34.「これでよかったのだ」
死の間際になる幻鏡――何を思う
思考は徐々に薄れ、世界を閉ざすような暗闇が視界を満たしていく。
この感覚――覚えている。
そう、あれは前の世界で、泉生に刺され、息が絶えようとしていた時のものだ。
――まさしく、〝死〟が近づく感覚。
五匹の天照山犬を真正面から受けたのだ。生きているはずがない。
……暗闇の中で、私様は思う。
〝これでよかったのだ〟――と。
私様は、死の間際になってようやく気づいた。
今の私様が、本当は何をしたかったのかを。
そうだ……私様は、死にしたかったのだ。
久奈子がいないこの世界。
この新しき世界も、結局は前の世界と同じ――不条理で、不平等で、不正義な場所。
そんな世界で、何を目的に、何を拠り所にして生きればいい?
久奈子……貴様のいない世界など、生きていたくなどなかった。
だから、死に場所を探していたんだ。私様は。
だから、インチキタウンと戦う道を選んだ。
だから、インチキ教祖――いや、寺島光当に殺される道を選んだ。
これでいい。
これでよかったんだ。
こうすべきだったんだ。
――寺島光当。
彼本人が気づくはずもないが、彼がこの新しき世界に行くきっかけとなった――つまり、彼の〝死〟の原因は、他でもない私様にあった。
あの日。
泉生を殺させるため、母はその夫・曽根弥をそそのかした。だが、曽根弥が殺したのは泉生ではなく、寺島光当だった。
あの日、曽根弥を止められる可能性があったのは、私様だけだったというのに……。
私様が選んだのは、傍観だった。
母と対立するでもなく、曽根弥のために動くでもなく、泉生の命が危ないというのに――それでも私様は、傍観を選んだ。
結果、一人の罪なき男――寺島が死に、曽根弥は殺人という重い罪を背負い、そして泉生は私様を殺し……なにより、母に報いらしい報いを与えることすらできなかった。
私様のせいで、いくつもの人生を狂わせてしまった。最低だ。
こんな女が、生きていいはずがなかった。だから死ぬべきだったんだ。
だが――まさか二度目に私様に〝死〟を与えるのが、よりにもよって寺島光当だったとは……。
これは〝皮肉な巡り合わせ〟か? それとも〝因果応報〟というべきか。
いずれにしても、私様には相応しい末路かもしれない。
唯一、心残りがあるとするなら――死ぬ前に、直接彼へ真実と謝罪を伝えられなかったことだ。
すまなかった。寺島光当。
あなたが死んだのは、私様のせい。私様のせいで、あなたはこの新しき世界で生きていくことを、余儀なくさせた。
もし、もう一度会うことがあれば――今度こそ、あなたに真実と謝罪を伝えたい。
意識がまた、ゆっくりと消えていく。
この世界に私様がいられるのは、あとどれくらいだろう。
私様は、あの時と同じように――死ぬ前に謝罪をする。
――池上曽根弥。
すまなかった。あなたを止められなくて。
あなたが殺人を犯したのは、母から贖罪を迫られたこと、そして私様のそばにいるためだった。
盲目従者だったあなたは、母の言葉を信じ、そして――私様なんかのために人生を狂わせてしまった。
幼い頃から世話になったというのに……本当に、すまなかった。
あなたのあの温かい目。せめて、もう一度見たかったな。
――池上泉生。
すまなかった。あなたの夫を止めず、そして、あなたの手まで汚させてしまって。
せっかく教団から脱会したというのに、それでもあなたの人生は、母と私様に狂わされていた。
もし、私様が曽根弥を止めていれば――あなたの人生も、変わっていたかもしれない。
――そして、大口久奈子。
相棒、今までありがとう。
あなたと過ごしたこの五か月間は、本当に特別だった。
前の世界も含めて――一番、充実した人生だったかもしれないな。
こんな私様でも、〝幸せ〟とは何なのか、少しはわかった気がする……。
久奈子と出会い、救われた。
いや、過去の過ちから目を背けることができただけかもしれない。
他人から見れば、八つ当たりに近いカルト教団潰し。
それでも、正義感や意味のようなものを見いだした気になっていた。
でも――本当は、それ以上に、あなたがそばにいてくれたことが嬉しかった。
叶うことなら、まだまだあなたと一緒に過ごしたかった。
――大丈夫……あたしの……魔力は……あなたに残るから……
――最後に……あなたには……過去ばかりじゃなく……前を向いて生きて……お願い……よ
……今になって、久奈子の最期の言葉を思い出す。
すまなかった。久奈子。
約束……果たせなかった……。
私様も、ここまでだ。もう間もなく、死ぬ。
この世界で死んだ場合、私はどこへ行くのだろう?
久奈子と同じところに行けるのか? いや、そもそも――行ける場所なんてあるのだろうか。
……久奈子。
もし……もし、わがままが許されるなら――あなたと同じ場所に行きたいな……。
果たして――幻鏡は本当に死んだのか?
続きは、次回。
いつも読んでくれる読者が大好きです。




