15.「火天(かてん)だろ」
「ゴミとは、お前らのことだよ。ジョージ。ガール。いや、インチキ教祖とジュダス・トルカ」
巨漢は、俺たちに向けてそう言い放った。
すると、俺たちを集会所まで案内した女性が、突然ナイフを取り出し、俺に向けて刺そうとしていた。
その刹那、確かに見た。その女性はニヤリと笑みを浮かべていた。
「(しまった!!! ハメられた!!!!)」
防御する暇もなく首を狩っ切られる寸前、ジュダスがその女性の腕を掴んで止め、身に着けたナイフで脳天をザクっと刺し即死させる。
俺とジュダスは急いで背中合わせに構える。
周りのザ・シーカーズたちも、準備していたように武器を構えて臨戦態勢をとる。
つまり、俺たちが変身していたことに、全員気付いていたということになる。
「インくん!!!」
「助かったぜ!! ジュダス!!! しかし、もうバレていたとはな……」
巨漢は、ソファーにくつろいだまま俺たちを観察していた。
「ほう……いい動きだ。ガール。おそらくお前が、エルフのジュダス・トルカだろう?」
巨漢は、こいつらの仲間を倒した、ジュダスを褒める。
「なぁ。そんな仮初の姿なんてしていないで、正体を見せてくれよ。俺たちだって、仲間の姿をしたまま殺すのは、気分が悪い」
「それに変身系魔術は、一度に出力できる魔力の量は決まっていて、いわゆる上級魔術は使えない戦闘に向いていない魔術だ。お前らも戦う気でいるなら、変身系魔術を解いた方が賢明だぞ」
巨漢は俺たちに変身系魔術を解くようにアドバイスをする。まぁ正体バレている今、この姿にいる意味はない。ジュダスに顔を向けお互い頷いた後、変身系魔術を解くことにする。
俺とジュダスは変化観音を使用したときと同じように再度合掌のポーズを取った。
そして、俺の身体とジュダスの身体がピカッと光った。その後、身体と服装までいつもの俺とジュダスに戻った。
「なるほど……それがお前らの正体か。あらためて挨拶しよう。俺の名は、トーマス・ケンタロウス。とっくに気付いていると思うが、ザ・シーカーズのリーダーをやっている」
「せっかくこうして話せるんだ。戦う前に少し会話しないか? お前らも色々と知ってから死にたいだろ?」
トーマスと名乗る巨漢は、俺たちと対話したいと言っている。ジュダスが俺の耳に小声で話す。
「インくん。ああ言っているけど、油断しないで。いつ襲われても対応できるように」
「ああ。わかっている」
俺はそう小声で返答する。俺はトーマスとの対話に乗るとした。
「……いいだろう。戦う前に話そう。さっそく俺から聞きたい」
「なぜ、俺たちが変身系魔術を使っているとわかったんだ?」
俺は今一番聞きたいことを聞く。心当たりがあるとしたら、運んでいたガールを起こして聞いたのか? それともザスジーが、俺たちがタウンから出たことに気付いて、もうトーマスたちに連絡が入ったのか?
「背中を触らせたときだよ」
トーマスは指を差して回答する。その指は、俺たちが受付所のときに背中に触れた男性を指していた。
「背中を触るのは、変身系魔術対策のセキュリティチェックでやっていることだ。ブルースは、お前らの背中に触れ、変身系魔術を使っていることを見破った」
「そうだ」
今度は受付所で担当したブルースという奴が話に割って入る。
「それに、ガールは俺がというより男が背中を触ってチェックするのを絶対に拒否するんだ。だからガールを検査するときはいつも女メンバーに変わって、チェックする。ジュダス。お前が背中を触らせたことで、よりガールの偽物である証拠を裏付けたんだ」
「なるほどね……」
ジュダスは納得するように返事する。変身系魔術を使っているとはいえ、対象の記憶を読むわけではない。
まさかこいつらが、こんな対策を講じているとは思いもしなかった。流石にこいつらも馬鹿ではないということか。
トーマスは続けて話す。
「変身系魔術……ハッキリ言って、この魔術は今の時代、諜報戦では、まるで使い物にならない魔術だ。確かに、この魔術が開発された当初はお前らがしているように諜報戦で大活躍した」
「諜報戦以外でも、この魔術は悪用されてなぁ……面白いエピソードだと、狙いの男と結婚するために別の男を狙いの男に変身させる。そして変身させた男の子を妊娠する。それで、できちゃった婚を迫るみたいな嘘か本当かわからない話まであったらしい。プッ。笑えるだろ?」
