23.「ドス・トエフ城」
「この瞬間、お前らは罪を犯したァァ!!罪と罰式魔術作動ゥゥ!!」
ザスジーがそう宣言した直後、俺たちは岩の上に発生した魔法陣になす術もなく、吸い込まれていった。
いや、吸い込まれていったと思った瞬間、もう既に魔法陣から飛び出された。
そして視界に映ったのは、高さ六十メートルはあろう巨大な城だった。
「あれが……ザスジーの城か……」
「ええ……インくんの言う通り。嘘ではなかったようね」
俺とジュダスが城の前で立っていると、城からスピーカーのようにザスジーの声が高く聞こえた。
「ようこそ……我輩の城……ドス・トエフ城へ」
「十一使徒以外でこの城を招くのは初だ。最も招くのが敵なのが残念だが」
「おいザスジー! こっちの声が聞こえるか!! お望み通り城まで来てやったぞ!! てめえも城に引きこもっていないで、ここに来やがれェ!!!」
この期に及んで、本物のザスジーが現れないことへの苛立ちもあり、挑発も込めて語気を強める。
「我輩と戦うなら城に入ることだ。もし我輩がいる部屋まで来ることができれば……相手にしてやろう」
「ただし、来ることが出来ればという話だがね」
ザスジーの話を受けて、ジュダスがアドバイスする。
「インくん。あの言い方からして罠よ。城の中には、罪と罰式魔術がおそらく仕掛けられているでしょう」
「バカめ! 罠だとわかって入るかよ!! 豪華なこの城もどうせ住民の資産や労働力を搾取して作ったのだろう」
「ザスジー。この城をぶち壊して、俺がお前を炙り出してやるよ」
俺は準備するように右腕をグルグルと回す。そして地面に向かって思いっ切りパンチを繰り出す。
「地空界」
魔術名【地空界】。この魔術は、土砂系の魔術の基本技【地空】の上位魔術にあたる。魔力から土砂を生み出すのも、大地や砂漠の地形操作も基本技の地空よりも規模は上回る。魔力の消費量は多大となるのは痛いのだが。
今回の地空界は、城を崩す方向で地形操作をしようとする。だが、城付近の大地を干渉しようとしたら急に弾かれるように、魔術は無効となった!
「なに!?」
俺が驚くとザスジーがあざ笑う。
「フッフッフッ城を壊そうとしても無駄だ。お前たちが、ここに瞬間移動したときに罪と罰式魔術は作動したのだ」
「仕掛けた魔術は、ザスジー・バイブル217の教え。【不可視の防御壁】」
「この魔術は、結界系魔術であり、罪は、信徒以外の魔力を持つものが、瞬間移動で来たことで罰が作動するようになっている。効果は、城及び城付近まで結界を張り、防御性能を高めている」
「城を壊すことはあきらめることだ。これ以上魔力を無駄に消費したくなければね」
「簡単には行かないようね。ザスジーと戦うには、城に入るしかないのか……」
ジュダスは、城に入るしかないと言っているようだ。俺は少し考えてからジュダスに作戦を言い渡す。
「わかった。なら俺だけが城に入る。ジュダスはここで待機してくれ。もしかしたら、俺が城の中に入った途端、アイツは城から出て逃げるかもしれないからな……ザスジーが城から出たら、俺に何らかの方法で伝えてくれ。すぐ戻るから」
「却下よ。インくん。城の中には、どんな罪と罰式魔術があるかわからない。なら、魔術の知識がインくんより上である私が、城に入るべきよ」
「それは……」
俺はこの時、もう一度タウンに入る前の、ジュダスとの会話を思い出していた。
―わかったわ。付き合うわ。信者として、私は教祖を死なせるわけにはいかない。たとえこの身に変えても……―
ジュダスは俺の考えを見透かすようにフッと笑う。
「あなただけが城に入っても駄目。わたしだけが城に入っても駄目。ならやはり一緒に入りましょう。インくん。この期に及んで、私が心配だからという私情はナシよ。私があなたを守るからあなたは私を守って欲しい」
「もし、私たちが城に入って、ザスジーが城から逃げたのなら、二人でまた追いかければいい。どこまで行っても、私たち二人なら最強よ」
ジュダスはガッツポーズで俺を励ます。その姿に俺は負けを認めるように笑みを浮かべながら頭をかく。
「わかったよ! 一緒に入るか! 確かに俺たち二人ならどんな障害があろうと乗り越えられる!!」
俺は右腕を伸ばしてグーの形でジュダスに向ける。
「背中を任せるからな信者」
「ええ」
ジュダスは左腕を伸ばして、グーでタッチしてから一緒に城に向かって歩き出す。
鋼鉄な城の扉、ザスジーが言う通り、城の硬度が跳ね上がっているなら、壊すことは諦め、普通に開けることにする。
ギギギ~ギィィィィイッィィィィ
不快な音を発しながら鋼鉄の扉を押して開ける俺たち。
最初に目にしたのは、中央に設置してある螺旋階段。
その螺旋階段は、遥か上まで設置してあり、そのまま登れば、城の最上階まで行けるのではないかと思わせるほどの高さであった。
「どうする? インくん。普通ならそのまま階段で上りたいところだけど」
