29.「漢方薬」
「いいだろう。我輩は死を受け入れようではないか」
ザスジーは確かにそう言った。その顔は諦めたような顔に見えるが、同時にまだ何かを企んでいるようにも思えるそんな表情にも見えた。
「そうか」
俺はそれだけ言って、動きが止まったザスジーへと歩みを続ける。ザスジーは死を受け入れているのか、その場を動こうとしなかった。
「実は城での戦いで、我輩は一度殺されていた。それでも今こうして傷一つない状態でいるのは、蘇生魔術を使ったからだ。この魔術は、殺されても一度だけ生き返ることができる。だがその代償に今ある総魔力の九割も減らされる。おかげで我輩の魔力も少ない状態だ」
「今の魔力量ではお前たちには勝てないだろう……」
「聞いてもいないのに……弱っていることを教えてくれるとはな……どういう心境だ?」
ザスジーは不気味にも自分が弱っていることを伝える。俺たちがそれを聞いて油断するとでも思っているのか?
ザスジーの話を鵜呑みにする気もないまま俺は慎重に足を進める。
「お前たちに勝てないと悟ったから話すのだ。インチキ教祖。ジュダスよ。我輩は勝てなかった。認めよう」
もうすぐザスジーの目の前までたどり着く。トドメの準備として、左手を刀印の形にする。
ザスジーは少し口を閉じて黙った。そして再度口を開いて次の言葉を出す。
「だが死ぬのは我輩だけじゃない。お前らも信徒たちも全員道連れだ」
そして左手で握っていた燃えカスから、赤い本が再生されようとしていた。
「インくん!! 回復系魔術で武器を再生しようとしている!!!」
ジュダスはザスジーがやろうとしていることを急ぎで伝える。やはりタダでは死なないか。
「させるか!! 天鼓雷音」
俺が持つ魔術の中で最速にして高威力の魔術を放った。
「ぐわあああああああああああああああああ」
雷の獅子はザスジーに直撃した。赤い本の再生はそれに合わせて止まり、ビリビリと電撃を喰らい続けていた。
「(よしこのままトドメだ!! うん? あの右手から落ちていくものはー)」
ザスジーの右手に注目すると、丸いピンのようなものを親指にはめ、右手から細長い筒形の物が落ちていった。
そして、その細長い筒形の物が地面に当たると、そこからボゴンと耳に響く轟音とピカッと広範囲に激しい閃光がいきなり生じた。
「ぐお!?」
不意な光と音に目を閉じてひるんでしまった。
「(そうか閃光手榴弾というやつか! 赤い本の再生は右手をノーマークにさせるためのブラフ!?)」
ザスジーの狙いに気付いたが、スタングレネードの影響でまだ目を開けられずにいた。
するとシュっと、何かが俺の右から通る気配が一瞬した。ジュダスか!?
やがて慣れてきて、なんとか目を開ける。
俺が目を開けた視界には、ザスジーがいた場所にジュダスが立っていた。龍門飛鳥の切っ先には血がポタポタと垂れ落ちていた。
だが、肝心のザスジーの姿が見えなくなったのだ。ま、まさか……
「くそっ!! 瞬間移動の魔術で逃げられた!! あと少しだったのに!!!」
できれば外れて欲しかった最悪の予想がジュダスの口から発せられた。
「ちくしょう! 慎重になりすぎた!! 俺がさっさとトドメを指しておけば!!!」
「そ、そんな……マスターは一体どこに!?」
俺とヴェダも絶望したようにその場で嘆く。
◇
タウンの最北部の小さな教会に我輩は瞬間移動した。ここには誰もいない。
ここはいざという時に十一使徒と我輩たちが集まるための避難所。いずれは十一使徒たちもここに来るだろう。
「くッ! 危ないところだった。あと少しで首が狩られるところだったではないか」
頸動脈が切れ、左側の首の傷からドクドクと血が流れる。
本来は命に関わる傷だが、焦ってはいない。我輩はもう死ぬつもりだからだ。インチキ教祖たちに言ったことは嘘ではない。
「一応この傷も治しておくか……最後の魔術を発動する前に死んでしまっては元も子もないからな」
我輩は傷に手を当てて回復系魔術で治療する。
「この期におよんで逃げるつもりはない。我輩の楽園だ。我輩の信徒たちだ。ここで何もかも捨てて逃げるくらいなら我輩は死を選ぶ。そして我輩の死と共にこのタウン全てを終わらせるのだ」
瞬間移動の魔術は一度に遠ければ遠いところに移動しようとするとそれに比例して魔力も消費するものだ。残り魔力はタウン全域に放送することと、あの魔術に使いたいから、これ以上魔力を消費したくない。
