30.「魔性の女だから気を付けて」 後半
「それはアタシが教えたッス! アミー!!」
上空から声が聞こえた。
その語尾の「〜ッス」は――先ほど会ったヴェダだ。
バサバサバサバサバサバサバサバサバサ――
空を見上げると、ドラゴン族のルーベンスと、その手に乗ったエルフ族のヴェダが静かに着地した。
「ヴェダちゃん! なんでキミまで、ここに来たのさ!?」
「教祖から頼まれたッス! アタシにアミーの傷の治療をお願いするように」
ヴェダの返答に、アミーラは驚き、しばし考え込むような素振りを見せた。
「……ヘイヘイ――教祖様の指示なら――信者のボクは従うよ」
アミーラはしょんぼりした表情で折れた。
「ああ、ありがと――」
「だけど、インちゃん! ボクの代わりに戦うというなら――条件がある!!」
お礼を言おうとしたインチキ教祖の言葉を、アミーラが遮る。一本指を立ててから、一呼吸置いて条件を告げた。
「ヴェダちゃんによる治療はボクじゃなくて……幻ちゃんにやってくれ! 肉体の傷だけじゃなく、魔力の全回復まで」
「えっ?」
「なに!?」
「どういうことッスか?」
「……なんだと?」
アミーラ以外、この場にいる全員が驚いた。私様も含めて。
(私様を……回復するだと?)
アミーラの狙いがわからない。
「だってそうだろう? 一人の女の子を寄ってたかっていじめるなんて、可哀想じゃん。 幻ちゃんは、あの傷と戦いでかなり魔力を消耗している。このままインちゃんと戦わせたら確実に負ける!」
「一度幻ちゃんをベストコンディションに戻してから戦わせる――これこそが、男女平等ってやつさ!!」
……なるほど、戦闘狂のアミーラらしい。
男女平等の使い方は明らかにおかしいが、筋は通っている。
「……待て」
だが、その提案を私様は受け付けなかった。何となく、アミーラたちの言動が気に食わん。
「黙って聞いていれば……貴様らだけで勝手に進めるな!!」
「アミーラ! 私様は納得していないぞ!!」
「貴様との決着はまだついていない! 最後まで戦え!!」
私様はアミーラを睨みつけ、そして次にインチキ教祖へと視線を向ける。
「その次は貴様の番だ、インチキ教祖!!」
さらに、ヴェダとルーベンスをも睨みつけて叫ぶ。
「そもそも――私様は敵の情けを受けるつもりはない!!」
沈黙が流れる。
風の音さえも止んだようだった。
やがて、インチキ教祖が口を開く。
「アミーラ……ヴェダから聞いたんだが、あいつは俺を殺したいんだって?」
「ん? そうらしいよ」
「仮にヴェダに治療させたとして……たとえば、ヴェダに危害を加えたり、人質を取るような行動は?」
「大丈夫だよ、インちゃん……彼女はそんな卑劣な人間じゃない。ああ見えて芯があるし、自分のことを『様』呼びするくらいプライドが高い。インちゃんを殺すとしても、信者に対しては、邪魔をしない限り危害は加えないはずだよ……」
「……その、肝心の俺を殺そうとするのはやめてほしいんだけどな……」
インチキ教祖は軽く笑ったあと、しばらくしてから口を開いた。
「……ヴェダ、幻鏡の傷と魔力を回復してやれ!」
「えっ? いいんッスか? 教祖」
インチキ教祖は「ああ」と短く答えると、ヴェダが釈然としない表情を浮かべながらも、私様の元へと向かった。
「おい、ヴェダを行かせていいのか? それと、アミーラ、お前のその傷はどうするんだ?」
「ああ、ボクの怪我なら、自分で治すよ――」
――キュイン!
