5.「カルト宗教というのは、入信(はいる)のは簡単だが、脱会(ぬける)のは大変なものだ」
「……あそこの集落ッス」
あたりはすっかり夕暮れとなっていた。高台から見下ろし、指を差すヴェダ。
俺とジュダスはヴェダが示した方向を見る。
すると大きな集落があった。ところどころ、家や教会みたいなもの、その他多種多様な施設が建てられていた。高台からは俺たちと同じくらいの大きさの種族(人間?エルフ?その他の種族?までは判別できるほど見えてはいない)がチラホラいるのと、巨大な翼を掲げたドラゴンみたいな種族も一匹いた。
それよりも驚いたのは、高台から見て続く広大な集落の数々。一体タウンの大きさはどれくらいあるのだろうか。
「ここが……ザスジータウンというところか? ヴェダ? 予想よりも結構広いな」
ザスジータウン。ヴェダが住む場所はそう呼ばれているらしい。
「……そうッス。タウンの面積は15km2くらいあると言われているッス(注1)」
15km2!? と数字で言われてもどれくらい大きいかイメージつかない。とりあえずめちゃくちゃ広いと解釈しよう。ザスジータウンは。
「ここまで送って頂きありがとうございました。あとは皆にバレないように戻る必要があるため、本当に本当にお別れッス」
ヴェダはそう言うと、十字架のエネルギーがヴェダの手の甲に吸い寄せられるように消えていった。魔術を解いたということだろう。そして、無言で俺たちに手を振りながら木の中へと消えていった。
「結局何も言わなかったよな。ヴェダ。怯えていた理由もそうだし、ザスジータウンとやらがどんなところか。余所者は歓迎されないから絶対に入らない方がいいってさ。そればかり言っていたな」
ヴェダが見えなくなった後、俺はさっそくジュダスに話題を振る。
「そうね。インチキって言葉にはやはり驚いていたけど、意外にも入信に抵抗感はなかった。……でもあの言い方には引っかかったわ」
「そうだよな」
ジュダスが言うあの言い方とは、何をさしているのか俺にもわかっていた。
――インチキ!? 変な名前ッスね。まぁ、インシュレイ……じゃなかった、インチキ教祖さんとジュダスさんがいる宗教なら入信しても良いッスよ。けど、出家とかできないッス。だって、アタシは……タウンが自分の居場所だから……―
ヴェダに入信を勧めたら意外にもすんなり受け入れた。最初は戸惑うだろうからどうやって説得しようかと考えていたので、肩透かしを食らった気分だ。いや、スムーズに進むに越したことはないのだが。
だが、最後の言い方には引っかかった。
「自分の居場所だから」
その言葉そのものは悪い意味はないはずだ。
だが、ヴェダがその言葉を口にしたとき、声のトーンは露骨に低くなり、何か含みを持たせたような言い方と態度を感じさせた。ジュダスもやはり同様に感じたのだろう。ヴェダがそんな反応を見せたとき、俺たちは「どうしました?」「タウンでの暮らしは居心地が悪いのか?」と深く聞いたが、「大丈夫ッス」「タウンには異なる種族がたくさんいて楽しいッス」と答え、それ以上深く聞いても、具体的な生活については回答しようとしなかった。
「なぁ、ヴェダは俺たちに隠してSOSを出しているのかな? 事情があって直接伝えられないけど、気付いてほしいと」
「それとも助けてほしいという自覚すらないのかな? 苦しい状況で生活しているが、必死に自分を騙して受け入れているのかもしれない。まるで、カルト宗教にマインドコントロールされた信者のように」
俺はヴェダの態度から感じた懸念をジュダスに伝える。ジュダスはあごに手を当て考えているようだ。少しの間をおいた後に俺の問いに返答する。
「どちらにしてもよ。ヴェダさんを思うなら、今は落ち着いてザスジータウンやヴェダさんを調査した方が良いと思うわ。仮にヴェダさんを今すぐ無理矢理連れ出したとしてもヴェダさんの為になるとは限らない。……例えば、家族や仲間が人質に取られている生活なら、抜けたことがバレたら、ヴェダさん以外に危害が及ぶとかそういう事態もあるかもしれない」