トーマスはプッと笑いながら話す。そして笑いながら説明を続ける。
「だが、便利すぎる、強すぎる魔術にはいつだって対策が生まれるものだ。だから変身系魔術を対策する魔術だって作られた」
「特に俺たちのように組織で動く者は、変身系魔術の対策をするのは必須だ」
「ハッキリ言って今どき、変身系魔術でスパイしようだなんて、お前ら時代遅れもいいところだぞ!! 馬鹿だぜ!! はーはっは!!!」
トーマスが俺たちを馬鹿にするように笑い出すと、周りのメンバーたちも「あーはっは」とつられて笑い出す。
ザ・シーカーズの連中が腹を抱えて笑う姿に俺は少し恥ずかしくなってきた。
「なぁ……ジュダス。お前を責めるつもりはないけど、魔術訓練校で変身系魔術はスパイ活動で使えないって習わなかったのか?」
ジュダスも皆に笑われて、少し効いているようだった。
「ごめんなさい。言い訳を許してもらえるなら、私が通っていたのはスパイ訓練校ではなく、魔術訓練校なの。スパイ分野は残念ながら専門外よ」
魔術に関して博識に思えるジュダスにこんな弱点があったとは。俺はジュダスの新たな一面を知った。
「面白いよ。お前らは。お笑いコンビとして売るなら俺たちが買ってやろうか? 同じ人間のよしみだ。俺たちの仲間を殺したとはいえ、最後のチャンスを与えてやろうか?」
「いらねえよ。そんなチャンスは! 死ぬのはてめえらだからな」
俺はやつらのチャンスを断る。俺たちは戦うつもりだからだ。だいたい、やつらの言う最後のチャンスというのも疑わしい。
「そんなことよりも別の質問に入る。なんのために、お前らは、タウンの住民を襲うんだ! なぜ、ザスジーと手を組む!」
俺がザスジーの名前を出すと、トーマスは、余裕綽綽な表情から険しい表情へと顔つきを変えた。
そして、ソファーに寄りかかった姿から前かがみとなり、両手を祈るポーズのように組む形へと変えた。
「マスターの名を軽々しく言うな……少しでも生きる時間が欲しいなら……」
ただでさえ、威圧感のある声がさらに威圧感を増すようにドスのきいた声へと変貌した。
まるで、自分の信じる神を冒涜された信者のように、声からたしかな怒りを感じていた。
「なんのためと言われれば、それは金のためが回答だ」
「確かに俺たちはお得意さんであるマスターから依頼されて住民を売買している。顧客は主に人間相手だが、人間の中には物好きもいてな。異種族は金になるんだよ。しかも生きたまま渡せば顧客の金もより多く貰える。つまり俺たちザ・シーカーズは金をモチベーションに仕事をやっている。別に特別な理由でもないだろ? 仕事なんだから」
「クズがッッ!!」
ジュダスは、我慢できずにトーマスたちを罵倒する。
「気持ちはわかるが怒るなよ。こんなんでも俺たちは同じ人間だけは売買しねぇってポリシーがあるんだ」
「住むところもない孤児は稼いだ金で立派な養護施設に入れたりしている。どうしようもねぇチンピラや無職の大人は、ここで雇用して仕事を覚えさせている」
「人間も異種族も全部売るような同業者と比べれば、人間は売らない俺らは聖人みたいなものだぜ? しかもお前ら異種族の犠牲を糧に人間の生活を幸せにしている。エルフのお前には理解して貰えないかもしれないが、無駄な犠牲じゃねえってことだけは言っておくぜ」
トーマスの言い分にジュダスは、尚も怒りの表情を浮かべたままだ。無理もない。人間の俺でさえ、聞いていて、胸糞悪い。こいつらの勝手なやり方で犠牲になった側は堪ったもんじゃないだろう。
「後はマスターと手を組む理由についての回答だが、これには、二つある」
「一つは簡単だ。ビジネスとしては、持ちつ持たれつの関係でありたいからだ。タウンの多種多様な住民は、俺たちにとって獲物の宝庫だ。仕事として今後も関係を続けたい。そして、マスターからしたら、不要な住民や危険分子を俺たちに売る。ザ・シーカーズという恐怖の存在と逃げようとする住民への見せしめとして、タウンからの脱出者を防ぐことがマスターの目的だ」
「二つ目の理由だが、俺はマスターの弟子だからだ。あの人の人間への愛は素晴らしい。俺は今まで生きていて、あの人以上に人間を勇気づけてくれる人は知らない。おまけにあの人は自分と同じタトゥーを俺に入れ、俺を特別だと言ってくださった……俺はどんな神も信じるつもりはないが、あの人だけは信じられると誓えるだろう……」
