エピローグ:違う道を選ぶ
幻鏡の視点です。
「また……ここに戻るとはな」
秘境の山奥。
墓の前で、私様はあの時と同じように、ぽつりと呟いた。
言うまでもなく、ここは相棒と初めて出会った場所だ。
「あれから色々あって……久奈子。貴様流に言うなら、〝カルトを狩る元カルト教祖〟だった私様だが、今回は狩れなかった」
「それどころか――狩れなかった〝カルト教祖〟の信者になることになった。
何を言っているのかわからないだろう? ……実際、私様自身もどこから話せばいいのか、わからん」
自嘲するように、私様は小さく笑う。
一度この墓を離れたとき、まさか再び戻ってくる日が来るとは思いもしなかった。
我ながら――人生とは、本当に何が起きるかわからないものだ。
「久奈子……貴様、あの時言った言葉だが――」
――大丈夫……あたしの……魔力は……あなたに残るから……
――最後に……あなたには……過去ばかりじゃなく……前を向いて生きて……お願い……よ
「……今なら、わかる気がする」
風が吹いた。
山の空気は冷たいが、どこか懐かしく、胸の奥に灯をともすような暖かさがあった。
「この世界も、不条理で、不平等で、不正義な場所かもしれない……」
そして、静かに続ける。
「……だが、案外、捨てたもんじゃないかもしれないな。
この世界に来たからこそ、私様は相棒――貴様と出会えた。寺島やアーミーといった、面白い奴らにもな」
「……もう少しだけ、生きてみるのも悪くない。ちょっとは、前向きになってもいいかもしれないな」
そう呟き、私様は墓に背を向ける。
「……さらばだ、久奈子。といっても、やっぱり、相変わらずというか……行くあてのない旅に戻るだけだが」
「……だが、いずれまた戻るさ」
そう言い残し、私様は墓から離れて歩き出した。
…… …… ……
…… ……
……
目的もなく、私様は歩き続ける。
どこへ行くのか、どこに行きたいのか決めてもいない、気ままな旅。
インチキタウンで暮らすのも悪くはなかったが、今はもう少し、この世界を自分の目で見てみたい――そう思った。
今は隣に相棒がいない。けれど、それでも以前よりは寂しくない。
……いや、もしかすると、相棒がいた頃の思い出に浸るために、一人の時間が欲しいだけなのかもしれない。
「ああ、そういえば――」
私様はふと、一つ思い出した。
「両目の濁りが……消えた?」
第六十代目神鬼魔鏡教団の教祖の時代、そして久奈子が亡くなった時に生じた、あの両目の濁りが――いつの間にか、消えていた。
そのせいか、世界が以前よりも〝ありのままに〟見える気がする。いや、濁りが消えただけではない。この変化は……?
私様が両目の異変に気づいたその時、背後からまた――〝あの声〟が聞こえた。
――妾様だって、そなたと同じ時期があった。だが……〝結局、何も変えられなかった〟。妾様もまた、母と同じ道を辿った
――そして、やがてそなたも妾様と同じ人間になる。なにせ、そなたもこの妾様の血を継ぐ、立派な娘なのだから……これが妾様からの本当の卜占よ
「……そういえば、前回もこんなタイミングだったな」
私様は呆れたように、ゆっくりと後ろを振り返る。
「……また貴様か」
そこには、母の虚像が立っていた。
前回は酷く動揺したが、今回は――自分でも驚くほど、心が静かだった。
――その両の瞳も、いずれは濁るでしょう……鏡のような娘よ……
「いや……それはない」
私様は淡々と、しかし確信を持って答える。
「私は貴様とは違う。確かに、前の世界では貴様と同じ道を辿ろうとした。
だが今は違う。私様が道を外れそうになっても、それを止める教祖や信者たちがいる。
貴様とは比べものにならないほど強大で――だが、真に心が繋がっている教団の奴らがな」
「……それに、私様の魔力には、相棒の魔力が残っている。その魔力がある限り、私様は絶対に一人じゃない」
そして、前の世界に言えなかった言葉を、今ようやく告げる。
この言葉を言うまでに、随分と遅く、遠回りしたものだ。
「……今度こそ、私様は貴様と違う道を選ぶ」
――ピキッ!
最後の言葉を放った瞬間、母のファントムは鏡が割れるようにひびが入る。そのひびは段々と大きくなり――
――パリンッ!
割れていった。
「さて……旅を続けるか」
私様は気にも留めず、再び前を向く。
母のファントムを見るのは、これで何度目だろう。
この先、また見ることがあっても――もう、何度見ても動じることはないだろう。
今の私様には、その確信があった。
なぜなら――
「両目の濁りが消えたどころじゃない……以前よりも綺麗に見えるように……なった?」
鏡を見なくてもわかる。
以前よりも両の瞳が輝き、世界をより鮮やかに映しているのがわかるのだ。
特に右目――相棒の久奈子と同じ黄緑色の瞳が、今はひときわ澄んで見えた。
これにて、第四章 完結となります!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!!
今章は、いつものインチキ教祖が主人公の作品ではなく、ヒロイン兼・今章のボス「社陸幻鏡」を主軸としたスピンオフ回でしたが、お楽しみいただけましたでしょうか?
さて、壮大な物語――『異世界インチキ教祖』も、ついに折り返し地点へと差しかかりました。
ぜひ最後まで、エタらず完結まで走り抜けたいと思っております。
本来ならこのまま第五章の執筆へ……といきたいところですが、すみません、「秋の文芸展2025」企画への参加を予定しておりまして、そちらを終えてから準備期間を経て、第五章の執筆に取りかかる予定です。
第五章開始まで、どうか今しばらくお待ちいただければ幸いです。
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