9.「うぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
とある密室で痛々しい女性の叫び声が放つ。部屋が密室なこともあり、その声はより響く状態となっている。
「ったく、うるさいのよ! アンタはッ!!」
別の女性の声がした。ガチャガチャと鎖を動かす音がした後、それをバキッと鈍い音が鳴る。
叩かれている女性は、言うまでもなくヴェダだ。そして、叩いている女性は、インチキ教祖たちをタウンの宿泊施設まで案内したマミー・テレッサだった。
ここは刑罰所である。刑罰所とは、ザスジー・バイブルの教えに反した者を罰するための場所の名だ。
ヴェダはタウンから脱走した罪で罰を受けている最中だ。
ヴェダは上半身を裸にされ、正座のように膝を地面に、両手は、天井から鎖で吊るされている状態で拘束されていた。
ヴェダの周りにマミー含む女性のエルフ5人と監視役として、十一使徒の一人、タータイ・ハルピュイアが取り囲んでいた。彼女たちがヴェダに罰を与える役割を務めることになる。
「アンタのせいで!」
バキッ
「エルフ族の生活が!」
ガスッ
「苦しくなる!」
ゴスッ
「でしょうがッッ!」
ボキッ
一言ずつ怒鳴りながら鎖で叩くマミー。鈍い音が密室の部屋で鳴り響く。
インチキ教祖たちを案内した際は、常に真顔で、感情がないロボットや人形のような印象を抱かせていたが、罰を行使している最中の彼女の表情は、般若の面と思わせるほど、恐ろしい顔つきをしていた。
下手したら、このままヴェダを殺しかねないと思わせるほど罰は苛烈を極めていた。
「ハァハァ……ええ! どうよ!? なんとか言ったらどうよ!?」
「………………………………………………………………」
怒りのまま何度も叩いたことで、疲れがでてきたマミー。マミーは、ヴェダに問うが。ヴェダは叫び疲れたこともあり、マミーを見つめるが、返事をしないままだった。ヴェダの反応にマミーは余計に癇に障った。
「なんとか言ったらどうなんだぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!! おらぁぁぁ!!!!」
バキッとヴェダの顔面にキックをかますマミー。
「が……はっ……」
キックを食らったヴェダの顔面は、蛇口を捻って出る水のようにドボドボと鼻血が流れた。蹴られた音からおそらく、鼻の骨は折れただろう。
やりすぎのマミーに慌てるように、他のエルフがマミーを羽交い締めにする。
「おい! マミー!! いくらなんでもやりすぎだ!!! このままでは、ヴェダが死んでしまう! マスターもヴェダが死ぬことまでは望んでいない!!!」
動きを止められても、マミーの怒声は止まらない。
「アンタひとりの勝手な行動で! 割を食うのは誰だと思っているの! 私たちまで迷惑をかけないでよ!」
「マミーの言い分にも一理ある」
そう言ったのは、門番としてインチキ教祖たちの前に現れたエルフだった。彼女は腕組みしながら、ヴェダを見下ろす。
「ヴェダ。今更言うまでもないが、種族の中で、罪を犯した者が現れたら、罰を与える役目を担うのは、同じ種族だ。さらに同じ種族の中で、家族、恋愛、友人と罪を犯した者と近しい関係の者が、責任をもって務めることになる」
「だから、マスターは我ら元ダークカイトのメンバーを罰する役に振り当てたのだろう」
「プーラン……」
罰を与えることについてタウンのルールを解説する門番のエルフ。
彼女の名はプーラン・デック。ヴェダがかつて所属していた、ダークカイトのメンバーの中でリーダーだった者だ。
「そして、ここで刑罰を終えたとしても、罰は続く。種族の中で罪を犯した者が現れたら、罪を犯した者と同じ種族全員が連帯責任として、生活に制限を受けることになる。食事、睡眠は減らされ、仕事の負担も増える。この制限を無くすのは、それなりに時間はかかる。今までそれを見てきただろう?」
「はい……分かっているッス……本当に申し訳ございませんッス」
ヴェダは申し訳なさそうに、プーランに返事する。
「分かっているなら……マスターのお赦しが下るまで続けるぞ。耐えろよヴェダ」
プーランがそう言ったのを合図に罰は再開された。
プーランやヴェダは知る由もないが、罰を与える役割を同じ種族かつ近しい者が担当するのには、理由があった。
その理由は、同じ種族の結束を弱めるためだ。
近しい者が罰を与えることによって、その信頼関係に溝を作るのがザスジーの狙いである。
