19.「久奈子」 後半
「……某はミスをしていたようだ……」
ゲルメズが重く口を開いた。
「ああ、私様たちをもっと早く始末しなかったことか?」
「違う。もっと前――倒すべき優先順位から、間違えていた」
「実力から考え、強い貴殿を優先的に倒すべきだと考えていた……貴殿さえ先に殺してしまえば、問題はないと。だが、そこが間違いだった」
「なんだと!?」
ゲルメズは久奈子の方へ視線を向ける。
「そこの黄緑髪の人間族――いや、某は、久奈子から先に殺すべきだったのだ。久奈子さえ先に倒しておけば、後は容易だったはずだ」
「死を目前にした人間族は、貴殿のように皆、絶望して死を受け入れていた……だが、久奈子だけは違っていた。あれほど精神力の強い人間族は初めてだ」
ゲルメズの口元に笑みが浮かぶ。
「――あっぱれだ。久奈子よ」
信じられなかった。
あれほど人間族を見下し、頑なに私様たちの名前を呼ぼうとしなかったゲルメズが――久奈子だけは認め、名前で呼んだのだ。
「……フッ、確かにな。貴様の言う通りだ、ゲルメズ。久奈子を先に倒しておけば、貴様たちは負けなかっただろうに……」
「勘違いするなよ、まだ勝負は決まっていない!」
ゲルメズはアタシュ・バフラムを構える。
「ああ……そうだな。これから決着をつける」
私様も構えた。
あの魔術を発動するために、左手は掴むように指を曲げ、右手は人差し指をピンと伸ばす。両手首を合わせ、前方――ゲルメズへと向ける。
「くそぉ! まだ抵抗するなんて――」
「ゲルメズ! あんの人間族をさっさと殺すわよ!!」
アービーとザルドは、アイスウォーター魔術で消化したのだろうか、火傷を負いながらも生きており、ゲルメズの隣へと飛び出す。
前方に、ゲルメズ、アービー、ザルドが揃った。
(好都合だ……ここで一網打尽にしてやる!)
「ゲルメズよ……貴様のファイア魔術を超える、火の神の力を――いや、〝日の神〟の力を見せてやろう!」
「なに!?」
私様は唱える。あの魔術を、切り札を。
その名は――
「天照オオ――」
「……何だ、その魔術は……一体!?」
それが、ゲルメズの最期の言葉となった。
…… …… ……
…… ……
……
「久奈子! 久奈子! 勝ったよ!! 私様たちは……貴様のおかげだ!!」
ダエーワ・ファミリーを倒した私様たちは、背後に倒れている久奈子に声を張り上げた。
自分でも勝利に浮かれているのが分かるほど、気持ちが高ぶっている。
辺りは、ゲルメズと私様のあの魔術で凄まじく燃え上がっている。暗く広い部屋は火に包まれ、そろそろ脱出しないとまずい状況だ。
「……うん、ちゃんと……見ていたよ……凄かったね」
久奈子は弱々しい声で、いつもより細い目をやっと開けて答える。まるで今にも眠ってしまいそうだ。
「大丈夫か!? 怪我か!? 魔力が足りないのか!?」
明らかに久奈子の様子は良くない。仕方ない――あれだけのダメージを負い、ゲルメズに勝つために大量の魔力を注いだからだ。
ヒーラー魔術を使えるほど私の魔力は残っていない。だが、魔力を渡すことならできる。
さっそく私様が魔力を差し出そうとしたそのとき――
「幻……いいんだよ! もうあたしは……助からない」
「……へっ!?」
思考が一瞬止まる。久奈子は何を言っているのだ?
「まだ……全部……最後の一滴まで……渡し切れていなかった……だからかな……まだ話せている」
魔力を渡そうとしたはずなのに、逆に久奈子の魔力が私様のほうへ流れ込んでくる。
「馬鹿……やめろ! 貴様何をして……」
「これで……本当に……ゼロ……もう魔力が……残っていない……」
「久奈子! な、なんで……」
嫌だ、嫌だ、受け入れたくない。久奈子が――久奈子が死ぬなんて。
私様が魔力を久奈子に渡しても、すぐに自分のもとへ戻ってしまう。久奈子は受け取ることを拒んでいるかのようだ。
「……泣かないで……相棒……」
「大丈夫……あたしの……魔力は……あなたに残るから……」
「最後に……あなたには……過去ばかりじゃなく……前を向いて生きて……お願い……よ」
それが久奈子の最後の言葉だった。
いくら呼びかけても、返事はない。辺りは熱に包まれているはずなのに、久奈子の体は次第に冷たくなっていった。




