16.「異種族最終戦争」
「うっ……う、うん? こ、ここは……」
頭がくらくらする。
瞼をゆっくりと開いたとき、視界に映ったのは――暗闇の中、前方で燃える炎の前に立つ男……いや、オーガ族だった。
「目が覚めたようだな……人間族よ」
そのオーガ族は炎に向いたまま、背後にいる私様へと語りかける。
(頭が痛い……確か、私様たちは……ハッ! 思い出した! ――久奈子!? 久奈子はどこに?)
まだ頭はぼやけているが、先ほどアービーとザルドに騙され、酔い潰されたことを思い出す。
そして、久奈子は私様の右隣にいた。
私様と久奈子は、ザルドのときのように天井から手を鎖で吊るされ、拘束されていた。
「久奈子! 起きろ!!」
「うう……っ! げ、幻……? あ、頭痛っ!」
「起きたか……久奈子」
久奈子も目を覚ましたようだ。私様と同じく、まだ酒が抜けきっていないらしい。ひとまず命に別状はなさそうだ……酔ってはいるが。
「ようこそ……ここは、わたくしたちの家の地下室よ……」
暗闇の中から、一人のオーガ族が姿を現す。
「き、貴様ぁああっ!」
その声と顔は忘れない。
私様たちを酔いつぶした、青のオーガ族――アービーだった。
「馬鹿な女たちだね……私たちの芝居に騙されるなんて」
次に現れたのは、黄のオーガ族――ザルド。
「仕方ないさ。所詮は愚かな人間族……まあ、われらからすれば、毎度のこと騙しやすくて助かる」
続いて、緑のオーガ族――サブズ。
「楽しみだ……今回の生贄は、どれくらい持つのだろうか」
そして、黒のオーガ族――シヤーフが現れた。
暗闇から次々と現れるオーガ族たち。
彼らは炎の前で、私様たちに背を向けて立つオーガ族を中央にして並ぶ。
やがて、その中央のオーガ族がゆっくりと振り返った――
「そろそろ自己紹介しよう……某は、ダエーワ・ファミリーの〝鬼頭〟――アフリマン・ゲルメズだ……」
(なっ!? ……あの禍々しい〝オーラ〟、あいつ、確実に強い! 以前戦った神仙教教祖、サイ・オウボウと同じクラスか? いや、それ以上かもしれない!!)
アフリマン・ゲルメズ──赤きオーガ族を一目見た第一印象は、ただただその恐るべき強さだった。
この新しき世界で目覚めた魔術とは別種の才能。相手がそれなりの強者であれば、発するオーラの量や質を見ただけで強弱をある程度測れる──そんな特技が、私様にはあったのだ。
最初は魔術の一種だと思ったが、久奈子に確かめても魔力は消費されていない。だから、魔術とは別の何か──私様だけが持つ力なのだろう。とにかく直感が告げる。ゲルメズは強いと。
ゲルメズの外見でまず目を引いたのは、赤い肌と異様なまでの目力だった。
その眼差しには、ただ見られるだけで威圧を感じさせるほどの力が宿っており、人によってはその場から身動きできなくなるかもしれない。赤い肌もまた、その威圧感をさらに際立たせている。
背丈は意外にも、並んでいるオーガ族の中で最も小さく、百九十センチに届くか届かない程度であった。人間であれば十分に高身長と言えるが、他の四人のオーガ族はいずれも二メートルを優に超えていそうな巨躯であり、その中にあってゲルメズは一回り小柄に映った。
しかし、それは決して「弱そう」という印象にはつながらない。むしろ、ゲルメズの放つ目力とその佇まいは、体格を超えた只者ならぬ気配を漂わせていた。
「幻、もしかして……あのゲルメズって強い?」
「ああ……確実にな。あの中では間違いなく最強だ」
久奈子は、私様の反応からゲルメズの強さを察したようだ。
「フン……オーガ族というより、五色の鬼の集まりって表現がしっくりくるな。赤、青、黄、緑、黒――戦隊モノみたいな印象さえ与えるかもな、貴様なら――」
私様は並んだ彼らを見て、素直にそう思った。
「単刀直入に聞く。貴様らの目的は何だ? なぜ、芝居までして私様たちを捕えようとした?」
素直に答えるとは思えないが、とにかく目的を知りたくて問いかける。
するとアービーが口を開いた。
「芝居ねぇ……あれは、ゲームよ。あなたたち人間族を騙すのが楽しかっただけ――面白かったでしょう? 救いのヒーロー、いやヒロインの気分になれて?」
アービーはクスクスと嘲笑う。
「実際、私が死なない程度に痛めつけられていたからねぇ……でもさ、演技のためにここまでボコボコにされる私って――主演女優賞取れるくらい凄くね?」
