8.「アタシの策」
ヴェダの策とは!?
「アンナ。今からアタシの策を聞いて欲しいッス。うまくいけば、敵三人を一気に倒せるかもしれないッス!!」
「えっ? 本当!?」
アンナは敵に視線を向け、火の玉を放つ魔術を発動しながらアタシの話に耳を傾ける。
「策を言う前にまずは、敵三人の狙いをおさらいするッス。言うまでもなく、敵が最優先に倒そうとするのはアタシッス。みんなに致命傷を負わせても、アタシがいる限り即座に治せるから」
「ええ。そうよ。だから私たちはあなたを全力で守るの」
「それにヒーラーは、回復系魔術が得意なスキルタイプ。それ以外の魔術は苦手な上、インファイターのように強い肉体を持っていない。だから戦闘向きではないスキルタイプとされているッス。そのため、きっと敵はアタシを弱いと思っているはずッス」
スキルタイプの一つであるヒーラー。特徴は、回復系魔術が得意なスキルタイプだ。
ヒーラーはインファイターのように一点特化のスキルタイプなので、回復系魔術以外での魔術は、修得時間も術の威力もオールラウンドより劣るとされる。その代わり、魔力の量は他のスキルタイプより多いという利点はあるがそれでもヒーラーは一般的には、戦闘向きではないスキルタイプとされている。
「それもそうね……あのさ……もったいぶらないで、さっさと策とやらを教えてくれる!? こっちも余裕ないの!!」
「そこが、狙いッス。アタシが囮になれば、きっと敵は強引にでもアタシから狙うはずッス!」
「えっ!? ヴェダあんたなにをする気~」
アンナが止める前にアタシは動く。
「地空界」
アタシは、地面にパンチして、土の命より威力が上の土砂系魔術を発動する。
すると、ズオオオオとアタシが今踏んでいる大地は塔を作るかのように高くそしてより高く伸びていく。
「「「!!?」」」
「な、何してんだぁぁぁぁヴェダァァァッッ!!!」
驚く敵三人。そしてアタシの突然の行動に叫ぶアンナ。アンナには悪いが、いい反応だ。思い出したくもないが、前にサングラスの男から、こんな言葉を聞いたことがある。
―敵を欺くにはまずは味方からー
「ヒーラー自ら孤立してくれるとは愚かな!!」
思わぬアタシの行動にカヒールの顔つきが笑みへと変わる。
さっき、アタシはエルザを救うために軽率な行動をし、結果命を落とすところだった。だからこの行動も敵から見れば、アタシは軽率な行動に見えるだろう。味方であるアンナの反応も含め。
「カヒール、サギル。多少のダメージは覚悟して仕留めるぞ!!」
ワストがそう宣言すると、アタシに向かって三人が高くジャンプし襲い掛かる。
繰り返すが、ヒーラーは戦闘向きではない。ヒーラーが魔術で攻撃しても、威力はたかが知れている。優れたインファイターなら尚更、耐えられるだろう。敵三人は罠であってもチャンスと考えてアタシに向かっているのだ。
だからこそそこにつけ込むスキがあるのだ! アタシをただのヒーラーだと勘違いしているからこそ。そこが勝算となる!!
アタシは左手を前方に突くように向けた。左手の形は、親指を右に残りの四本指は束ねた状態だ。そして
「かかったッス! くらえ! 天鼓雷音」
アタシがそう唱えると、左手から雷で作られた獅子を三匹放つ。
「なっ!?」
敵三人は雷の速度と予想を超えた威力が飛んできてなすすべもなく獅子に身体を噛みつかれる。
そして、その獅子たちは、三方向に分かれるようにそれぞれ離れた地面に向かって叩きつける。
ズギャギャギャ! と獅子の叫び声にも聞こえる雷の音で焼きつかされる。
魔術名【天鼓雷音】。雷電系魔術の中では上級魔術とされている強力な魔術だ。魔力を雷に変換し、圧倒的な速さで相手を襲う。雷電系魔術を発動する際の構えは、今見せたように左手で発動する場合は、親指を右に向け、残りの四本指は束ねた状態(右手で発動する場合は、親指は左に残りの四本指は同じように束ねた状態)にする必要がある。
この魔術は元々アタシが修得していた魔術ではない。この魔術は、元々、オールラウンドのジュダスが修得していた魔術だ。姐さんが修得していた魔術を教祖が魔力譲渡の力でアタシでも使えるようにしてくれた。
アンナたちは今の流れを見て言葉を失っていた。下手したら、自分たちが放っていた魔術よりも威力は上だったからだ。
「威力やコントロールは姐さんに劣るけど……十分な破壊力ッス。おっとまだ油断しては駄目ッス」
「みんな! 気を引き締めるッス!! 今の攻撃でもインファイターなら立ち上がるかもしれないッス」
アタシは引き続き、アンナたちに呼びかける。そして、アンナはハッとした後、気を引き締める。
アタシは飛び降りた後、まずはアンナたちに謝罪する。
「アンナ……みんな。驚かせてすみませんッス。勝手な行動をして。でもさっきの魔術は術の威力が高くみんなが巻き込まれないように放つにはああするしかなかったッス」
「言い訳や説教は後!! でもひとまずありがとう!! あなたのおかげで有利になったわ」
アンナは雷の獅子によって、砂ぼこりが舞った三つの方向を見ながら返答する。
「ば……バカな!? あの威力!? 奴はヒーラーではないのか?」
「へっ! 大胆なことをしやがる。旦那の女なだけはあるな」
ハサンが動揺している声が聞こえた。それに対しリチャードは戦況が有利になったためか、勢いが増してきて、ほぼ互角だった戦いは少しずつリチャードが押していく。
