19.「怒り」
目が覚めたとき、外は朝日が昇っていた。時計を見たら午前七時を過ぎていた。
だが、我輩は自然に目を覚ましたわけではない。我輩の身体から血が抜かれたような……そう魔力の一部が消失した感覚を味わったのだ。その異変により目が覚めた。
「誰の魔力が消えたのだ……」
心当たりがない我輩は自身の魔力の情報を読み取る。
「馬鹿な……そんなはずがない。トーマスの魔力が消えた!?」
いくら探してもトーマスの魔力は我輩の中に残っていない。
状況から察するに、トーマスは殺られたかトーマスの意思により魔力が返却されたのかどちらかだろう。
後者はありえん。あれだけ我輩に心酔しているあいつが魔力を返して欲しいなどと思うはずがない。となると、前者の殺された線だが。正直こちらも信じられない。あいつほどの強者がそう簡単に倒されるとは思えないこともあるのだが、何より、あいつは殺されても魔力は残る方だと思っていたから。
アジトに電話するか? 信じられないが、後者ならトーマスは生きている可能性がある。電話に出てくれるかもしれない。もし、電話にでなければ、トーマスは死んだ可能性があると考えていいだろう。
とにかくトーマスの生死を確認したい。我輩は電話を掛けることに決めた。
我輩の左右に吞気で眠っているネッシンアとマッテヤ……フン! 気楽でいいな。お前らは。我輩はベッドから起き上がり、サングラスを取る。
サングラス以外、何も身に着けない姿のまま、トーマスに急いで電話を掛ける。あいつはどんなに忙しくても我輩からの電話に出る男だ。
プルプルと電話はしばらく鳴っているが中々、電話に出てこない。
「何をやっているのだ! トーマス!」
電話に出ないトーマスにイライラする。そういえば、思い出したのだが、インチキ教祖たちの始末はどうなったのだろうか?
ま、まさか……トーマスはインチキ教祖たちに殺られた? そんな馬鹿な……
しばらくすると、電話が繋がった音が鳴った。
我輩はさっそく声を掛ける。
「我輩だ……トーマスか!?」
電話に出た者は、声を発しない。繋がっているはずなのに……いやそもそも電話に出たのは、トーマスなのか? もしかすると、今電話に出ているのは……
「なぜ応答しない? ……それともお前は」
「ああ俺だ。インチキ教祖だ」
考えていたことが的中した。できれば、外れて欲しかったが、インチキ教祖が電話に出たということは、もう既にトーマスは殺られたということに……
「インチキ教祖!? な、なぜ……お前が電話に出るのだ!?」
「理由はわかっているだろ。俺たちはトーマスを倒し、ザ・シーカーズも壊滅させた」
「そして次はお前の番だ。ザスジー」
我輩を殺すと宣言するインチキ教祖。その言葉を聞いた瞬間確かに思い出した。前の世界でこめかみに銃の引き金を引いた記憶をすなわち我輩が一度死んだ記憶を。
「お、お前ぇぇぇぇ」
「フン! 本当にタウンに乗り込む気でいるのか!? 住民六〇〇を超える全勢力を相手に勝つつもりか!? たった一人の人間とたった一匹のエルフ如きで!!」
「ああもちろんだ。ザスジー。今からタウンに向かってやるから……それまで首を洗って待ってろ」
インチキ教祖がそう言うと、受話器に突如大きな音が発生した。おそらくインチキ教祖が電話機を壊したのだろう。おかげで耳が痛くなったではないか。
電話が強制的に切られた後、我輩の心はあふれ出す不安にパニックになっていた。
パニックを抑えるため、我輩は手あたり次第、漢方薬をガツガツと口に運ぶ。
(インチキ教祖とジュダスが来る!? このタウンに!? 我輩が殺される!?)
(……いや、待てよ! トーマスの部屋にいたということは、漢方薬のレポートも奴に奪われたかもしれないぞ!? トラップ魔術を仕掛けているとはいえ、ヒーラーなら復元できる。もし、インチキ教祖かジュダスのどちらかがレポートを復元し、全てを読んだという可能性も……ありえる!?)
(どうする? タウンの迎撃態勢を取るか!? いや、インチキ教祖が言うこともハッタリかもしれん。そうだ……たかが、一人の人間と一匹のエルフで攻めるほど奴らも馬鹿ではない)
(だが、その一人の人間と一匹のエルフでシーカーズが壊滅されたことも事実! ……ということは、本当に来るのか!? 奴らが!?)
