7.「ハウンスカル・メイス」
不気味な男現る
「やれやれ。何に時間を食っているのかと思いきや……この“”礼拝“”のハサンを待たせるとはいい度胸ですね」
川の頂上に頭にフードを被った黒いローブを着た男性が立っていた。
声の質からして、男性であることはわかるのだが、顔が隠れているため、種族が人間かエルフかはたまた別の異種族かまでは判別できなかった。
「「ハサン……」」
オークとゴブリンのコンビはフードを被った男性に向けてそうつぶやく。
「申し訳ございません。ハサン」
そう言ったのは、先ほど、マミーとスザンナによって吹っ飛ばされた獣人族(ウシ科)の者だ。
たった今、森から出てきてハサンと呼ばれるフードを被った男性に向けて謝罪したのだ。
「あいつ……まともにくらったのに……インファイターなのか?」
マミーが獣人族(ウシ科)に向けて驚きの声を上げる。マミーの言う通り、マミーとスザンナが嵐風系魔術を直撃させたのに、その獣人族(ウシ科)は軽い傷を負っている程度であった。
傷が少し残っているところから見ると、回復系魔術を行使していないため、獣人族(ウシ科)の体力で耐え抜いたというところだろう。マミーの言う通り、インファイターならあり得る話だ。
ストン
ハサンと呼ばれるフードを被った男性はオークとゴブリンのコンビとリチャードの間に着地する。
しかし、高い頂上から地に降り立ったというのに、着地の音は予想以上に静かな音だった。
この一連の流れだけでも、この者が只者ではないことを感じさせていた。
「カヒール、サギル、ワスト。あなたたちともあろう者が、敵にも集合場所にも遅れを取るとは情けないですね」
ハサンは、オークをカヒール。ゴブリンをサギル。獣人族(ウシ科)をワストと顔を向けながらそう呼ぶ。
「返す言葉もありません。ですが、その敵と交戦中であります。あのインチキタウンの信者と」
カヒールと呼ばれたオークはハサンにそう伝える。
「敵ってなんだよ! あんたらが先に襲ってきたのだろう!!」
ドワーフ族のドムが、ハサンたちに食って掛かる。
「とぼけるな! お前たちが我ら月の星団を襲っていることは把握済みだ」
ドムの意見に反論するゴブリンのサギル。
(月の星団? アタシたちが襲っている?)
まったく心当たりがないアタシはそんな疑問を浮かべていた。
「襲っているってなンのことだ?」
リチャードがアタシも思っていた疑問をハサンたちにぶつける。
「言葉通りですよ……我ら月の星団の信者を意味する委ねる者。この委ねる者が何者かに殺される事件が最近多発していましてね……そして襲われた者の共通点は背中に、あるマークが刻まれているのですよ」
ハサンはリチャードの疑問に答えようとする。
「そのマークとは、四つの手を描いた絵ですよ。そして、奇しくもその絵はあるタウンのシンボルマークとまったく同じ絵だ」
(四つの手を描いた絵? まさかそのマークって!?)
