6.「ようこそ……ザスジータウンへ」
「うん? あの二人は……なんだ……?」
木材でできた、門扉の入口前までたどり着いた俺とジュダス。同じく木材でできた監視塔から人間サイズのなんらかの種族が俺たちに気付いたそうだ。
門扉付近の向こう側から人の頭がひょいと現れて俺たちを見た。よくみれば、短い髪型をしたヴェダと同じように褐色肌で耳の長い種族だった。ヴェダと同じエルフだろう。おそらくは。
「そこで立ち止まれ! 見慣れない者だな。お前たち何者だ!?」
そのエルフは俺たちに警戒をし、確認を取ってくる。ジュダスは迷い込んだ旅人の設定で演技する。
「すみません。彼と共に今夜泊まる場所を探していまして……するとたまたま、ここに集落を見つけまして、もしかしたら宿屋もあると思いここに来た次第です。もしそうであれば、中に入れて貰えると幸いですが……」
「泊まる場所? するとお前らは旅人ということか……ちょっと待ってろ……確認取る。ちなみにお前らの名前と種族は?」
そのエルフは、俺たちに名前と種族を確認してくる。まあ流石にそんな簡単には入れさせて貰えないか。
俺たちが危険な者かそうでないか確認してから入れる、入れないの判断をするということだろう。
この様子だと、タウンに入れるにしても相当時間がかかるだろう。俺はそう予想した。
「名はジュダス・トルカです。種族はエルフです」
「名はインシュレイティド・チャリティだ。だが俺のことはインチキ教祖と呼んでくれ。そして種族は人間だ」
「に、人間!?」
そのエルフは俺が人間であることに明らかに驚いていた。大抵は、「インチキ教祖と呼んでくれ」というフレーズに驚かれることが多いのだが。そのエルフは俺が人間であることを聞いてから、俺に対し、余計に警戒するような険しい目つきとへと変わっていった。
もしかして、ここって人間差別されているのかな? とジュダスに耳でこそこそ話をしたいが、相手もエルフのため、会話を聞かれる可能性を考え、一旦静観を決める。
そのエルフは木材でできた通信機に似た装置でなにやら話していた。この世界に電化製品はないが、なんらかの魔術で通信しているのだろう。今更それくらいで驚きはしない。果たして中に入れるのだろうか? 俺の興味はそっちに向いていた。
「はい! ……そうです。ええ!? いいのですか!? ……あのお言葉ですが、人間の方は、シーカーズのスパイという可能性も……いえ、マスターを疑っているわけでは……はい。わかりました。中に入れます」
エルフは通信機に似た装置をしまうと、俺たちに顔を向き直した。
「マスターの了解を得られた。お前たちが中に入ることを許可する。」
そのエルフがそう言うと、やがて門扉の鍵を開けようとする音が聞こえてきた。
俺とジュダスは同時に顔を合わせる。会話はしていないが、思ったことは共通しているだろう。
(やけにあっさり入れてくれるな?)