「くそぉぉぉぉいくら漢方薬を入れてもまるで落ち着かないではないか!!!」
「マァ~スュ~タァ~♡ どうしたっすか? ~そんな怯えた表情して~悪い夢でも見たっすか!?」
起きたマッテヤが我輩の左胸をさすってくる。
「ああ。起きたかマッテヤ。すまないが今はそっとしておいてくれ。我輩は気分が悪いのだ」
「ええ~何か困っているならおいらが手伝いましょうか? おいらがマスターの力になるっす!」
そっとしておいて欲しいのに、マッテヤはうざく絡んでくる。ずっと我慢していたが、ヴェダと同じように馬鹿っぽい語尾の~っすを聞くのも実に不愉快だ。ああ余計にイライラする。
「ああそういえば、あいつら……インチキ教祖とジュダス。どうなったんですかね? ジュダスはシーカーズに生きたまま連れ去れている頃っすかね? それとも抵抗して二人とも死んでいるかもっすかね?」
「死ぬ!? ……オイ誰がだ!?」
死と言うキーワードを聞いて、またもや脳裏によぎるあの日を。周りの信徒たちが倒れている中、自分の頭に銃を打ち抜いた最後の日を。
「いや~インチキ教祖とジュダスっすよ! ジュダスならともかく。同じ人間のインチキ教祖は死なないでいてくれるといいっすよね~」
「だ、誰が……」
マッテヤは何か言っているが、我輩の耳に入らなかった。それよりも頭の中で糸のようなものがプツンと切れたような感覚を味わった。この噴火するような怒りがどうしようもなく爆発しそうになっていた……
「誰が死ぬんだぁぁっぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」
バキッ
我輩は左ストレートパンチをマッテヤの顔面にお見舞いする。マッテヤの歯は何本か吹っ飛び、吐血しながらベッドに倒れる。
「きゃあ! 何!!」
我輩の大声でネッシンアは飛び起きた。だがそんなことはどうでもいい。この身体が高熱に感じるほどの怒りは苦しくなるばかりで収まる気がしないのだ!!!
「マ、マスター! し、失礼がありましたら申し訳ございません」
マッテヤが何か言っているが、今にも身を滅ぼしそうなほどの怒りで、耳に入らない。そうだ! コイツを殴って解消しよう!!
我輩は、マッテヤに馬乗りする。そして。
「マッテヤ。今からお前に信仰を試すチャンスを与えよう。我輩からの愛を受け続けろ。そうすれば、信じる者は救われるのだ」
「えっ、マ、マスター!? 愛とは何」
ガスッ!!
(お、おのれぇぇぇえ、我輩が)
「マ、マスター」
ボキッ
(あんな小物教祖なんかに)
ゴチャッ!!
(殺られるかぁぁぁぁっぁあああ)
マッテヤは喋れなくなり我輩に手で軽く叩き、限界だと合図する。マッテヤの顔を見たとき、我輩が見たその顔は、マッテヤではなく嘲笑うインチキ教祖の顔のように見えた。
我輩の怒りは余計に収まらなくなった。
「信じる者は救われるって言ってんだろうがあああああああああああとにかく信じやがれえええぇぇぇえええ」
バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ
我輩はラッシュして嘲笑うインチキ教祖の顔を砕くように殴り続ける。
「トドメだ!!!」
最後は利き腕の左ストレートパンチでトドメを刺した。マッテヤは動くことはなかった。
唖然としていたネッシンア。我輩はギロリと見つめる。
「ひいいいい!!!」
マッテヤで怒りを解消しようと考えたが、まだ怒りは解消できなかった。そうだ! 今度は、ネッシンアで解消しよう!! それで解消出来なければ、他の使徒を使って解消すればいいではないか!!
「ネッシンアよ。外で踊れ!!!」
「いやああああ!!! お、お赦しをぉぉぉぉ」
「聞け!! ネッシンアよ。塔の外で踊っているのだ!!! 我輩が許すまで!!!」
ネッシンアに命じるが、ネッシンアはパニックになり、我輩の声が届かない。
「オイ」
我輩はネッシンアの肩をガシっと掴む。ネッシンアは怯えながらも我輩の顔を見て黙る。
「何度も言わせるなよ。お前は城の外に出て踊ってろ!!」
◇
城の外で下着姿の状態でダンスするネッシンア。我輩は寝室の窓を開けてその姿を見下ろす。
ネッシンアはなぜ踊っているか自分でもわからないだろう。我輩もなぜネッシンアに踊らせるように命じたか、自分でもわかっていない。なぜか、ネッシンアに踊ってほしかったのだ。我輩は。
だが、ネッシンアは我輩に許されたく、生きるために懸命に踊っていた。
その姿は実に滑稽で笑いそうになった。
「そろそろいいだろう。今楽にしてやる」
「ダンデ」
我輩は魔術名を唱える。
すると、ネッシンアの身体が膨れて。
ボン!
大きな爆発が生じた。その爆発はこの城の高さに匹敵するほどの高さを生じていた。
手順を省略して魔術名を唱えただけなのに、この威力。やはり我輩の魔術は素晴らしい。
「いや~怒りも収まった。ありがとう。マッテヤとネッシンア。お前らが死んだのは、インチキ教祖が我輩を怒らせたからだ。つまりあいつのせいだ」
我輩の脳裏にはまだよぎっていた。拳銃自殺した日を。またあの屈辱を繰り返すというのか。いや!
「これは……試練かもしれないな。この世界でタウンを設立してから四年。こんな危機はなかった。だがこれを乗り越えれば、我輩の精神は大きく成長する。我輩はトラウマを克服してみせよう!」
(そうだあんな小物教祖にやられるか!! 我輩は、あの日を繰り返さない!! 今度こそ乗り越えてみせる!!!)
漢方薬を摂取して我輩は大声で宣言する!
「受けて立つ!!! インチキ教祖!!! ジュダス・トルカ!!! このタウンで決着をつけてやる!!!」
マッテヤとネッシンア可哀そう……