そもそもタウンの慣例では、人間なら人間同士、エルフならエルフ同士、ドラゴンならドラゴン同士と同じ種族が大勢一緒に暮らすことは許されていない。
特に家族、恋愛、友人関係のものは積極的に別々の集落に離れて暮らすように強いられている。
表向きの理由は、多種多様な種族と共存するため、同じ種族同士で固まって他の種族に対して、差別やいじめなどを防ぐためとなっている。
しかし真の目的は、同じ種族同士が結託して反乱を起こさないようにするためだ。
罰を与える役が近しい者に選ばれる理由について、話を戻すが、近しい者が罰を与えることによって、同じように結束を弱めることが本当の狙いだ。
尚、罰を与える役が手加減しないように、十一使徒の誰か一人が必ず監視をすることになっている。
本気で罰を与えないと、その分、罰は重くなるため、手加減はできない。
しかし、そのことによって、罰を受けた者と罰を与えた者に溝ができるのだ。
さらに、刑罰を終えた後の制限ある生活について、「罪を犯した者がいなければ君たちは苦しむことはなかった」と徹底的に吹き込む。
それによって、連帯責任で巻き込まれた種族は、制限を与えるザスジーではなく、罪を犯した者に怒りや不満の矛先をそちらに向かうようにするのだ。
現に、プーランたちエルフは、制限を与えるザスジーではなく、罪を犯したヴェダに怒りや不満の矛先を向けている。
コンコン
ドアをノックする音が聞こえた。十一使徒のタータイが応じるように扉を少し開ける。
「そろそろ良いだろう。ヴェダに服を着せてあげなさい。拘束を解いたあと、声をかけてくれ。我輩からヴェダたちに話すことがあるから」
扉を少し開けた方向からザスジーの声が聞こえる。位置的にザスジーの姿が見えないが、エルフたちに緊張が走るようにその場で固まる。
扉を閉めた後、エルフたちはヴェダの両手の拘束具を解き、急いで服を着せる。タータイは準備ができたと判断した後、扉を再度開き、ザスジーを呼ぶ。そして、ザスジーが部屋に入ってきた。
ヴェダは激しい罰を受けた後の影響で立てずにその場で座り込んでいた。ヴェダ以外のエルフ、タータイは、軍人のように直立不動をしていた。
ザスジーは、座り込んでいるヴェダの近くまで歩く。そして、左手で、顎をクイッと軽く持ち上げる。鼻が折れ痛々しい顔のヴェダを見てフンっとほくそ笑む。そして、顎を放し、周りに向けて口を開く。
「もういいだろう。ヴェダは己の罪を身に染みたはずだ。ご苦労だった。プーランたちよ! これはご褒美だ! 漢方薬をプレゼントしようではないか!!」
ザスジーは、ポケットから茶色い粉が入った透明な袋を7つ取り出す。ヴェダたちエルフとタータイの分だろう。
「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」
ヴェダ以外のエルフとタータイは喜んで茶色い粉を受け取る。ザスジーは、受け取ろうとしないヴェダに話しかける。
「ヴェダ。お前もどうだ? 漢方薬。一度くらい服用してみたらどうだ?」
「わたしは……遠慮します……」
ヴェダはザスジーの前にいるため、一人称をアタシではなくわたし。語尾に~ッスと言わないように気を付けて話す。
「フン! そうか! お前はそうやっていつも断るな」
ザスジーは、そう言うと残る1個をポケットにしまう。
(なんでだろう……あの漢方薬は昔から嫌な予感がする。成分を分析できればいいけど、下手に調べようとするとマスターの怒りを買うことになるかも)
優れたヒーラーとしての直感からか、ヴェダは漢方薬を服用しようと思ったことは一度もなかった。
「ヴェダと話したい。ヴェダ以外はそれぞれ集落に帰ってくれ。本日は本当にご苦労だったな!」
ザスジーの命を守るため、ヴェダ以外のメンバーは、速やかに部屋から出る。そして、ギギギっと鋼鉄の扉は閉まった。
「さて、ヴェダよ」
扉が閉まった途端にザスジーはヴェダに話を振る。
話しかけられた、ヴェダはビクッと身体が一瞬震えた。
(な、何をされるの? ……今度はマスター自らが罰を与えるということ? いや、罰じゃなくて、アタシを殺す気かもしれない。そうだ……マスターはアタシが死ぬと分かっていて、シーカーズに売ったかもしれないんだ。アタシを生かしておく理由なんて……)
スッと左手をゆっくり前に出すザスジー。ヴェダは本格的に命の危機を感じ、恐怖のあまり、体をブルブルと身体を震わせていた。そして、恐怖映像や痛そうなシーンから目を背けるように目を強くつぶる。
(殺される!)