思った印象はそれだった。ヴェダから余所者は歓迎しないと聞いたから、排他的な集落だと踏んでいたが。こうも簡単に入れて貰えるとは……俺たちがタウンに入らないようにするために噓をついたのか!? いや、それにしても簡単に入れすぎじゃないか? もう少し俺たちが危険じゃないか調べてから入る者じゃないのか? こういうものは。
俺たちは上手く事が運びすぎて、かえってこのタウンを警戒するようになった。
(思い過ごしならばそれに越したことはないのだが……)
ギギ…ギギギギッギギギギギギギギギギギギギ
木の門扉がきしみながらゆっくりと開かれる。
開かれた門扉の前にヴェダと同じタイプの女性エルフがもう一人現れた。その者は、ヴェダと同じく赤い修道服のような服装を着ていた。
「ようこそ……ザスジータウンへ……私は案内者のマミー・テレッサです」
マミーと語るその者は真顔で俺たちにそう告げた。作り笑いをするでもなく、ただただ、真顔で俺たちを見つめながら。
俺たちは不気味さを感じながらもザスジータウンへと入る。
「ザ・シーカーズ……」
先ほどまで門扉の前で応対していた門番のエルフがボソッと俺たちに告げる。俺たちに向けて話しかけられたと思い振り向く。その門番のエルフは俺の顔を観察した後、フッと軽く笑う。
「知らないという顔だな……その反応だと、奴らの一味ではないと見ていいのか。それとも知らない振りをしているのかどれだろうな」
ザ・シーカーズ? 聞きなれないフレーズを言う門番のエルフ。俺たちに向けて喋っているが、話しかけているのではなく、独り言を言っているような気がした。
「いや、私が今言った言葉は気にしなくていい。後は、そこのマミーがあなたたちを案内する」
門番のエルフは俺たちを今も真顔で見つめ続けているエルフ、マミーに指を差す。その門番のエルフは俺たちに関わらないように、門の外に顔の向きを変え仕事に戻った。
「……こちらになります」
マミーはそう一言告げてから、俺たちを道に案内するように集落の方へとゆっくり歩いていった。
ジュダスは俺に向けて「気を付けて」というメッセージを目で伝える。俺は軽く頷く。
集落の方へと歩いていく俺たち。行く途中の道の横には、湖のような大きな水たまりがあった。
その水たまりでは、人魚族という者だろうか。イメージ通り、上半身は人間、下半身は魚の尾ひれを持つ男女が数人? 数匹? 正しい表現はわからないが、とにかく複数いた。
俺は人魚を見るのは初めてだったので、つい見とれていた。すると、一人の人魚が俺の視線に気付いたのか、俺たちを見る。
グルン。
と他の人魚たちが一斉に俺たちに視線を移した。だが、その表情は好奇心でみる表情ではなく、ただただ、真顔で見つめられていた。何かを観察するように……
道中、三メートルくらいの岩の巨人であるゴーレムという者だろうか。向こうからドシンドシンと歩いていた。
だが、俺たちに気付くとその場で立ち止まり。ボウっと突っ立ったまま俺たちを見つめていた。何かを言うまでも襲うわけでもなく……
すれ違った後も視線を俺たちに向けたまま何も喋らずにただただ、見つめられていた。
さらには、ドワーフという髭をボウボウと生やした小人と子供くらいの褐色肌のエルフが楽しそうに追いかけっこしていた。俺は和やかな気持ちで見ていた。
だが、やはり俺たちを見つけたとたん、その場で立ち止まり、俺たちを真顔で見つめていた。俺はこの雰囲気が苦手だったので、俺は子供エルフたちに向けて手を振ってみるが、反応ない。だが、すれ違った後、その子供エルフは俺たちに指を差しこう言い放った。
「新しい住民だ~また増えるね~」
やがて宿泊施設らしきところまで案内された俺とジュダス。
「……ここが訪問客様用の宿泊施設となります」
グルン。
案内者のマミーがそう告げると、施設の近くにいた、ドラゴン、ドワーフ、エルフ、その他異種族たちが一斉に俺たちを真顔で向けていく。
(一体なんなんだ……ここの住民は。俺たちをどう見ているのだ?)
ここの住民たちは俺たちを歓迎するでもなく、排除しようとするでもなく、または襲い掛かるのでもなく、ただただ見つめていた。静かに。何も言わず。ただただ、見つめていたのだ。それは「観察」されているというよりは「監視」されているという表現が近い、そんなイメージを抱かせた。
俺とジュダスはここの住民、ザスジータウンに対し、言い知れない恐怖と不気味さを感じていた。
◇
宿泊施設の一室。二名一室の部屋に俺とジュダスはいる。
二人きりでこの一夜を過ごすことになるのだが、いいムードになることは到底ないだろう。
現に俺とジュダスは、この部屋に盗聴器のような怪しいものや特殊な魔術が仕掛けられていないか確認している最中なのだから。
