9.「インチキタウンのシンボルマーク」
インチキタウンへの帰り道
「いやぁ~一時はどうなることかと思いましたよ!」
アレシュがそう言い、アタシたちはアンナ隊を引き連れ、タウンへの帰りの道を歩く。
ハサンたちが消えていった後、マミーがインチキタウンに向けて、アンナ隊の無事とこれから帰還するメッセージの魔術を放ったので、教祖たちはほっとしている頃だろう。だが、帰ったら今回のハサンとの戦いの件は必ず報告しないといけない。
「本当にそうですね……ヴェダ。礼を言うのを遅れたわ。ありがとう。私を治してくれて。あのままだと死ぬところだったわ」
「いやいいッスよ。エルザ……そうだ! リチャード。あの時はすみませんッス。エルザを治そうとばかりに軽率な行動を……そしてありがとうッス。エルザを助けるときと、ハサンからと二度も助けて貰ったッス」
「いや……謝ることも礼も言うまでもないさ。おれの方も悪かった。アンナ隊が敵に捕まっている場合。エルザの時のように罠にすることもまたは人質にすることも考えられたはず。そのことまでおれは想定すべきだった」
「アンナ隊には、ヒーラーが一人もいないからな。回復系魔術はヒーラー以外が使う場合、回復に時間がかかる。ヴェダが飛び込まなければ、一か八か我々がエルザを助けようと考えていたのだ。結果的には、ヴェダが飛び込んでよかった」
「リチャードには本当に感謝してるわ! 見ていただけの誰かさんと違ってね」
マミーはアルファイを見てそう言う。
「頼りになるインファイターって素敵と思わない? 同じインファイターとして?」
マミーは当てつけのようにアルファイに問う。
この場に悪い空気が流れる。マミーの言い方はどうかと思うが、一理はある。アルファイは先の戦いで唯一戦闘に参加していなかったのだ。スキルタイプは戦闘向きのインファイターのはずなのに。
「見ていただけではない……もし全滅しそうな場合は、ワタシはヴェダを抱えてタウンに帰るつもりだった。数少ないヒーラーの損失を防ぐためにも。だからあえて、戦闘に参加せず体力を温存していたのだ」
「そう言っちゃって~チャンスがあれば、ヴェダを殺して、敵に媚びを売ろうとしたんじゃないの? 十一使徒から引きずり降ろされて、不満があるんでしょ? まともに仕事もしていないって聞いているわよ」
アルファイが返答するもマミーは変わらず、嫌味を言う。失礼だが、ここにいるリチャード以外は、アルファイに対していいイメージはないだろう。アタシも含めて。
アルファイは、教祖が長に就く前は、十一使徒という幹部クラスの地位に就いていた。前の長に気に入れられていたこともあり、十一使徒のメンバーは、アルファイ含めていつも偉そうな態度をしていた。その頃のイメージがタウンのみんなには抜けていないのだ。
そして、教祖が長に就いて、十一使徒も廃止したため、アルファイの立場はみんなと同じになった。元十一使徒のアルファイとしては今の立場が屈辱であることは想像に難くない。
「同じ元十一使徒のマテオは、ヒーラーとしてヴェダの下で真剣に働いてくれるのにねぇ……まああの小心者は自分の立場をわきまえているからまだ可愛いと思うわ。プライドだけが高い無能なあんたと違ってね」
マミーはトドメとして、そう告げて、アルファイとの会話をそこで終わらせた。アルファイは怒りをこらえるように拳をグッと強く握ったまま、その後、みんなとの会話にも入らず黙ったままだった。
アタシはギスギスしたこの悪い空気感を変えたく、話題を変える。
「何者だったんッスかね……月の星団とは?」
「月の星団……おれは聞いたことがある。今から二十年ぐらい前に砂漠地方で生まれた教団らしい。だが、あまりいい噂は聞かないぞ。過酷な砂漠には、ならず者が多い影響か、武闘派の教団として知られているからな」
「えっ! リチャード知っていたのですか!? ならなんでもっと早くに教えてくれなかったのですか?」
