1.「インチキ教祖もインチキタウンの長も大変だよ」
日差しが強い朝の中。白衣に黄金色の羽織を着た俺は野原を歩いている。
「ああ……会議会議また会議。インチキ教祖もインチキタウンの長も大変だよ……まったく」
仕事の疲れもあって、ついポロっと口に出す。かなり小声で言ったつもりだが、その声を聞きつけたように俺に向かって声をかける者が表れた。
「あっ! 見つけた!! インくん!!! まだ仕事終わってないわよ~」
俺を見つけるなり、そう大きな声を出しながら一人の女性エルフがこっちに向かってくる。
この世界での俺の名はインシュレイティド・チャリティ。先ほどポロっと口に出した通り、俺は宗教の教祖をやっている。宗教名はインシュレイティド・チャリティ教。
つまりインシュレイティド・チャリティは俺の名でもあり宗教名でもあるのだ。教祖の俺もタウンの信者たちもこの宗教名を略してインチキと呼んでいる。そして俺は宗教インチキの教祖をやっているので、俺のことは親しみを込めて【インチキ教祖】と呼んでくれ。
「インくん! 勝手にいなくなると困るって。タウンの拡大方針についてミーティングがこれからもあるのに」
「ジュダスよ。別に俺はサボっているわけではないぞ。気分転換にタウンの中を散歩していただけだ」
「教祖としても。そしてこのタウンの長としても。皆が元気に暮らしているか見ておきたいからな」
俺を探しに来たこのエルフの名はジュダス・トルカ。
見た目は、ナチュラルボブの髪型をした金髪碧眼のエルフである。チャイナドレスのような黒い服装をよく好んで着る。
彼女はこの宗教インチキへと最初に入信した信者である。
彼女は元々別の宗教に入信していたのだが、今やこのインチキの立派な信者だ。
そして、めでたいことにこのインチキ教祖である俺の愛人いや正妻のポジションでもある。
現在は俺と協力してこのタウンの繁栄に貢献している。
「あっ。インチキさん、ジュダスさんおはよう」
「おっティンク! おはよう」
「あら。ティンクさんおはようございます」
たまたま通りかかった妖精族のティンクと出会った。俺とジュダスも挨拶した後、ティンクはそのまま通り過ぎて行った。妖精族とは平均身長が、俺の顔よりやや大きい程度で昆虫の翅のようなもので飛んでいる種族だ。このタウンでは、妖精族は別名ピクシーとも呼ばれている。タウンには、ティンクのような妖精族も数多く住んでいるのだ。
ティンクが通り過ぎた後、雲ひとつもない晴天だというのに、俺とジュダスは突如日陰に覆われる。
明らかに建物による影ではないので、俺たちの上に何かが入り込んだということだ。
まあ見当は付いているので、俺は慌てず天に向けてゆっくりと顔をあげる。
バサバサバサと羽ばたきしながら、全長十八メートルはあろう赤き竜が俺たちに顔を向けながら、タウンの地へと着地しようとする。巨大な翼ということもあり、その羽ばたきによって生じる風圧は少し大きい。
そしてドスンと赤い竜は着地し、巨大な口を開く。
「おはようだ! インチキ教祖とジュダス。こんなところで会えるとは」
「ルーベンス! おはよう。見回りはどうだ?」
「おはようございます。ルーベンス」
この赤き竜はルーベンスという名のドラゴン族だ。ルーベンスもタウンに住んでいて、ドラゴン族はこのタウンでもルーベンス含めたった二体しかいない珍しい種族だ。
その見た目はヘビのような長い首とギザギザな鱗、ライオンのような鋭利な牙と爪、さらにはコウモリのような翼をしていた、まさしく西洋系のザ・ドラゴンという姿をしていた。
「ああ。いつもと変わらず異常なしだ。平和で何よりだ。だが、念のため、もう一度見回りしようと思う」
ルーベンスはそう言うと、飛ぶ準備をするようにバサバサと羽ばたきをする。
「いつも見てくれてありがとうな! ルーベンス。タウンの外に異常がなければ、休憩してくれ」
「ああ。インチキ教祖もジュダスも仕事頑張れよ」
ルーベンスはそう言って、しばらく真上へと飛ぶ。タウンに風圧の影響がないほどの高さまで行くと、そのままタウンの外へと飛んで行ったのだった。
タウンの地に着地する際は、巨体なこともあり、どうしてもタウンに大きな風圧を及ぼす。だが、飛んでいく際は、今のようにタウンの皆に迷惑をかけないようにルーベンスなりに考えてああやって飛んでいるのだ。
着地する場所もこの野原のように周りに建物がないところを選んでいる。
ガサツに見えるが、意外と気配りできる奴なんだよな。ルーベンスって。
「フフ。ルーベンスったら。頼んでもないのにいつもパトロールしてくれますね。それも楽しそうに」
ジュダスは笑みを浮かべて俺に話題を振る。俺もその笑みに釣られてつい笑みを浮かべてしまう。