アミーラがヒーラー魔術を発動すると、彼女の身体の傷はみるみるうちに癒えていった。
「なに? ……どういうことだ? あの回復の速さは……」
ヒーラー魔術。
インファイターでも使えないことはないが、そのクオリティは他のスキルタイプに比べて著しく劣る。
本来なら、生粋のヒーラーはもちろん、オールラウンドよりも回復速度は遅いはずだ。
だが、アミーラは――一瞬で、ボロボロだった身体を癒してみせた。
あの回復の速さ……紛れもなくヒーラー級だ。いったい、どういうことだ?
「幻ちゃん、どんな理由であろうと、一方的に勝負を下りたのはボクの方だ……だからキミとの勝負、キミの勝ちでいいよ」
「なっ、勝ちでいいだと!」
アミーラの言い方が気に入らない。勝ちを〝譲られた〟ように感じられるのだ。するとアミーラは意味深に続ける。
「そして……これから、キミが戦う相手だけど……一つ助言しておこう。
キミの切り札の魔術――下手に出し惜しみせず、戦いが始まったら最初に出すべきだ。キミが勝てる道があるとするなら、その一手しかない。それほどまでの相手と思ってくれ」
まるで、自分との戦いなど比べ物にならないと言わんばかりだ。
「なぁ……アミーラ、アイツ、どんな魔術を使うか教えてくれよ? ついでにスキルタイプもわかっているなら」
「ええ~~っ、教えたら、幻ちゃんが不利になるじゃんか!」
「アミーラ、テメェ、男女平等ってぬかした癖に、俺にはノーヒントなのか? なんで、教祖の俺には教えなくて幻鏡には教えるんだよ!!」
「あ〜あ、それもそうだね……じゃあ、公平にヒントを一つ上げるなら……彼女は魔性の女だから気を付けて」
「魔性の女? おい、どういうことだ!? 匂わせやめろ! ちゃんと教えろよ!!」
インチキ教祖は勝率を少しでも上げようと、しつこくアミーラに問い詰める。彼の姿はどこか小物っぽく見える。やはり、かつてのカルト教祖たちと比べると求心力やオーラは小さい。
(しかし、こうして改めて見ると、やはりどこかで見たことがあるなぁ……もしかして、前の世界では芸能人かインフルエンサーでもやっていたとかか?)
インチキ教祖を見つめると、やはり見覚えがあるような気がする。これから殺す相手だというのに、私様はなぜかその顔を思い出したくなる。いや、思い出さねばならないような気さえしてくる。
「よし! 終わったッス!!」
そんなことを考えているうちに、ヴェダの治療は終わった。身体を動かして確認すると、本当に傷も魔力も全快している――本当に治したのだ。敵の私様を。
「よし! 治療も済んだことだし、オレはヴェダとアミーラを連れて離れる。インチキ教祖、お前が全力で暴れるようにな!!」
「ああ! ありがとうルーベンス!」
「教祖! 油断は禁物ッスよ!! 絶対勝って!!」
「ああ! 幻鏡の治療引き受けてくれてありがとうなヴェダ!!」
「インちゃん、ボクが幻ちゃんの回復を選んだのは、平等な条件で戦わせたいという思いもあるけど――それ以上にインちゃんなら勝てると信じているからだよ。遠くからキミの戦いっぷりを見ているよ」
「ああ……まあ、そういうことにしといてやるか! あとは俺に任せとけ、アミーラ」
インチキ教祖と会話を交わすと、アミーラとヴェダとルーベンスはその場を去った。残ったのはインチキ教祖と私様、二人だけ。
(今更だが……こんなに早くインチキ教祖と相対できるとは思わなかった)
ここに至るまでには、何人、何十人、最悪何百人の信者を薙ぎ倒す覚悟もしていたのだ。
「さてと……そろそろ始めるか」
彼がぽつりと呟いた瞬間、見えていた彼のオーラが突如、変わっていった――。
インチキ教祖のオーラに、いったいどんな変化が起こるのか!?
──第四章・ラストバトル、ついに開幕!!
インチキ教祖 VS 幻鏡──二人の勝負の行方は、果たして……?