ヒーラーとして、戦闘に自信がないことと、ザスジーという絶対的な支配者に立ち向かう勇気がないヴェダは、ただ、ひたすら抵抗せずに流れに任せた。
ポン
ザスジーの左手は、ヴェダの右肩にやさしく置いた。
「よくぞ罰に耐えられたな……お前もご苦労だった」
「えっ?」
思わず、目を開けて、ザスジーに顔を向き直すヴェダ。ザスジーの声と表情は、普段のザスジーから想像できないほど優しかった。
「そして、裁判ではすまなかったな……お前をボロクソにこき下ろしてしまって」
「いや、裁判のときに失望したのは事実だ。罪から目を背けて、他責に走るお前はな」
ヴェダに向けて優しい口調で話し続けるザスジー。ヴェダはザスジーの対応に戸惑っていた。
「盗賊をやっていた頃から何も変わっていない。貧しいから、生きていくためだから、人間が悪いからと盗みを正当化していた頃のように成長していないと思っていた。自ら罰を受けたいと言うまではな」
「お前はお前なりに自分の罪を理解し、我輩が罰を与える気が無くても、責任を取ろうとしたのだ。我輩はお前のその潔さを見直したぞ」
ザスジーがそこまで話して、ようやくヴェダはザスジーの意図をなんとなく理解した。
(ああ……なんとなくわかった。マスターの考えが)
(アタシへの罰は信徒たちへの見せしめだけじゃない……アタシの心を折るためでもあったんだ。おそらく、この後インチキ教祖さんたちを殺すために。アタシに邪魔な事をさせないためにも)
引き続きザスジーは、優しい口調で語り続ける。
「優れたヒーラーとして、これからもタウンを支えてくれ」
「今夜は疲れたろう? 集落に帰り、何もせずにそのまま休みなさい」
(何もせずに……これは、つまり、インチキ教祖さんたちを助けようとせず、見捨てろという命令か)
「……はい。わかりました……」
ヴェダはついに了承した。インチキ教祖たちを見捨てることを。裁判が終わった後、庇おうとしたのにも関わらず。今度は、見捨てる選択を選んだのだ。
ザスジーは、フッと笑うと、肩に置いた手を放して、踵を返す。扉の前まで来たところで最後の一言を告げるように顔をヴェダに振り向ける。
「過去を忘れる者は過ちを繰り返す……罰で受けたその傷、忘れないようにその身に刻んでおけよ」
それだけ言って、ザスジーは部屋を後にする。
部屋で一人になったヴェダは考え込んでいた。
(忘れないようにその身に刻んでおけよ……つまり、この傷を魔術で回復するなという命令か)
ヴェダの技量なら、傷一つ残らずあっという間に回復できる。しかし、それを防ぐためにザスジーは釘を刺したとヴェダは理解した。
「うっ」
ヴェダはその場で突然泣き崩れた。
「ごめんなさい。インチキ教祖さん。ジュダスさん……アタシは……アタシは弱いッス」
聞こえるはずもないのに、インチキ教祖とジュダスに向けて謝罪するヴェダ。
「罰を受けて……死を感じて……死にたくない。生きたいって思ったッス。たとえ、この先アタシに未来がないとしても……」
命の恩人である、インチキ教祖とジュダスを見捨ててしまったという事実にヴェダは自責の念に駆られる。
この先、ヴェダ含むエルフ族は厳しい生活をすることになる。食事や睡眠、過酷な労働で命を落とすかもしれない。
いや、そもそもマスターとシーカーズがグルであることを知ったヴェダをマスターがいつまでも生かしてくれる保証もない。ヴェダの生殺与奪の権はザスジーに握られているのだから……
だが、そうわかっていても、ヴェダは生きたいと思ってしまった。今だけでも自分が助かる道を選択してしまった。ヴェダは自分の心の弱さを恨んだ。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
誰も聞こえない部屋でヴェダはそう繰り返し繰り返し謝罪し、号泣を続けるのだった。




