28.「カルトを狩るカルト教祖」
インチキ教祖さんとジュダスさんが岩の上に乗って瞬間移動してからしばらくして、アタシは立ち尽くしていた。
周りの信徒たちも立ち尽くしていた。アタシたちはマスターから命令がないと何をしていいのかわからない。
普段なら夜の時間帯はザスジー・バイブルの教えから出歩くことは禁じられているが、今回は、インチキ教祖さんとジュダスさんという敵を倒すために特例で外に出された。インチキ教祖さんたちがマスターのところにいる以上信徒がここにいても意味がない。
そうだ。肝心のインチキ教祖さんたちは今どうしているのか?
「インチキ教祖さん。ジュダスさん……」
アタシはインチキ教祖さんが黄金色の羽織を着せたときに小声で言ったことを思い出していた。
―この羽織のポケットの中に、羊皮紙の燃えカスが入っている。それを復元して読め。もし、俺たちがザスジーに敗れて死んだときは、羊皮紙の内容を住民に公表してくれ。そして、ザスジーに渡した魔力を住民全員が返却するように強く願うんだ。そうすれば、ザスジーの支配は終わるー
―忘れるな。生殺与奪の権を握っているのは、ザスジーではない。お前ら住民だー
インチキ教祖さんはそれを伝えるとごまかすように次のセリフを言った。
―その羽織さあ、着ていると邪魔でさ。悪りぃけど、帰ってくるまで服預かってくれないか?―
当時は、インチキ教祖さんたちを見捨てたことで心がいっぱいで、羊皮紙を復元しようとは考えていなかった。だが、このまま静観していたままで良いのか? 今頃かもしれないけど、アタシは自問自答する。
不思議とアタシの手は、羽織のポケットから燃えカスが入った袋を取り出していた。
「(インチキ教祖さんたちはマスターに本気で勝つつもりだ。だけど負けたときのことも考えてアタシにこれを託した)」
「(羊皮紙とは何なの? インチキ教祖さんたちがザ・シーカーズを壊滅させたということは、おそらく、アジトに行ったと言うこと。ならば、これはマスターとザ・シーカーズに関係しているものだと言うの?)」
アタシは己の心に少しずつ浮かんでくる疑問の泡と向き合っていた。
マスターからは「ヒーラーの専門分野以外は勉強するな! 考えるな! 疑うことは許さん! 我輩を信じろ!」そう口酸っぱく言われてきた。
「(だけど……だけど、知りたい。この羊皮紙とやらに何が書かれているのか……)」
アタシは袋を開け、燃えカスを手に乗せる。
そして、回復系魔術を行使し、羊皮紙へと再生させた。
それは十二枚にも及ぶ羊皮紙の束だった。アタシの胸の鼓動が高鳴る。
唾をゴクッと一飲みした後、アタシは覚悟を決めて最初の一ページから読む!!!
「(………………………………………………………………………………うん?)」
「(これ誰が書いたかわからないけど、明らかにマスターへのラブレターじゃないですか!?)」
「(これをインチキ教祖さんは託したかったの? 確かにこれを信徒に公表すればマスターは恥ずかしがるとは思うけど……いや、でもそんな馬鹿な)」
アタシは釈然としないまま、一応読み進める。
すると五ページ目に「・漢方薬の効用とその製造方法」と記載された文言を目にした。
「これは!?」
つい口にでた。漢方薬。これはタウンで娯楽が少ない信徒にとって多くの者が娯楽として利用していた薬だ。
マスター自らも服用していたところも何度か見たことがある。
前々から気になっていた。漢方薬のことが。この羊皮紙の内容は、タウンで使われている漢方薬のことに関する内容に違いない。アタシはそう確信した。そして五ページ目以降を読み進める。
「(……………………………………………………………………………………)」
「えっ!? こんなの嘘ッス!!!」
アタシは羊皮紙の内容に動揺し、またもや口に出た。噓だと口に出したが、それは嘘だと思ったのではなく、嘘であってほしいと思ったからこそ口に出した。
そこに書かれていたのは驚愕の真実だったから……
「う……ヴェダ!?」
「あ、兄貴!?」
インチキ教祖さんによって気絶させられていたルーベンスの兄貴が起き上がった。牙の何本かは抜け、口の中に出血はあるみたいだが、命に別条はないようだ。良かった。
「奴らは? ……インチキ教祖たちは?」
「マスターのところに行ったッス」
「マ、マスターのところにだと!?」
ルーベンスの兄貴はインチキ教祖たちの居場所を聞く。アタシがマスターのところに行ったと言うと驚いていた。
アタシはインチキ教祖さんの名前を出しているうちに彼のところへ行きたくなった。そしてマスターのところにも。この漢方薬の真実かどうか聞くためにも……アタシは決心する。
「治療泉」
アタシはまず、インチキ教祖さんとジュダスさんによって返り討ちにあったルーベンスの兄貴とスライムのジェシカの傷を癒す。
「あっ。サンキュー。ヴェダ。」
ルーベンスの兄貴はお礼を言う。ジェシカは発声はしないが、突起物を伸ばし「ありがとう」のお礼のポーズを見せる。
アタシはルーベンスとジェシカの態度に気分が少し和やかになった。
「兄貴、信徒の皆、すみませんッス。アタシは今からインチキ教祖さんとマスターのところに行くッス!!」
「な、なにぃ!? ヴェダ待て」
ルーベンスの兄貴は止めようとする。でもアタシはもう止まる気はない。
アタシはインチキ教祖さんたちが上った岩の上に立つ。すると足元に魔法陣が発生し、一瞬で視界は変わった。そして目の前には、マスターが住むドス・トエフ城へと瞬間移動した。
「インチキ教祖さんは!? マスターは!? ジュダスさんは!?」
アタシは周りを見渡す……いない。なら、城の中だろうか?
