35.「カルト教祖は魔性の女の上位互換」 後半
「……仮に、ここでお前に再戦を申し込んだら、どうする?」
意地悪く問いかける私様に、寺島は真剣な目で答えた。
「もしこの場で戦うつもりなら、今度こそお前を殺す」
その眼差しは厳しい。
「この施設には、お前を助けたヴェダを始め、多くの癒療部が寝泊りしている」
「ここで戦うということは、その者たちも巻き添えになる可能性がある」
「そんなこともお構いなしに戦うような人間性なら、今度こそ容赦はしない」
ドスを効かせて、寺島は淡々と告げる。
しばし沈黙が流れ、やがて寺島はフッと笑った。
「何が可笑しい?」
「だって、お前、もう戦意ないだろ? そもそもお前は無関係な者を巻き込みたくない性格だろ」
ケラケラと笑う寺島に、私様は反発する。
「……貴様に私様の何が分かる」
「ああ、分かんないね。出会って間もないし、正直お前を知りたいほど興味もねえ」
寺島ははっきりと言う。そのぶっきらぼうさに少し苛立ちを覚えるが、確かに言っていることは当たっている。今の私様に、戦う気力はもうない。
「……寺島、貴様には伝えなければならないことがある。前の世界で貴様が死んだ理由と、私様が貴様に謝らねばならないことが――」
「――俺が死んだ理由? 謝らなければならないこと? 一体何の話だ?」
寺島は怪訝そうに眉を寄せる。唐突な告白に戸惑うのも無理はない。私様は深く息をつき、順を追って話し始めた。
私様の過去――神鬼魔鏡教団の教祖の娘として存在していたこと。
陰謀の果てに、曽根弥が誤って寺島を殺したこと。
そして、私様自身も死に、この新しき世界に来た経緯……それら全てを説明した。
「……そうだったのか」
寺島はただ呟き、しばらく沈黙していた。
「……すまなかった。貴様は何も悪くないのに、私様たちのいざこざに巻き込まれる形で……」
「……いや、別に……俺はいいんだけどさぁ……」
「可哀想なのは、その曽根弥や泉生っていう夫婦だよな……あと、お前が死んだあとの教団の従者たちもか? その後の人生、大変そうだな……」
意外だった。寺島は……
「……怒らないのか?」
「何が?」
「いや……あの日、曽根弥の凶行を止められたのは、私様だぞ。私様が傍観しなければ、貴様はこの世界に――」
「いやいや、刺されまくったあの時は、そりゃ痛くて嫌な気分だったけどな……でも、うーん、なんて言うのか……。なんだかんだ、俺、こっちの世界でハッピーライフ送れているし、歩みたい〝教祖の道〟も見つけられた。結果的には――こっちの世界に来られて良かったと思っているんだよな~~」
意外な回答だった。
私様は正直、怒りのまま寺島に殺される覚悟もあったというのに、この男は、自分が殺されたことよりも、私様の周囲の人間の人生を気にしていた。
しかも、自分を殺した曽根弥の心配まで……。
「だが――」
寺島は、話を続ける。
「幻鏡、お前が俺に罪悪感があるというなら……せっかくだから漬け込ませてもらおう」
寺島は真剣な眼差しで私様を見つめる。
「お前、俺のために何でもするか?」
何でも? それはどういう意味だ? まさか、お詫びに抱かせろとでも言うのだろうか……。
私様はしばらく考えたあと、答える。
「ああ……何でもしよう。それだけのことをしたと思っている」
私様は寺島の提案を受け入れた。
たとえどんな提案でも、今の私様なら受け入れられる。
そもそも死のうとまで考えていたのだ。今更、何を言われても――。
「そうか……二言はないな?」
「ああ……」
「なら、幻鏡、お前――」
そして寺島は言った。私様に贖罪をさせるための行動――それは、
「俺の宗教、インチキの信者にならないか?」
「……はっ?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「だ・か・ら、悪いと思っているなら俺の信者になれよ。そしたら、俺はお前もひとりの信者として、教祖として真剣に向き合ってやる!」
「貴様は布教するというのか……この元カルト教祖の私様に?」
「ああ。信じるのに、どんな人生を送ろうが関係ないだろう? 宗教って、そんなもんだろう?」
「だが、私様は――」
「魔性の女だから、信者にしたら不幸になるってか?」
寺島がニヤリと口角を上げる。
「いいこと教えてやろう! 魔性の女の上を行くのが、カルト教祖だ!!」
「魔性の女は精々、男の人生しか狂わせられないだろう? だが、カルト教祖は老若男女問わず、信者全員の人生を狂わせる……つまり、カルト教祖は魔性の女の上位互換だ」
「幻鏡、お前が俺の人生を狂わせるんじゃない……俺がお前の人生を狂わせてやるよ」
寺島は私様を指差し、ドヤ顔で言い放った。朝陽が彼の顔を照らし、余計にそのドヤ顔を際立たせる。
まさに、〝光当〟という名にふさわしい光景だった
「カルト教祖は魔性の女の上位互換か……フッフフフ……」
「フハハ! フハハハハハ!!」
余りにも馬鹿げている。だが、どこか正論のようにも思えて、私様は堪えきれず笑ってしまった。
色々と悩んでいたのに、妙に馬鹿らしく、そしてどこか心が軽くなる。
久しぶりに〝気持ちいい笑い〟をした気がした。
「それで寺島、貴様の信者になるとして……私様の人生がどう狂うというんだ?」
私様が問うと、寺島は間髪入れずに答える。
「ああ、俺がインチキ教祖になったのは、ハッピーライフを送るためだ。それは俺だけじゃなく、俺の信者もハッピーライフを送らせるためでもある……死にたかったお前が俺の信者になることで、ハッピーライフを送ることになるんだ。――充分に人生狂わせられるだろう?」
「確かにな……私様は、正直、死にたがっていた。その気持ちは今も残っている。それでも変えられるとでも言うのか?」
「ああ、俺の信者になればな。教祖としてそうしてみせる!!」
寺島は自信満々に答えた。
そして再び、真っ直ぐな眼差しで私様を見つめる。
「幻鏡、もう一度言おう――俺の信者にならないか?」
その問いに、私様の答えは――。
果たして幻鏡は、信者になってくれるのでしょうか?
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