20.「家族」
お昼を過ぎた頃。ようやく私たちは、ザ・シーカーズのアジトに出た。
インくんは、すぐにでも、タウンへ行こうとしたけど、私がストップさせた。トーマスとの戦いでは、傷を負ったが、回復系魔術を行使すれば、治せる。だが、ヒーラーの魔力を持っていないインくんでは、魔力のコスパが悪く、どうしても魔力の消費量は多くなる。
失った魔力の回復と昨日からまったく眠っていないことから、身体を休めるためにもアジトで一休みをするように説得した。
インくんも了承し、アジトで食事と睡眠をとった。
食事と六時間ほど睡眠をとって、ようやくアジトに出た。インくんはザスジーに勝つ気あるようだが……
正直私の心の中では、別の考えが浮かんでいた……
「よし! ここからが正念場だ。気を引き締めるぞ。理想は、できるだけタウンの住民と戦闘を避け、直接ザスジーと戦えればいいのだが……」
「そんな都合の良いことがあると思う? 私がザスジーなら、前線に出ることはしない。タウンの住民という兵隊がいるのだから、そいつらを使って戦わせて、自分は安全圏にいるのが、普通の戦略だと思うけど」
「そうでもないぞ。アイツは、スキルタイプ・コネクトだ。全住民から魔力譲渡を受けているなら脅威だが、それは裏を返せば、その住民たちこそが弱点でもある。アイツだって全住民が殺されそうになったら動かざるを得ないだろう。全住民の魔力がザスジーから消えればあいつは魔術を使えなくなるからな。そうなる前にザスジーは動くはずだ」
「それは、ザスジーが動くまで全住民たちと戦って、生き残れたらの話だよね? いくら私たちでも全住民と真っ向勝負なんて無謀よ」
「不意打ちや暗殺で倒す作戦にしても、倒せる数は、精々上手くいっても十体くらいがいいところ。途中で警戒態勢は取られる。暗殺なんてできなくなるでしょう」
「それに仮にザスジーと直接戦うことになったとしても、そもそもザスジーに勝てるの? アイツの部下である、トーマスでさえ、私たちは二人がかりでも苦戦したのよ? 住民の中には、当然インファイターのスキルタイプだっているはず。悪いけど、インくんが勝てる相手とは思えないわ」
「……どうした? いつになく弱気じゃないか? 確かにトーマス戦では苦戦したが、俺たちは上級魔術を使わずに倒した。それに俺たちはあのコンビ技も使っていなかったじゃないか? 俺一人だけじゃザスジーに勝てなくても二人なら勝てるさ」
たいした根拠もなく自信満々な彼。そういうところは私にはないから彼に惹かれるところでもある。でも今は、彼のこの態度がもどかしい気持ちが生じてしまう。
「そもそも私たちがそこまでして、ザスジーと命がけで戦う理由なんてあるの? このまま逃げてもいいんじゃない?」
「ジュダス?」
インくんは私が言った言葉に驚いたようだ。今までは彼の思いを尊重して助力してきたけど、流石にもう我慢ならない。このままインくんが死ぬ未来を歩ませるわけにはいかない。
「私は……私はこのままザスジーと戦うのは反対よ!! ザスジーと戦う気なら私はインくんに着いていかない!! だって勝てるわけがないから!!!」
「ジュダスどうしたんだ? いきなり?」
「どうしたじゃないよ!! インくんがどうかしてるんだよ!? こんなの誰がどう見ても死に行くようなものよ!!」
「ザスジーは、タウンの全住民の兵隊とタウンの全住民から魔力譲渡を受けている。対するこっちは、エルフ一体とエルフ一体から魔力を貰っただけの人間。戦力差は明白じゃない!!!」
「どうしてそこまでして、ザスジーと戦おうとするの!? 男としての意地? ザスジーと同じ教祖の立場から? それともそんなに大事なのヴェダさんが!? 昨日ちょっと会っただけの女が!!!」
「……………………………………………………………………………………」
インくんは黙って聞いていた。
本当は、ヴェダさんに思うところがある。
インくんが、ヴェダさんと仲良さそうな場面で心にズキンと来るものがあった。インくんが、ヴェダさんを思う気持ちがある姿を見てちょっと複雑だった。
本当は、私を……私だけを見て欲しい。私だけを思ってほしい。それが一番の望み。
でも……でも……いい。いくらあなたが、教祖として、信者のハーレムを築いても。私はあなたのそばに居られるなら。家族のあなたが生きてくれるなら。それでもいい。それがあなたにとってハッピーライフだと言うなら。
