31.「クルパス」
「つまり、諸君がいつも接種していた薬物は……漢方薬でもあり……爆薬でもあったのだァアアアアアアアアアアアアア」
ザスジーが漢方薬の正体をネタ晴らしする。
「我輩はこれを漢方爆薬と呼んでいる。さて、起爆曲を教える前に我輩から信徒へ最期に伝えたいことがある」
ザスジーが住民たちに向けて放送している間、俺は悔しさで言葉を吐き出す。
「ヴェダが予想していた通り、ザスジーは漢方爆薬を起爆するつもりだ……」
「……くっそおー!!! ザスジーめ。住民まで巻き込みやがって」
俺はあの時ザスジーを仕留められなかったことをより後悔していた。そして同時に次のことを思い出していた。
終末論に憑りつかれたカルト教団や追い詰められたカルト教祖は時に信者を巻き込み一緒に死のうとすることを。
「(ザスジーも例外ではない。ザスジーは自分の死と引き換えに住民もそしておそらく爆発によって俺たちをも巻き込み道連れしようとすることが魂胆だろう)」
羊皮紙に書かれている爆発の威力を信じるなら、住民六百以上が一斉に爆発したらタウンが消滅することは明白だった。
「な、何か……何か方法はないッスか!? このままだと兄貴も、プーランも元ダークカイトのメンバーも、信徒のみんなも死んでしまうッス!!」
ヴェダも取り乱していた。ヴェダにとっては大切な者も死ぬ運命に近づいているのだ。無理もない。
「ヴェダさん。確認だけど、あなたも漢方爆薬を服用しているの?」
ジュダスは先ほどと打って変わり、冷静になっていた。そして、ヴェダに漢方爆薬を服用していたか確認する。
「ないッスよ! あの薬は前からヤバそうな薬だと思っていたから! でもまさか爆薬だったなんて」
ヴェダは取り乱していたこともあり、少し乱暴そうな口調で返答する。
ジュダスはそれを聞いて「そう」とだけ答えて俺に顔を向ける。
「インくん……あえて冷酷な提案をするけど、今すぐ私たち三人がタウンから脱出すれば助かるかもしれない」
「ジュダス……」
ジュダスが言うことも分かる。漢方爆薬を服用していない俺たちが爆発することはない。だが、このままここに居ては住民の爆発に巻き込まれる。その前に「急いでタウンから脱出するべきでは?」と提案しているのだ。
「な、みんなを見捨てて逃げろって言うッスか!? 信徒たちはどうなるッスか!?」
当然、ヴェダはジュダスに食って掛かる。
「もうこの状況になれば、私たちにはどうすることもできない!! こうやってここで時間を無駄にしているうちに、私たちまで……ならそうなる前に逃げるのも手でしょ!!!」
ジュダスは罪悪感があるためか、いつもよりも声を荒げてヴェダに反論する
ジュダスは冷酷な者ではない。むしろ俺より優しい奴だ。カルト教祖の俺が断言する。だからこそ、憎まれ役にも買って出てでも俺たちを守りたいんだ。ジュダスは。
「い、嫌っス!! 住民見捨てるくらいならアタシはタウンから出ないッス!!」
ヴェダは首を振り、タウンから出ることを拒否する。
それからジュダスとヴェダが「タウンから出るべきかそれとも住民を助けるべきか」で口論が続いた。
やはりここは教祖である俺が急ぎで決断しなければ。俺はヴェダから渡された羊皮紙を強く握った。
「なあ、二人共。住民を救う方法は本当にないだろうか?」
俺は二人に声を掛ける。二人は口論を止め。俺に顔を向ける。
「例えば、そうだな。爆発した瞬間、回復系魔術で身体全体を回復させるとか。こうなれば、住民は死ぬことはないのでは? 特にヴェダ。お前ならこれは出来ないか?」
「無理よ。爆発そのものを無効にしているわけではないから、私たちまで巻き込まれる。それに住民一斉に起爆するから爆発した瞬間私たちはどちらにしても死ぬ」
ジュダスは爆発後に救うことはできないと否定する。ヴェダは発言していないが、顔を見る限り、この方法は厳しいと見ているようだ。
「なら、やはり救う方法があるとしたら、起爆する前にどうするかだな……」
「インくん……」
「なあ、ヴェダ。お前ばかり頼って悪いのだが、回復系魔術で漢方爆薬そのものを無効にすることはできないのか? ほら昨日毒に盛られた俺を助けたように」
俺は昨日ヴェダに助けて貰ったことを思い出した。毒から回復して毒を受けていない状態になったように、同じように回復系魔術で漢方爆薬を服用する前の身体に回復できないかヴェダに確認した。