そして三つの砂ぼこりが消え、敵の姿が見えてきた。
「「「ハァ……ハァ」」」と三人とも息を切らしながら片膝をついていた。鍛えられたインファイターとはいえ、上級魔術をまともに食らうのは、流石に大打撃のようだ。それでもまだ倒れないだけ凄いと言えるが。
「まだくたばっていなかったの!? ならみんなでこのままトドメを刺しましょう!! そして袋叩きでハサンとやらを倒しちゃいましょう!!」
マミーがみんなにそう宣言すると、それぞれ敵三人に向けて攻撃の魔術を発動しようとする。だが、敵三人も黙っていなかった。
「な、舐めるなよぉお。カヒール! ワスト! こうなったらあの魔術を使うぞ!! ジャハンナ『そこまでにしなさい!!!』」
サギルが左手を鷲掴みするような形にした後、何らかの魔術を唱えようとした。しかし、その時、ハサンが大きな声で遮ったのだ。
「ハサン?」
「カヒール、サギル、ワスト。残念ですが、戦況は不利になってきました。ここは退却ましょう」
「……承知いたしました」
サギルは納得いかない表情をしていたが、そう答え武器をしまった。カヒール、ワストも納得いかない表情だったが、ハサンの命令にしぶしぶ従う雰囲気だった。
ハサンはリチャードに顔を向ける。
「今言った通りです。今回は退却ます。ですが、我々月の星団。仲間を殺されたなら必ず報復するそれをお忘れなきよう」
「勝手に襲ってきて、勝手に復讐を誓うとはとんでもねぇ教団だな。おれたちの言い分に耳を貸す気もねぇのか」
リチャードのツッコミを無視し、ハサンたちは退却する雰囲気を見せる。
「近い将来、月の星団とインチキタウンは戦う運命となる。その時にまたお会いしましょう。私の名は、ハサン・アッ=サイヤード。月の星団の中では、“”礼拝“”の称号を与えられている」
「悪いが、男の名前は覚える気もねぇ。俺が惚れねえ限りわな」
「それにしても驚いた……インチキタウンの人員にも、素晴らしい逸材がいるとは。“”酔犬“”のリチャードにそこのエルフのように。うちの“”喜捨“”なら『戦えるヒーラーなんて邪道だ!』と言いそうですよ」
退却するというのに、まだハサンは何かぶつぶつと話している。そしてアタシの方に顔を向けると。
「やはり、一人は潰しておくか」
そう小声で言った途端、アタシに高速で向かってきた。
「させるか!」
リチャードがアタシを守るためにハサンとアタシの間に割り込もうと動いた。だが、ハサンがそれを止めようと左手をリチャードに向ける。
「ジャンビヤ」
そう唱えた瞬間、左手から魔法陣が発生して、ハサンが右手に持っているナイフと同じナイフが大量に飛び出してきた。
「なっ!?」
リチャードは急なナイフに戸惑うもあえて避けずにドスドスと刺さりながらも歩みを止めない。
だが、リチャードの動きは鈍り、ハサンは最短距離で尚もアタシに迫ってくる。
「来るかッス! 炎天」
警戒を解いていなかったアタシは即座に対応する。左手を鷲掴みするような形にして、ハサンに向けて魔術を放つ。そして手から大量の炎を湯水のように出し続けた。
魔術名【炎天】。炎火系魔術の中では上級魔術とされている強力な魔術だ。魔力を炎に変換し、魔力を消費し続ける限り出し続けることができる魔術だ。
単純な威力なら先ほどの天鼓雷音よりも上である。
炎火系魔術を発動する際の構えは、今見せたように鷲掴みするような形にする必要がある。
ゴオオオオオオと凄まじい炎はハサンに直撃する。
「やった! このまま焼き尽くすッス」
「「「ハサン!?」」」
「ぐっ、この程度の炎、修行で克服している。炎火装束」
ハサンは、左手をアタシと同じ炎火系魔術の構えを取ってそう唱えた。
すると、ハサンはトーブと呼ばれるような首から足まである長袖の衣装を纏った。その衣装はアタシが出している炎とは違って、ハサンが出している炎に見えた。つまり、ハサンは炎のトーブを纏いながらアタシに近づいてきたのだ。
「なっ、なに!」
「そ、そんなヴェダァァァア」
誤算だった。炎天を当てて勝ったと思ったが、尚も、ハサンは近づいて来る。
ハサンが持つナイフは溶けていくほどの火力だというのに、肝心のハサンは一向に燃え尽きないのだ。
「(殺られる!?)」
今にもハサンの手刀が、アタシの喉仏に当たりそうなときにそう思った次の瞬間。
「雷の子」
バキィィィィン
突如、視界に雷の犬飛んできた。
そして、目の前にいたはずのハサンが消えたのだ。
一瞬の出来事でアタシは何が起きたのか理解できなかった。
「ま、間に合って良かったぜえ……ヴェダちゃん」
アタシの目の前には、リチャードの背中が見えた。
そして、リチャードが持つメイスには、ビリビリと電気が生じていた。
アタシはやっと理解した。今の雷の犬はリチャードがメイスに雷電系魔術を纏ってハサンに攻撃したのだ。
「「「ハサンンンンン」」」
敵の三人が駆け付けた方向によってハサンを見つけた。
吹っ飛ばされたハサンは左腕をブランブラン揺らし、口から血が流れていた。
「ガ、ガードしてもこ、ここまでの威力とは……欲張るべきではなかったな」
「その通りだ。これ以上怪我したくないなら諦めろ」
リチャードがそう忠告した後、ハサンたちは今度こそ森の中へと消えていった……
ひとまず危機は去ったか!?