アタシはハサンが言うマークとやらに関しては心当たりがあった。
「インチキタウンのシンボルマーク。殺された委ねる者の共通点は、このマークが背中に刻まれていた。後は、私たちが何を言いたいのかわかりますよね?」
「そ、そんな嘘ッス! アタシたちインチキタウンの信者があなたたちを殺すなんて」
ハサンは、アタシたちインチキタウンの信者が月の星団の信者(向こうの呼び方では委ねる者)を殺していると言いたいのだ。その主張にアタシは反射的に否定した。
「うちのエルフ族の言う通りだ。おれたちはその件は知らねぇのさ。れっきとした証拠はねぇのか? おれたちインチキタウンに罪をなすりつけたい別の者による犯行だって考えられるだろう?」
「ハハン! やはりシラを切るというのですね?」
リチャードもアタシたちが殺している線は否定するが、ハサンは信じる気はないみたいだ。
「となれば、道は一つ。ここであなたたちを始末させて貰いましょう。殺されていった者たちの仇としても」
ハサンはそう言うと、ベルトに携帯していたナイフを取り出す。そのナイフの形は、アタシにとっては見たことがない特殊な形をしていた。
刀身が弓の形のように湾曲した構造であり、握るところである柄には豪華な装飾が施されたナイフだった。
そしてハサンは、そのナイフを逆手持ちで構える。
そしてハサンが構えたと同時に、カヒール、サギル、ワストも同時に武器を構えて戦闘態勢に入る。
「戦るということか……ならこちらもその気にさせて貰うか」
リチャードは右手で飲んでいたスキットルをしまう。そして空いた右手を広げてこう唱えた。
「ハウンスカル・メイス」
そう唱えたとき右手に手より少し大きい魔法陣を発生させ、その中央に柄のようなものが出現した。
そして、リチャードはそれを左手で引き抜く。すると、魔法陣からリチャードのような顔に似た犬の顔型の戦棍が表れた。そしてリチャードはそれを両手で持つ。
「あれが……リチャードの武器!?」
アタシはリチャードが武器を出すところを初めて見た。そして、犬の顔型の戦棍という意外な武器に思わず口に出してしまった。
「犬顔の戦棍だと!? まさか……」
ハサンは、リチャードの戦棍を見て驚いたようだった。
「カヒール、サギル、ワスト。あなたたちは、獣人族以外の信者を狙いなさい。あの獣人族は私が引き受けましょう」
「「「ハッ」」」
ハサンはリチャードの武器を見た途端、カヒール、サギル、ワストの三人のメンバーに命令を下す。そして三人は急な命令でも嫌な顔もせず、従う。
「後は……誰から仕留めるべきかわかっていますよね?」
「「「もちろんです!!!」」」
そう唱えたと同時に三人ともアタシに向かって猛スピードで接近してきた!
「まずい! ヒーラーから仕留め『あなたの相手は、私だ』」
リチャードがアタシに向かおうとしたところ、ハサンが、ナイフを刺そうとリチャードに襲う。リチャードは間一髪、ハサンに戦棍を振り下ろし、躱されるものの、ハサンを後退させた。
しかし、リチャードはハサンの相手で精一杯だったようだ。
そして、残り三人が、アタシに向かいつつある。
「土の命」
アンナが拳に地面を殴る。するとアタシとアンナ隊を守るように、土の壁が発生し、アタシたちを包む。
「さあ、みんなも一緒に壁を作って!!」
アンナが皆に声を呼びかける。アタシたちはアンナの意図を理解した。そしてアンナに続き土の壁を作る。
「「「「土の命」」」」
怪我から回復したエルザ、アレシュ、ドムそしてアタシが土の壁を同じく作る。
ドス!
ゴッ!
ザク!
三人が武器で襲い掛かるも、五人で発生させた分厚い土の壁によって攻撃を防いだ。
「やったッス……なんとか防いだッス!!」
「エルザ!? あんた傷から治ったばかりだけど大丈夫なの!?」
「大丈夫! ヴェダのおかげでいつもより元気よ!」
アタシたちは、作った土の壁の中でひとまず落ち着く。
魔術名【土の命】。これは土砂系魔術の一種。魔力を土や砂に変換し生み出すこともまた、大地や砂漠に干渉し地形を術者の思い通りに操作することもできる魔術。土砂系魔術を発動する際の構えは、パンチするように拳を握る形にすればいい。
攻撃を防がれた三人は一度後退して距離を取る。
「唯一のヒーラーを潰そうというわけですか」
アレシュは敵三人を警戒しながらそう話す。
「フム。そうだろう。死なない限りは、いくらダメージを負ってもヴェダがいれば、治せるからな。敵としては最優先に潰そうとするのも当然」
「でも逆に言えば、死なない限りはヴェダがいれば、何度でも戦える。ヴェダを守りつつ、多少のダメージは覚悟して戦いましょう」
ドムとエルザが戦いの状況をそう解説する。
