4.「お酒はスポーツドリンク」
アンナ隊の救援作戦としてアタシたちは出発した。
救援部隊のメンバーとして参加しているのは、アタシことヴェダ、マミー、スザンナ、リチャード。そして案内役はグリフィン族のグーリュが務めてくれる。グーリュは、アンナ隊の荷車までの道を知っているため、まずはそこに行く。そして、そこから手がかりを見つけてアンナ隊を探す流れとなる。
グリフィン族は、その見た目は、鷲の頭部と翼、獅子の身体を持つ種族で、教祖曰く、神話上の生き物「グリフォン」のイメージ通りの姿らしい。
大きさは三メートルほどだが、そのスピードはタウンの中でもトップクラスであり、救援部隊でも手に負えないような事態になれば、グーリュが帰還して教祖たちに伝えるか、アタシたちが魔術を空に向かって放ち。それを合図として伝える手筈となっている。
急いで編成した救援部隊だが、グーリュは速さ、マミー、スザンナとはダークカイト時代からの付き合いとしての団結力、そして何かやってくれるような期待の新人リチャード。
アタシで言うのもなんだが、意外と悪くないメンバーだと思っていた。思っていた……タウンに出るまでは。
「ぷはぁ~。いやぁ~美女たちと旅しながら飲む酒はうまいなぁ~」
リチャードは相変わらず、スキットルの中のお酒を飲んでいるようだ。
今にも酔いで倒れそうなのだけど、大丈夫なのだろうか?
いや、アタシがいれば、すぐにでも酔い覚ましはできるのだが、なんというか頼りないというか、今更だけど、人選ミスではないだろうかと不安に覚えてきた……。
「あのう~こんな状況でそんなこと言うべきじゃないと思います」
「本当にその通りよ! アンナたちの状況も考えずに呑気なんだから…… それにそんな飲んでいざという時戦えるの!?」
スザンナとマミーはその気はないだろうが、アタシの気持ちを代弁するかのようにツッコミを入れてくれる。
「大丈夫だ。おれにとってお酒はスポーツドリンクみたいなもンだ! むしろ、酔っぱらっているほうが戦闘の調子が出やすいのさ」
「それにアンナちゃんたちだって大丈夫さ。アンナちゃんはかしこい。そンな簡単に死ぬタマじゃないさ」
リチャードは根拠もないに等しいが、どこか楽観的だった。どうしてそんな余裕なのだろうとアタシは思った。
でも……でも不思議とダークカイト時代のアンナを振り返ってみれば、リチャードの言う通りかもしれないとアタシも思えてきた。
「確かに……アンナはダークカイト時代でもよく囮役を引き受けていたけど、いつも無事だったッス。アンナがついているなら部隊全員も無事に逃げ延びているかもしれないッス!」
「ヴェダ……」
スザンナはアンナ隊の話を聞かされてから、ずっと落ち込んでいたような顔だったが、アタシの話を聞いて、希望の光が照らされたように少しばかり明るい表情へと変わった。
マミーもそうだった。
「そうね……言われてみれば、“”逃げ“”のアンナと“”悪運“”のエルザが付いているなら大丈夫かもね。この場にプーランがいたら『仲間を信じろ』って彼女なら言うだろうし、信じることも大事よね」
「よし! もしアンナ隊が無事だったらみんなでアンナ隊をからかってやりましょう!」
マミーもアンナ隊が無事であることを信じ、気持ちを入れ替えた。
アンナ隊が無事かどうかはわからない。もしかしたらの事態もあるかもしれないが、今は落ち込んでいたってしょうがない。今は無事であることを信じて、しっかりしないと。リチャードのおかげでみんな気持ちが少し楽になったようだ。
ふと、アタシは、グーリュに視界が入った。するとなぜか、グーリュは照れくさそうな態度を見せていた。
「い……今、ワシのことを美女って///……リチャード! お前さんワシのことをそんな目で見ていたのか♡」
「いや、あんたは美女に含まれてねぇさ! それにあんたもおれと同じ根っからの女好きのオスじゃないか!!」
リチャードは酔いが覚める勢いでグーリュにツッコミを入れた。
アタシたちは「アハハハ」とその場で全員笑った。強さの面でリチャードが頼りになるかどうかはわからないけど、精神の面で言えば、周囲を明るく照らすような、ムードメーカーな存在だと思えた。そこは教祖と似ている気がする……。
「おっと、もうすぐ、荷車に着くころじゃ。敵に出くわすかもしれん……気を引き締めろよ」
グーリュが皆に伝える。元からそのつもりだが、グーリュに言われてより警戒する。皆いつ襲われても対応できるように……。リチャードは千鳥足で歩くこともままならないが。
そして、アタシたちはアンナ隊が運んでいた荷車まで辿り着いた。
その光景は、シルヴァーナの報告通りだった。辺りは、魔術で交戦した後があったが、荷車そのものにはまったくと言っていいほど傷がなかった。
調達部には日頃から敵に襲われ、ヤバくなったら荷車を置いて逃げろと教祖から指示を受けている。
アンナ隊が荷車を置いて逃げても、中の物資を奪おうとしていないところを見れば、やはり敵の目的は物資の略奪ではないのか。いや、目撃者を消すために確実にアンナ隊たちを始末してから物資の略奪も考えられる。
いずれにしろわかっていることは、アンナ隊は敵に襲われ、そして今も無事かどうかわからないということだ。