家族や仲間が人質に取られている!? その観点はなかった。なるほど、仮にヴェダ本人がザスジータウンから抜け出したい、助かりたいと本心から思っていたとしても、それを俺たちに伝えられなかったことに辻褄は合う。ヴェダがバレないように戻ろうとしたことにも説明がつくしな。
四年間もザスジータウンで暮らしてきたんだ。住民の中では血の繋がった家族がいなくても、家族のような関係を築いている者がいたとしても不思議ではない。
ジュダスの話を聞いた後、俺はヴェダとの道中での会話を振り返っていた。ヴェダは急ぎながらも早歩き、時には走りながらで色々と話をした。タウンでの暮らしはまったく回答しなかったが、それ以外の質問は回答してくれた。
例えば、ヴェダの生い立ち。
ヴェダは俺と同じ捨て子だった。親の記憶はなく、身寄りがない同じ女性のエルフ族のグループと協力して生活していたらしい。
ザスジータウンで暮らすまでは、生きていくために必死だったそうで、なんと、女エルフ族で構成された盗賊団の一員として、旅する人間の金品や食料を奪い取って生活していたらしい。
今のヴェダから想像できない過去だ。ヴェダも当時は内心悪いことだ、間違っていると分かっていても生きるためには仕方ない。命まで奪っていないからまだ罪は軽いと自分に言い聞かせていたそうだ。
だが、ザスジータウンでマスターとやらに出会い、自分の罪の大きさに気付き、本当の意味で贖罪にならなくても、これからはヒーラーとして多くの者を救う生き方を選んだそうだ。だからこそ俺たちに最後まで治療する時間をあたえられなかったことに悔いているようだった。
このエピソードだけを聞けば、悪党だったヴェダを改心させたマスターとやらはさぞかし素晴らしいお方なのだろうと思うかもしれない。
だが、やはり、ザスジータウン、マスターに関する話をしたとき、ヴェダの声のトーンに陰りを感じさせた。
「……ジュダスよ。改めて言うまでもないが、俺が自分の宗教インチキを立ち上げたのは、ハッピーライフを送るためだ」
ジュダスに以前話していた。俺がこの世界でインチキ教祖として生きる理由を。ジュダスは「そうね」と言わんばかりに頷く。
「だが、教祖だけが幸せになれればいいとは考えていない。教祖も幸せにそして教祖に着いてきてくれる信者も幸せにする。それが俺にとって教祖のあり方だ」
「ヴェダは信者になってもいいと言ったのだ。軽はずみで言ったとしても、俺にとってヴェダは信者だ。カルト宗教というのは、入信のは簡単だが、脱会のは大変なものだ。だからヴェダをこのまま逃がすわけにはいかない」
自分がやるべきことだと思ったことをジュダスに話す。ヴェダには迷惑をかけるかもしれないが、信者が不幸の中にいるのならば、どんなに押しつけがましいとしても、教祖として救う義務があると俺は考える。
俺は、右腕をガッツポーズにしてジュダスに向けて宣言する。
「……ザスジータウンに入るぞ。先ずは真正面から訪れるんだ。余所者は歓迎しないと言うから、そう簡単に入らせて貰えないだろうが、どんなところか調べよう。どうしても入らせて貰えないならば、隠れて不法侵入するぞ」
「相変わらず強引な人。まあ、付き合いますよ。インくんはこの道に行くと決めたら突っ走るような人だから。インくんは一人でもこのままザスジータウンに向かうでしょうから」
ジュダスは俺の案に賛成してくれた。お手上げのように両手を広げ、やれやれと言うようなポーズをするが、それでも信者として付き合ってくれるとのことだ。
「悪いな。ジュダスは最高の信者だぜ! よし!さっそく行くぞ。念の為、ヴェダが入っていた道とは別の方向から向かう。旅をしていたら、「たまたまザスジータウンに訪れちゃった~」という設定で行くぞ。タウンの中でヴェダを見つけても最初は、赤の他人のような態度を取るんだ。ヴェダが外に出たことがバレないためにもな」
ジュダスは俺の作戦に納得するように頷く。
「それが無難でしょう。ザスジータウンとその住民、マスターとは果たして一体何者なのか……」
俺とジュダスは動く。
(注1) 15km2の面積=東京ディズニーランドのおよそ30倍の面積
次回、ザスジータウンに入ります!!




