34.「インチキタウン」
ザスジーが起爆曲の放送をしてから一夜明けた。このタウンでは、定期的に、住民を集め、集会を開きザスジー・バイブルの説教やザスジーの演説を行っているらしい。
俺たちは通常通り、集会を行うという名目で住民に集まって貰った。
余談だが、過去の説教の内容を記録した羊皮紙を確認したが、イメージとしては、ブラック企業の朝礼や学校の校長先生の退屈な話をより酷くしたものだった。
そして、ザスジーが壇上から住民に向かって説明をする。
「信徒の諸君! 本日もお集まりいただきありがとうではないか。昨夜の放送では、騒がせてすまなかったな~」
住民たちは驚きながらも黙って聞いていた。ザスジーの前で許可なく喋ることは許されていないから、黙って聞くしかない。だが、きっと住民の心の中では数々の疑念と、ザスジーからのマインドコントロールで疑念を抱くことは禁じられているので、その感情にフタをする作業を繰り返していることだろう。
「ザ・シーカーズ撃退作戦の件についてだが……我輩はどうも勘違いをしていたらしい。我輩は過ちを犯したことを認めようではないか」
住民たちは余計に驚いただろう。「聞き間違いか!? あのマスターが間違いを認めただと!?」そんな心の声が聞こえる気がする。
ヴェダから聞いたが、ザスジーはいつも自分が正しいと主張をし、たとえ明らかな間違いを犯しても住民に間違いを押し付けて他責に走っていったらしい。
まあカルト教祖というのは、往々にして自分の言うことが全て正しいみたいなことを言いたがるから別に驚きもしない。
そんなこんなでザスジーの口から自分が間違ったと言ったことは住民の中で驚きは大きかっただろう。
「インチキ教祖たちは、ザ・シーカーズの一員ではない……むしろ、ザ・シーカーズを壊滅させた英雄だ」
「だが、我輩は勘違いをしてな……彼らを敵だと思い込んでしまった。我輩の責任だ。その結果、十一使徒の何人か昨日の爆発で……信徒の諸君も巻き込んですまなかった」
昨日の爆発を調査したところ、十一使徒と呼ばれる幹部クラスの信徒である、アンドレ・ミタノウロス、ナタナエル・ピュウトンが最北部の小さな教会に入っていくのを住民が目撃した。
そして、そのほかの十一使徒である、ペトロス・スミンテウス、ヤーコボ・ティグリ、ヨハネア・ティグリ、ネッシンア・ベロスケルの四人のゆくえは知らない。状況から考えて、ザスジーと一緒に爆死したと見るのが妥当だろう。
尚、タータイ・ハルピュイアはタウンの外に出たことで、爆死したことは門番から確認している。その他の十一使徒は、マッテヤ・エリュマントスはザスジーの城の中で遺体が見つかった。フイポッリ・ドラコは変身系魔術でザスジーに変身し、俺に殺された。
で残り二人のマテオ・アニュスとアルファイ・ダーウィンだが、彼らは生き残った。
そして、この集会で他の住民と一緒にザスジーの説明を受けているところだ。
彼らも何も知らされていないまま集められたので、住民と同じく驚きは一緒だろう。
「我輩はこの騒動の責任を取るためにも、タウンの長を下りる。そして長い旅へと行く。もうここに帰ることもないだろう」
「ええ!?」
住民の一人であるヴェダが露骨に反応する。そして、「あっ」とザスジーから発言の許可がないのに、「つい口に出しちゃった」みたいな反応をする。言うまでもないが、ヴェダの今の行動は演技で、彼女は今回の計画の協力者だ。
「フフ。ヴェダ。普段の我輩なら今のお前の発言、罰の対象だが、あいにくもう我輩にそんな権力はない」
「だが、タウンの長については後継者を決めている。元信徒の諸君。本日から彼が長として君臨する」
「それでは出てきてくれたまえ!! インチキ教祖!!!」
ザスジーに呼ばれたので、俺は壇上へと上る。
「どうも。知っている者もいるだろうが、改めて自己紹介しよう。俺の名はインシュレイティド・チャリティ。インシュレイティド・チャリティ教の教祖をやっている。俺のことは、インチキ教祖と呼んでくれ」
驚きの連続で住民はどう反応していいかわからないだろう。
マスターが長を辞める? 新しい長? インシュレイティド・チャリティ教? インチキ教祖?
