18.「では、これより真実の禊を開始する」
「うっ……うん?」
眠らされていたジュダスはついに起きた。ジュダスの視界には、真実の目を意味する車輪状の中央に目を描いた真実教のシンボルマークが映っていた。起きた瞬間は、状況がわからなかったが、やがて、自分が見たものは、天蓋であり自分は、ベッドに眠らされていたことに気付いた。
ジュダスは起き上がろうとするも、身体が麻痺していて、思うように動かせなかった。
(私が眠っている間になにか盛られた? それにこの香りは何? いい匂いだけど、どこか感情が昂るような強い香り)
特殊なお香を焚いているのか、嗅いだことがないような匂いが部屋に充満していた。自分の感情が昂るような不思議な香り。最初は強烈さを感じるが慣れれば病みつきになりそうな癖のある香りだ。
「ようやく起きたみたいだのう……ジュダスとやらよ。こうしてお話するのは初かな?」
知っている声が聞こえた。教徒なら聞き間違えるはずがない声。あのウンコウの声だ。ジュダスはなんとか起き上がると、教祖ウンコウ。母タマル。そして父カリオテの三人が目の前にいた。
「おはようじゃ。ジュダス。おぬしも家族の一員となると聞いて余は嬉しいぞ。トルカ一家全員、我ら家族の一員になるとはなんと信心深い一家であろうか。余は誇らしいわ」
「「ハハアッ! ありがたきお言葉です」」
ウンコウの言葉に対して、感謝し土下座するタマルとカリオテ。
「ウンコウ様……」
ジュダスは状況がつかめないことと、あのウンコウと初対面となり、言葉が見つからなかった。
出家教徒でも直接話す機会が滅多にないとされるウンコウとの対面。在家教徒では話す機会があるとすれば、説法会の質疑応答だけなので、この状況はジュダスにとって信じられずまだ夢を見ているのではないかと自分を疑った。
神にも等しい男との対面なのに、ジュダスの心には、崇敬や畏怖の念は生じず、戸惑いの感情が強かった。
だが、教徒として、そのままの態度にするわけにもいかないため、ジュダスは、言うこと聞かない身体をなんとか動かし、母、父と同じく土下座の体勢となった。
「よいよい。ジュダスよ。顔をあげなさい。それよりも本日の説法会ではすまなかったな。あのわけわからん小童のせいで説法会が台無しじゃ」
「ウンコウ様ならお気づきでしょうが……ウンコウ様に楯突いたあの男こそが悪魔です。ジュダスに取り憑いていた悪魔が顕在化し、今教団を滅ぼせんと動いているのです。ジュダスも血迷って一時期は真実教を辞めるなどとぬかしていましたが、今では心を入れ替えて出家するそうです」
「なに!? ……悪魔? ……そうじゃ。タマルよ、よくぞ気付いた。あの小童こそが悪魔の正体なのじゃ。しかし、悪魔が顕在化するとはのう。事態は思ったよりも深刻なようじゃ」
タマルは土下座しながら、ウンコウに弁明する。タマルの言い分にジュダスは、真実教を辞めるとも出家するとも言ってないのになぁと不満があったが、ウンコウの前で話に割って入っているのも失礼だと考え一旦静観を選んだ。それよりも悪魔というフレーズにジュダスは引っ掛かった。
(悪魔ってママもウンコウ様も何を話しているの? 話の流れを察するに悪魔とはインチキさんのことを指しているんだろうけど……)
「僭越ながらウンコウ様。いつまた悪魔が教団に災いをもたらすか私如きにはわかりません。ですが、少しでも早く悪魔を弱体化させるために早急にジュダスに禊を済ませることはできないでしょうか?」
(禊? 説法会の前でもママ言っていたけど、出家教徒が受ける修行の一つなのかな?)
タマルとウンコウは会話中なので、ジュダスは父に視線を移した。父も出家教徒なので、修行については知っているだろうと思い込み、父の反応を見たが、父も禊という言葉は初耳なのか首をかしげていた。
母が知っていて、父が知らない修行があるというのだろうか。ジュダスの疑問は増すばかりだった。
「禊か……教徒が禊を受け入れやすくするためにも、ジュダスの帰依を強めてから安全に実施したいのじゃがなぁ……それに今はカリオテもいるしのう」
ウンコウは拳をあごに当てながら、何やらブツブツと独り言をしながら考え込んでいるみたいだった。しかし、ウンコウはその後、カリオテを一瞥すると、次にジュダスの顔、胸、下半身を上から下へ流れるようにまじまじと見つめた。
「ふーむ。中々の上玉じゃ。教団イチかもしれんのう」
ボソッとつぶやいたのをジュダスは聞き逃さなかった。大きく舌なめずりをした後、顔を段々と薄笑いを浮かべるウンコウに、ジュダスは言い知れない恐怖と気持ち悪さを感じていった。
「タマルよ。そうじゃな……そういえば、このベッドの上で約束したのう。『ジュダスのためにおぬしと余でジュダスを救うのだ』とな。せっかくだから、父であるカリオテにも今回は手伝って貰おうかな。二人とも手を差し出しなさい」
ウンコウは満面の笑みでタマルとカリオテの方に振り向くと、二人に握手するかのように手を差し出すのを促した。タマルとカリオテは、ウンコウ様に従い、ウンコウが差し出した手を重ねる。
すると、二人の纏っている魔力のオーラが荒れ狂うかのように魔力が大幅に増加した。二人は初めての体験だったのか、状況が掴めず、困惑していた。
「ウンコウ様……これは一体……?」
カリオテはウンコウに尋ねる。だが、ジュダスはこの光景に心当たりがあった。
(今……魔力を譲渡した? ……まさか! ウンコウ様のスキルタイプは!?)
