2.「リチャード」
「ああ良かったッス! 教祖とジュダス(姐さん)が近くにいてくれて。止めてくれてありがとうッス!!」
氷の壁が水漏れを防ぐ機能となり、ひとまず、水が漏れる心配は無くなった。
するとバケツの頂上から赤い色の修道服を着た女性エルフが飛び降りた。その後俺に向かってそう感謝を伝えたところとなる。
「ヴェダ!? これは一体何事なの?」
ジュダスはヴェダに今の事故の件を聞く。俺も聞きたかったところだ。
「話すとややこしいッスが~そうだ! 二人共今ので怪我とかないッスか!? 壁の破片とか当たったら~」
「俺もジュダスも大丈夫だ。ほら。見た目なんともないだろ? それにもし怪我でもしたらお前に治して貰うとするよ。しかも怪我の治療だけじゃなく、身体の疲れまで取れるオプション付きのサービスを無料でな」
「アハハ。無事なら安心したッス。サービスも無しになっちゃいますけど。でっ、今の水の件ッスけど~」
俺は冗談めかしながら無事だったと伝えると、ヴェダはホッとした表情で軽く笑う。そして、バケツが割れた事故の件を説明しようとする。
このエルフの名はヴェダ・タンハー。
見た目は、セミロングストレートの髪型をした銀髪赤目のエルフである。また肌の色は、ジュダスの白い肌と対照的に褐色の肌である。
実を言うと、彼女はこの宗教インチキへと二番目に入信した信者である。
彼女も元々は別の宗教に入信していたのだが、今やこのインチキの立派な信者だ。
そして例によって、彼女もこのインチキ教祖の愛人いや二番目の妻ポジションなのだ。
おいおい。教祖がそんな妻や愛人作っても大丈夫なのか? って声が聞こえてきそうだな。
結論から言おう。大丈夫だ。
俺は教祖であってもただの教祖ではない。宗教を悪用するいわゆるカルト教祖という存在だ。カルト教祖というものは宗教を悪用しやりたい放題するうらやま、じゃなくてムカつく存在なのだ。そしてやりたい放題するカルト教祖という者は往々にして信者のハーレムを作りたがるものなのだ。
かく言う俺もジュダスとヴェダというまだ二人だけだが、信者のハーレムを作っている。
だが、俺が作る信者のハーレムは他のカルト教祖が作る信者のハーレムとは違う。
大抵のカルト教祖は節操なく多くの信者のハーレムを作ろうとする。教祖にとって都合がいい教えを作って、信者にNoと言わせないようにしたりマインドコントロールでハーレムの一員にしたり、他の信者にハーレム作っていることを隠して聖人ぶったりと色々と胸糞悪い。
だが、俺の場合は信者のハーレムを作りまくるわけではない。俺のハーレムの一員となるということは、俺にとってはかけがえのない恋人として婚約者として愛すことを意味する。つまり本当に愛せる自信がある者だけ選ぶつもりだ。だから性欲のままにハーレムを作りまくるつもりでもないし、ジュダスもヴェダもどちらもお互い了承した上で出来た大切な恋人だ。ちなみにジュダスとヴェダと付き合っていることはタウンの皆にはとっくに知られている。
こう見えて意外としっかりしているだろう? 俺って奴は。
おっと長々と自分語りをしたが、大事なのは、このバケツを作った理由とどうしてバケツが割れたのかその原因を知ることだ。ヴェダの話に戻ろう。
「この暑い中子供たちが泳ぎたいと言っていたので、マミーに頼んでプールを作って貰ったッス。そして子供たちに遊んで貰ったところ~」
「ああ。なるほど。事情がわかってきた。大方子供たちが悪ふざけとかして、壊したという流れか」
俺たちが言っている子供というのはタウンに住むエルフ族やドワーフ族の子供たちを指す。ちなみに俺とジュダス、もしくはヴェダの子供じゃないからね。念のため言うけど。
