33.「前の世界での俺の名は」 後半
「雷電装束」
分が悪いと判断したのか、インチキ教祖は雷光を纏い、その場を一目散に逃げ出した。
「フン! 逃がすか、一匹目!!」
一匹目の巨大な狼の牙が、空へ逃げるインチキ教祖を捕らえた。
ボン!
爆炎が花火のように大空を彩る。
「やったか!?」
手応えを感じた。今の爆発で、確実に倒した――そう思った。
だが、黒い煙の中から現れたのは、ボロボロになりながらも、まだ息をしているインチキ教祖だった。
「……ぐっ、治療泉」
ヒーラー魔術を唱えると、インチキ教祖の身体は熟練のヒーラーのごとく、瞬く間に全快していく。
(どんなに傷を負わせても……魔力がある限り、奴は一瞬で回復する。――となると、倒す手段があるなら一撃必殺しかない!)
残り五匹。
今も狼たちは、攻撃のための力をさらに蓄え続けている。
大丈夫だ、私様なら――やれる。
「クソが! くらえ、――光明遍照!!」
インチキ教祖の指先から、銀と久奈子のシンボルカラーである黄緑が混ざった光線が放たれる。
だが、一匹の狼がその光を切り裂くように掻き消した。
おそらく、先ほどの「光明」の上位魔術にあたるものだろう。
だが、そんな強力な魔術さえも、この狼たちにとってはもはや脅威ではない。
「これで終わりだ……インチキ教祖」
私様は五匹の狼を前に並ばせた。
その巨体が視界を覆い尽くす。最後の一撃――すでに準備は整っている。
「ならば――雷電装束! からの、神速飛行!!」
インチキ教祖が、肉体強化系魔術にさらにインファイター魔術を重ねた。
その体が雷光をまとい、空気を裂く勢いで加速した。
肌が裂け、服が破れ、血が散る。
それでも突き進むその姿は、もはや策などなく、破れかぶれの突撃のように見えた。
「今更何をしても無駄だ! 行けっ!!」
「「「「「ワオオオオオオオオオン!!」」」」」
五つの咆哮が天地を震わせる。そして、その直後――五匹が同時に、インチキ教祖へと喰らいつこうと跳んだ。
「間に合えええええええええ! ――涅槃寂静!!」
――カッ!
閃光。
五匹の牙が敵を貫き、すべてを焼き尽くす――はずだった。
だが、爆発は起きなかった。
むしろ、狼たちの身体が見る見るうちに小さくなっていく。まるで、何かに吸い込まれるように。
「……はっ、まさか……!」
「ハァ……ハァ……ま、間に合ったぜ……」
インチキ教祖の手には――銀色に光る鏡。
それは、私様の三角縁神獣鏡のひとつだった。
「な、なぜ貴様がその鏡を――?」
――キュィイイイイイイイイインン!!
甲高い音が空気を裂き、五匹の狼が次々と鏡の中へ吸い込まれていく。
「涅槃寂静……魔力で形成した巨大な掌を放つ魔術だ。この掌で、俺はお前の鏡を回収した――ってわけだ」
やがて、鏡の表面が波打つように光を放ち、そこから、より巨大になった狼たちがゆっくりと姿を現す。
だが――狼たちは、鏡から抜け出そうとしない。
それは、まるで水の中でもがくように、苦しげに蠢いていた。
(躱すなら、今しかない!)
狼たちは、必死に時間を稼いでいる。
この場から離れて避けるもよし。すぐ近くにあるもう一枚――金の鏡を回収し、インチキ教祖へ再び跳ね返すもよし。
だが――
「幻鏡、どういうわけか知らないが、お前は俺が前の世界から来た人間だって知っているようだな」
インチキ教祖が呟く。
「この世界での俺の名は――インシュレイティド・チャリティだ……だが、前の世界での名は違う……」
一呼吸おいて、彼は前の世界での本当の名を告げた。
「前の世界での俺の名は……寺島光当だ」
(……えっ?)
言葉が耳を通り抜け、反応が一瞬止まる。聞こえなかったのではない。聞こえたからこそ、驚いたのだ。
「〝寺〟はお寺の『寺』、〝島〟は海にある『島』――」
彼は少し狂気じみた笑いを含ませ、声を大きくする。
「そして、下の名前の〝光当〟は――『光を当てる』と書いて、光当だぁ!!!」
その瞬間、すべてがつながった。なぜ、インチキ教祖の顔に見覚えがあったのか。思い出す。あの顔は、ニュース番組の被害者写真で見た顔そのものだった。
母の命令で、古参従者の曽根弥が動き――寺島光当という、教団とはまったく無関係なただの男を殺してしまったのだ。
鏡の中で、狼たちが間もなく抜け出し、こちらへ向かってくる。躱すなら今のうちだというのに──私は動かなかった。いや、動けなかったのではなく、動かなかったのだ。
やがて、鏡から抜け出す狼たちを、私様は両手いっぱいに迎え入れるように広げた。
眩しすぎる閃光が降り注ぐ。それは、救済の光にも見えた。
(ああ……そうか……ようやくわかった。自分の気持ちが……)
なぜ、私様は――インチキタウンと真正面から戦うような、あの無謀な真似をしていたのか。
これまで、自分でもわからなかった。
だが今なら、はっきりと言える。
私様が本当に、心の底から望んでいたものが、何だったのかを。
(これで……ようやく、死にできる……)
狼たちは進む。
本当に滅びなければならない、この鬼を倒すために。
インチキ教祖 VS 幻鏡 ――決着!
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