13.「ダエーワ・ファミリー」 後半
喉が渇いていそうだったので、とりあえず、竹で作ったコップを渡し、水を飲ませる。
「うん、ゴクゴク、ぷはー……ありがとうございます!」
「自己紹介がまだでした……わたくしの名は、アエーシュマ・アービーと申します」
アエーシュマ・アービー。それが、その女性オーガ族の名らしい。
「あっ、あたしの名は、大口久奈子です!」
「……私様の名は、社陸幻鏡だ」
久奈子に続いて、私様も一応、名乗る。
「久奈子さんに……幻鏡さん、人間族らしい素敵なお名前ですわね」
「あはは、人間族らしい〝素敵な名前〟って、どういう意味ですかね?」
久奈子とアービーは、会って間もないというのに、すでに打ち解けた様子を見せていた。
流石、久奈子。コミュニケーション強者の達人だ。
このまま久奈子に任せれば、いずれはアービーの話を聞き出せそうではある。
だが――私様は一刻も早く、アービーが助けを求める理由を知りたい。
二人が雑談しているところ悪いが、話の腰を折らせてもらうぞ。
いや、別に、久奈子が私様以外と仲良くなるのが気に入らんとか、そういうんじゃないからな。言っておくが。
「雑談はその辺にして単刀直入に聞こう。アービーよ、一体なぜ、久奈子に助けを求めた? 今も誰かに追われているというのか?」
「それは……」
私様の問いに、アービーは言いにくそうな表情を浮かべる。
――仕方ない。ここは私様が嫌われ役を買おう。フォローは久奈子がしてくれるだろう、多分。
「もし、そのまま何も言わないのなら――こちらが助ける義理はない。貴様が盗賊など、なにか罪を犯しているのなら、追っている者の方に正当性があるからな」
「私様たちは、悪事の片棒を担ぐつもりなどない」
「幻! あんた、そんな言い方ないでしょう!!」
アービーは、迷いの色を見せていた。
だが――
「……いいのですか? あなたたちに話しても」
アービーが唾を飲み込む音が聞こえたあと、ようやく口を開いた。
「当然だ。むしろ話してもらわんと、貴様を信用できない」
「幻!」
「いいです、久奈子さん。幻鏡さんの言っていることは正しいです」
怒る久奈子を、アービーは宥める。
そして、俯きながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……わたくしは、ある教団の信者でしたが、たった今、その教団から逃げてきたところです」
「……教団!? もしかして、また、カルト教団なの!?」
飽きれたような声で驚く久奈子。まあ、無理もない。
このご時世を踏まえると、カルト教団が多いのは仕方ないのかもしれないが――それにしても、いくらなんでも私様たちは、カルト教団と縁があり過ぎる。
「お願いです! あなたたちの力を貸して頂けないでしょうか? わたくし、今にも奴らが殺しに来るのではないかと、不安でいっぱいで――」
アービーは、泣きそうな顔で、久奈子に縋りつくように訴える。
「なるほどな……その話が本当なら、私様たちに頼るよりも、もっと大きな組織に助けを求めるべきだろう。例えば、この国を統治している〝ディオネロ帝国〟などにな」
「一人で行くのが不安なら、私様と久奈子が一緒についていこう……それでどうだ?」
私様はディオネロ帝国まで同行することを提案した。だが、アービーは、どこか納得のいかない表情を浮かべる。
「国は……どうせ動いてもらえません。『政教分離』だとか、なんだとか……まともに相手してもらえないのが関の山です」
「そうは言っても、あたしと幻だけであなたを匿い続けるのは無理があるわよ」
久奈子が、もっともな指摘を入れる。
「それだけじゃありません……自分だけ逃げておきながらなんですが、一緒に逃げてきた友が、奴らに捕まったのです。彼女を助けないと――今頃、拷問を受けているかもしれません」