「いや、子供たちは安全に遊んでいたッス。少なくともこのプールが壊れるような遊びはしていなかったッスが……問題は、子供たちが遊んでいたところリチャードまでプールに入ってきて……」
「あ~あ。なるほど……今度こそ事情がわかってきた」
俺はようやく事情がわかってきた。またあのリチャードがお騒がせしたということか。
するとバケツのプールの奥からヴェダと同じ赤い色の修道服の格好をした二人の女性エルフがこちらに向かって来る。よくよく見れば、二人の女性エルフは、一人の獣人族(イヌ科)を挟むように、腕を肩に回して運んでいたのだ。
「まったく……アンタのせいでプールが壊れたじゃない!」
「酔っ払いがプールに入っちゃ駄目ですよ」
マミー・テレッサとスザンナ・アルテミジアが文句を言いながらも俺たちのところに運んでいる。いや、正確にはスキルタイプ・ヒーラーのヴェダのところに運んでいるのだろう。酔いを醒ますために。
「うるへぇ~おりゃな~ガキ共を楽しませようと盛りあぎゃていたンだよ~」
「うっ酒臭!!」
リチャードが何かを話した途端、スザンナはそう言って鼻をつまんだ。
リチャードは相変わらず呂律が回らないほど酔っ払っているようだ。マミーとスザンナに介護されている獣人族(イヌ科)はリチャード・モロサスという名の者だ。
見た目は鼻の部分は黒いが、それ以外は明るいブラウンの毛色であり番犬や闘犬として使われているマスティフ種のような犬に見える。
そしていつも安っぽそうな服を着ているが、筋骨隆々な身体と身長は二メートルもあるためかその安っぽそうな服も様になっている。
これで酒癖や女癖が悪くなければ犬としても男としてもナイスガイだと俺も思うんだけどなぁ~。と心の中でリチャードに対して勿体ないと思う俺であった。
マミーとスザンナは、イラついていたのか、リチャードをヴェダのところまで運ぶと露骨に地面に放り投げた。
「ぐふぅ!?」
受け身が取れないまま倒され、リチャードは起き上がることはなく、そのままうつ伏せの状態だった。
いや、地面に倒れた痛みで起きないのではなく、単に酔いの影響で起き上がれないのだった。
「ヴェダ。というわけでリチャードの酔いさましお願い。後、大丈夫だろうけど今の事故で、その他傷の痛みがないか見てやって」
「はぁ~。まぁわかったッス。めんどいで酔いさましと怪我も一緒にこの魔術で治すッス」
マミーに頼まれ、ヴェダは渋々リチャードの治療を始めようとした。
「うぉ~い。やめへぇ~おりゃな。酔っ払いたいンだよ~」
リチャードは右手を振って断ろうとするが、ヴェダは意に介する様子もなく回復系魔術の準備をする。
するとヴェダは祈りをするポーズのように両方の掌を合わせた。
「治療泉」
彼女がそう唱えると、合わせた掌に水を思わせるようなアクアブルーのオーラが纏うようになった。
そして、合わせた掌をほどき、ビーチボールをトスするような感覚で優しくリチャードに向かって放つ。すると纏っていたオーラがリチャードの身体を覆いつくすほど大きくなり、リチャードの身体全体を包む。
リチャードは元気になっていく自分に驚いたのか「うん?」と言いながら顔を上げる。
その目は酒に酔って焦点の定まらない目つきから一変して、真っ直ぐキリっとした目つきとなっていた。
そして、リチャードに纏っていたオーラはその身体の中に染み込むようにして消えていった。
「ふぅ~一仕事終わったッス。これでリチャードの身体は完全に回復したッスよ」
ヴェダは治療を終えたことを皆に告げる。
「こんなに早くに終わるとは。流石だなヴェダ」
俺はタウン随一のスキルタイプ・ヒーラーとしてヴェダの腕前を褒める。
スキルタイプ。スキルタイプとは簡単に説明すると、魔力の型を意味する。
そもそも魔力とは? というところから説明しよう。
