21.「殴りこみ」
「うん? ……来やがったぞ……奴ら」
夜のはじめ頃、このタウンに最初に訪れた際と同じ、木材でできた、門扉の入口前までたどり着いた俺とジュダス。同じく木材でできた監視塔から人間サイズのなんらかの種族が俺たちに気付いたそうだ。
「そこで立ち止まれ! それ以上近づくな!! インチキ教祖! ジュダス・トルカ! ……いや、ザ・シーカーズ共!!」
門扉付近の向こう側から対応したのは、奇しくも最初に訪れた際に対応したエルフ族だった。
「インくん。あのエルフ。私たちのことをザ・シーカーズと呼んだわ」
「なるほどな……ザ・シーカーズ亡き今、俺たちのことをザ・シーカーズ扱いにして倒そうということか。ザスジーの入れ知恵というところだろう」
門番のエルフは、弓矢を俺たちに向ける。
「聖風霊」
トーマスも使っていた嵐風系魔術だ。
矢を覆いつくすような小さな竜巻を発生させ、それを放つ。
だが放たれた矢は、俺に向けてではなく、俺の一歩手前の地面を射貫いた。
「警告だ!! それ以上近づいたら、今度こそお前に向けて放つ!」
威嚇射撃というやつか。だが、皮肉にも今の奴の攻撃でわかった。この程度の攻撃なら避けるまでもないということを。
「ジュダス。ここは俺に任せてくれ。奴にいや、住民共に今度は俺が威嚇する番だ」
俺はそのまま門扉に向けて歩み続ける。
「ちっ! 警告はしたぞ。聖風霊」
今度の矢は俺に向けて放たれる。俺は右手に魔力のオーラを集めそれを「フン!」と言いながら、掴む。
「な、む……無傷で掴みやがった!!」
俺は親指にぐぐっと力を込め、カッターの刃を折るように矢の先をヘシ折る。
その姿にビクつく門番のエルフ。
「トーマスのそれと比べれば、スピードも回転力もはるかに劣る。トーマス戦を経て、その程度のスピードなら簡単に対応できるぞ」
「そして俺の威嚇はこれからだ」
俺はそう言い。掴んだ矢を投げ捨て、引き続き右手に魔力を溜める。そして、門扉に向けて思いっ切り殴る!
バッカン
そう爆音を鳴らしながら、門扉を壊す。
「殴りこみだ! お前ら住民に用はない。俺の標的はザスジーだけだ」
今一度タウンの中に入る。当然だが、今度は強行突破だ。
門番のエルフは俺に向けて引き続き弓を弾く。だが、その矢は放たれることなくジュダスによって門番のエルフは気絶される。
ジュダスは俺の隣にならび、タウンの集落に向けて共に歩みだす。
集落に向けて、歩いていく俺たちに人魚族を見かけた大きな湖が見えてきた。人魚族からの奇襲も考え注意を払いながら道を歩きだす。すると、道の前方に、驚くべき人物が見えた。
「お、おい……あれは……ヴェダか……?」
この夜だと見えづらいが、赤い修道服のような服装を着た女性が一人立っていた。
「な、なぜ彼女がここに……?」
ジュダスも驚いていたようだ。俺は迷わず、ヴェダに向けて走り出す。
「また……来たんですね……インチキ教祖さんジュダスさん」
「!!」
ヴェダの目の前まで走ると、俺はヴェダの身体を見てより驚いた。ヴェダの鼻には、絆創膏のようなものが貼られ、露出している肌には痛々しい傷が残っていた。今着ている服を脱げば、もっと傷跡があるかもしれないと感じさせるほどの雰囲気があった。
「ヴェダ……お前その傷は?」
「ああ。ちょっと転んだだけッスよ。それよりもインチキ教祖さんジュダスさんなぜ、このタウンにまた来たッスか?」
「決まっているだろ。俺たちはザスジーを倒しに来たんだ」
「マ、マスターを!? そんなこと無理に決まっているッス!」
「その傷、どう考えても転んだじゃ済まないよな? そもそもお前の魔術ならそんな傷治せるんじゃないのか?」
「……………………………………………………………………………」
ヴェダは俺の問いに返答しなかった。
「ザスジーによって傷つけられたんだろ!? そうだろ?」
「引き返してください……今すぐ。あなたたちはザ・シーカーズの一員として見られているッス」
「ザスジーがそう言ったんだろ!? でもヴェダ。お前は分かっているはずだ。俺たちがザ・シーカーズの一員ではないことに。ザスジーが間違っていることに」
ヴェダは、俺の問いにまたもや返答しなかった。だがしばらくすると、黙ったままコクンと頷いた。
「ヴェダ。お前に聞きたい。ザスジーはどこにいる? 俺たちはザスジーだけ倒せればいい。できれば、その他の住民は傷つけたくないんだ」
俺はヴェダの肩を掴み尋ねる。だが、ヴェダは俺の問いに否定するように首を左右に振る。
「駄目っス! 引き返してください。インチキ教祖さんとジュダスさんに死んでほしくないッス! も、もしアタシに同情してとかなら止めてほしいッス!! アタシにそんな価値はないッス!! だって、アタシはあなたたちのことをー『インくん!!! あれを!!!』」
ヴェダが何かを言いかけたとき、ジュダスが大声で割り込む。そして、ジュダスは上空に向けて指を差していた。
そして、指を差す方向に目を向けると全長十八メートルはあろう赤き竜。そう。ルーベンスがこちらに向かって飛んできた。
「ルーベンスの兄貴ッッ!?」
「ヴェダッッ!?」
俺たちの道を塞ぐように正面からルーベンスはドシンと地面に降り立つ。そしてヴェダに向けて大きな口を開く。