「そうだったッス。マスターに渡した魔力を辿ればいいんだ! よし」
アタシは目を閉じて、渡した魔力の場所を探る。意外にもマスターの中にあるアタシの魔力は今いる城の入口前の裏側にいるような雰囲気を感じた。アタシは急いで、城の裏へ走る。
すると城の裏側には四つ這いになって「ゼーハーゼーハー」と呼吸しながらも弱っているマスターとそれを見ているインチキ教祖さんとジュダスがいた。
アタシが驚いて一瞬立ち止まる。
ジュダスさんが、アタシの存在に気付く。インチキ教祖さんとマスターはアタシに気付いていないのか、それとも気付いたとしてもよそ見している場合じゃないのか、そのまま互いににらみ合ったままだった。
「こ、こんな馬鹿なぁあぁぁぁぁあ」
マスターは四つ這いのまま叫ぶ。見た目は傷一つないが、汗がポタポタと滝のように流し、追い詰められていることはわかった。
「終わりだ。ザスジー。観念しろ」
インチキ教祖さんはマスターに向けて歩こうとしたらマスターは「ひっ」と怯えていた。こんなマスターは見たことがなかった。
「ま、待て。な、なぜお前は我輩を殺そうとするんだ!? ザ・シーカーズを仕向けた件なら謝ろう。我輩はお前たちに手を出さないと誓う! だ、だからタウンから出て行ってくれ!! 」
無様に命乞いするマスター。こんな姿も見たことがない。
「なぜお前を殺すか!? 決まっているだろ。教祖としてお前が生きることを赦せないからだ。お前がいる限り、うちの信者は苦しみ続ける。たとえ、ヴェダが望んでいなくても俺が赦さない。自分の信者を食い物にするお前みたいなカルト教祖は」
「ヴェダだと!? ……そうか全てはヴェダが悪いのか。全てはあいつが仕組んだのか! あいつがお前らと出会ったときから、我輩を殺そうと結託したのか。あ、あいつめぇ! 恩を仇で返しやがってぇ! これだからエルフは」
マスターはアタシのせいにする。アタシのことを他責志向だと詰ったマスターがアタシに責任をなすりつける。
そもそもあなたがザ・シーカーズを使ってアタシに襲わせなければインチキ教祖さんたちと出会うことはなかった。
裁判終わった後も、ザ・シーカーズを使ってインチキ教祖さんたちを襲わせようとしたあなたをアタシが止めようとしたのにあなたは聞かなかった。
「な、なにがアタシのせいだよ……」
気付けば、またまた勝手に口に出していた。そして拳を強くギュッと握り、マスターに対して今まで蓋にしていた何かの感情が溢れそうになってきていた……これは怒りなのだろうか……アタシ自身でもわからないほど冷静になれなくなってきた……。
ただ、気付いたらジュダスさんの隣に立っていた。インチキ教祖さんたち側に立って、一緒にマスターを見ていた。インチキ教祖さんを止めるでもなくマスターを助けるでもなく、その最期を見届けるようにアタシはマスターを見ていた。
「ここは楽園だったのに……お前やヴェダさえいなければ……なんで部外者のお前が邪魔をするんだよぉう」
マスターは少しずつ腰を抜かしながらインチキ教祖さんから逃げようと後ずさりする。インチキ教祖さんはマスターのスピードと合わせるように少しずつ歩いてマスターへ向かう。
「なにが楽園だ。楽園と思っているのはてめえだけだろ。住民だって人生があるんだ。お前のおもちゃじゃない……もういいだろ? 今までやりたい放題してきたんだ。報いを受ける時が来たんだ」
「おもちゃだと……我輩は信徒をおもちゃと思ったことはないー」
「信徒とはペットだぁ!!! 教祖という主人に媚びるように生き、要らなくなれば捨てる。それがペットのあるべき姿!! ペットをどう扱おうが我輩の勝手だろうがぁあああああああああ」
「ハァ……ハァ。そうだ……ペットは主人に逆らってはいけないのだ。マックスもヴェダも我輩の思い通りに生きればいいのにどいつもこいつもぉ~」
マスターが怒鳴った。そして、アタシたち信徒のことをどう思っていたのかついに口に出して喋った。
「お前も教祖ならわかるだろう? インチキ教祖よ」
「そ、そんな……」
アタシは膝から崩れ落ちた。あまりの言葉にアタシはしばらく何も考えられなかった。あたまが真っ白になった。
「なるほどな……まぁそんな考えだってのはわかっていたよ。俺もカルト教祖の自覚があるからな。とやかく言える立場じゃない。」
なんとなくわかっていた。マスターのアタシたちへの感情を。愛なんてないってことを。アタシだってマスターへの感情はもう恐怖しかなかった。ここが楽園じゃないってわかっていた。
でも……でも、言葉にされるとここまで衝撃をくらうとは……つらいとか怒りとかそんな言葉で表せる感情じゃない。多分言語化するなら虚しいという言葉が適切に近い心情だ。四年間アタシがここにいた意味は何だったのか……?