「なあ……正直言って、ここザスジータウンはどうよ?」
ある程度部屋の中を物色した俺とジュダス。盗聴器のようなものは見つからなかったが、安心はしていない。だが、ここの会話が聞かれる覚悟で俺はジュダスと本音で話し合うことに決めた。
「どうって……ここはまだタウンの中ではほんの一部。タウンの印象を決めるのはまだ早いわ。」
ジュダスはあくまで、ここの集落はタウンの一部であることを前置きする。その上で、ジュダスは話を続ける。
「だけど、間違っても大歓迎というわけじゃなさそう。正直言って、ここで出される食事には手を付ける気はないわ。毒か薬か何かを盛ってきそうな気がするし。一応、寝込みに襲われる可能性まで考えて、一日中起きたままでいようと思う。」
「インくんはどう思う?」
今度はジュダスから俺に問われる。ジュダスの目には、「ここは危ない。一刻も早くタウンから出た方が良い」というメッセージを感じた。確かに安全を考えるならこんな不気味な集落にいつまでもいないほうがいいだろう。きっと野宿した方が数段落ち着いて寝れそうだ。そんなことは俺にも分かっている。
だが、だからこそ。だからこそだ。
信者がこんな得体の知れない場所で囚われているならば、教祖として尚更放っておくわけにはいかない。
何も俺はヴェダのヒーローになろうとしているのではない。俺はヴェダの教祖になろうとしているのだ。ヴェダが絶望の中にいるとするならば、そこで俺がヴェダの救世主かのように現れる。そして、ヴェダを救えばヴェダは俺に対してまさしくヒーローのように神のように崇拝するのだろう。そうすれば、インチキ教祖ハーレムの一員に加えられるのも夢ではない。
つまりこれは、立派な見返りを期待して行動しているのだ。ハーレムに加えることができなくても、ヒーラーが一緒にいてくれるなら心強い。
死ぬかもしれないし、巻き込まれるジュダスには悪いと思っているが、俺は命に掛けるだけの価値があると確信し、このままタウンに残る決意を揺るがない。
俺は目で「ここに残ろう」というメッセージを伝える。
ジュダスは「やっぱりそうね」と言わんばかりに呆れたような態度を示すも頷くようにここに残ることを選んだ。
「どう思うって話だけどさ、タウンよりも今気になっていることと言えば、この茶色い粉は何だ? さっきの毒か薬の話題が出ていたが、やっぱりそっち系のモノなのかな?」
俺が部屋に置いてある机に指を差す。堂々と置かれていたので、当然ジュダスも気付いていた。
透明な袋に包まれた茶色い粉が二つあった。多分二人用の部屋だから二つ置いてあるのだろうが、説明書みたいなものはないため、この粉は何に使うかは当然わからない。
「さぁ……たとえどんな効用があるにせよ、飲まないに越したことはないわ」
コンコン
ジュダスが返事した頃、ドアをノックする音が聞こえた。俺とジュダスはアイコンタクトをし、警戒する。
「は~い。何ですか?」
俺は大きい声で、ドアに向かって返事する。ジュダスは俺の後ろに回り、右手を広げて、刀剣をいつでも出せる準備をする。
「……マミーです。インチキ教祖様。ジュダス様」
この宿泊施設まで案内したエルフの声だ。俺は警戒しながらも扉を開け用件を聞く。
「……マスター。私たちの長があなたたちと会いたいと申しています。よろしければ、会いに行くことをお願いできますか?」
俺はジュダスの目を見て「行くぞ」と合図した。
俺は笑みを浮かべてマミーに返事する。
「マスターとやらが気になっていたが、まさか向こうから挨拶してくれるとは……よし! せっかくだから会ってやろうじゃないか。このザスジータウンの長とやらに」
マミーは表情を崩さなかったが、若干口元をゆるめた。
「ありがとうございます。後は、外にいるドラゴン族のルーベンスがあなたたちを案内します」
マミーは俺たちに外に出るように言う。俺とジュダスはさっそく部屋から出て外に向かって歩く。
◇
インチキ教祖とジュダスが部屋から出た後、案内者のマミーは部屋の前に立っていた。マミーが部屋にある机をもっと言えば、茶色い粉を見つめていた。
「……使わなかったのですね。漢方薬を……確かに説明していませんでした。この薬のことを」
廊下含め、誰もいなくなった場所でマミーは呟いた。そしてポケットから机と同じ茶色い粉を取り出す。すると、その粉を風邪薬のようにガバっと口の中に入れて飲み込んだ。
最初は無表情のマミーだったが、段々とウットリとした表情へと変化した。
「う~ん♡ もったいない♡ と~ってもいい薬なのにね♡ えへっ♡」
不気味なところだね……ザスジータウンは




