22.「セキュリティ魔術」
幻鏡視点です
「ここが……インチキタウンか」
太陽が空高く昇ろうとしている頃、私様は目的地と思しき場所へと到着していた。
高台の上から、眼下に広がる集落を見下ろす。
そこには、家々や教会のような建物、それ以外にも用途不明なさまざまな施設が立ち並んでいた。無秩序ではないが、どこか独特な雰囲気の漂う町並みだ。
遠目には、私様と同じくらいの背丈をした種族たち――人間か、エルフか、それともまた別の種族か。そこまでははっきり見えないが、ちらほらと活動している様子が確認できる。
そしてもう一体。巨大な翼を掲げた、まるでドラゴンのような種族の姿もあった。
(流石は……信者の数が六百を超える共同体。タウンの規模も、そこに暮らす種族のバリエーションも、なかなか豊かだ)
私様は、あらためてインチキタウンの大きさと構成に感心する。
これまで対峙してきたどのカルト教団よりも大規模で、整った組織を感じさせる。信者の数も、桁違いだ。
「タウンの全勢力に真正面から戦いを挑むような無茶はしない……私様も、そこまで愚かではない。私様の目的はふたつだ」
自らの意図を再確認するように、声に出す。
「一つ、インチキタウンがどんな教団なのかを調べること」
「二つ、インチキタウンの長である――インチキ教祖。こいつがどんな教祖なのかを見極めることだ」
インチキタウン――この地には、良い噂もあれば、悪い噂もある。
だが、私様はそういったゴシップに振り回されるつもりはない。組織の本質がどうなのか、それは自分自身の目と耳で確かめるべきだ。
そして、その長であるインチキ教祖。
こいつの本性も私様が見極める。
もしも、インチキ教祖とその信者たちが、真っ当で健全な宗教活動をしているというのなら――私様は何もしない。信仰の自由は尊重すべきだ。そのまま静かに立ち去るだけの話。
――だが。
もしもインチキ教祖が、あの女のように。
信者を騙し、搾取し、腐った教団を築き上げた悪しき教祖であるならば――そのときは、私様が、狩る!
決意を胸に、私様はタウンの外縁へと足を進める。
やがて見えてきたのは、木材で作られた大きな門扉。その上には、門番と思しき者が二人、警戒を怠らず見張っていた。
一人は、二足歩行でトカゲのような姿をした種族――リザードマン。
もう一人は、褐色の肌に白銀の髪を持つ、美しくも鋭い印象を湛えたダークエルフ。
私様は物陰に身を潜め、ふたりの様子を慎重に観察する。
(さて……門番に見つからずに侵入するには)
「天岩戸」
――スッ。
私様は静かに、透明化の魔術を発動した。
身体が空気に溶けるように、視界からその姿が消える。
これで見た目には気づかれにくくなった。
だが――それだけで十分とは言えない。
(本当の問題はここからだ……こういう拠点には、外敵の侵入を防ぐため、セキュリティ魔術が張られていることが往々にある)
セキュリティ魔術。別名「結界系魔術」あるいは「結界術」とも呼ばれる防御魔術だ。
一般的には、空間に目に見えない境界線を張ることで、外部からの魔力を感知し、侵入を察知する。または、侵入そのものを拒むバリアを展開することも可能だ。
要するに――透明人間になった程度では、突破できない仕掛けである。
(私様の天岩戸は、あくまで視覚的に存在を消す魔術。このまま正面から飛び越えて侵入すれば、結界に引っかかる可能性が高い)
(それを対処するには――)
「桃源郷」
――パッチン。
指を鳴らす音と共に、私様はもうひとつの魔術を発動した。ファントム魔術だ。
この魔術には、ふたつの効果がある。
一、生者がこの煙を吸い込めば、対象の脳に干渉し、幻覚を見せる。
二、高度なファントム魔術を駆使すれば、セキュリティ魔術に感知されず、すり抜けることができる。
今回は、二、の効果――セキュリティ魔術対策として桃源郷を選択した。
(もちろん、結界をすり抜けるのは容易ではない。セキュリティ魔術も日々進化を続けており、ファントム魔術への耐性を持つ結界も増えてきている)
(つまり、私様の魔術が上回るか、インチキタウンの防御が勝るか――それは実際にやってみなければわからないということだ)
ゴクリ、と喉が鳴る。
緊張を抑えながら、私様は覚悟を決め、足音を極力殺しつつ門へと近づいていく。
やがて門扉の直前までたどり着くと、私様はタイミングを見計らい――
そのまま門番ふたりの頭上を飛び越えるほどの高さで、軽やかに跳躍した。
――スタッ。
静かに着地したつもりだった。
だが――門番のダークエルフが、ぴたりとこちらを見た。
その視線は、まるで……見えているかのように、私様の着地点を正確に捉えていた。
「うん?」
「どうした、プーラン?」
隣のリザードマンが問いかける。
「いや……今、何か音がしなかったか?」
(なに……!? 気づかれたのか?)
私様は即座に動きを止め、息を殺す。
気配も足音も、すでに消している。それでも、気づかれたのだとすれば――
「さぁ? ワイには、なにも聞こえなかったが……」
リザードマンはのんびりとした調子で首をかしげる。
「……うーん……」
ダークエルフはなおも目を細め、こちらを見つめ続ける。
バレたのか、それともただの勘か――その判別がつかないぶん、むしろ緊張が走る。
「……すまない、気のせいかもしれないな。結界系魔術も反応していない。一先ず、見張りを続けよう」
そう言って、ダークエルフは視線を逸らし、門の外へと向き直った。
(……ふぅ……)
警戒が解けたのを確認し、私様はゆっくりとタウンの内部へと歩を進める。
(そういえば――忘れていたな……エルフ族の種族的特異性を)
(エルフは、聴覚に優れた種族……たとえ視覚的に消えていても、完全に油断はできない)
それでも、騒ぎにはなっていない。
門番が異常を認識していないということは――
(……私様のファントム魔術が、タウンのセキュリティ魔術を上回ったということだ)
仮にも六百を超える信者を抱える巨大な教団。
その規模を考えれば、内部への侵入を許すはずがないと、住民も門番も信じて疑わないだろう。――だからこそ、抜け道がある。
セキュリティに絶対の信頼を置く者たちは、突破される可能性を考慮しない。
私様は門を越え、タウンの内部へと足を踏み入れた。
インチキ教祖のいんちきを暴くために。
そして、このインチキタウンという巨大なタウンの真の姿を知るために――
私様の潜入調査が、今、始まった。
そしてインチキタウンへと潜入する幻鏡――