「最期の言葉は、そのくらいか。悪いがお前を逃がす気はない。覚悟して貰うぞ。」
マスターにとどめを刺そうとするインチキ教祖さん。昨日あったばかりのインチキ教祖さん。インチキって変な名前だけど、名前に反してやさしそうな感じがする人だったのに……カルト教祖ということは、結局は彼もマスターと同じアタシたちのことを……
金色の羽織をギュッと強く握る。
アタシは、彼の信者であるジュダスさんを見た。同じエルフだというのに……彼は自身のことをカルト教祖だと語っているのに……なぜ信者となるの? なぜ彼と共にいるの? 数々の疑問が頭に思い浮かべたアタシはジュダスさんにすがるように問う。
「イ、インチキ教祖さんもカルト教祖なの? あなたはなぜ、彼の信者でいるの……?」
ジュダスさんはしばらく黙って、インチキ教祖さんとマスターの成り行きを見ていた。やがて、アタシの疑問に答えるように口を開く。
「ええ。カルト教祖よ。インくんも……あなたたちのマスターと同じように宗教を悪用するカルト教祖。でもただのカルト教祖ではない……」
何かを思うように少し目を閉じてからジュダスさんは話の続きを語る。
「カルトを狩るカルト教祖。それが、インシュレイティド・チャリティ教の教祖インチキ教祖よ。」
「カ、カルトを狩るカルト教祖!?」
「そして、マスターと違うのは、マスターは信者を幸せにする気はないけど、インチキ教祖は信者にハッピーライフを送らせるつもりなのよ」
「ハ、ハッピーライフ!?」
アタシはジュダスさんの言葉がよくわからなかった。ついオウム返ししてしまった。ジュダスさんは話を続ける。
「私は彼がどんな教祖になるか見届けたい。私が彼の信者でいる理由を言語化するならそれかな」
「あなたも彼の信者なら、教祖の思い通りに生きようとせず、自分が正しいと思った道に進みなさい。いや、間違った道だとしても自分が歩むべきだと思った道なら進みなさい……彼ならきっとそう言うだろうから」
ジュダスさんはそう言った後、インチキ教祖さんの隣に立って、一緒にマスターのところへと向かっていった。
アタシは彼の信者と聞いて、湖でインチキ教祖さんに言われたことを思い出していた。
―救うべき存在かそうでないか。それを決めるのは、信者のお前じゃない。教祖の俺だ。ヴェダ。お前が信者である限り、俺は教祖としてお前にハッピーライフを送らせる義務があるー
―ヴェダ。お前は入信していいと言ったんだ。あの時からもうお前はザスジーの信者ではない! 俺の信者だ!!―
「インチキ教祖さん……」
アタシは彼の背中を見つめていた。
「大人しく死を受け入れるなら、苦しまずに終わらせる」
その言葉を聞いて、マスターは観念するように逃げるのを止めた。そしてブツブツと何か言っているがアタシには聞こえていた。
「そうか……今夜が我輩の二度目の命日となるのか……やはりあの日を繰り返すというのか……」
怯えていた表情から何かを決心したように、どこか諦めたような顔つきへと変わった。そして次の言葉をインチキ教祖さんにも聞こえる声量で言った。
「いいだろう。我輩は死を受け入れようではないか」
タイトルからお察しの読者もいると思いますが、今回のお話は、プロローグに繋がる回です。