「いや、上るのは危険だ。罠があるかもしれないからな」
「そもそも俺は階段やエスカレーターよりエレベーターで上に向かうタイプだからな。エレベーターがないなら、自分で作るまでよ!!」
「地空」
城の外からは結界術に防がれたが、城の中なら土砂系魔術が有効かもしれない。俺はそう考え、地空で、周りを地形操作し、エレベーターのように、床を押し上げ、一気に最上階に向かおうとした。……だが考えが甘かった。
俺が魔力を込めて床にパンチした途端、螺旋階段以外の床が突如消え、そのまま下に落とされた。
「(し、しまった!! これも罪と罰式魔術なのかぁぁぁ)」
俺は「うおおお」と叫びながら、落下していく。それに対し、ジュダスは、静かに、落下先を見つめていた。だがジュダスの優れた聴覚が何かに気付いたのか、急に焦った表情で俺に向ける。
「インくん! 気を付けて!! 下から何かが来る!!!」
「何って……何が!?」
俺がジュダスに聞き返した瞬間、鋭利な何かが、シュンと俺の頬を切るように高速で通り過ぎた。
「痛っ! ……なんだ!? ナイフが飛んできたのか?」
深淵を思わせるほどの底が見えない場所から、無数の何かが上に向けて放たれ続けてきた。
俺は急所を守るようにガードする。無数の何かが、高速で飛ばされ、直接刺さらなくても、俺の服を切り裂き、ところどころ出血をさせる。
ジュダスはお得意の剣術で、高速で飛んでくる何かをカキンカキンと連続で弾かせる。飛んできたものを弾かせたところでジュダスがそれを掴む。
「これは……羽根? 石の羽根よ!!」
飛んできたものの正体がわかった。石でできた鳥の羽が下から飛ばされたのだ。
そして、ようやく落下先の底が見えてきた。
底の部屋は恐ろしいものだった。
床は巨大な氷柱と思わせるほどの無数の針がびっしりと設置されており、部屋の四隅には、人面鳥の石像が設置されている。人面鳥の石像から石の羽が飛ばされ続けているのだ。
石の羽を躱し、運よく生きられても、床の針で侵入者を串刺しにするという目的で作られているのだろう。だが、このままでは本当にその通りの結末となってしまう。
「ジュダス! 千風を使うぞ!! 竜巻の勢いで、石の羽を防ぎ、一気に上まで飛ぶんだ!!!」
「わかった!!」
ジュダスは俺の意図を理解し頷く。そして俺たちは底の部屋に向けて、両手を刀印の形にする。
「「千風」」
魔術名【千風】。この魔術は、嵐風系の魔術の基本技【八風】の上位魔術にあたる。
刀印の形をした指の先から、巨大な竜巻が発生する。俺たちの竜巻は床の針と石像を壊しつくし、その竜巻の勢いでそのままロケットのように上空へと上り続ける。
そして、頂上の天井をそのまま体当たりして破壊する。
天井を破壊したところで俺たちは魔力を節約するために、千風を止めて、床に着地する。
「ハァ……ハァ。いきなり上級魔術を使わされるとは、すまなかった。ジュダス。俺が地空で楽をして上ろうとしたばかりに」
「いえ、謝る必要はないわ。私もいずれは、インくんと同じことを考えていたでしょうから。それよりも気を取り直して、ここからは慎重に進みましょう」
俺たちは気を取り直して奥の道へと歩みだす。
そこから先は、城に仕掛けられた数々の罪と罰式魔術と俺たちの魔術のせめぎ合いだった。
奥の道の先には、大きな広場があり、そこで行き止まりだった。そして、広場の左右の壁には牛の紋章が入った壁があった。俺たちが道を引き返そうと踵を返した瞬間、左右の牛の壁が、挟み撃ちにするように猛スピードで迫ってくる。
俺とジュダスは背中合わせに地空界を発動し、危うく、サンドイッチになるところを防いだ。
またある部屋では、ダクトの中のような、周りが鉄の壁でできた狭い密室の部屋に落とされ、天井の蛇の銅像の口から大量の水が落とされた。
水死を防ぐため、俺たちは、氷水系魔術の【禊閼伽】を発動する。
禊閼伽は基本技である閼伽の上位魔術だ。土砂系魔術が周りの地面に干渉できるように、氷水系魔術も周りに水があれば、干渉し、威力を高めることができる。
強化した、禊閼伽はウォーターカッターのように射出させ、蛇の銅像を壊し、脱出する。
脱出した先でもまだまだ追撃は止むことがない。
今度は、雷電系魔術で作られたネズミの軍団が俺たちに襲いかかる。
水でずぶ濡れになった状態の俺たちがくらえば、それは命取りになる可能性が高い。
俺たちは炎天で雷のネズミを対処する。炎天を発動しているおかげで、高熱により服が乾いていった。
「(ここまで、なんとか罪と罰式魔術を防いでいるが、しかし、それは、上級魔術でゴリ押しをしているからだ!! 上級魔術は魔力の消費が多すぎる。このままでは、ザスジーと戦う前に魔力が枯渇してしまう!!)」
果てしない罪と罰式魔術の連続で息が上がる。ジュダスより莫大な魔力を持つ俺でも上級魔術の連発は流石にキツイ……そうだ肝心のジュダスの魔力は大丈夫なのか!?