頭の中できっとこんな驚きのキーワードがラッシュのように浮かんでいるだろう。だが、驚くのはまだこれからだ。
「握手しようザスジー。これは俺とアンタの和解の印だ」
「そうだな」
俺からザスジーに握手しようと呼びかける。そして、ザスジーは笑顔を見せながら、政治のパフォーマンスのように握手を応じる。
俺からザスジーに呼びかけるということが重要だ。住民にとってそれこそ神のような絶対的な存在だったマスターが、他者から言う通りにされているという構図を住民に見せる。
ザスジーへの信仰を揺らぐためにやっているが、これは一歩間違えれば、住民はザスジーから俺に盲信が置き換わるだけかもしれない。が、それでもこの選択を選んだ。
「(嫌な役をやらせて……とか思っているんだろうなぁ~ジュダス)」
俺はサングラスの隙間から見える目からそんな心の声を感じた。
そう。ここにいるザスジーはもちろん本物ではない。ザスジーに変身したジュダスが演じてくれている。
ザスジーに変身するための必要な素材は集まっていた。ザスジーのサングラス、服はザスジーの部屋にあったのでそれを身に着けた。そしてザスジーのDNAはジュダスの刀に付着していた血から採取した。尚、後から聞いたところ刀に毒を塗っていたらしいが、そこはヴェダに無毒化して貰っている。
ジュダスをザスジーに変身させて、住民を騙しているのには理由がある。
それは、ザスジーの神格化を防ぐためだ。
ザスジーが死んだことを今伝えたら、住民の中には、ザスジーを神格化する者もいれば、ザスジーの敵討ちに動く者もいるかもしれない。そうなればタウンと俺たちとの戦いは終わらない可能性がある。
この騒動を終わらせるために、ザスジーは生きたまま退場という形にした。
言い訳をするようだが、未来永劫ずっと住民を騙すつもりはない。ザスジーへの信仰が薄れてきたと思ったタイミングで真実を伝えるつもりだ。漢方爆薬はザスジーの命令でザ・シーカーズのアジトで作られ、その証拠である羊皮紙は残っている。真実を伝える際は当然この証拠も一緒に伝える。
俺、ジュダス、ヴェダの三人は話し合ってこの計画を実行した。きっとこのやり方には賛否両論があるだろう。いや、そうあるべきだと思う。
「後は任せたぞインチキ教祖」
ザスジーに変身したジュダスはそう言って、壇上から降りて退場して貰った。
「よし……今日から俺がこのタウンの長をやるわけだが……まず初めに言っておく。今までのザスジー・バイブルの教えは全てなかったことにする。今までのルールは忘れろ。なぜなら本日以降このインチキの教義のルールに従って貰うからだ」
「それで……インチキの教義だが……」
住民たちは今頃つばを飲んで回答を受ける覚悟をしているだろう。どんなルール? ザスジー・バイブルより厳しいの? 易しいの? とかを思い浮かべているかもしれない。
さあいよいよだ。住民たちいや、これからインチキを信じる者たちに教義を伝えるときが来た。
「……ない」
「えっ?」
住民の一人がポロっと口に出して反応する。
「宗教インチキには、いわゆる教義や戒律がない。あえて言うなら教義や戒律がないことがルールかな?」
住民たちは動揺が見えるほど驚いていた。
「住民たちいや、インチキ信者となる皆には、自分で考え、どんなときも勇気を持って自分の意思で選択をして欲しい。だが、これは俺から与える命令ではない。あくまで俺の願望であって、信者といえども教祖の俺の意見に従う必要はない。己のルールは己で作るべきというのが、俺の持論だ」
住民たちはザスジー・バイブルという無数のルールに縛られて生きてきた。
少しでもルール違反があれば、厳しい罰を与えられ、恐怖によってザスジーの思い通りに生きるように従わされていた。
おまけに考える力を失わされ、マインドコントロールをしやすくするために、食事と睡眠を削られ、入ってくる情報もザスジーから与えられるものだけに限定された。
こう説明すると、住民たちの尊厳は踏みにじられ、可哀想な被害者と見られるかもしれない。
もちろんその側面はある。だが、同時にザスジーの思い通りに生きる、悩むこともなく決められた人生を歩むというのは、住民たちにとって楽な道であったはずだ。そんな道を歩んできた彼らにこれからは自分で考えて生きろと真逆の道を強いるのはある種残酷かもしれない。
だが、それでも俺はこの考えを伝えたい。今すぐ伝わらなくても、いつかわかって貰える日があれば十分だ。
「極端な話、俺の信者にならず、今すぐタウンから出たいなら結構だ。さっきも話題に出たが、ザ・シーカーズは壊滅したから安心して出て行ってもいい。もちろん今すぐじゃなくてもいい。旅立つ準備してから数日後にタウンの外に出るでもいいし、このタウンに残る選択もしていい。そして帰りたくなったらタウンに戻ってもいい。タウンとは本来そうあるべきだ」
「お前たちも俺も自由だ。だが、これから自由ゆえの責任はお前たちもそして俺自身も持つようになる」
そして、最後に俺はある宣言を行ってこの集会を終わらせる。
「それからもうここは、ザスジータウンではない……このタウンはザスジータウンからインシュレイティド・チャリティ教のタウンへと生まれ変わる。インシュレイティド・チャリティ教のタウン……略して……」
「このタウンの名は……インチキタウンだ!!!」
補足)
インチキ教祖が十一使徒の生死についてモノローグで説明していますが、混乱を防ぐために正確な情報を記載。
ペトロス・スミンテウス、ヤーコボ・ティグリ、ヨハネア・ティグリ
→30.「異界転送」でタウンから脱出。マテオ・アニュスとアルファイ・ダーウィンと同じく生き残り組。
ネッシンア・ベロスケル
→19.「怒り」でマッテヤ・エリュマントスと共に死亡。
なぜ、こんな書き方をしたかと言いますと、インチキ教祖たちは上記四人の正確な情報を知らないため、ザスジーと共に死亡したと判断しているからとなります。
次が第二章最終話となります! 第二章最終話は13時過ぎた頃に投稿しますのでよろしくお願いいたします。