22.「強くなっても弱みを無くさない限り」
「ハァハァ……ち、ちくしょう」
ジュダスは息を切らしていた。思ったよりダメージはでかい。立ち上がることもできないほどに。ウンコウは、塔から降りて、こちらに散歩でもするようなのんびりした足取りで近づいている。ウンコウは勝利を確信していた。そして、ジュダスも敗北を悟っていた。
回復系魔術。その気になれば、ジュダスは、今受けている傷を癒すことはできる。だが、ジュダスのようなオールラウンドが、回復系魔術を使用する場合、今の傷の状態なら、最低でも、数秒間その場で治療に専念する必要があり、一切その他の身動きができない。少しでも早く回復を早めるためには、魔術名を唱えて術のクオリティをあげるか、術のクオリティを落とす代わりに魔術名を唱えずに、バレないようにゆっくり治療するという選択もある。が、少しでも不穏な動きをすれば、ウンコウの涅槃寂静に止められるだろう。今のジュダスに涅槃寂静を回避できるほどの体力はない。そしてそのことはウンコウも気付いているからジュダスをすぐに仕留めないのだ。
「弱みにつけこみ、布教し、操り、そして搾取してきた……この世に生まれ落ちる前からも……だから、人一倍弱みを見つけるのはたやすいのじゃ。余にとってはな」
ウンコウはジュダスの目の前まで近づいていた。
「想像以上に強かったなおぬし。正直言って、余も負けるかもしれんと焦ったわ」
ウンコウは素直にジュダスを称賛する。だが、ジュダスはちっとも嬉しそうではなく、ウンコウをギロっと睨んでいたままだった。
「だが、余に弱みを見せたのが致命的だったな。ジュダスよ。おぬしがいくら強くなっても弱みを無くさない限り、余には勝てんのじゃ」
「ウンコウ様……」
タマルは問う。あたりは火の海のような状況。そして、傷ついたジュダス。両親は二人が死闘を繰り広げていたことを理解した。
「ああ。タマル、カリオテ来たか……すまんが、ジュダスは手遅れじゃ。余も全力を尽くしたがな」
「「手遅れ?」」
タマルとカリオテは同時に聞いた。
「左様。ジュダスの中の悪魔の呪いは思った以上に深刻でな。ジュダス自身悪魔化しつつある。もうこれでは救えないのじゃ。悪魔となった場合、死んだとき地獄の苦しみが永遠に続く。そうなる前に今殺すのじゃ」
「こ、殺すって」
流石のタマルも娘が殺すと聞いて動揺していた。カリオテも言葉に出していなかったが、同じく動揺していた。
「ウ、ウンコウ様。殺生は戒律違反になるはずでは? な、なにか別の方法はないのでしょうか?」
「タマルよ。よもやおぬしまで余を疑うのか!? 余がそれしかないと言えば、それしかないのじゃ。残念じゃが、ジュダスはここで終わりじゃ。それに悪魔とは殺すものではなく、祓うものじゃ。正確には、ジュダスを祓う。なので、殺生していることにはならない。わかってくれるな二人共?」
娘を殺すという事実を目の前にして、二人とも、どうしていいかわからず、ジュダスを見て、立ち尽くしていた。
ウンコウはジュダスに視線を向け、右手を向けてとどめを刺そうとしていた。
「ジュダスよ。最期に言う残すチャンスをやろう。家族、いや元家族に向けて最期ぐらい、言うことはあるじゃろう?」
「まあ、そんな悲観するな。生を終えたとしても、そこで終わりとは限らない。また、別の世界で生き続けるかもしれんからな。それは余が身をもって知っておる」
ジュダスはハァハァと息継ぎし、呼吸を整える。そして口をしばらく閉ざし、最後の一言を振り絞った。
「……………くたばれよ……………この……………いんちき野郎……………」
「いんちきとは心外じゃのう。余は真実を極めた者。真実教教祖ウンコウ・ガンダーラじゃ。むしろ、いんちきとは最も程遠い者じゃよ」
ウンコウは勝利を確信して魔術を発動しようとする。ジュダスもあきらめたように、目を閉じた。
すると、その時、ジュダスに奇妙な感覚をもたらした。
自身の魔力を感じる何者かが、今、この屋上に近づこうとしていた。ジュダスは目を開けて、三人を見る。ウンコウもタマルもカリオテも何者かがここに近づいているのは気付いていないようだ。つまりジュダスだけが気付いているということだ。ジュダスはこの感覚に見覚えがあった。
そう。それは、洞窟で彼に少量の魔力を譲渡したときに起きた現象だ。自身の魔力と彼の魔力は混ざり、彼の身体の中に、いつでもそこに自身の魔力があるような奇妙な感覚を。
(まさか……ここに来るというの!?)
ジュダスは屋上の入口前の扉に顔を向けた。
「ジュダス!」
知っている声がした。ウンコウ、タマル、カリオテ三人とも声がする方向に顔を向ける。
すると、屋上の入口前に、あの男が立っていたのだ……そうインチキ教祖が立っていたのだ。
インチキ教祖久しぶり!