俺はジュダスの魔力が心配になり、ジュダスを見る。
「ハァ……ハァ」
ジュダスは魔力の使いすぎでめまい、立ちくらみの症状が表れていた。
「ジュダス!! 大丈夫か!?」
俺は倒れそうになるジュダスを支えるために、ジュダスの腕を俺の肩に回す。
魔力は第二の血液。血がなくなりすぎると貧血の症状が発生するように、魔力も急激になくなると貧血に似た症状が表れる。生き物の血が全てなくなると死ぬように、魔力も全てなくなると同様に死ぬのだ。
「ハァ……ハァ。インくん。このまま私を連れて行って……ザスジーと戦うなら私も必要だから」
「無理するな!! もうお前の魔力も少なくなっているだろう!? ザスジーとは俺がタイマンで戦う」
俺がそう言った瞬間、ジュダスは怒鳴る。
「インくん!! いい加減に、私を心配なんてやめなさい!!! カルト教祖なら思うままに信者を使いなさい!!! 」
「それに……いざとなれば、私には、サン・サーラがあるから」
「サン・サーラだと!? でもあの魔術は……」
「インくん。今度の敵は、真実教教祖よりも多くの信者から魔力譲渡を受けたコネクトよ。出し惜しみして勝てる相手ではない。それはあなたもわかっているでしょう?」
わかっていた。俺はザスジーと戦うとなれば、サン・サーラを使ってでも勝つつもりでいた。だが、ジュダスまで使うとなると……
俺が悩んでいるとジュダスは覚悟を決めた目で俺を見つめてくる。俺はその目を見て、唾をゴクっと飲み、俺も覚悟を決める。
「そうだな……信者よ。教祖について行けよ!! 必ずザスジーのところにたどり着くぞ」
「ええ。望むところよ。そういえば、今更だけど、ザスジーが、私たちに魔力譲渡した理由がわかった気がするわ」
ジュダスが湖でザスジーから魔力譲渡を受けた件を話し出す。
「魔力を渡した者は、物理的に離れすぎていない限り、魔力を渡した者の居場所を把握することができるでしょう? おそらくそれを狙って渡したと思うわ」
「そういうことか! 渡された魔力はほんの少量だが、ザスジーは、俺たちの居場所を今も把握しているということに……オマケに魔力を勝手に渡された側は魔力を返却できないのは痛いな」
魔力を渡す側が、渡した魔力の返却を望めば戻るが、魔力を渡された側は、返却を望もうが、戻ることはない。つまり逆はできないということだ……コネクトのルールの盲点を突いているな。ザスジー。
「オマケに渡された魔力の情報を読み取っても、魔術は何もない……おそらくまだ魔術を覚えていないオールラウンドの子供の魔力を俺たちに渡したのだろう」
「ええ。魔力を渡しても、勝てるってザスジーは思っているのでしょう……ここまで虚仮にされて負けるものですか!! 私たちを相手にしたことを後悔させましょう!! ザスジーに」
「ああ!! 居場所が知られているなら結構だ!!! 堂々とザスジーの部屋に殴りこむまでだ!!!!」
待ってろザスジー。どんな罪と罰式魔術が待ち受けていようとも必ず俺たちはお前のところにたどり着くぞ。
次回のお話はザスジーのモノローグとなります。




