11.「作戦」
夕闇が夜の暗さへと変わっていく頃、俺とジュダスはまたドラゴンのルーベンスに乗せてもらい、宿泊施設まで戻っていた。
部屋の中で俺たちは過ごす。
「とりあえずは、夕食は食べずにこのまま寝るとはフロントに伝えた。さて、ここからどうしようか?」
俺は今後の動きをジュダスに相談する。
「旅人という設定上、いつまでこのタウンにいられるかわからない。ジュダス。この後の動きはどうすればいいと思う? ヴェダを探しに外に出るか?」
「待って。今探しに行くのは反対よ。だいぶ外は暗くなってきたし、この広いタウンの中で手がかりもなしにヴェダさんを探すのは、得策じゃない」
宿泊施設から抜け出すことに反対するジュダス。確かにヴェダが見つかる保証はないし、抜け出したところを住民やザスジーに知られたら面倒だが。
「じゃあ、どうすると言うんだ? このまま部屋から出なかったら、明日にはタウンから出ていけと追い出されるかもしれないのだぞ。そうなったらここに来た意味がない」
俺は、いい作戦が思い浮かばない苛立ちもあり、ジュダスにちょっと強い口調で返答してしまった。
俺の返答に口をぽかっと開けて、固まるジュダス。もしかしたら、今の返答にジュダスの心は傷ついてしまったか?
「あっごめん。ついイライラをぶつけてしまった。ゆっくり考えよう。焦っても仕方ないしな」
「……確かに、部屋から出ないのもいい手段かも」
謝る俺を無視するように、ジュダスはボソッとつぶやく。そして、あごに手を当てて何かを考えている仕草をした。そして、あごに手を当てたまま、クルクルと部屋の中を動いた後、ジュダスは俺に話しかける。
「ねぇ、もし、今夜このままベッドで寝たらどうなると思う?」
「寝たら? ……下手したら寝込みに襲われるかもしれないって話だろ? というかジュダス。お前この部屋に最初来た時は、襲われるかもしれないから寝ないとか言っていなかったか?」
「そう襲われるかもしれない。なら、あえて襲われるというのも手かもしれない。もし今夜襲ってくる奴らがいるなら、そいつらを捕まえて、タウンやヴェダさんのことを吐き出すことができればいいかもしれない」
「ああ! なるほど! 逆に誘き出す作戦か! 確かに、手がかりもない状態のまま、探すより効率がいいかもな!」
俺はジュダスの案に乗ろうと思う。今夜何もなければ、ザスジーは俺たちを敵だと思っていないと判断できるし、今夜何かあれば、それを口実にザスジーを問い詰めるいい機会かもしれない。
「そうと決まればさっさと寝るフリをするか! 間違ってもそのまま寝るんじゃないぞ! ぐっすり寝たらそのままあの世に行くかもしれないからな」
「いや、ただ寝るだけじゃ、駄目かも。寝込みに襲ってもらえるようにさらに工夫しましょう」
「工夫? 具体的に何をするんだ?」
ジュダスは俺の質問を無視し、急にバスタオルを押し付ける。
「インくん。今からシャワーを浴びてきて。その後私もシャワーを浴びて準備するから」
「準備? なぁハッキリ言ってくれないか? ジュダスは何がしたいんだ?」
ジュダスは急に俺に顔を近づける。息が当たるほどの距離となり、俺は緊張した。
「つまりセックスよ」
「は?」
俺は聞き間違いか? 今とんでもないことを聞いた気がする。
「男女が同じ部屋に住むのよ。そういうことをしても不思議じゃないでしょ。もちろん本当にするわけじゃありませんよ。疲れて寝たら大変だから。でも、そういう行為をするフリをして、誘い出すのよ」
◇
「ケケケ。おいガール。見ろよ。あいつらヤッテルぜ!」
深夜の時間帯、林の中に隠れて宿泊施設の一室を除く二人の男女がいた。部屋の明かりは消え、外からはカーテンで閉められているので、本来は、部屋の中は見えにくいはずなのだが。
男は女に望遠鏡のような長い棒を渡す
「うん? 何々……って! ジョージ!! アンタ何見せてるのよ!!」
望遠鏡を覗いたガールと呼ばれた女性はすぐさま、ジョージという男性に望遠鏡を渡し返す。
「何をって、獲物に動きがあれば、共有するのが狩人の基本だろ!?」
ジョージは軽い笑みを浮かべながら、望遠鏡をまた覗く。その望遠鏡は特殊な魔術が仕掛けられており、覗くとサーモグラフィーカメラのように赤外線で可視化される仕組みとなっている。
望遠鏡から見えるシーンは、何やら男女が布団を被って、もぞもぞと動いてる姿だった。
「おお! そろそろ終わる頃だな! せめてもの情けだ。最後までするといい。死ぬ前にいい思いをさせてやるぜ」
「っだく、男って本当に……」
楽しんで覗いているジョージ。その姿に呆れているガール。
「……ケケケ。終わったな。男女がベッドで横たわったぜ。どうする。様子見て一時間後くらいに部屋に入るか?」
「そうね……もう一度依頼内容をおさらいするが、あくまで獲物はエルフだけだ。人間の男は邪魔さえしなければ、殺さなくていいそうだ」
「ああ。わかっているぜ。失敗は許されない。慎重にやるぜ」
◇
ジャーっと窓をゆっくりと開ける音がした。ここは三階だから、部屋の扉から入ってくると踏んでいたが、意外にも侵入者は外から登ってきた。
ジュダスは声を出さずに手で俺に触り合図をする。俺には足音がまったく聞こえないが、ベッドの近くまで近づいているということだろう。ジュダスの聴覚だからこそ聞こえているということか。
そして、侵入者は布団に手を掛ける。そして勢いよく布団を引き剝がしたところで、ジュダスが動く!
