33.「毒と薬」
「いつか来ると分かっていた。審判の日だ♪」
「(……うん?)」
我輩は三番の歌詞を歌っている最中に自身の魔力の異変に気付いた。
「(ほう……ヴェダが魔力返却をしたのか。まあインチキ教祖が近くにいるし、やり方を教えているなら驚きもしない)」
「(それに今さら、インチキ教祖やヴェダが抵抗したところで、どうにもならない。お前らもまとめて死ぬ運命だ)」
「こうなったのは敵のせい~アイツさえいなければ、こうならなかったのに♪」
我輩は引き続き三番の歌詞を歌う。歌うのはこれで最後。我輩は気持ちを込めて精一杯全力で歌う。
だが、我輩は歌っている最中に不思議と脳裏によぎる。前の世界での終わりの時を。
我輩は前の世界でもザスジータウンを作りそこを我輩と信徒たちの楽園として築いていた。
前の世界と今の世界でのタウンの違いを説明するなら、前の世界では当然、信徒に異種族はいなく、人間のみで構成されていることと、後は魔術がなかったことくらいか。
前の世界では、我輩が犯した犯罪が公となり、捕まるのも時間の問題となったのだ。
我輩だけ人生が終わり、信徒たちのその後の人生が続くのは赦せなかった。それに我輩の支配がなくなれば、いずれは信徒たちのマインドコントロールも解けるかもしれない。
我輩を追い詰めた世間への復讐と我輩と一緒に破滅してもらうために信徒を巻き込み死のうと考えた。
だから我輩は信徒たちに毒を薬と称して飲ませて死なせていった。
もだえ苦しみながら、我輩を見つめる信徒たち。中には最後の最後で我輩に罵声を浴びせながら息絶えた者もいた気がするが……まあ気のせいだろう。
「(可愛い信徒たちよ……元から愛していたが、死んだことによってさらに愛が深くなった。もはやそれは神格化の領域まで、愛は高い次元へと昇って行ったぞ)」
「(案ずるな。我輩も信徒の諸君と同じ毒物を飲んで死のうではないか)」
我輩はそう決意し、信徒たち全員が毒物で息絶えたのを確認してから飲んだ。だがー
「(く、苦しい……なんだ……この苦しみは)」
めまい、頭痛、吐き気、高熱、ありとあらゆる身体の苦しみが一度に襲った。
「(こ、こんな苦しいのは耐えられない……早く楽になりたい)」
この苦しみから解放されるために、我輩はこめかみに銃を当ててー
それが前の世界での終わりの時だった。
そこから我輩は前の世界からこの世界へ生きることになった。まあ、正確には、前の世界から白き世界。白き世界からこの新しき世界へと段階を経て転生したのだが。
「う~う それでは皆さんさようなら。また会える日まで。マスターとかわいい信徒たちよ♪」
我輩は三番の歌詞を歌い終え。これから曲を流すというときに思う。
「(前の世界では、毒で死ぬことを拒んだ我輩がこの新しき世界では薬で死ぬことを選ぶとは……)」
「(これも何かの因果というやつなのだろうか……フッ。次の世界では果たしてどんな世界で生まれるのか)」
ボン!
「おや?」
我輩が次の世界へと思いを馳せているとき、タウンの外で巨大な火柱が発生した。
「おやおや。これから曲を流そうとしたところで……言いつけを守らなかった者がいたのか」
たった今、我輩の魔力からタータイの魔力が消えたことにより誰が爆死したのかは明白だった。ちょうどいい。この爆死を見せしめに、今一度信徒たちに釘を刺しておくか。
「ハア……一応言っておくが、今更逃げても無駄だ。我輩が魔術名を唱え、三番の歌詞を教え始めたところから魔術は始まっている。途中でタウンから距離が離れすぎると起爆するようになっているのだ。しかもこの条件で起爆しても完全な威力を発揮する」
「また、誤解がないように言っておくが、仮にこの放送を聞かなくても、タウンの至るところのスピーカーを壊したとしても防げない。曲を流し終えたところで起爆する。ゆえに曲は聞いても聞かなくてもどっちでもいいのだ」
フン! これで、信徒たちもタウンの外に出ることを諦めるだろう。インチキ教祖たちも巻き添えで死んでもらうために。信徒には、何としてもこのタウンに居て貰わなくては。
「それでは曲を流そう」
我輩はそう言ってから、レコードをかける。
「間奏 42秒」
「フンフンフーン♪」
我輩は鼻歌交じりながら、左手には漢方爆薬を持ち服用し、右手には指でタクトを振っていた。
残り時間、出来る限りリラックスして死を向かいたいからな。だが、曲の最初の間奏中にまた魔力の異変に気付いた。
「な、なに!? また魔力返却が起きただと!?」
「今度は誰だ!?」
我輩は魔力の情報を読み取る。
「ば……馬鹿な……ヤーコボ、ヨハネア……ぺ、ペトロス! お、お前まで我輩を裏切ったというのか!?」
爆発が起きていないということは、おそらく魔力返却のルールその二.を実行したのだろう。だが、ペトロスの瞬間移動魔術で三人がタウンから脱出したとしてもその後の漢方爆薬の爆発に免れないはず……まさか?