我輩は、さっそく教会にあるマイクに魔力を注入して放送を開始する。
◇
「ザスジーはどこにいるの!? あなたなら心当たりがあるのでは? それかザスジーに渡した魔力を辿って!!」
ジュダスはヴェダの肩に掴みすごい剣幕でザスジーの居場所を尋ねる。ヴェダはその勢いに押されていた。
「ジュダス! 気持ちは分かるが落ち着け!! 焦ってもしょうがない」
俺はジュダスをヴェダから引き離すようにする。
「今なら倒せるはず! ザスジーの残り魔力が少しなら、瞬間移動でもそう遠くに行けないはず!! ザスジーはまだタウンの中にいるはずなの!!!」
ジュダスの興奮は収まっていなかった。普段は暴走しがちなのは俺で、ジュダスがブレーキをかける役だと言うのに、今は逆だ。ザスジーをあと一歩で仕留められなかったことがジュダスの中で大きな責任になっているに違いない。
「(普段冷静なジュダスが興奮しているからこそ、かえって俺は落ち着くべきだと判断できた。確かに、この場でザスジーに逃げられたら痛いが……)」
「ジュダス。もう一度言う。落ち着こう。最悪、ザスジーがタウンの外に逃げて行方がわからなくなったとしても、大丈夫だ。タウンの住民にザスジーとザ・シーカーズがグルだった証拠を見せて、魔力返却させるようにすればいい。早い話。住民全員の魔力を返却させればあいつはほぼ無力となるはずだ」
「証拠!? ああ! そう言えば羊皮紙の件なんッスけど、これを見て欲しいッス!!」
ヴェダが復元を頼んでおいた羊皮紙を見せてくる。
「このページを見てくださいッス!! もしかしたらもしかするとマスターは今からこれをする気かもしれないッス!!」
「なんだ!? ……………………………………………………こ、これは!?」
ヴェダが見せた羊皮紙の束の最後のページ。それを読み進めた。
それは驚愕の真実だった。最後のページに書かれていたもの……それは漢方薬の正体であり、恐ろしい魔術の引き金だったのだ。
ピンポンパンポン
城についているスピーカーから突如音が入る。するとヴェダが予想していた最悪のシナリオが的中するようにザスジーの放送が始まった。
「やあ、信徒の諸君、聞こえるかな? マスターだ。ザ・シーカーズ撃退作戦の件ではご苦労だった」
◇
「やあ、信徒の諸君、聞こえるかな? マスターだ。ザ・シーカーズ撃退作戦の件ではご苦労だった」
このマイクはタウン全域それぞれのエリアに配置しているスピーカーに繋がっている。だから信徒の皆もインチキ教祖たちにも聞こえているはずだ。
「残念な話だが、ザ・シーカーズの撃退はできず、このままだと我輩は殺されることになる」
「だが、我輩はザ・シーカーズに殺されるくらいなら自らの死を選ぼう。そして、我輩の死と引き換えにザ・シーカーズもこのタウンも終わりの時となろう」
インチキ教祖め。この結果になったのはお前のせいだ。お前が我輩を追い詰めなければ、こんな結末とならなかった。ざまあみろ。
信徒たちはお前のせいで巻き込まれて死ぬ。お前もこの魔術に巻き込まれて死ぬのだ。結果的に見れば、勝負は引き分けかな? いや、お前は恐怖と後悔をしながら死んでいくのに対し、我輩は晴れやかな気持ちで死ねるのだ。精神の面で考えれば我輩の勝利ではないか。
スカッとした我輩は最後の魔術を発動する前に、信徒たちに向けて最後の教えを説く。
「主なる神の “”主“” に人間の “”人“” と書いて主人と読む」
「ペットとは主人と共にいることだ。主人に尽くすことがペットの存在理由だ。だから主人の死は即ち信徒にとっても死でなければならない」
我輩はザスジー・バイブルを開く。いつもなら魔力を使い自動でページをめくらせていたが、自ら幕を閉じるように手動であのページへと一気に開く。
「さあ、我輩と共に天国へと参ろうではないか。ザスジー・バイブル777の教え。【起爆曲】」
「この魔術は己の体内に残っているある薬を爆弾へと変質し爆発する魔術だ。ダンテをこのスピーカーに流し終えることによって完全な威力を発揮するのだ!!」
“”ある薬を爆弾へと変化する“” これを聞いて、どんな愚かな信徒でも気付くだろう。ある薬とは何を示しているのか。
「信徒の諸君なら気付いているだろう。ある薬とは……そう漢方薬のことだ」
「つまり、諸君がいつも接種していた薬物は……漢方薬でもあり……爆薬でもあったのだァアアアアアアアアアアアアア」
補足)ザスジーのサングラスはスタングレネードの光をも遮断する特別製です