ヴェダはそれを聞いて、考えつきもしなかったのか、きょとんとした表情を見せる。その後顎に手を当てて黙ってじっくり考えているような態度を見せた。
「そんなこと……だって、漢方爆薬は毒じゃなくて薬でしょ? 一応は……薬から身体を治すなんて……」
ジュダスがやはり否定的な見解を見せるが、ヴェダは否定するでもなく、黙って考え続けたままだった。
「できるかもしれないッス……漢方爆薬から回復させるのは」
その回答を聞いて、俺とジュダスは沈黙した。
「それでは三番の歌詞はこれだ!! Death ついに来てしまった。この時を♪」
「いつか来ると分かっていた。審判の日だ♪」
三人が沈黙しているとき、ザスジーが三番の歌詞を歌っている声だけが流れている。
「それは本当か?」「本当なの!? ヴェダさん」
俺とジュダスはほぼ同時にヴェダに聞く。
「本当ッス。漢方爆薬が薬だとしても体内に残っているなら毒のように治すことは出来るかもッス」
ヴェダは確かにそう言った。
「その羊皮紙を読まして欲しいッス!」
現在、俺が握っている羊皮紙をヴェダは読みたいと言ったので急いでヴェダに渡す。
ヴェダは羊皮紙を急いでめくりながら読む。
「マスター、いやザスジーがこんなこと言ったことがあるッス。『すべてのものは毒であり、毒でないものはない。用量だけが毒でないことを決める』
「『医化学の祖でもあり、毒性学の父とも呼ばれたパラケルススの名言だ。我輩がいた前の世界では、過去の偉人から学べることが多かった』っと」
「前の世界!?」
ヴェダが解説しているところ悪いが、俺はてっきり「前の世界」というキーワードに反応してしまった。それはつまり、ザスジーが俺と同じ前の世界からこの新しき世界に転生した人間であるということだ。
だが、今大事なのは、ザスジーではなく、ヴェダの話がどう住民を救うかだ。
俺は気を取り直して、ヴェダの話に集中して聞く。
「この話から、毒と薬は相反するように見えて、表裏一体であるとマス、ザスジーから聞いたッス! ならば漢方爆薬も毒と定義して、それを対象に回復系魔術を行使すれば、毒も治せるなら薬も治せるはずッス!!」
「おお!! 話を聞いていたらなんかできそうな気がしたぞ」
ヴェダの話を完全に理解できたわけではないが、ヴェダの自信から任せたくなる。そんな勢いを感じた。
「でも漢方爆薬から救うにしてもこのタウンは広い。残り少ない時間では、救える数は限られているはず」
ジュダスはあくまで現実的な話に直ぐに戻す。そうだった。確かに六百を超える住民を救うには、時間が足りない。やはり少数の者を助けて大勢の者は切り捨てる。そんな結果になるのか……俺はそう考えていたが、ヴェダは何かを念じるように目を閉じて黙っていた。やがて目を開けて口も開ける。
「インチキ教祖さん……羽織を着せたときに言ったことは本当ッスね。渡した魔力を返却するように強く願ったッス……これで、ザスジーの中にあるアタシの魔力はアタシに戻ったッス」
ヴェダはそう言うと、左腕を斜め下に左手を大きくパーの形で開いた。
「クルパス」
そう唱えると左手から手より少し大きい魔法陣を発生させ、やがて魔法陣から長い杖が現れた。ヴェダがそれを掴むとペン回しのようにくるくる回すポーズをし、やがてその杖を地に着く形に縦に置いたまま握る。
「杖の名は【クルパス】。これは回復杖であり、アタシの武器ッス。この杖を通して回復系魔術を行使すると魔術の射程範囲はさらに大きくなるッス」
その杖の見た目は、司教杖に似ていた。ただ、司教杖と違うところは、杖の先端がゼンマイのような形をしている中央にエメラルドが埋め込まれているのが特徴だった。
「時間がないッス。アタシに着いてきてくださいッス」
そう言うと、ヴェダは突如後方に走り出した。俺とジュダスはヴェダに着いていく。
すると、走っていったヴェダが足元に発生した魔法陣に吸い込まれて消える。慌てて、ヴェダがいた場所に俺たちが立ち止まると。同じく魔法陣が発生してそれに吸い込まれた。
吸い込まれた後に見た景色には、辺り野原で一杯だった。
多くの住民たちが諦めたように、体育座りでカウントダウンまでぼーっとする者もいれば、諦めたようにお酒のようなものを飲んで馬鹿騒ぎする者もいた。
ヴェダは杖を地面に接する部位である石突を地に思いっきり突き刺した後、こう唱えた。
「治療泉」
そう唱えた瞬間、石突からアクアブルーのオーラが発生し、辺りの野原まで浸食する。すると、そこから、住民たちの身体がアクアブルーのオーラに包まれそして染み込むように、オーラが住民たちの身体の中へと消えていった。
