18.「あの魔術さえ使えていたなら」 後半
「……うん? 某の気のせいか? 今、黄緑髪の人間族の目が、一瞬、燃えるように輝いた気が――」
ゲルメズがボソボソと何かを呟いている。
けれど、あたしにはそんなことを気にしている暇はなかった。
(今のあたしの残り魔力量……そして幻の残り魔力量……。あの魔術を発動するには――)
その瞬間、あたしは悟った。
あたしのすべきことを。いや――あたしの役割を。
もっといえば、この新しき世界に来た理由。
あたしが今まで生きてきた意味。
そのすべてを理解した気がした。
(そうか……そうだったんだね。ようやくわかったよ。あたしがこの世界で生きていた意味は――幻のためだったんだ……)
前から思っていたことがある。
〝あたしが努力して覚えてきた魔術は、本当にあたし自身のためのものなのか?〟と。
幻は、あたし以外の誰からも魔力を貰ったことがない。
つまり、幻が使える魔術は、あたしが覚えた魔術だけ。
金印、天岩戸、三角縁神獣鏡――そして、あの魔術までも。
それらはどれも、あたしのような凡人のためというより、〝卑弥呼の子孫かもしれない〟幻にこそふさわしい魔術だった。
(あたしが魔術を覚えてきたのは……あたしのためじゃない。幻が使えるようにするため……きっと、そういう運命だったんだ)
(そして、あの魔術を幻が使えるようにするには――あたしが魔力を渡さないといけない! 今までのような、ちょっとやそっとの魔力じゃ駄目。全部……あたしの魔力を全部渡すつもりで――)
魔力を全部渡す。
それが何を意味するのか、あたしは理解している。
魔力とは、第二の血。
血が尽きれば命が終わるように、魔力が尽きれば命も終わる。
コネクトに魔力を渡すということは、自分の血肉を分け与えるに等しい行為。
(何かを得るには何かを捨てる──逆に言えば、何かを捨てることで何かを得られる。あたしの命を捨てることで幻が助かるなら……喜んで差し上げる!)
あたしは覚悟を決めた。
「目つきが変わった? あの目は……まさか……」
他人から見れば、あたしは幻の踏み台にすぎないのかもしれない。
幻という主役を輝かせるためだけの、引き立て役。
でもね……あたしの存在意義がそうだったとしても、あたしはそれでいいと思っているの。
――こんな考え、おかしいかな?
「久奈子……なんで……来るの?」
幻が絶望した表情で、あたしを見つめている。
この子は、自分が死ぬよりも、あたしが死ぬ方がずっと苦しいんだ。
なんて……優しい子。幸せになるべき子。救われるべき子。
だから――絶対に死なせない。
幻には悪いけど、ここで終わるのはあたし。
(幻……あなたが過去に苦しむとき、あたしも胸が痛かった。だから、前を向いて生きてほしい)
(これから先、あたしの命はなくても……あたしの魔力は共にある。だって、あたしたちは相棒だから。ずっと一緒だよ)
この新しき世界に来て二年。
その中でも、あなたと過ごしたこの五か月間は特別だった。
前の世界も含めて――一番、充実した人生だったかもしれない。
ありがとう、相棒。
あなたのおかげで、あたしは自分を好きになれた。
「まずい! 今すぐ、あの黄緑髪の人間族を殺せ!!」
「どうしたのゲルメズ?」
「あの目は――死を目前にした絶望の目じゃない! 希望を見出した……生きた目をしている!!」
「奴は何かをする気だ!! いや、ここで某が――」
ゲルメズがアタシュ・バフラムを振りかざす。
あたしと幻にトドメを刺そうとして――
――ガシッ!
その前に、あたしは幻の手を掴んだ。
「お願い、幻。あの魔術でゲルメズたちを倒して――!」
その瞬間、あたしの魔力が幻へと流れ込んでいく。
二つの力が溶け合うように混ざり合う……そんな感覚を、全身で感じた。