「まさか……漢方爆薬の対処ができたというのか!? いやそんな馬鹿な」
どうやって? ……考えられるとしたら、ヤーコボは触れた成分を解析する魔術を持っている。それで漢方爆薬の成分を特定したということか。だが成分を解析したところで、漢方爆薬を無効など……そうか! 妹のヨハネアか!? アイツなら漢方爆薬を無効にできるかもしれん。いずれにしても。
「おのれぇぇえええペトロス! ヤーコボ! ヨハネア! 我輩を裏切りやがってぇええええええええええ」
バン!
我輩が机に向かって殴りつけた後、「カーモン ベイビー カーモン ベイビー」と間奏を終え、一番の歌詞が流れ始める。
「くそお……裏切り者には罰を与えたいが、致し方ない。とりあえず落ち着こう……大事なのは、インチキ教祖とヴェダとジュダスさえ始末できればいいからな……頭に血が上り過ぎだ……その影響か視界がぐらついてきたではないか……あれ?」
我輩の視界が段々とぐらつき、やがて景色がドロドロと溶けるような景色へと変わり、何を見ているのかわからなくなった。あれ? なぜか、立つのが、辛くなってきたぞ。それに身体も熱い……なぜだ?
「が……はっ……」
我輩は急にバタっとその場を倒れた。なっ何故だ? 立とうとしても立ち上がれない……まさか?
「こ、これは毒か!? だ、だが……いつ毒を盛られた!?」
段々と身体が麻痺していき思うように動けない。それにこの身体が凄まじい高熱へと上昇し、今にも燃え尽きそうだと感じるほど、身体が熱い。
「はっ! そうか!? ジュダスが切りつけたときか!!」
我輩はジュダスに二度、刀で切りつけられたときのことを思い出した。
一度目は、城の食堂で【滅びの穴】を発動する時。二度目は、瞬間移動で逃げる直前に首を切られたとき。おそらく刀には、遅効性の毒が塗られていたのだろう。そして今になって効いてきたということに。
我輩が今まで使った回復系魔術は身体の傷を治すだけ。蘇生魔術だってそうだ。毒は毒に対する回復系魔術を別途使う必要がある。
「おのれぇぇえええ! あの畜生エルフがぁあああああ小癪な真似をぉおおおお」
別に毒を盛られたとしても大した問題ではない。回復系魔術で治せばいいだけだからな。毒の回復くらいの魔力は残っている。
もし、戦闘中に効き目が出ていたら大きな隙となっただろうが、あいにくこの教会には、あいつらが来ることはない。その前に漢方爆薬の爆発で死ぬだろうからな。
「(無駄なあがきだったなジュダスよ。この毒は我輩に対する嫌がらせに過ぎない。どれさっそく回復系魔術を~えっ?)」
我輩が、回復系魔術を使おうとしても上手く発動できないことに気付いた。魔力を使って魔術を発動しようとしても、神経が狂わされ、上手く発動できない。口で魔術名を唱えようにしても「あ、うぅん」と上手く発音ができないのだ。
「(どうしたというのだ!? 毒の影響で、自力で魔術を発動できないのか? ……くッ、こうなれば、もうすぐ来るだろう残りの十一使徒に治して貰うしか……)」
バン
「「マスター!?」」
「(おお! さっそく来たか!? 毒の回復を頼まなければ……うん? な……なん、だか、時間が急に遅――くなった感じがするぅぅぅぅぅぞ?)」
我輩は時間感覚が急に遅くなったことに気付いた。これも毒の影響なのかー。
「遅れて申し訳ございません。ヴェダが放送で信徒に何かを吹き込んでいますが、私たちは終わりの時までマスターと共にいます!!」
おそらく、アンドレが何かを喋っていると思うのだが、聞き取れない。物凄く喋っている声が遅すぎて、聞き取れないのだ。
「ペトロス、ヤーコボ、ヨハネア、マテオ、アルファイ、タータイがまだ来ていませんねぇ……まあそのうち来るでしょう」
もう一人はナタナエルか!? だが、コイツも何か喋っているが聞き取れないぞ。仕方ない我輩から上手く伝えるしか……