「今しがた、おぬしたちに魔力を譲渡した。二人の膨大な魔力を持ってすれば、十分にジュダスを抑えられるじゃろう。タマルが薬を盛ったことも併せてな」
ウンコウは説明するが、カリオテとジュダスも未だ状況が掴めていないようだった。だが、タマルは自分がこれからすべきことになんとなく察しているような雰囲気だった。
「ウンコウ様? ジュダスを抑えるとは、な、何のためでしょうか? 申し訳ございません。私如きでは推し量ることができず」
「簡単よ。これからジュダスには、ウンコウ様とセックスをしてもらうの。でもジュダスは嫌がって抵抗するかもしれないでしょ? だから私たちがジュダスを抑える必要があるのよ」
「「は?」」
カリオテとジュダスは同時にそう反応した。タマルの唐突な発言に理解できず、二人共聞き間違いしたのではと考えるほどに。
「だから、セックスよ。仕方ないでしょ。本来はある程度真実カリキュラム(教義)を受けた上で禊の段階に入るのがセオリーけど、今回は状況が状況だし、悪魔の呪いを解く近道をするために、カリキュラムよりも先に禊を済ませる必要があるのよ」
「別に禊じたいは特別な修行じゃないわ。私も受けていますし」
ウンコウとセックスしていると堂々と公言するタマルにカリオテとジュダスは余計に困惑した。
「そ、そんな……ウ、ウンコウ様は真実を極め、煩悩を断ち切ったはずではないのですか!? なぜ、タマル様とジュダスとそ、そのような行為をする必要があるのでしょうか?」
カリオテの疑問にジュダスも同感だった。出家教徒として、ジュダスより信心深いカリオテでさえ受け入れ難いようであった。むしろ、この中で、当たり前のように受け入れているタマルが異常のようにジュダスは思えた。
――あちゃ~。そういうことか。多分、その教祖はジュダスさんの肉体を狙っていますね。出家をさせ、自分への忠誠心を育ててから、ジュダスさんを愛人にする気だ。ジュダスさん綺麗な人だから
自宅で言われたインチキ教祖の言葉。あの時は、真実教が正しいか迷っていたとはいえ、ウンコウがそんな下衆な目的をしているとは考えもしなかったため、流石にこの意見については信じるつもりはなかった。
だが、この状況、現実味が帯びてきたので、ジュダスは、インチキ教祖の言葉を信じられるようになってきた。
禊だけではない。家族と離れ離れの生活をさせられたこと、優しかった両親が出家を経て噓のように性格が豹変したこと、全ての真実を見抜くはずのウンコウが説法会で間違えたこと、そして修行の名目で母親と性行為をしていること、それらが積もり積もって、ジュダスの中で、真実教、ウンコウへのモヤモヤからはっきりとした疑いへと変わりつつあった。
「左様じゃ。余に煩悩などないわ。だが、なぜ性行為をする必要があるのか。それを説明するとだな。真実を極めた者の魂は、一切の穢れがなく、その者と身体を交わることで、交わった者まで魂の穢れを落としていくのじゃ。ゆえに真実の禊じゃ。一般的には、性行為をすると穢れるというイメージがあるじゃろ? あれは魂が煩悩によって穢れた者と交わるから、肉体のみならず魂まで穢れるのじゃ。じゃから、真実を極めていないおぬしたちが性行為をするのは許さん。魂の穢れを落とし切っていないからな。真実を極めた余はむしろ積極的に性行為をし、少しでも穢れを取り除いて、真実を極める手助けをする必要があるのじゃよ」
ウンコウは自分が性行為する意義を延々と話しているが、今のジュダスには信じられなかった。要するに自分が性行為をしたい理由を教義の名をもとに正当化しているだけではないか。
ジュダスはそうとしか考えていなかった。だが、このまま静観していると、禊は開始されてしまう。ジュダスは嫌悪を抱きつつあるウンコウとそんな行為は受け入れられないので、早急に禊を中止させてもらわなければと考えた。
(そうだ! ……私そもそも、出家するなんて言っていなし、そのことを伝えれば、教え上は、出家教徒が受ける修行がさせられないことになる!)
「ウンコウ様! すみません……私実は、出家するつもりが……」
「! ……黙りなさい! ジュダス。もうお前が出家することに決まったのよ。くらえ! 涅槃寂静!!」
ジュダスが告げようとするとタマルが話を遮るように涅槃寂静の術を使い、ジュダスを黙らせ身動きを止める。そのままタマルが突き出している右手を動かすと、ジュダスはベッドに横たわる形となった。
(ぐぅぅ! 何? この力。薬で動き辛いのを抜きにしても、今までのママの力とは比べ物にならない。やはりウンコウが渡した膨大な魔力を消費することで、術の威力を強化しているのね!)
ウンコウはジュダスの抵抗するような目つきを見て、ほくそ笑み、いやらしい目つきをしながらこう告げた。
「では、これより真実の禊を開始する」
この辺は書いていて辛かったです。