「ああ。俺がタウンの長に就く前は、自由に飛べなかった頃だったからな。ルーベンスも他の住民と同様にタウンの外に出ることは厳禁だった……ああやって自主的にパトロールしてくれるのは、飛べなかった頃のストレスの反動もあるのだろう」
俺とジュダスは飛んで行ったルーベンスの方向を見つめていた。
「まあ……外を見ていくのも、タウンの安全を守る上で重要な仕事だ。敵が襲ってくるかもしれないし、調達部に何かあったら、ルーベンスならいち早く気付いてくれるかもしれない。ルーベンスには引き続きこの大役を任せようと思う」
「ええ。と・こ・ろでインくん。インくんにもタウンの長という大役を負っていることを忘れていないよね? タウンの安全を守るなら~ほら! 仕事に戻った! 戻った!」
ジュダスはほらほらと言いながら俺の背中を押して、次の会議室へと向かわせようとする
「ひえ~。もう会議はうんざりだぁああああああああああ」
俺は悲鳴を上げるがジュダスは遠慮することなく、そのまま背中を押し続けてくる。
ここは多種多様な種族が住むタウン。その名はインチキタウンだ。宗教インチキのタウンだから略してインチキタウンだ。
今から約二ヶ月前に俺はタウンの長として就いた。ここで俺は教祖として、タウンの長としてタウンの安全と繁栄に力を入れているのだ。
次の会議室は、第三地区の集会所にある。この野原を渡ればすぐ見える場所にある。俺たちはそこに向かっているというか向かわされているのだが……とにかくジュダスに押され、集会所の近くまで行く。すると第三地区の集落の方で見慣れぬ巨大な物体が見えてきた。
「なんだ? あの巨大物体は? バケツか?」
「バケツ? だとしても……あんな巨大なバケツ……タウンになかったはず」
これから会議というのに、俺とジュダスはバケツが気になって近くまで来た。
よくよく見れば、それはルーベンスの全長二倍分は高く、横幅は二十五メートルのプールほどの長さはあろう巨大なバケツに見えたのだ。
だが、俺とジュダスもこんな巨大なバケツ? に心当たりがなかった。
「誰かが……作ったということなんだろうが……うん?」
ビキビキ……ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキ
と音が鳴りながらバケツにひびが入ってきた。
「ああああああああしまったッスゥゥゥゥゥゥ」
バケツの方から俺にとってはよく知っている声の悲鳴が聞こえた。
ヒビの中から水が少しずつ漏れ出してきている。漏れ出している水から見て、バケツの中には大量の水が入っているのだろう。
「事故!?」
ジュダスはバケツのヒビを止めようと魔術の構えを取る。
「いや。ジュダスここは俺が止めよう」
そう言って、右手をジュダスの前に出し、静止させる。
ジュダスは一瞬驚いた顔をしたが、俺を信頼し、構えを解いた。
もうすぐ大量の水が漏れるだろうバケツに向かって右手を指鉄砲の形に。そしてその手を横向きにして構える。
バッカーン
とついにヒビが耐えられなくなり壁は崩れ、大量の水が滝のように落ちてくる。だが俺は焦っていない。止められる自信があるからだ。
「氷水系魔術。氷の魔術を放つにはこの構えだったな」
「寒山」
そう唱えると、人差し指の先から、ビーチボールのような形をした氷のボールを放たれた。
その氷のボールは落ちてくる水にヒットすると凍った。
するとそこからカチカチカチと連鎖的に割れた壁の部分まで氷の道が発生し、割れた壁の代わりを補うように氷の壁が生まれた。
魔術名【寒山】。これは、これは氷水系魔術の内、氷を扱う魔術の中で基本技にあたる。魔力を氷に変換し、その大量の氷をボール状に圧縮して撃つ魔術だ。
「ひとまず一件落着だな」
俺はそう宣言した後、指先から生じている氷の煙を西部劇のシーンを真似するようにフッと息を吹いてカッコつける!
「(決まった)」
俺は心の中でそう唱える。
おっと。いきなり魔術だの、エルフ、妖精、ドラゴンだのこの世界の事情を知らないものからしたらチンプンカンプンだろう。
最初にこの世界ことを説明すべきだった。まずこの世界は新しき世界と呼ばれる異世界だ。前の世界では寺島光当という名で35年間生きていたところ、ひょんなことからこの新しき世界で生きることになってしまった。
この世界を一言で表すならザ・ファンタジーのような世界観だ。
多種多様な異種族と魔術が使える世界で今日も俺はインチキ教祖としてハッピーライフを目指している。
第二章から投稿に時間がかかり申し訳ございません。
これより第三章スタートとなります。
第三章のストーリーは第一章から読んでいない方も、第一章、第二章と続けて読んで下さった方も両方楽しんで貰える内容を目指しています!!




