30. 「さようなら」
勝負の決着となった。インチキ教祖とジュダスは無事生き残り勝利となった。だが手放しで喜べる結果とはならなかった。
インチキ教祖とジュダスは塔から降りた。ジュダスは回復系魔術を終え、先ほどまでの傷は噓のように癒えていた。
タマルは泣き崩れていた。カリオテは、タマルの肩に手をかけ寄り添っていた。ジュダスは両親の近くまで歩く。インチキ教祖もジュダスの後をついていくように歩いて行った。
タマルはジュダスの顔を見ると、その目は親の仇を見るような憎しみの目を宿していた。
「お前だ……お前のせいよ。ジュダス。大人しく禊を受けていれば悪魔は弱体化し、ウンコウ様が悪魔に負けることはなかったんだ。我儘ばかりやって、ジュダス。お前がウンコウ様を殺したようなものよ」
「でっ? だからなに?」
タマルの鬼の形相を意に介さず、ジュダスは興味もなさそうな顔つきで言い返す。カリオテはジュダスの態度に怒りを覚えた。
「そんな言い方はないだろう! ジュダス。お前自分が何をしたのか本当にわかっているのか!? 悪魔に味方をしたせいで……ウンコウ様は……ジュダス。もう取り返しがつかないかもしれない。仮に今から心を入れ替えて修行したとしても償いは」
「お前らこそ何をしたのか本当にわかっているのか!?」
ジュダスはカリオテの話を遮る。その声は怒気を含んだ声だった。
「母親は、娘の身体を喜んで教祖に捧げようとした。父親は、娘の助けを求める目を無視し、教祖に味方をした。もし、私に抵抗する力が残っていなかったら、犯されるところだった……母も父も娘に味方してくれなかった……挙句の果てには、教祖の命令に従い、娘を殺そうとまでした」
「それはだなジュダス。父さんもタマル様も、お前のためだと思ってやったのだ! それに辛いのは――」
「黙れ! そんな言い訳聞きたくない!! パパもママも辛かった!? ウンコウに逆らうことが怖かった!? 私のためだった!? マインドコントロールのせい!? どんな理由があろうと真実は一つよ!!!」
ジュダスは溜まっていたものを吐き出すように叫ぶ。
「お前らは私を見捨てたんだぁ! 私よりもウンコウを選んだんだぁ!! たとえこの先お前らが自分の過ちに気付いたとしても! 私はこの傷を忘れない!! 一生忘れることができないのよ!!!」
「そうか……ママやっとわかったわ。魔術訓練校に行くとぬかした時だったからなのね。悪魔がお前に取り憑いていたのは。悪魔はお前を宿主にし、やがて成長し、顕在化したときには、お前はすでに悪魔の女と化していた。あの時、ウンコウ様にお前を見せていれば……すでに出家していれば」
「ウンコウウンコウウンコウってうるさいのよママは! 教徒に禁欲を強いながら本人はあんなぶくぶく太って、黄ばみまくった歯で、おまけにあんな禿げ頭のおじさんのどこがいいのよ!!」
パシ!
ウンコウを罵倒するジュダスにタマルは平手打ちをした。ジュダスは平手打ちした痛みよりも平手打ちされた事実に一瞬固まり、やがて打たれた箇所を手で抑える。最初は、家族同士の会話だからと様子見をしていたインチキ教祖も一瞬動こうとした。
「ウンコウ様への侮辱は許さない! 誰よりも一番辛いのはウンコウ様よ。ウンコウ様は真実教のために、いつでも教徒のことを考え……ジュダス。いくらお前が悪魔の女と化しても、ウンコウ様は家族だと思って最後まで見捨てなかった。おまけに娘が背教者になっても、母親の私に真実教を託したんだ」
タマルはジュダスとの会話を断ち切るように踵を返した。
「……お前なんか、私の娘なんかじゃない。私が知っている娘はナレーザから出ていったあの日からもういなくなったのよ。行くわよ! カリオテ!! 教徒を集めるわよ!!!」
「……そうね。私が知っているママとパパもいなくなったのね。出家した時から」
タマルは振り返らず、屋上の入口へと歩いて行った。カリオテはしばらくその場で立ち止まりインチキ教祖に視線を向く。
「悪魔よ。本音を言うと全ての元凶であるお前をこの手で殺したい。タマル様も同じ思いだろう。だが、真実教は争いを好まず、殺生も禁じられている。だから、我々教徒が敵を討つつもりはない。なぜなら、悪魔よ。お前はそのうち、浄土に住むウンコウ様から天罰が下るであろうからな」
「争いや殺生をしないって……あのウンコ野郎、ダイレクトに娘と俺を殺そうとしただろ。アイツが一番、戒律違反してるだろ。そういう都合の悪いところは見えない聞こえないってわけですか」