下着姿のジュダスは、自身の一番近くの女性の侵入者のみぞおちを思いっきりパンチする。
「ぐふ……!?」
侵入者の女性はなすすべもなく殴られた腹を手で抑え、気絶した。一方、布団を勢いよく剥がした侵入者の男性は「なっ!?」と声を出してびっくりしていた。
侵入者は男女の人間だった。しかもお昼に会ったザ・シーカーズのような、ザ・ならず者集団のような恰好をしていた。
窓側は俺が寝ていて、部屋の扉側にジュダスが寝ていた。侵入者の男性が窓側に、侵入者の女性は部屋の扉側に挟むように配置していたのだ。
男性は、倒れる女性を見て、逆上するように持っていたナイフをジュダスに襲いかかろうとする。
「させるか!!!」
パンツ一丁の俺は魔力のオーラを足に集め、男性に向けて、キックする。
男性は、俺のキックに反応し、とっさに腕でガードするが、ジュダスから得た膨大な魔力を持つ俺のキックは、かなりの威力を持つ。
事実、腕でガードしたはずの男性はその衝撃を受け止められず、脇腹がへこむほどダメージを受け、ゴスっと壁に激突する。
「ぐはっ!!!」
男性はふらつきながらもなんとか立ち上がる。
「ハァ……ハァ……ガール」
男性は、倒れた女性を見るも、助けるつもりもなく、ましてや敵を討つつもりでもなく、壁に手を掛けながら、少しずつ少しずつ窓の方へと後ずさりしていた。
「ガール。恨むなよ。二対一は分が悪い……ここは退かせてもらうぜ」
そう言うと振り返り、窓から飛び降りようとする男性。俺は慌てて追いかける。
「インくん! 逃がさないで!!」
ジュダスの声が聞こえる。俺が窓に到着すると、男性が既に地面に向けて飛び降りている最中だった。
(このまま俺も飛び降りて捕まえるか!? いや! ここは……)
俺は右手の掌を前に向けた施無畏印の形をし、飛び降りている最中の男性に向ける。
(相手を捕まえるなら……この魔術の出番だ!!!)
「涅槃寂静」
俺がそう唱えると、もう間もなく、地面に着地しようとする男性の動きが空中で止まった。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
男性は、暴れようとするが、喋ることも身動きも取れない状態にされた。
魔術名【涅槃寂静】。この魔術は、拘束系魔術、別名:キャッチ魔術に分類される。
ジュダスの故郷ナレーザに伝わる伝統的な魔術だ。その術の正体は、術者(今回は俺)だけが見える魔力で作られた巨大な掌を放つ術だ。ジュダスが覚えていた魔術のため、魔力譲渡を受けた俺もこの魔術を使える。
「二人とも捕獲完了ね」
ジュダスは俺の隣に立ち、捕えた男性と気絶した女性を交互に見る。
「ああ。作戦通りだったな! ジュダス!!」
「ところで……コホン。インくん。いくら演技とはいえ、固くなるのはいかがかと……当たっていたから」
ジュダスは、ベッドでする演技をしたことについてコホンと咳を出しながら苦言を呈する。その件を思い出し、俺は急に恥ずかしくなった。
「し、仕方ないだろ。あれは生理現象で勝手に反応しちゃうんだよ///」
せっかくカッコよく返り討ちを決めたと思ったのに……最後は締まらない雰囲気となるのだった。
ジュダスも大胆なこと考えますね