そして辺りには、不安を助長させるようにアンナ隊か敵か判別できないが少量の血痕が散らばっていた。
「アンナ……みんな……」
先ほどまでは、アンナ隊が無事に逃げ延びていることを信じていたが、いざこの状況に直面すると信じる心は揺らいでしまう。
「さて、ここからじゃ。アンナ隊は依然行方不明じゃ。手がかりがあればいいのじゃが、足跡はあそこの森で途絶えておる。アンナ隊はあの森の中に入ったことは確かのようじゃ」
グーリュはアンナ隊が逃げたであろう近くの森をアタシたちに教える。
「あの森に入ったこと以外は手がかりがないってことッスね」
「そうじゃ。手がかりがないなら、ワシが上空からアンナ隊を探そう。アンナ隊を見つけたら一度お前さんたちに教えに戻る」
「いや、待った! あんたが動くのも考えもンさ。あんたが上空で飛んでいたら目立つ。敵にあんたが見つかれば警戒態勢を取られるかもしれねぇ。最悪、敵によっては、あんたを仕留めに来るかもしれねぇだろ?」
グーリュが空から探す案をリチャードが却下する。
「理想は、敵に見つからず、アンナ隊を見つけることだ。アンナ隊を見つけ次第、速攻タウンに帰る。これが理想だ」
リチャードは敵と遭遇せず、アンナ隊を見つけるように動くべきだと言っている。
「それが出来れば苦労はしませんよ。そもそも手がかりがない状態でどうやって探すという~」
「手がかりならある!」
スザンナが、リチャードに疑問をぶつけている最中だったが、リチャードはなんとアンナ隊を見つける手がかりがあると断言した。
「ここにアンナ隊の匂いが残っていることは幸運だった。獣人族イヌ科のおれにかかれば、匂いでアンナ隊を探すことが出来るのさ!!」
リチャードは自分の鼻を人差し指で指し示しながらそう答えた。
「本当ッスか!? やった! これでアンナ隊を見つけられる!!」
「あんた! やるときはやるのね!!」
アタシとマミーはアンナ隊を見つけられる手がかりを得てつい興奮する。ここにいるグーリュとスザンナは言葉に出していなかったが、やはり期待の表情を見せていた。
「おうよ! さっそく探すぜ! さらにインファイターのおれが嗅覚を魔術で強化する! これでアンナ隊のところまで絶対に見つけられるはずさ」
リチャードはクンクンと匂いを嗅ぎ「こっちだ」と言いながら森に向けて歩く。アタシたちもリチャードの後を追うように歩いていく。
「(今向かうッスよ! アンナ隊……)」
アタシは心の中でアンナ隊たちに向けて声を掛ける。
◇
森の中、リチャードに従い歩き続ける。リチャードは相変わらず、スキットルでお酒を飲んでいた。酔っていても、嗅覚は鈍らないものだろうか。アタシはそんな疑問を浮かべたころに……。
「(待て!)」
声に出していなかったが、右腕を伸ばして、アタシたちの歩みを止めさせる。
そして、リチャードは右手側の森の中の川に向けて指をさす。
アタシがその方向に顔を向けると。
いた。
アンナ隊が。川を渡った先の場所で確かにいたのだ。
「アンナ」
川を渡った先の場所は少し遠いが、アタシはお構いなしにボソッと小さい声で、アンナに向けて喋る。
すると、アンナはアタシに声を掛けられたことに気づいた!
「(よし! リチャードが嗅覚ならエルフ族は聴覚が優れているッス! 雑音が少ないこの森の中なら小声でもなんとか聞こえるッス)」
アタシはガッツポーズして、アンナ隊を見つけたことを喜ぶ。
アンナ隊はアンナ含めて五人のメンバーで編成されている。リーダーのアンナ・マリーマリオネット、エルザ・ジョンヌダルク、身体が岩石と土砂で構成されているゴーレム族のアレシュ・サンド、髭をボウボウと生やした小人のドワーフ族のドム・モビル、そして人間族のアルファイ・ダーウィン。この五人で編成されている。
そして、アタシは森の中からアンナ隊全メンバーがいるかを確認する。
「(アンナ、ドム、アレシュ……アルファイもいる!……!? あれエルザは!?)」
エルザ以外のメンバー四人は確認できた。だが、エルザの姿が確認できない。
「ヴェダ! あそこにエルザが……」
マミーがアタシをトントンと叩いた後、指をさす。そしてアンナ隊から離れた先にエルザが倒れていた。
その姿は頭に怪我をしたのか頭から血を流したままの姿で倒れていたのだ。
「助けなきゃ!」
スザンナが動こうとしたところをリチャードが止めたのだろう。
「待て! 様子がおかしい。なぜ、アンナ隊はエルザのところに駆けつけないのだ?」
リチャードはぼそぼそとなにかつぶやいていたが、この時のアタシには耳に入っていなかった。いや、聞こえていたはずだが、この時のアタシは冷静でなかった。
アタシは自分でも何をしているかわからずに森から飛び出した。そして急いで倒れているエルザのところまでただ駆けつける。
「(助けないと……エルザが!)」
その考えだけが脳をそして体まで支配して動かしていた。
そして、川を渡るため、勢いよくジャンプする。
「来るなぁああ! ヴェダぁああ!! 敵が襲いにくるぞぉおお!!!」
ゴッ!
その瞬間、アタシは凄まじい衝撃をくらった感触をした。アタシに向かって叫ぶアンナの声が……いや、この世界の音が聞こえなくなる気がした。
ヴェダの身に何が!?