29.「ジョーカー」 前半
投稿遅くなり申し訳ございません。
また例によって文章が長くなってしまったため、前半と後半に分けて投稿します。
後半は、もう少し時間を置いてから投稿します。
「……」
アミーラは、その場でピタリと動きを止めていた。
その目は濁り、どこか虚ろだった。
今、彼女は私様のファントム魔術――《桃源郷》による幻覚の中にいるはずだ。
この魔術が見せるのは、自動で生成された「その者にとって、最も恐ろしい幻覚」。
精神が弱い者なら発狂し、精神が強い者でも恐怖に囚われ動けなくなる。
実際、アミーラも今、その場に立ち尽くしたまま、ピクリとも動いていなかった。
「安心しろ……命までは取らん」
彼女には届かぬと知りつつも、私様は言葉を投げかけた。
「私様の狙いはただ一人――インチキ教祖だけだ。それ以外は抹殺対象ではないからな」
そう――無関係な者を無駄に傷つける気はない。
だが、戦闘不能になってもらう程度のダメージは、遠慮なく与える。
「……まあ、ヒーラーに治療させれば、大事には至らんはずだ」
そう呟いた後、私は鏡を高く放り上げる。
「金印紫綬」
――キュインキュインキュインキュインキュインキュインキュインキュインキュインキュインキュイン!
光が弾け、その後を追うように音が空気を裂いて届く。
金の鏡と銀の鏡の間で光線が何度も反射を繰り返す。
その威力は瞬時に増し、ついには辺りの空気すら震わせる、極太光線へと変貌した。
「正直……少しだけ楽しかったかもしれん。貴様との戦いは」
淡々と告げると同時に、膨大なエネルギーを溜め込んだ二本の極太光線が、アミーラへ向けて放たれた。
だが――
「雷電装束」
シュッという鋭い音とともに、アミーラが横へと跳ね飛んだ。
雷のような速度で、ビームの軌道から逃れる。
「なに!?」
驚きが声に出た。
確かにファントムは発動した。彼女の五感に深く干渉し、逃れられぬ幻を見せていたはずなのに――なぜ避けられる?
「あれ……まだ幻覚を見ているということは――生きているよね? ボク」
「……今頃、驚いている頃かな? 幻ちゃん」
アミーラは私様を「幻ちゃん」と馴れ馴れしく呼ぶが、その顔は私様に向けられておらず、どこか遠くを見つめていた。
「……幻惑系魔術。〝対象の脳に干渉することで効力が発揮される〟という点で言えば、傀儡系魔術に似ている」
アミーラはどこかぼんやりした目で、解説を始めた。
「だけど、両者に決定的な違いがある!」
「傀儡系魔術はまさに操り人形のように操作できる――つまり『ぐへへな』展開ができる」
「対する幻惑系魔術は、あくまで脳に干渉し五感を狂わせるだけ……見ている視覚に幻覚を見せたり、ボクのお得意の嗅覚を封じたりはできても、その程度……ボクの思考や身体の動きを封じることはできない――つまり『ぐへへな』展開はできない」
『ぐへへ』な展開が何を指すのかは分からないが、確かにアミーラは私様のファントム魔術をくらいながらも動けていた。
「どうせ幻覚を見せるなら、良い夢のほうがいいよね。そうすれば、ボクは幻惑系魔術にもっと夢中になれるかな? こんなこともあろうかと精神的修行も積んでいるから、幻覚と現実の区別くらいはついているよ」
アミーラはしたり顔で笑う。
「くそっ……どこまでも化け物だな……」
何もかも、これまでの敵とは違う強者だ。アミーラの理不尽っぷりには呆れるばかりだった。
「幻惑系魔術の効果が続くのは、確か……五分くらいだったね。こういう相手には、本来なら当てずっぽうで範囲攻撃を繰り返していれば、いつの間にか倒せてしまうことが多いんだけど……キミ、反撃型魔術も使うし、迂闊に攻撃もできないよね」
相変わらず幻覚を見ているはずなのに、アミーラは冷静にそう言った。
しばらく考え込むようにしてから、「……よし! 五分間逃げよう!!」と手をポンと叩いて宣言した。
(……はっ?)
「じゃあ、五分後にまた会おうねぇ~~っ!!」
アミーラはそう言った途端、突如背を向けて猛ダッシュで逃げ出した。
「待て! 逃げるな!! 貴様にはプライドがないのか!!」
私様は叫び、光線を放ちまくる。
「――今頃、文句言っている頃だろうけど、今のボクには聞こえないよ~~っ!!」
奇妙なことに、私様とアミーラの鬼ごっこが始まった。
視界は幻覚を見ているため所々で木や壁にぶつかっているのだが、アミーラの方が頑丈なのか、逆に障害物が傷ついて壊れていく。
私様の第六感があれば、アミーラがどれだけチョロチョロ逃げようと、射撃は的確に当てられる。
だが、彼女の勘も相当に鋭いのか、急所への直撃だけはことごとく避けていった。
――あれが、いわゆる〝野生の勘〟というやつだろうか?
次回、幻鏡VSアミーラ戦――クライマックス!!
そして、いつも読んでくれる読者が好きです。