「ヴェダよ!! 離れていろ!! コイツらはタウンに仇なす者だ!!」
「待って欲しいッス! 兄貴!! この人たちは、ザ・シーカーズとは無関係です!!」
ヴェダは俺たちを守るように、手を大きく広げて、戦うのを止めようとする。
「ヴェダ。気持ちはありがたいが、今はどいてくれ。いくら説得をしても住民は俺たちを襲うだろう。ザスジーの命令ならばなおさらだ」
俺はヴェダの肩に手をかけ、ルーベンスと戦うためにヴェダの前に出る。そして、ルーベンスを見ると、ルーベンスの口の中には、火炎が生じていた。おそらく攻撃の準備をしているのだろう。引き金をいつでも引けるように。
「ジュダス。ヴェダが巻き添えにならないように頼む」
「ええ」
「インチキ教祖さん……」
ジュダスがヴェダの隣に立ったところで、俺はルーベンスに顔を向ける。
「ルーベンス。お互い一撃で決めよう」
「望むところだ」
ルーベンスはそのまま口の中の火炎を溜めているようだった。俺はルーベンスの炎火系魔術に対抗するため右手を指鉄砲の形に変える。そして両者共に一撃を放つ。
「火竜の息吹」
「閼伽」
ルーベンスの口内から火炎放射が放たれる。俺の人差し指の先から、ビーチボールのような形をした水のボールを放つ。
ルーベンスが放った魔術は、奇しくも俺が使う炎火系魔術である炎天に似ていた。
ルーベンスの火炎と俺の水のボールは激突する。だが、水が火を消すように、水のボールがルーベンスの火炎を押し切りルーベンスの顔面に当たる。
「ぬおっ!!」
とルーベンスは叫び、口の中の牙は何本か抜かれ吐血しながらそのまま倒れる。
「ル、ルーベンスの兄貴が一撃で!?」
ヴェダは驚いていたようだ。
「インくん!! まだ油断しないで!!! 私たちは囲まれているッッ!!!」
ジュダスにそう言われ、辺りを見渡すと左方の湖には、人魚の大群が水面に頭を出し俺たちを監視していた。
地上では、右方の森の中から、俺たちを獲物として見るように何らかの異種族の目が光っていた。
そして、前方には、ゴーレムの大群が軍人の行進のように横一列足並みそろえてこちらに向かってくる。
そして、後方には、妖精の大群が、バッタのこう害と思わせるほどの規模でその場を飛びながら俺たちを威嚇してくる。
まさしく、四方八方逃げ場がない状態となった。しばらくは俺たちを様子見するように、住民たちはその場で待機していたが、やがて森の中から一体の異種族がジュダスに飛び掛かる。
「龍門飛鳥」
ジュダスはすぐさま、刀で切り裂く……いや、切り裂いたように見えるが、ジュダスの一太刀は途中で止まった。
「スライム族か!?」
ジュダスがそう叫び、襲いかかった異種族の正体が分かった。
全身、ぬるぬるとしたアメーバ状の生命体のスライムがジュダスの刀身を身体全体で飲み込み、ジュダスの一太刀を防いでいた。
スライムはジュダスの刀を抜けないように飲み込んだ状態から、触手のように2本の突起物を発生させ、その先端を針のように鋭く伸ばした。そして、その針のような2本の先端でジュダスに刺そうと襲いかかる!
「甘い! 雷音」
ジュダスは右手から雷音を柄から刀に向けて流し、それをスライムに感電させる。
「ギュミィィィィィィィィィイッィィィ!!!」
どこに発声器官があるかは不明だが、悲鳴のようなものを上げながらスライムはすぐさま刀から抜いてジュダスから離れる。スライムは感電した影響で麻痺しているのか、それとも怯えているのか襲いかかることはなくなった。
「つ、強いッス!! ……二人とも!!」
ヴェダは俺たちの強さにまたもや驚いていた。だが、その声は、いい意味で予想を超えるどこか期待を含めたような声を感じた。
俺がドラゴンのルーベンスを。ジュダスがスライムを倒したことで、住民たちは動揺しているようにその場で動かずにいた。
ジュダスが脅しで怒鳴る。
「来るなら来い!! お前たちカルト信者は、考える力をなくすために、食事と睡眠制限を受けているのだろう!! つまり常に弱体化している状態だ!! そんな者が数で襲いかかろうが怖くないわ!!!」
俺もジュダスに続いて脅しに加わる。
「そうだ!! お前らじゃ相手にならねえ!! 誰かザスジーに伝えろ!! てめえが出てこいとなあ!! でないと、周りの住民を全滅させてからお前を最後に仕留めるぞ!! とな」
俺たちは周りに威圧するように、脅しをかける。周りの住民たちもそれほど馬鹿ではなく、衝動的に襲いかかるわけでもなく、作戦を立てるようにコソコソと喋っていた。
だが、俺には聞こえなくても、ジュダスの聴覚ならきっと奴らの話している声が聞こえているだろう。だが、しばらく事態が硬直しているとき、ある声が湖の方から聞こえてきた。
「おやおや、物騒なことを言うではないか。ならば、お望み通り我輩が出てやろう」
この声はー
俺は湖の方へ振り向く。
立ち現れたのはやはりザスジーだった。
人魚たちよりさらに奥から、水面に映る月影の上に確かに立っていたのだ。
門番のエルフは九話で名前が判明したプーラン・デックのことです。
ですが、インチキ教祖は彼女の名前を知らないので、インチキ教祖視点でのモノローグでは門番のエルフという名で表記しています。