トーマスのザスジーへの愛を語る姿は、目をキラキラと輝かせていた。
「お前もザスジーの信者かよ。ならお前もザスジーに魔力を渡しているのか?」
「お前……マスターがコネクトであることを知っているのか!?」
「そうか……やはりあいつもスキルタイプ・コネクトだったのか!!!」
俺は鎌をかけるつもりで、トーマスに尋ねた。ザスジーのスキルタイプがコネクトなら信者のこいつも魔力譲渡している可能性があるからな。できれば、この予想は外れて欲しかったが。これでザスジーのスキルタイプは判明した。
「ちっ、安い演技に引っ掛かったぜ。だが、別に知られてもいい。どうせお前らはここで死ぬからな」
トーマスは戦闘の準備をするように右手を伸ばし、掌を天に向けて大きく広げた。
「ロンギヌス」
そう唱えると、掌に魔法陣が発生させ、その魔法陣から槍が飛び出る。それをトーマスは掴んだ。あれがトーマスの武器だろう。
「もう十分知りたいことを知れただろう。そろそろ戦り合おうぜ」
そろそろ戦闘か。俺とジュダスも構える。
「インチキ教祖。我らの仲間を殺したとはいえ、本当はお前を殺すのはしたくない。だが、マスターからの依頼をまだ果たせていないからな。覚悟して貰うぞ!」
トーマスは立ち上がり、自分の身長より大きい槍を右肩にかけて、俺に向けて左手で指を差し、そう宣言する。
俺はその姿にブルブルと震える。
「ま、待ってくれ。ジュダスならともかく、同じ人間なら俺を見逃してくれよ。マ、マスターが言っていたぞ。お前らは『人間に対してだけは、博愛主義者の如く優しい』奴らだと」
トーマスは俺の命乞いにハッと笑う。
「急にどうしたよ? この期に及んで命乞いかよ。命が惜しくなったのか!? それともまた、安い演技か!?」
俺は焦った表情で続ける。
「演技じゃねえよ!!だって考えてくれよ。この人数全員を相手にして火天だろ」
俺は左手をアイアンクローのような形にしてすばやく前に突き出す。そして左手から大きな火球を放つ。
「なに!?」
不意打ちで放ったが、トーマスはすぐに反応した。
トーマスは、俺が放った火球を槍で突く形で力一杯押しながら、直撃するのを抵抗していた。
だが、トーマスの予想を超える火球の大きさとその火力にやがて一気に壁側まで押され、抵抗むなしく、その火球を浴びた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ」
トーマスの悲鳴が聞こえる。周りのザ・シーカーズのメンバーは、俺の火球を大きさに驚き一瞬啞然としていた。
「ジュダス!! しゃがめ!!!」
ジュダスは俺の指示に反応し、すぐにしゃがむ。
俺は両手を左右に伸ばし、手をアイアンクローのような形にする。
「炎天!! うおおおおおおおおおおおおおおおぉっぉぉおぉぉぉぉおおおお」
今度は、両手から大きな火炎放射を放ち、俺はグルグルと身体を回しながらあたりを燃やし尽くす。
なすすべもなく、周りのザ・シーカーズは悲鳴を上げながら焼き尽くされるのであった。
集会所が火の海と化し、誰も襲いに来る気配がなくなったあとに俺は両手の火炎放射を止める。
「バカめ!! 安い演技に決まっているだろ!! 先手必勝だ。やられる前にやる。これが俺の戦いのポリシーだ」
俺は、両手でほこりを払うように手をパンパンと叩く。
魔術名【火天】。炎火系魔術の基本技で、火球を飛ばし相手にぶつける技。基本技の程度なので、威力はたかが知れていると思うが、俺の膨大な魔力で放てばそれは大きな火力と化す。
魔術名【炎天】。火天の上位魔術で、火天が火球を放つ技なら、炎天は火炎放射器の如く手から炎を放ち続ける技。魔力はガンガン消費するが、その分火力は凄まじい。
「もしかして……変身系魔術で潜入する意味はなかったのかな? 最初から戦えば良かったのかな?」
しゃがんでいたジュダスは立ち上がり。俺にそう聞く。
「いや、無駄ってことはないだろう。現にトーマスがペラペラと喋ってくれたから。まあこれで結果オーライということで」
アジトのザ・シーカーズを全滅させた。さあ後はゆっくりとザスジーとザ・シーカーズが繋がっている証拠を集めるだけだ。