魔力とは、この世界では、第二の血液を意味する。
血液ということはこの世界で生きる動物なら誰にでも魔力を有していることになり、この世界に転生した俺もこの世界の法則として魔力を有している。
また、魔力は第二の血液のため、当然、血液を有していない植物や岩石などは魔力を有していないことになる。
そして、血液といえば、A型、O型、B型、AB型と四つの血液型があるように(ちなみに俺はAB型)この魔力にも、オールラウンド、インファイター、ヒーラー、コネクトと四つの型があるのだ。
魔力の型によって得意な魔術と不得意または魔術が一切使えない特徴に分けられるのだ。
そして、ヴェダのスキルタイプはヒーラー。名前から察している人もいると思うが、回復系魔術が得意なスキルタイプだ。ヴェダほど優れたヒーラーの手にかかれば、大抵の傷は、今のリチャードのようにあっという間に直すことが出来る。
「う~ん。せっかく気持ちよく酔っていたのに、なンだぁ? 治したのかヴェダちゃん?」
リチャードは「よいしょ」と言いながら起き上がると、頭をポリポリかきながらそう言った。
「なンだぁ? じゃないよ。リチャード! アンタまたやらかしたらしいぞ」
「えっ!? そうなのか!? というかインチキの旦那まで……なンでここに?」
リチャードの反応から見て、また自分が何をしたのか覚えていないらしい。
リチャードはここにいるヴェダ、マミー、スザンナと違い、元々このタウンに住んでいた者ではない。
俺がタウンの長に就いてから二日後にこのタウンに来た。元々はとある帝国の騎士に就いていたほどの凄腕だったらしいが、タウンに来てからこの二か月。朝は子供たちと夜は酒飲み仲間と女と遊ぶ毎日を送っていることもあり信憑性は薄くなってしまっている。おまけにろくに仕事もしないし。
「ったく……あんたが子供たちを喜ばせようと無茶するからこんなことに……困るのよ! あんたみたいななのが暴れると手が付けられなくなるから」
この大きなプールを作ったとされるマミーは苛立ちの言葉をリチャードにぶつける。そこからマミーのキツイ説教タイムが始まった。リチャードは覚えていないかもしれないが、マミーの気迫に押され、正座して黙って聞いていた。ガミガミと叱るマミーと「ああ。すまねぇ。本当にすまねぇ」と繰り返して言うリチャードを見て、俺たちは汗をかきながら苦笑を浮かべるのだった。
まあ。マミーが怒る気持ちも分かる。リチャードのようなスキルタイプを止めるにはそれなりの魔術を使わないと駄目だからな。ああそういえば、リチャードのスキルタイプを教えると……
「ああ! ここにいましたか!! インチキ教祖様」
「うん?」
突如妖精族のシルヴァーナから話しかけられた。「ゼエ……ハア……ゼエ……ハア……」と息を切らすシルヴァ―ナを見て、俺はただ事ではないことを察する。
「緊急か!? シルヴァーナ?」
シルヴァーナが息を切らしてまで、俺を急いで探していたということは、タウンにとって何か想定外な事態が起きたと考えるのが自然だろう。俺は気を引き締めて、冷静にシルヴァーナの言葉を待つ。
「はい。結論から申し上げます。アンナ・マリーマリオネット率いる調達部が何者かに襲われて行方不明となっています」
「アンナ隊に……危険が迫っています!!」
補足)
・新しき世界での植物について
インチキ教祖がモノローグでちらっと解説していた通り、植物には血液がないため、植物そのものには魔力はありません。
しかし、一部の植物には摂取するだけで魔力を回復させる物があり(正確には、魔力回復を促す栄養素が植物にたっぷりとあり、その栄養素を自身の身体の機能で魔力へと変換し回復を促している)
それがこの新しき世界では「薬草」という扱いとなります。