でも、トーマスとの戦いで、あなたが怪我をしたとき、私は思った。あなたが死ぬかもしれないと。また家族がいなくなるかもしれない。そんな気持ちが込み上げてきた。
「わ、私はもう目の前から家族がいなくなるのは耐えられない!! そんなの嫌だ!!」
「いいじゃない!! シーカーズたちを壊滅させただけでも、住民たちのためになったわ!! いいじゃない!! このままザスジーから逃げても!! 私はヴェダさんよりもあなたに生きていて欲しい!!」
私のパパとママは今も生きている。でも今もカルト宗教にハマったままだ。真実教というカルト宗教に。
インくんがいなかったら、私は今も真実教を信じ続け、出家までしていたかもしれない。そのまま真実教信者として死ぬまで無駄な人生を歩んでいたかと思うとゾッとする。
そう思うと、ヴェダさんには同情する。彼女は、タウンに出家しているようなものだ。しかも四年間も。そして、ザスジーという教祖に怯えながらもタウンから抜けられないでいる。同じエルフとしても真実教から抜けられなかった自分のように思えて、彼女に重ねてしまうところもある。私だって彼女を救えるなら救いたい。でもそのためにインくんが犠牲になるのは耐えられない。
「ジュダス……悪かった。お前の気持ちを考えず一人で突っ走ってしまって」
さっきまで黙って聞いていたインくんが遂に口を開く。
「だが、俺はここで歩みを止めるわけにはいかない。俺は教祖だからだ。信者が今もタウンにいるんだ。いつザスジーに殺されるかわからない。そんな生活をしている。それを分かっていて、放っておけるわけにはいかないんだ!!」
「信者さんを救うためには、信者は不幸になってもいいの? 私は、あなたが死んだら不幸なのよ」
「ジュダス。ザ・シーカーズを壊滅させたとしても、ザスジーは生きている。あいつが元凶なんだ。あいつが生きている限り、第二第三のザ・シーカーズはいくらでも生まれてくる。お前も分かっているだろ。アイツが生きている限りタウンの住民は騙され搾取され続ける人生だ」
「俺は一人でもタウンに行く!! ジュダス。お前は教祖の言う通りに生きなくてもいい。信者とはいえ、俺の全てを信じなくてもいい。俺が間違っていると思うならいくらでも言ってくれ。自分が正しいと思う道を進むんだ」
「いや、間違った道だとしても自分が歩むべきだと思った道なら進め。俺はそうする」
インくんが行くつもりだ。分かっている。彼がこうやって勇気を出して、真実教に立ち向かったから私は救われた。でも、でも……
「なら私があなたに渡した魔力を返してもらう。そうなれば、あなたはザスジーと戦う魔術は無くなる。それでも行くの!?」
「ああ。それでも行くさ。ジュダス。お前がそうすべきと思うならそうするがいい……と言っても元々お前の魔力だ。借りている俺がどうこう言える立場じゃない」
インくんは動じずにまっすぐと私を見つめる。そして、そのまま私を横切り、一人でタウンに向かおうとする。
「わ、私が本気で返却しないと思っているの?」
インくんは黙ったまま歩く。私は少しずつ離れていく彼の背中を見つめる。
「ず、ずるいよ! そうやって返却したままタウンに向かってあなたが……死んだら……私が殺したようなものじゃない!! そうやって私の弱みを突いて、私に魔力を返却させないようにしてるんでしょ!?」
インくんは黙ったまま歩く。私がいくら行ってもこの道を歩み続けるつもりだ。そう。インくんはこの道に行くと決めたら突っ走るような人だから。なら私は……私は……
私はインくんに向けて走る。インくんの隣に立って一緒に歩く。
「わかったわ。付き合うわ。信者として、私は教祖を死なせるわけにはいかない。たとえこの身に変えても……」
「ジュダス!? それはー」
インくんは私が犠牲になることは本望じゃないだろう。だが、私だって信者として進むべきと思ったからこの道を選ぶ。
「いえ、ノーとは言わせないわ。さっきインくんは言ったよね? 進むべき道だと思った道を選べと。これが私の道よ」
「もう二度と家族は失わせない!!」
「だから絶対に勝ちましょう!! ザスジーに!!!」
ジュダスの本音が聞けて良かったです。
次回、タウンに再突入します!!




