあのコントロール技術はまさにオールラウンド級だ」
「だが、仲間を助けるために使った回復系魔術の治療スピードはヒーラーのそれだった。だから最初はただのヒーラーだと思って油断していたのだ。だが、さっきから言っている通り、そのエルフはヒーラーとオールラウンド両方を併せ持っていた。あり得ないことが現実に起きたのだ」
ハサン自身未だに信じられていない報告をする。それにツッコミを入れていたアミーラとサラーフもハサンの説明に次第に言葉を失う。
イブリースは何かを考えるかのように黙ってハサンの報告も聞いていた。
イブンも先ほどから黙ってハサンの報告を聞いていたが、ヴェダの話を聞いているうちに徐々に不機嫌な表情を見せていく。そしてついに口を開く。
「まあ、なんにしても、数少ないヒーラーなだけでも恵まれているのに……その上戦えるヒーラーとは欲張りかつ〝邪道〟ですな。許せん!」
「(そうそう! イブンあなたなら必ずそれ言うと思っていた!! まさに解釈一致ですよ!!!)」
ふざける状況ではないので、ハサンは声に出さなかったが、イブンが予想通りの発言をしたので、ハサンは心の中でうんうんと頷いていた。