「お願いです! あなたたちの力を貸してもらえないでしょうか? 教団を潰して欲しいとは言いません、ただ――友を助けたいだけなんです!!」
「頼れるのは――あなたたちしかいないんです!!」
アービーは、涙を浮かべながら、私様たちに土下座するように懇願してきた。
一見すれば――教団に恐怖しながらも、友を助けようとする美しい友情愛。
だが、私様にはどうにも引っかかるものがあった。
(……怪しい。なぜ、この女は私様たちを教団に案内しようとする? 私様たちの実力を知っているわけでもないのに……)
私様はどうも、この女が信用できなかった。
傍から見れば、教団の洗脳が解けた元信者に見えるかもしれない。
だが――それはあくまで〝演技〟で、もしかしたら真の正体は、私様たちを教団に誘い込むための信者かもしれない。
それこそ、マインドコントロールによって、私様たちを新たな信者に仕立て上げるつもりで――
「……アービーさん、ちなみに教団の規模はどれくらいですか?」
「久奈子!」
久奈子が、話に食いつくような素振りを見せたので、私様は思わず怒鳴った。
だが、久奈子は意に介さず、アービーの目をまっすぐ見つめ、答えを待つ。
「計五名……いえ、計三名です! わたくしと友を除けば、教祖一名と信者二名の、計三名だけとなります!!」
「なるほど……敵は三名だけね。すみません、ちょっと、幻と二人きりで話させてください」
アービーが頷いたのを確認すると、久奈子は私様を連れて、彼女の声が届かない場所まで移動する。
「今まで戦ってきた教団と比べれば……一番小規模じゃん! 幻とあたしなら、やれるよ!」
「久奈子、貴様本気なのか? アービーの話を信じると?」
「いや、別に百パー信じているわけじゃないよ? でも……でも、もしアービーさんの話が本当だったら、ここで見殺しにしたら、あたしはきっと後悔する」
久奈子は遠くにいるアービーを見つめていた。
その瞳は、まるで彼女に同情するかのように――いや、実際に同情しているのだろう。
久奈子の良いところでもあり、悪いところでもある。
誰にでも優しく、その者の立場に立って、共感しようとする。
その優しさに、私様が救われたこともあった。
だが――カルトというのは、こういう優しい人間を標的にして、食い物にしようとする。
「私様は反対だ。前にも言ったはずだ、『カルト教団は関わるだけ不幸になる存在だ。下手に首を突っ込めば、命がいくつあっても足りはしないぞ』――っと、勝算はあるのか?」
「――別に、今回はカルト教祖を倒す必要はないじゃない? アービーさんの願いは〝友を助けること〟。それなら、あたしたちのファントム魔術で、敵三名に掛けることさえできれば……簡単に達成できるはず」
久奈子は、まっすぐに私様の目を見つめてくる。
こうなった久奈子は、頑固だ。中々うんとは言わない。
「ハァ……わかった。アービーのためではなく、貴様のために協力しよう……だが、久奈子、これだけは約束してくれ」
「約束?」
「ああ。もし、少しでも危ない目にあったら、〝自分の命を優先して逃げること〟。
そして……もしアービーが信者――つまり、グルだった場合、私様はアービーを仕留めるかもしれん。その時は、止めないでくれ」
「これらを約束するなら、協力する」
「……うん、わかった。その時は、幻の言う通りにする」
私様も、最終的にはアービーの〝友〟を助けることに同意することにした。
そして、アービーのもとへ戻り、それを伝える。
「ありがとうございます――本当にありがとうございます……!」
アービーは、何度も頭を下げて礼を述べる。
「それで、その教団はどんな教団なんだ? アービー」
私様は単刀直入に問いかける。
アービーは、小さく息を整え、そして答えた。
「その教団の名は……ダエーワ・ファミリー」
「わたくしのような、オーガ族で構成された教団です」
次回、一応、この世界でカルトが多い理由について説明したいと思います。