「でもそんな簡単にいかないわよ。マミー、スザンナ、グーリュのサポートがあってもあの三人に勝てるか……それほど、インファイターは敵に回ると厄介なのよ」
「やっぱり敵は全員インファイターなんッスね。あのハサン含め」
アンナの言う通り、相手がインファイターなら数でこちらが有利だとしても勝てるとは限らない。
スキルタイプの一つであるインファイター。特徴は、肉体強化系魔術が得意なスキルタイプだ。
様々な魔術を修得しやすいオールラウンドと比べると、インファイターが修得しやすい魔術は肉体強化系魔術に特化される。
しかし、その肉体強化系魔術のクオリティの高さは、他のスキルタイプのそれと比べると追随を許さない。
例えば、オールラウンドの肉体強化系魔術は、一つの魔術に魔力を多大に消費するが、インファイターの肉体強化系魔術は同じ肉体強化系魔術を行使したとしても魔力の消費は軽少となる。さらに肉体強化系魔術をより深い専門分野まで、インファイターなら修得することが可能だ。
しかし、その代償に肉体強化系魔術以外の魔術は体質的に修得しづらい上に扱うのは苦手とのこと。
例えば、アタシが先ほど使った魔術である土の命。土の命はインファイターでも頑張れば修得できるが、使用した場合、オールラウンドよりも魔力の消費量が大きくまた、術の威力も落ちる。
つまり、万能なオールラウンドと比べたら、不便に思えるインファイターであるが、インファイターには他のスキルタイプにはない利点がもう一つあるのだ。
その利点とはインファイターに該当する者は生まれたときから強力な肉体が備わっているということだ。
これはつまりただでさえ強い肉体を持つインファイターが肉体強化系魔術を行使すれば、筋力、瞬発力、生命力と運動能力の向上は計り知れないのだ。教祖曰く、鬼に金棒という表現がしっくりくるらしい。
そのため、単純に運動能力が高いインファイターは戦闘向きのスキルタイプとされている。
そして、戦況に戻り敵はハサン含め全てインファイターと見ていいだろう。つまり多少のダメージでは倒れない相手ということもあり、長期戦に強いられるということだ。
リチャードはハサンと未だに戦っている。お互い目にもとまらぬ速さでの攻防だ。力量から見て、ほぼ互角といったところだろう。リチャードがこちらに加勢できないのは痛いが、ハサンの動きからして、リチャード以外対抗できるメンバーはいないため、一旦足止めできるだけでも幸いと見るべきか。
そうこうしているうちに、敵三人は態勢を立て直し、いつでも襲い掛かる準備をする。
対するアンナ隊(アルファイ除く)とマミーとスザンナは迎え撃つ準備をする。
「こんな状況だと言うのに、あいつ本当にやる気がないのね」
マミーが戦闘に加勢する気もなく傍観しているアルファイに向かって不満を言う。アルファイはマミーの小言を無視して離れた位置でじっとしている。
「あっ、ワシもインファイターじゃが、ワシのスピードは逃げるためとワシより弱い獲物を狩るためだけに存在している。戦いに関しては役立たずなもんで、ワシを戦力として期待するなよ~」
「知っています! 初めから期待していませんから!! できるなら今からインチキタウンに連絡してくれません? 援軍を呼ぶためにも」
グーリュは自分が戦力外であることを伝えると、スザンナが返答する。そしてインチキタウンに知らせてほしいという伝言を頼まれると「あっ、そう」と言ってインチキタウンに向けて飛んで行った。
判断としてはいいかもしれない。この場に教祖かジュダスどちらかでも援軍に来ればこの勝負は勝ちとなるのだから。
グーリュがいなくなった後、この場に瞬きすら許されない緊張した空気が流れる。そして。
「「「いくぞ」」」
三人の敵が一斉に接近戦で襲い掛かろうと向かって来る。
対するこちらはアタシを除き、全員オールラウンドなので、遠距離攻撃を仕掛けて近づかせないようにする攻防が始まった。
リチャードはハサンと。その他のほとんどのメンバーが敵三人と分担して戦うことになった。
アンナ隊は、敵からアタシを守るように囲む。マミーとスザンナは敵の後方から攻撃と挟み撃ちで対応している。が、敵は捉えきれず戦況は膠着している状態だった。
(みんなアタシを守ってくれているが、みんなの魔力も心配だ。対する敵三人はまだ余裕そうだ)
(こんなとき、教祖か姐さんさえいてくれたら……駄目、二人に頼ってばかりでは。それに二人がここに来るのは時間がかかる……教祖か姐さん? ……まてよ、あの手があったか!!)
アタシはこの状況を打開する策を思いついた。そして、アンナに今から実施することを小声で伝える。
「アンナ。今からアタシの策を聞いて欲しいッス。うまくいけば、敵三人を一気に倒せるかもしれないッス!!」
ヴェダ動く