「だが、そんなダメージも、このヒーラーの俺にかかれば――」
サブズはザルドの肩に手を置くと、ヒーラー魔術でザルドをあっという間に全回復させた。
「くっ!? そうか……その気になればいつでも回復させられるから、わざと拷問を受けたフリをしていたということか――一本取られたな……」
最後までアービーたちの芝居を見抜けず、みすみす騙されてしまった己の愚かしさに、私様は深く恥じ入った。
私様さえしっかりしていれば――自分はともかく、久奈子まで危険に晒すことはなかったのに。
「そろそろ、本題に入ろう。某たち、ダエーワ・ファミリーの最大の野望を――」
中央に立つゲルメズが一歩前へ出て、私様たちに語りかける。
その口が開かれた瞬間、アービーとザルドの笑みはすっと消え、四人の顔つきが一斉に真剣なものへと変わった。
「……某たちの野望は、人間族への復讐――そして、再び神族継承戦争を起こし、今度こそオーガ族が神族の座を奪い取ることだ」
「人間族への復讐!? しかも、もう一度神族継承戦争を起こすって……!?」
久奈子が、思わず声をあげる。
「……復讐とはどういうことだ?」
私様はゲルメズに問いただす。
「歴史を知らぬのか? 神族継承戦争で、オーガ族と人間族が戦ったことは有名だ……そして、その戦いの末――」
「ああ、確か、熾烈な戦いの末に人間族が勝利し、オーガ族は山岳地方へと追いやられた。だからオーガ族が山岳で暮らすようになった……そういう話だったはずだ」
「違う!! 某たちは敗れたのではない!! 人間族どもの卑劣な謀略と、数の暴力によって一時的に追い詰められただけだ!! 戦いは終わってなどいない!!」
ゲルメズは私様の返答に、激昂して叫んだ。
「下等な人間族如きが、一時でもオーガ族を追い詰められたのは……数が多かったからに過ぎぬ。ならば某たちが人間族を減らし続ければいい。戦を再び起こす時、某たちオーガ族の数が人間族の数を上回れば……必ず勝てるはずだ!!」
オーガ族としての誇りからか、それとも憐れな復讐鬼に取り憑かれた者としてか――ゲルメズは、人間族への憎悪を隠そうとはしなかった。
「……待って。話し合いで解決できないの? このまま人間族を殺したって、何の解決にもならないわ。そして神族継承戦争では――多くの種族が滅んだ。そんなことを、また繰り返してどうするの?」
久奈子がゲルメズに説得する。だが――
「話し合いなどできん――某たちは、人間族の支配が続くこの時代を……変えねばならぬ。そのために貴殿らを殺す。それが、神族へと辿り着く偉大な一歩となるのだ」
ゲルメズはそう宣言すると、暗闇の中で燃える炎へと近づいた。
「この炎のゴブレット――〝アタシュ・バフラム〟によって、貴殿らを焼け尽くす」
「だが、その前に――」
ゲルメズは手にした青銅のゴブレットを振るう。するとゴブレットから火球が水しぶきのように飛び散った。
(ここまでか!?)
私様たちは殺されると思った――だが、火球の向かい先は私様たちではなく、私様たちを縛る鎖だった。
――ジュワァァ
高熱により鎖は溶けていく。手首に焼けた痛みは残ったものの、私様と久奈子の拘束は解かれた。
「某たちは卑劣な人間族とは違う……貴殿らには最後のチャンスを与えよう」
「ここで某たちと戦い、貴殿らが勝てば生き延びられる……逆ならば、貴殿らは死ぬ」
「まあ、最も……これまでの人間族は某たちに敗北してきたがな……」
ゲルメズは武器である炎のゴブレット――アタシュ・バフラムを手に取り、身構えた。
そしてアービー、ザルド、シヤーフ、サブズも続いて身構える。
つまり、ダエーワ・ファミリーとの総力戦である。
「久奈子! わかっているな!! 今回の敵はカルト教祖だけではない――カルト信者たち、いや文字通り〝殺人鬼集団〟との戦いだ!」
「わかっている! アービーもザルドも敵側なら、もう容赦しない」
私様と久奈子も身構える。ゲルメズは戦いの号令のように叫んだ。
「さあ、来い!! 人間族共!!」
「貴殿らと人間族を減らし続けた暁には――異種族最終戦争を引き起こし――今度こそ某たちオーガ族が全種族の頂点に立つのだ!!」
次回:幻鏡&久奈子 VS ダエーワ・ファミリー