「っ!? 黙れいっ!! ウンコウ様がなすべきことは我々教徒如きが、図れるようなものではない! 何があっても、我々は、ウンコウ様を! 真実教を信じ続けるのだ!」
ウンコウを馬鹿にするような言い方をしたインチキ教祖だったが、カリオテの態度にインチキ教祖も態度を変える。
「……最後に俺から言える言葉は一つ。ウンコウから疑うことを禁じられているのだろうが、自分の中の疑念は大事だと思うよ」
「俺はカルト宗教に洗脳されたことがないからよくわからんが、娘が犯されそうになったとき、本当にウンコウが正しいと思えたのか? 娘が殺されそうになったとき、心の底から真実教を信じられたのか?」
「あなたたちのウンコウへのマインドコントロールが解ける日が来るかわからない。が、解くきっかけがあるとしたら、そういった疑念を見過ごさないことから始めることだ」
その言葉がカリオテに届いたのか届かなかったのかは今のところわからない。
カリオテはそれ以上何も言い返さず、タマルの後を追うように、屋上から去っていった。ジュダスはその場で立ったままだ。やがて、カリオテまでいなくなるとインチキ教祖はジュダスの肩に手をかけ話しかける。
「ジュダス。もう帰ろう。残念だが、お前の両親は……」
予言が外れた教団やカルト教祖がペテン師だと暴かれたとき、信者の中で二通りの行動をする者がいるとされる。
幻滅して信仰を辞めるか、逆に信仰心が強まるのかの二通りだ。ジュダスは前者。ジュダスの両親は……
後者の場合は、〝認知的不協和〟という心理状態が働いているとされている。
この心理状態では今まで信じていたもの捧げてきたものがまったくの無駄だったなんて受け入れたくないのである。それよりも信じるべき理由、捧げてよかった理由を探し、心の中で正当化し続けようとする。その偽りの思考と向き合わない限りは止まることはないだろう……
「私は最後に間違えたのかな!? もしここでママとパパと言い争うのではなく、ママとパパを許すことができたら、もっと話し合えて……家族は戻ることができたのかな?」
ジュダスのもしもの話にインチキ教祖は何も答えられなかった。その答えなんてインチキ教祖もわからなかったからだ。
やがて、屋上の入口から降りていく二人。施設を出る前に、タマルとカリオテが集会場のような場所で、男性・女性問わず出家教徒を集めているのが見えた。ジュダスは遠くから見る。
「さようなら」
ジュダスはそう言うとやがて見るのを止め施設から出る二人。
「皆さん。大事な話があります。今から言うことは全て真実となります」
タマルのスピーチが始まる。ウンコウがいるべき場所にタマルとカリオテが立っていること、タマルの服装がウンコウと同じ教祖服となっていることに皆動揺していた。
「結論から申し上げますと、ウンコウ様は悪魔に討たれ、浄土へと旅立って行きました」
ウンコウが死んだ。その事実にざわざわする者。絶句する者。泣き崩れる者まで現れた。タマルのスピーチのトーンやタマルが教祖服を着ていることから嘘だと思う者はいなかった。屋上での戦いは、施設は防音に優れているため、音はよく聞こえなかったが、振動は大きく、教徒たちも何が起きたのか知りたかったのだ。
だが、ウンコウの命令なく勝手に修行をやめることは許されないため、誰一人屋上を確認する者はいなかった。タマルは涙を浮かべながら、なおスピーチを続ける。
「ですが、ウンコウ様は仰っていました! 私に真実教の教祖を託すと! 家族たちを頼むと! まだまだ未熟者の私ですが、ウンコウ様の意思を継ぎ、皆で必ず真実への道を極めましょう。私たちがウンコウ様を信じて修行を続ける限り、真実教は不滅です!!」
「さあ、家族皆でウンコウ様へこの歌を捧げましょう!!」
タマルが掛け声を掛けるとタマルと教徒たちは一斉に両手を胸の高さまで上げ、親指と他の指の先を合わせて輪を作る手の形を作った。するとタマルと教徒たちは、同時に声を合わせ。
「行くぞ! 真実への道
あ~あ、愛の真実教
しゅう~、修行するぞ真実教
う~う、ウンコウ様は間違えない
私の人生ウンコウ様に捧げよう~
万歳! 真実教! 栄光あれ! 真実教! 不滅であれ! 真実教!」
この日教徒たちはいつまでも歌い続けていた。そういつまでも。
教祖は死後神格化され、教徒たちの結束は強まるのだった