「これは!?」
住民たちは自分の身体に異変が起き戸惑っていた。
だがその表情は、前よりも健康的でどこか生き生きとしているような雰囲気があった。
「成功した! これで爆発することはないッス!!」
ヴェダが大声で住民たちにそう言う。
「おお!! それは本当なのか!? ヴェダ!!」
住民たちは助かったと思い安堵した表情でヴェダに尋ねる。
「時間がないッス!! みんなにお願いしたいッス!! スピーカーの放送で、家や施設、室内にいる者は外に出るように呼び掛けて欲しいッス!! 今すぐ全域に!!!」
「スピーカー? だが、マスターの放送と被り上手く伝わりづらいのでは?」
住民が質問を投げかける。
「被って伝わりづらいなら、何度でも何度でも呼び掛けて欲しいッス!! 救われたいなら、救いを待っているだけじゃ駄目っス!! 救われるためにどう動けばいいか考えて欲しいッス」
「あとは、任せたッスよ!!」
ヴェダはそう言うと、またもやどこかへと走り出した。
「ええと、たしかこの辺に……」
ヴェダが野原に生えている木に触れるとまたもや魔法陣で瞬間移動を実施した。当然俺たちも後に続く。
「あれは!? ……昨日泊った施設!?」
すると、今度は昨日俺たちが、案内された宿泊施設がある集落へと瞬間移動した。
「なっ!? なぜザ・シーカーズの連中がここに来るのだ?」
昨日見た顔でもあるドワーフやエルフなどの住民たちは、俺たちを見て驚いていた。
「(そうだった!! 俺とジュダスはザ・シーカーズの一員という扱いだった。こんな状況で余計な争いは嫌だが)」
「おのれ~あいつらさえここに来なければ~今までの恨みを」
何人かのドワーフは、斧をもって俺たちに向かって歩いて来る。サラマンダーは体に纏っている火を強めて戦闘の準備をしている。その他の住民も俺たちと戦う意思を見せる。
ボン!
一食触発の雰囲気になりそうだったが、突如発生した巨大な火柱に俺含め皆、視線が釘付けとなった。
「ま、まさかあれが漢方爆薬!?」
ジュダスは驚きながら感想を言う。
「なんだよ……あの威力!?」
俺もジュダスと同じようにそのまま感想を言う。
羊皮紙に爆弾の威力などは書かれていたが、いざ実際に目の当たりにすると天にも到達しそうな巨大な規模にやはり驚く。ついに犠牲者が表れてしまった。
「おやおや。これから曲を流そうとしたところで……言いつけを守らなかった者がいたのか」
「ハア……一応言っておくが、今更逃げても無駄だ。我輩が魔術名を唱え、三番の歌詞を教え始めたところから魔術は始まっている。途中でタウンから距離が離れすぎると起爆するようになっているのだ。しかもこの条件で起爆しても完全な威力を発揮する」
ここにもスピーカーがあり、ザスジーが漢方爆薬について補足してくる。
さっきまで俺たちを襲う気満々だった住民たちはその火柱を見て声を失っていた。そして、武器を持っていた者たちは戦意を失ったように武器を次々と落とす。俺たちに襲い掛かろうとするものは一旦いなくなった。
「第九地区のみんなぁあああああ今すぐ外に出てほしいッス。漢方爆薬の治療を始めるッスゥゥゥゥゥゥゥゥ」
ヴェダだけは、爆発に動じず、大声でここの集落の皆を呼ぶ。ザスジーがスピーカーで放送して続けることもあり、その大声は皆に届いているか不明だった。
「また、誤解がないように言っておくが、仮にこの放送を聞かなくても、タウンの至るところのスピーカーを壊したとしても防げない。曲を流し終えたところで起爆する。ゆえに曲は聞いても聞かなくてもどっちでもいいのだ」
「早く出るッスゥゥゥゥゥゥゥゥ」
ザスジーの放送とヴェダの叫びが同時に聞こえる。
「そうだぁあああああああああああお前らも助かりたいなら外に出ろぉおおお」
俺はヴェダに続いて叫ぶ。ジュダスもそれを見て。
「お願いぃいいいいいいいいいいいいい外に出ててええぇえええ」
ヴェダ、俺、ジュダスの三人が声を掛ける。
すると、「何だ? 何だ?」と声を発しながら、興味本位で住民たちがぞろぞろと集まる。
すると、ヴェダは先ほどの野原と同じように、回復系魔術でこの集落の住民を治療する。
治療を終えた後、ヴェダは誰かを探しているかのようにキョロキョロと周りを見渡す。
そして、次の言葉を言った。
「マミーが見えない……この地区に住んでいるはずなのに……まさか?」
マミーはどこに行ったのでしょうか?