「あの時は説明している暇はなかったからな。だが厄介な連中に目をつけられたのは確かだ」
突如、月の星団について語りだしたリチャード。リチャードが知っているなんて意外だった。
「武闘派ということは相当強い連中なんッスよね? さっきのハサンのような相手がまだまだいるということッスか?」
「ああその可能性もある。正直あのハサンって奴の強さは想像以上だ。おれのボアネルゲをくらってもまだ動けていたからな。並大抵のインファイターなら一撃で倒せてきたのだが」
ハサンのような強さを持つ信者が他にもいるかもしれない。アタシはその事実にゾッとした。二十年以上続いている教団なら信者の数もそれなりに多いかもしれない。そんな連中が一斉に攻めてきたら果たしてインチキタウンのみんなは生き残れるだろうか。
―近い将来、月の星団とインチキタウンは戦う運命となる。その時にまたお会いしましょうー
こんな時に、ハサンの言葉を思い出した。先の戦いでは、アタシが戦えるヒーラーだと思っていなかったら意表を突いて有利に戦えた。だが、ハサンが月の星団にアタシのことを広めれば、もうあんな手は通じないだろう。
マミーとアルファイの会話から始まった険悪な空気をどうにかするために、話題を変えたのだが、月の星団という新たな脅威に余計に空気は悪くなってしまったように感じた。
「見えてきたぞ。今は皆、無事に帰れたことを祝おう。さあ、旦那たちが待っているぞ」
リチャードに言われて、俯きながら歩いていたアタシは顔を上げる。
すると、確かに前方に見えてきた。タウンの門扉とそしてあの旗に描かれたマーク。あれはー
「インチキタウンのシンボルマーク」
アタシはポロっと思わず口に出してしまった。
インチキタウンのシンボルマーク。それは上下左右から四つの手を重ねたマークである。その四つの手を重ねた姿は奇しくも十字架の形に見えなくもないマークであった。このマークは教祖が考えたマークだった。
―ジュダス。ヴェダ。俺はこれを宗教インチキとしての。タウンのシンボルマークとしてこれを掲げたい。このマークの意味は、ありとあらゆる異種族が手を取り合って、協力していくことを目的としたものだ。インシュレイティド(社会から孤立した者)・チャリティ(慈善)という教団名からも合っているマークだろ?―
ふと、教祖がシンボルマーク成立の経緯を姐さんとアタシに話したことを思い出していた。あの時は、教祖が情熱を持って語っていたのを姐さんもアタシも微笑ましい気持ちで見ていた。そんなこともあって、あのマークには良いイメージがあった。
だが、今あのマークを見ると、どうしてもハサンの言葉を思い出す。
―インチキタウンのシンボルマーク。殺された委ねる者の共通点は、このマークが背中に刻まれていた。後は、私たちが何を言いたいのかわかりますよね?―
あの時は、ハサンの言葉を否定した。ハサンの言葉を信じていないというより信じたくないという気持ちが強かったから否定した。
なぜなら、アタシたちが月の星団の委ねる者を殺すメリットがないからだ。そもそもアタシ含めてタウンの信者つまり住民たちは、元々平和主義というか、静かに暮らしたいだけの者が大半だった。教祖が長に就く前はザスジーという前の長と狩人たちの恐怖で怯えた毎日を送っていた。そして、教祖が長に就いて、それらの恐怖も無くなって、やっと、やっと平穏な暮らしを手に入れた。この平穏な暮らしを壊そうと考える者でもいるのだろうか……
門扉の上で、元ダークカイトのリーダーにして、今ではタウンの門番の一人でもあるプーラン・デックが出迎えた。みんなが無事に帰れたことにホッとしているのか、その表情はいつもより優しく見えた。そして、アンナ、エルザがプーランに向かって手を振る。
「インチキタウンの誰かが……月の星団の信者を殺しているはずはないッスよね」
アタシはこの気持ちを誰かに肯定して欲しかったのか、またポロっと思わず口に出してしまった。
真実は一体!?