そう思った瞬間、我輩は気付いた。毒の影響で、口も身体も思い通りに動かせないことに……
「あっ、う、ふん」
上手く喋れない。
身体でジェスチャーをしようとしても動かせない。ジタバタもできないほどに。
「なっなんだ!? ここまで強力な毒があったというのか!? い、一体どうすれば」
◇
ザスジーに盛られた毒は、ザスジーの推理通り、ジュダスが二度切りつけたときに仕込んだ。
毒の名前は【ジザニア】。ある地域に育つ特殊な麦から作られる猛毒だ。ジュダスはザ・シーカーズのアジトの資料室で薬瓶に入ったこの毒を見つけたのだ。
毒の症状としては、頭痛、めまい、意識障害、まひそして、時間感覚を狂わせる等など様々な症状が表れる。
だが、ザスジーがこれほど時間の流れが遅く感じているのは、ジザニアだけの症状ではない。ある薬の効用が余計にザスジーの時間感覚を狂わせているのだ。そうある薬とは、漢方爆薬のことだ。
漢方爆薬使用による効用は、一時的な興奮、ストレス解消、不眠、多幸感、感覚鋭敏等が表れる。
つまり、毒であるジザニアの時間感覚を狂わせる症状と薬である漢方爆薬の感覚鋭敏の効用が相乗効果を上げ、途方もないほどの時間の遅れをザスジーにもたらしていたのだ。
◇
「(なっ!? マ、マックス!? なぜお前がここに……)」
我輩の目の前で、マックスがよだれいや、血を垂らしながら、突然現れた。マックスは唸りながらこちらに少しずつ向かっていく。唸りながら近づいてくる姿は我輩の喉仏を噛みちぎろうと狙っているように見えた。
「(に、逃げなくては……)」
そう思ったが、身体が動かないのだった。
そして、マックスに続いて、我輩の周りに、続々と死んだはずの者が現れた。前の世界にいた信徒、この新しき世界でザ・シーカーズに売り飛ばした信徒、十二使徒のトーマス、ネッシンア、マッテヤまでもが、恨みのこもった陰惨な表情で倒れている我輩を見下していたのだ。
「(やめろ! 我輩をそんな目で見るな!! 我輩は何も悪くないだろ!!! どうしてこんな目に)」
我輩はふと気づいた。前の世界ではこんな光景はなかった。死者が悪霊のように現れるなど。つまりこれは。
「(そうか! これは毒による幻覚の症状なんだ!! そうに違いない!!! だから、この毒さえ治れば~)」
我輩は十一使徒のアンドレとナタナエルを見るが、目を閉じて祈りのポーズで曲の終わりを待っているのか、我輩の異変に気付く気配がない。
「(き、気付けぇええ! そして、毒から我輩を救えぇええ!」
マックスが我輩の身体に上る。そして、我輩の喉に喰らいつく。
「(い、痛ッ!! な、なぜ!? 幻覚のはずなのに痛みを感じる? い、いや、喉だけじゃないぞ! 身体中が痛く……そして熱いッッ!!!)」
その瞬間我輩は気付いた。
これは身体が爆発の前兆であるということに。そして時間感覚は遅く感じるということは、この苦しみも長く永遠と思えるほどの時間で続くということに。
「(い、嫌だ。我輩は楽に死にたいのだ。どうしてこんな苦しい思いをしないといけないのだ)」
「(早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く死にたい)」
「(苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい楽になりたい)」
「(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だこんな思いは嫌だ)」
「(一体、いつになればこの苦しみから解放されるのだぁあああああああああ)」
こうして、ザスジーの中の漢方爆薬は起爆した。彼はヴェダが頼んだ放送を聞いていなかったため、室外に出ることはなかったから。